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『   ほころびの究明と姉妹の絆  』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)&藤凪 一流(NPC4515)
  

「初めまして。わたくしは海原みなもの姉で、みそのと申します」
 ぺこりと頭を下げたのは、漆黒の髪に闇色の瞳をした少女だった。
 幼さの残る愛らしい顔立ちに反し、表情も体つきも妙に大人びており、妖艶な雰囲気を漂わせていた。
 艶やかな髪にはボリュームがあり、長く足先まで伸びている。
「は、初めまして。案内人の藤凪一流です。……ていうか今、どうやって」
 水辺につくられた通路を悠然とあるく姿に、少年は驚きを隠せなかった。
 獣人の森に人魚の水辺と翼人の浮島。
 3つの区域と、青空、夕闇、夜と3つの空を持ち、月が1つと太陽が2つ並ぶその場所は、特別につくられた夢世界。
 そこで暮らすみなもでさえ、基本的には案内人である一流と共に通っているというのに。
「みなもの流れを辿ってきたのですが……もしかして、まだお話が伝わっていませんでしたか?」
 黒いワンピースに身を包んで帽子を軽く押さえたみそのは、トランクを片手に微笑みかける。
「あ、いえ。聞いてました。夢世界の観光ですよね。『現地集合』ってそういう意味だったんですね。えーと、お荷物お持ち致しましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。と、思うのですが……ここは確か、獣人の世界でしたよね。姿が変わるのでしたら、荷物は預けておいた方がよいのでしょうか」
「そうですね。気球や舟、潜水艦や馬車なんかの乗り物で探索することもできますけど、やっぱり変身する方が楽しめると思います。傍にいて、必要ならいつでもお渡ししますんで使ってやってください。ちなみに、何かなりたい動物はありますか?」
「そうですね……蝙蝠の天敵なんて好いですね」
 穏やかな口調と笑顔での質問に、一流は動きを止める。
「――蝙蝠の、ですか? あの、でも」
 苦笑を浮かべ、何を告げようとしたときだった。
「ワシにしましょう。オオコウモリを捕食できるくらい大きな」
「えぇ!?」
 手を合わせて微笑むみそのに、一流は戸惑いを見せる。
 しかし案内人が何をしなくても、彼女は一瞬にして姿を変えた。愛らしい顔はそのままに、腕が翼に変わり、ワンピースの変わりに暗褐色の毛が胸元や腰周りをおおい隠す。
 足先も鋭い爪を持つ鷲のものに変化し、小動物どころか大型のものさえ、たやすく捕らえることができそうだった。
 そのとき、上空から声がかかった。
「お姉様。よかった、藤凪さんのところにいたのね」
 滑空してくるのは、蝙蝠娘だった。
 青い髪に青い瞳をした整った顔立ちは少女のものだが、腕の代わりに伸びる骨と皮膜の蝙蝠羽、足先もぶら下がるのに適した蝙蝠のものになっている。
 胸元や腰周りをおおう褐色の毛はふかふかで、ぬいぐるみのような印象を与える。
 ここに来るという姉を探すために見回りしていたみなもの、この世界での姿だ。
 鷲になったみそのは翼を広げ、蝙蝠娘のみなもの元へと突進する。
「みなもちゃん!」
 一流は思わず悲鳴をあげた。
 大きな鷲はくるりと旋回して蝙蝠娘の背後にまわる。
 そして、大きな翼を広げ――妹を、優しく包み込んだ。
 一瞬の抱擁を終えると、バランスを崩さないうちにまた離れる。
「素敵ね、みなも。その姿もとても可愛らしいわ」
 くすくすと笑うみそのに、一流は安堵のため息をつく。
「びっ……くりしたぁ。天敵なんかになるから、まさかみなもちゃんを襲うつもりかと」
 思わず本音を漏らす一流に、みなもはきょとんとした顔をする。
「まさか。お姉様がそんなことするわけないじゃないですか。それに、この世界では獣人同士で争うことはないですよ。肉食でも、普通の動物を食べますから」
 何を今更、とばかりに笑ってみせる。その横で、みそのは何も言わず微笑んでいた。
 

「この水、人魚がいるというから海かと思ったけど海水ではないのですね。基本的に、波もない。だけどあちらの砂浜には、波が寄せているようですが……」
 水の性質を感じ取り、みそのはつぶやいた。
 水か、もしくは海というものに強い関心があるようだった。
 一流は以前、みなもが人魚の末裔だと聞いていたのでそれも当然か、と納得する。
「そうなの。前は砂浜なんてなかったんだけど、何故かできるようになって……元々、変わった世界ではあるけど、後からできたものはもっと不思議だよ」
「確か、危険区域とかいうのがあるのでしたよね。それも、いきなり現れたとか」
「そうなの。お姉様にも一緒に調査してほしい気もするけど……せっかく来たんだもの、まずは観光だよね」
「別に、観光のついでに調査をしても構わないでしょう。わたくしも気になっていますもの。お手伝いしますよ」
「本当?」
 姉の言葉に、みなもはぱっと瞳を輝かせた。
 どうやら、かなり信頼を置いているらしい。
 襲うだなんて誤解して悪かったな、と一流はこっそり頭をかいた。
「富士山に行くなら、青木ヶ原樹海にも足を運んでみたいものでしょう」
「……それは、特殊な例なのでは?」
「青木ヶ原は観光地ですよ。キャンプ場もあります。遊歩道さえ外れなければ、危険もありませんから」
「そうなんですか? それは知りませんでした」
「ふふ。でも、藤凪様が正しいですよ。危険区域に入るというからには、遊歩道から外れようとしているわけですから」
「あぁ! そっか。危うく騙されるところだった……」
 相変わらず人なつっこい案内人はみそのとも会話が弾んでいるようだが、何やらからかわれているようにも見えた。
「ところで、みそのさんでおいくつですか?」
「みなもと同い年ですよ」
「え、みなもちゃんと?」
 一流は思わず、二人を見比べる。
「……ずいぶん意外そうですね」
 その理由を察したのだろう、みなもが少しだけ不機嫌になる。
「あ、いや。お姉さん、っていうから上だとばかり思ってたよ。そうか、双子っていう可能性もあるのか」
 その言葉に、みなもとみそのは顔を見合わせた。
「そういう可能性もありますね」
 みそのは曖昧に微笑んでみせる。
 何やら謎めいた魅力のある少女だった。


 まずは近場の水辺から観光を始めるが、二人とも翼人の姿である。
 それならば人魚に姿を変えるかという一流の提案に、みそのは「すみません。わたくし、泳げないのです」と意外な言葉を告げた。
 人魚であり、海に関心を寄せながら、泳げないというのは不思議だった。
 本人は運動音痴なのだと言うが、それも何でもこなしそうなイメージとはそぐわないものだった。
 謙遜じゃないかと、疑いたくなるくらいだ。
「まぁ、ころころ姿を変えるのも大変ですしね。今回は潜水艦でいっちゃいましょう」
 一流はそう言って、潜水艦を水辺に出す。
 3人がちょうど入るくらいのものだ。
 乗り込むと、勝手に扉が閉まって下に潜ってゆく。
 潜水艦とはいっても、中には座る場所があってガラス窓に囲まれ、グラスボートに似ている。
 好奇心旺盛な人魚たちが窓の中を覗き込んだり、手を振ったり、一緒になって泳いだりし始める。
「賑やかな海ですね。色合いも鮮やかで、沢山の種類がいるようです。淡水と海水の別はないみたいですが、基本的には南洋のイメージなのでしょうか。深海と呼べるほどの深さはなさそうですね。底はほとんど平坦に近く凹凸は少ない……」
 みそのはガラス窓に手を振れ、額を寄せてその様子を窺っているようだった。
「何だか、分析でもしているみたいですね」
「お姉様、海には詳しいので、余計に不思議なんでしょうね。ああ見えて楽しんでるんだと思います」
「色々回るなら体験とかする時間はないかな。名物料理でもいきますか。っていっても、基本的に魚介類ですけど。歴史が浅いので、デザートなどは目下研究中のようで……」
「――藤凪様。あちらに向かってください」
 不意に、みそのが弾かれたような声をあげた。
 緊迫した様子に、潜水艦が向きを変える。
「そっちはダメよ!」
「危ないわ」
 すると、外側から人魚たちの声が響く。
 外からと言っても、どこに通じているのかわからない、管のようなものを通してだが。
「何があるんですか?」
 一流はもう電話にでも返すように、その管に話しかける。
「変な海草が生えてるの」
「近づくと伸びてきて、捕まえるのよ」
「食べるっていうよりは取り込まれてるのかしら。群生してて、中は全然見えないんだけど」
 どうやら、危険区域のことらしい。
「いいじゃない、案内人さんなら何とかしてくれるでしょ」
「危ないわよ。近づかなければおとなしいんだから、放っておいた方がいいわ」
「みなもやお客様まで巻き込まれたらどうするの」
 おしゃべりな人魚たちが、口々に声をあげる。
「どーも、お気遣いありがとね。とりあえず、様子だけ見に行ってきます」
 一流は明るく答えると、そのまま潜水艦を先に進めた。
 進めるといっても、振りだけの自動操縦だが。
 みそのの言うとおり、深さとしてはどこもさほど変わりはない。だから光の届き方もそう違わないはずだった。
 けれど奥の方に、妙に薄暗い一画があった。
 人魚たちが口にした通り、黒っぽい巨大な海草が一帯を取り囲み、うようよと揺れている。
 魚が近くを通りがかると、しゅっと海草が伸びて、蛙かカメレオンの下のように獲物を捕らえると、海草の群れの中に引き込んでしまう。
「これはまた……えらいことになってるね。中はどうなってるんだろ。捕らえられたら、出られない――とか?」
 さすがの案内人も、緊張した様子だった。
「藤凪様、行きませんか」
「あの中に、ですか? とりあえず、僕が様子見に……」
「いいえ。他の地域の危険区域を見に行った方がよいかと思いまして」
 みそのの答えに、一流は言葉を失った。
「お姉様。何かわかったんですか」
「ええ。だけど……わたくしには、お手伝いはできませんわ。ここはみなもの夢世界なのですから……みなも、あなたが気づいてあげないと」
「あたし、が?」
 不思議な言葉に、みなもは首を傾げた。
 気づかないといけない? 一体、何のことだろう。
 考えてみても、わからなかった。
「それに、ここはさほど危険ではありません。取り込まれたものは、中でちゃんと生きていますわ。目隠しされた檻のようなものですね。決して好いものとは言えませんけど」
「……よくわからないけど、それなら次に向かいましょう。あなたを信じますよ、みそのさん」
「ありがとうございます」
 みそのは一流に向かって、丁寧にお辞儀をした。


 次に向かったのは、獣人の森だった。
 ここでは以前、危険区域の話を聞いていたので真っ先にそこに向かう。
 姉妹は空を飛んだが、一流は魔法の絨毯でそれを追っていった。
 おいしい木の実や果実のジュースなど、勧めたいものもあったのだが、先のものを見た後ではそれどころではなかった。
 異変があるのは、一部の植物だった。
 先の海草と同じように動いているが、より活動的だ。
 葉のない枝が鞭のようにしなり、少しでも近づいたものをはたこうとする。
「これは、かなり危険だな。早く何とかしないと」
「立ち入り禁止にして正解ですね。近づかなければ襲っては来ないでしょう。根を張っているせいか、歩き回ることはないようです」
 焦る一流に反し、みそのはあくまでも落ち着いていた。
「みなもはどう思います?」
「え、あたし?」
 突然話を振られ、みなもは驚き姉を見る。
「どうして『彼ら』は、こんなことをするのでしょうか」
「えっと、近づいたら、だから。ナワバリ意識……かな。食虫植物みたいに餌を探してる風でもないし」
 頭を悩ませながら、必死になって答えを練りだすみなも。
「かもしれないわね。水辺の海草と同じところは?」
「……植物だってことと、近づいたら襲いかかるところ?」
「一方は取り込む。一方は攻撃する。それは、どういう気持ちなのかしら」
 姉が何か教えようとしているのはわかるのだが、あまりにも曖昧すぎてよくわからなかった。
 植物の気持ち? 環境に応じた進化や突然変異ではなくて、感情がこの自体を起こしている、ということだろうか。
「僕には何が何やら、さっぱりなんですが……みそのさんは、植物の気持ちがわかるんですか?」
「わかる、というのとは違うかもしれません。感じるんです。流れゆくもの……水や風、気や時間。そうしたものの波動を。――この、何も映さない瞳に変わって」
「目が?」
 それは、意外な事実だった。
 歩くときにも何かを見るときにも、少しもそんな風に感じなかった。
 耳や肌や、他の全て世界を受け止めているせいだろうか。
 むしろ、より多くのものが見えているように思える。それは、流れを感じるという能力のせいだけではなくて。
「――浮島に行ってみましょうか。みなもちゃん、案内してくれるよね」
「はい」
 そうして、3人は空に浮ぶ島――翼人たちの住まう地の、最後の危険区域へ向かった。


 危険区域に関しては、みなももつい最近知ったものだった。
 何故なら、他の場所とは違ってすぐにはそれとわからないものだったから。
「柵ができるみたいだね。誰がつくったのかな」
 その光景を目にするなり、一流が声をあげた。
 気球のゴンドラに乗った姿は、妙にのほほんとして見えた。
 その付近には葉のない枝が網目のように絡み合い、蔓が巻きついていた。
 中の様子を窺うことができないほどに。
「違います、藤凪さん。それが――柵のように見えるそれが、危険区域の植物なんです」
「これが? でも、危険っていう感じは……」
「何か投げてみてください」
 言われて、一流は近くにあった果実をもいで、投げてみる。
 すると柵からいっせいにトゲが出て、果実はそのまま貫かれる。
「うわぁ……警備員いらずだね」
 青ざめた顔をしながらも、一流は冗談めかした。
「ここも、他の2つと同じ。植物で、近づいたら襲う」
 その意味は?
 考えてみたって、わからない。
「……植物って、普通はしゃべらないし、動かないわね。とてもおとなしい生き物。それは、この世界でも同じ?」
「うん。獣人はいても、半植物の人はいないし……」
「でも、感情はある。としたら、きっと色々なことを我慢しているんでしょうね。もう嫌だって言いたくなることもあるのかも」
 もう嫌だ……?
 だからこんな形で反乱を起こした?
 だけどそれにしては、近づいたものに対してだけだ。
 どうしてだろう。近づかれるのが嫌だから?
「独りになりたい……? だから森の植物は近づいたら苛立って、攻撃してた。怒って暴れてたのね」
「そうね。裏を返せば、怯えていたのかもしれないけど」
「ここの植物は、絶対近づくなって壁をつくって拒絶した。それでも無理に触れるなら、攻撃も辞さないと」
「心を閉ざしているのね。だけど、水辺のあの子は」
「本当は寂しがってる。誰かに傍にいてほしいから、周りの人にすがろうとする」
 促されるように答えてゆくと、みそのは笑みを深めた。
 そうなんだ、だから――。
 その瞬間、網目の柵から光が放たれた。
 目が眩み、次に視線を向けたときには――その植物は、跡形もなく消え去っていた。
 後に残るのは、普通の木々だけ。
「どうして……」
「きっと、理解してもらえたから。あれは多分……ここに時折やってくる人たちや、あなたの心の奥底にあるもの。人との関わりを嫌い、閉じこもりたいと願う気持ち」
「その感情がたまっていって、世界に影響を与えた、ってことか。夢の世界っていうのは確かに、気持ちに左右されるものだから」
 みそのの言葉に、一流も考え深げにうなずいてみせる。
 人との関わりを嫌って、閉じこもりたいと願う気持ち。
 世界はそれに左右されて、あんな植物たちをつくっていったのだ。
「今は姿を消したけど、またいつできるかわかりません。別の形で現れるかも。だけどあなたがそれに気づいて対処していけば……完全に呑み込まれてしまうことは、悪夢になることはないと思います」
 それが、夢世界の可能性と危険性。
 随分前からわかっていたはずだけど、改めてその事実を思い知った。
「……ありがとう、お姉様」
 涙を滲ませお礼を言う妹に、みそのはにっこりと微笑んだ。
「正直言うと、夢世界なんて壊してしまうべきだと思うのですけど」
「えぇっ!?」
 笑顔のままの告白に、みなもと一流は思わず声をそろえる。
「けれどそれではみなもが悲しみますし、お父様の本意でもないでしょうから。……ですからこの夢世界が悪い影響を与えないように。みなもが穢されてしまうことのないように。注意してあげて下さいね」
 最後の方の台詞は、一流に向けて放たれたようだった。
 世界を動かすのはみなもだとしても、案内人である彼には管理する義務もある。
 その安全性を追求しているのだろう。
「はい、肝に銘じておきます」
「ありがとうございます。差し出がましいことを口にして、申し訳ありません」
「いえいえ、そんなことは」
 頭を下げるみそのに、一流はつられて頭を下げる。
 何事にも動じないクールさを持ちながら、優しく温かな姉。
 みそのの笑顔を見るうち、みなもも自然と笑顔になる。
「お姉様、もう少しだけ観光していきましょ。おいしいジュースをつくるから」
「みなもが作ってくれるの? それは楽しみね」
 鷲と蝙蝠で天敵であるはずの姉妹は、仲よさげに笑い合いながら、夕暮れに染まる浮島を共に飛んでゆくのだった。


          END
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
青谷圭 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年03月23日

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