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『『クッキーとホワイトデー』 』
ジェイドック・ハーヴェイ2948)&エスメラルダ(NPCS005)



 アルマ通りには通称「お菓子通り」と呼ばれる小道があり、そこには菓子を売る店が20件程軒を連ねていた。どの店でもオリジナルの菓子を販売しており、女性や子供を中心に毎日多くの買い物客が訪れるのであった。
 口コミでこのお菓子通りの噂が広まり、つい最近、エルザードで発行されている新聞にこの通りが紹介されたおかげで、買い物客は一気に増え、子供に菓子を買う母親や、恋人に菓子をプレゼントする若い女性のみならず、妻に渡す菓子を買う中年男性や、母親に日頃の感謝を込めて贈り物をしたい若い男性も多く訪れるようになった。
 特に、バレンタインデーやホワイトデーといったイベントにはこの通り全部が一丸となって菓子を販売する為、休日には道に溢れかえるほどの人が押し寄せるようになっていた。
 ジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)も、新聞の特集記事を見てこの通りにやってきた買い物客の一人であった。
 落ち着いた雰囲気のある虎の獣人で、普段は賞金稼ぎをして生計を立てているから、自分が良く行くアルマ通りにこんな場所があることも、つい最近知ったばかりであった。
「凄い混雑だな。さすがに今人気の商店街だけある」
 ジェイドックがこの通りへ買物へ来たのは、ホワイトデーのプレゼントを買いに来たからであった。
 黒山羊亭の女主人エスメラルダには、ジェイドックが依頼を受ける時によく世話になっている。バレンタインデーに彼女から何か貰ったわけではないが、貰ってないから贈り物をしてはいけないということもない。日頃感謝になっている者にプレゼントを渡す者も多いはずだ。
 そう考えてジェイドックは、一番混雑している夕方の時間、この通りへ足を運んだのであった。
「さて、何にするかな」
 具体的な物が思い浮かばなかったので、とりあえず通りまで来て店を見て、良さそうなものがあったら買おう、ジェイドックはそう考えていた。
 エスメラルダがどんな菓子を好むのか、詳しくは知らないのだが、やはり大人が好むウィスキーボンボンがいいだろうか。それとも、少し渋みのある柑橘系の果実が入ったチョコレートがいいだろうか。いや、彼女は夜に仕事をしているのだから、疲れを取るハーブの入ったクッキーがいいかもしれない。
 通りを歩き、様々な店を見てまわった。ホワイトデーということもあり、男性客が多いように感じられた。勿論、女性客もいるのだが、中には花束を抱えた男性もおり、パートナーへ菓子を添えて渡すのだろう。
「色々有りすぎて、決まらないな」
 どの店でも様々な商品が出ているおかげで、あれもこれもと目移りしてしまい、どれがいいのかなかなか決まらなかった。どれも良さそうに見えるし、それぞれに魅力がある。ジェイドックは店頭を眺めながら歩き続け、とうとうお菓子通りの端っこまで来てしまった。
「通りはここで終わりか。引き返すか」
 最後の店は、赤い屋根の小さなお店であった。ログハウスを模した店で、店の前には北国の植物が並べられていた。
 その店頭で、手作りクッキーと書かれた看板を見つけた。赤や黄、青、緑といった様々な色のリボンのついた袋に入ったクッキーが、店頭に並べられている。その中に、コーヒーの苦味とリキュールの香りの入った、アーモンドクッキーが売られている事に気づいた。どちらかというと、子供よりも大人向けのクッキーだろう。
 ジェイドックはそのクッキーの袋を手に取ると、店に入った。店内には老婆と若い女の子がおり、ジェイドックに笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ!お買い上げですね?」
「ああ、お願いする。このクッキーはあんたが作ったのか?」
 若い女の子が計算をしている時、ジェイドックが尋ねた。
「はい、私も作りますが、今はおばあちゃんがほとんど作ってます。ねえ、おばあちゃん!」
 店の奥にいる老婆は、エプロンをかけてボウルに入れた何かを練り上げているところであった。おそらくは、小麦粉やバターを入れてクッキーの生地を作っているのだろう。
 老婆は女の子の声が聞こえたようで、ジェイドックの前まで来ると、真面目な表情で答えた。
「うちのクッキーはね、思いを伝えるクッキーなのさ。ただ美味しいだけじゃない。その中に込められたメッセージを、クッキーと一緒に伝えるんだよ」
 そう答えて、老婆はジェイドックにわずかに笑ってみせるのであった。



 クッキーを購入し、ジェイドックはベルファ通りに向かっていた。
 エスメラルダはこの通りにある黒山羊亭でいつも仕事をしている。酒場は夜からであるが、まだ時間の早い今なら、他の客もそれほどいないことだろう。
 客が来ればエスメラルダは忙しくなってしまうし、かといって客がいなくなる明け方にプレゼントを渡すというのも、彼女が仕事で疲れている時間として考えれば、あまりよくないかもしれない。だからジェイドックは、この夕方の時間を選ぶ事にしたのであった。
 黒山羊亭に到着し、お馴染みの入り口をくぐった。さすがにまだ時間は早く、店には他の客がまったくいなかった。
 店の一番奥のカウンターで、エスメラルダはいつもの寂し気な表情を浮かべ、琥珀色の液体を満たしたグラスを傾けている。いつもあの飲み物は何だろと思うのだが、おそらくはカクテルだろう。
「あら、ジェイドックさんじゃない。今日は早いのね。何かあったの?」
 彼女は笑顔を見せたが、その瞳はやはり寂しそうな感情を秘めていた。
 この店を切り盛りし、様々な客に気に入られ、毎晩の様に笑顔を見せている。だけど、彼女の本心を聞いた事はない。
 黒山羊亭の女主人ということは知っているが、彼女がどこで育ち、どのようにしてこの酒場を経営することになったのか、家族はいるのかなど、聞いたこともなかった。
 それでも、時には酔っ払った客が悪態をついたり、屈強で我の強い者が多い冒険者達を相手に、笑顔で切り盛りをしているエスメラルダを、ジェイドックは人間として好いており、また一目置いているのである。
 嫌な客や厄介な客が来ても、文句や愚痴をひとつもこぼさず、華麗な踊りを見せてくれるエスメラルダには、敬意の念を持っているのであった。
「今日は依頼も何もない日なんでな。ちょっと寄らせて貰った」
「そう。会いに来てくれて嬉しいわ。ねえ、何か飲む?」
「そうだな。それなら、あんたがいつも飲んでいるそのカクテルを」
 ジェイドックがそう答えると、エスメラルダは少し驚いた表情を見せた。
「いつも飲んでいるな。それ、あんたのお気に入りなんだろう?」
「いいわよ。これを飲むと、落ち着くの」
 エスメラルダはカウンター内に入り、琥珀色の飲み物をジェイドックの前に静かに置いた。
「何のカクテルなんだ、これは」
「それは秘密よ。あたしの秘密のカクテルなの。これを飲むと、気分がすっきりするのよ」
「そうなのか。だけど何ていうか、その、あんたはいつも寂しそうな顔をしている」
 ジェイドックがエスメラルダにそう言うと、エスメラルダは一瞬ジェイドックをじっと見つめ、そして再びいつもの笑顔に戻った。
「ふふ、面白い事言うのね、虎のお兄さん」
 ジェイドックに琥珀色のカクテルを置いた後、彼女自身の分をもう一杯グラスに注ぎ、ジェイドックの隣へと座った。
「乾杯、しましょ」
 ジェイドックは頷き、透明感のあるガラスが小さくぶつかり合う音が、黒山羊亭の店内へと響き渡った。
 ジェイドックは琥珀色のカクテルへと口をつけた。柑橘類が入っているのだろうか。酸味のある味のあとに舌の上に苦味を感じた。喉越しはほんのりと甘く、全体的にさっぱりとした味である。何をブレンドしたのだろうか。
「今日は何の日か知ってるか?」
「ホワイトデーでしょ。それぐらい覚えているわよ。だって」
 エスメラルダは、目を静かに伏せた。
「あたしを気に入ってくれる冒険者達が、張り切っているもの。君に贈り物をするって」
 エスメラルダは、カウンターに目をやった。そこには、宝石のはまった首飾りや、綺麗な花のついた髪飾り、貴金属の時計など、高価なものばかりが並んでいる。
「今日来れないからって、先に贈り物をしてくれた人もいるわ。どれも高いものばかりで素敵ね。だけど」
 エスメラルダは、ジェイドックに視線をやり、そして貰ったプレセントに再び視線を移した。
「高い物や美しい物を飾っても、何かが埋まらないの。皆が思ってくれるのは嬉しいし、ありがたいことよ。でも、何かが足りないのよ。あたしもわからないのだけど」
「そうか」
 一言答えて、ジェイドックは無言で先ほど購入したクッキーをエスメラルダに手渡した。
「これは、あたしに?」
「俺には、あんな高いものは贈れない。女性が好む美しい物や気の利いた物を選ぶのは苦手なんでな。これはお菓子通りで買ったものだ。そこの店主の老婆が言ってたよ。思いを伝えるクッキーだってな」
「思いを?」
 不思議そうな表情で、エスメラルダはクッキーのリボンを解いた。
「ここを一人で切り盛りしていて、大変だろう。それに、色々な客が来るからな。あんたの疲れを少しでも取ってやりたいと思って、このクッキーを選んだ。いつもの感謝の気持ちだ。あんたは本当に、強い女性だと思う」
「有難う、ジェイドックさん。来年のバレンタインには、何かをお贈りしなきゃね」
 にこりと笑顔を見せて、エスメラルダはクッキーをつまみ、口にした。彼女は何も言わなかったけれど、その一瞬だけ、彼女に瞳にずっと残っていた悲しそうな表情が、消えてなくなっていた。
 エスメラルダを尊敬し、今日は心を伝えたいと思ったジェイドックの気持ちが、クッキーを通して伝わったに違いない。
 琥珀色のカクテルを楽しみながら、他の客が訪れるまでの間、エスメラルダとジェイドックはしばしの談笑を楽しんだ。
 ジェイドックがエスメラルダを慕う純粋な気持ちが、彼女の心を少しだけ癒すことが出来たのであった。
 今日は穢れのないホワイトデーであるから。(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2010年03月25日

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