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『意地悪なわんこ君 』
マール・コンバラリア(ec4461)


 ねぇ、アゼル。
 愛情は1番のスパイスだなんて嘘だと思うの。
 だってこんなにいっぱい込めてるのに、ちっとも美味しく出来ないんだもの‥‥。

 粉雪が舞う町並みは人で溢れていて、マール・コンバラリアは肩にかけた小さなポシェットを庇うのに忙しい。
 この中に入っているのは、マールの手を引きながらも露天に夢中な旦那様へのプレゼント。
 大好きの気持ちがいっぱい詰まった胡桃入りのクッキーは、今までで1番の出来だった────。


 知っている人が誰もいない町でなら、大胆な自分になれる筈。
 それにアゼルもいつも以上に人目を憚らずにいちゃいちゃしてくるのだと思っていた。
 けれども────
「さっきのスープ、美味かったな! 食後のデザートは何にする?」
「まだ食べるの? 私はもうお腹いっぱいだわ‥‥」
 食欲旺盛のアゼルに呆れつつ、マールは小さく息を吐く。
 この町に辿り着いてからと言うもの、アゼルはずっと食べっ放しだった。
 嬉しそうに食べる様子は無邪気で可愛らしいけれど、あの食欲で太らないのは恨めしい。
「マール、全然食ってないだろ?」
 急に訪ねられ、マールは慌てて頭を振った。
「ううん! そんな事ないわよ?」
「嘘だ。最近ずっと小食だって気づいてるんだからな」
 少し膨れたような瞳に見つめられ、マールは必至で言い訳を探す。
 本当の事────クッキーの失敗作を毎日食べ続けていてお腹がいっぱいだとは、乙女のプライドに懸けて言えなかった。
「おめでたって言うなら納得するけど、そうじゃないし‥‥」
「ち、違うわよっ!」
「だよなぁ。だってこの前終わったばっかだろ?」
「‥‥ちょっと待って! どうしてそんな事まで把握してるのっ?」
 恥ずかしさで混乱しながらもそう尋ねると、アゼルはそれはそれは無邪気に微笑んだ。
「マールの事なら何でも知ってて当然だろ。それにあの時期のお前ってわかりやすいんだよな」
「人前でそんな事を言うだなんて信じられないっ! アゼルの馬鹿っ!!」
 自分から尋ねたくせに‥‥と言う抗議は乙女的には受け付けないので悪しからず。
 マールは顔を真っ赤に染め、ぷいっとそっぽを向く。
 恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかったけれど、その場から立ち去る事はしなかった。
 いつでも、どんな時でもアゼルの傍に居たいから‥‥。
「ゴメンゴメン! そんなに怒んなって」
「知らないっ!」
「饅頭みたいにほっぺ膨らませてたら、折角の可愛い顔が台無しだぜ?」
「‥‥嘘っ!? やっぱり太っちゃった??」
 アゼルの言葉にマールは慌てて自分の頬に触れる。
 恐る恐る顎下部分を摘んでみると、その面積が以前よりほんのちょっぴり増えた気がしないでもない。
「やっぱりって何だよ?」
「な、何でもないわ! 気にしないで」
「ダイエットなんてする必要ねぇからな。マールは今のままですっげー可愛いんだからさ」
 あたふたとするマールの顔を覗き込み、アゼルは瞳を細めて微笑む。
 その距離に過ぎるキスの予感。
 期待を込めた瞳で見つめていると、アゼルは優しい笑顔のままでふいっと瞳を逸らした。
「デザートは後回しにしてアクセサリーを見に行こうぜ。ネックレスが欲しいって言ってただろ?」
「う、うん‥‥」
 落胆する気持ちを押し殺し、マールは差し出された手を取る。
 伝わる温もりも子犬のように無邪気な笑顔もいつもと変わらないのに、今日のアゼルはどこか可笑しい。
 マールが恥ずかしいから止めてと言っても所構わずしてくるくせに、今日はまだ1度もキスをしていないのだ。 
(「これじゃまるで、お預けされてるみたいじゃない‥‥」)
 わんこ君がご主人様に逆らうとどうなるか、思い知らせてあげるんだから。
 心の中でそう呟くもののそれが強がりであり、早くも寂しさに負けそうになっている自分にマールは気づいていた。
 それを証拠にぎゅうっとアゼルに抱きついているのだから。
「今日のマールは甘えん坊モードだな? 俺は大歓迎だけど」
「こ、これはっ‥‥寒いからよっ!」
 慌てて言い繕うマールは嬉しそうなアゼルに頭を撫でられ、更に顔を赤らめるのだった。


「このネックレス素敵っ! あっちのも可愛いし、迷っちゃうわ♪」
 眩いアクセサリーに負けないくらい、キラキラと輝くマールの瞳。
 先程の寂しさはどこ吹く風。乙女とは現金な生き物である。
「ねぇ、どっちがいいと思う?」
 家事をしている時に指輪を通して身に着けられるようにと選んだ2点は、どちらも控えめな装飾のネックレスだ。
「んー、どっちも可愛いな‥‥」
「でしょ? だから迷っちゃうのよね」
「決められないなら両方買っちゃおうぜ」
 その心遣いが嬉しかったけれど、アゼルの提案にマールは笑顔で頭を振る。
「大事な指輪と同じように毎日身に着けてたいから、1つだけがいいの」
「そっか。じゃあ俺ももう1回考えてみるな」
 2人は微笑み合った後、吟味を再開する。
 互いの視線がネックレスの上を何往復かし、実際に着け比べてみること十数分‥‥漸く結論が出た。
「「せーの!」」
 掛け声の後に2人が触れたのは、指輪を通して身に着ける専用で作られた中央部分がチェーンのみのネックレス。
 止め具部分には葉っぱ付きの薔薇のチャームがあしらわれていて、そこから数センチ程のチェーン部分には小さな薔薇の装飾が連なっている。
「やっぱりな。マールはこっちを選ぶって思ってた」
「ふふっ、私もアゼルはこっちの方が好きだろうなって思ったわ。ありがとね♪」
 気に入ったのは同じ方だった。
 ただそれだけの事が言葉では言い表せないくらい嬉しくて、マールは甘えるようにアゼルに抱きつく。
「ねぇ、私からのプレゼントも受け取ってくれる?」
 まるで鈴蘭の妖精のような愛らしい笑顔に一瞬見惚れた後、アゼルは照れ臭そうな笑顔で頷いた。


 建物の屋根の下にあるベンチに並んで腰を下ろし、2人はどちらともなく寄り添う。
 温かくて優しくて、安心するアゼルの温もり。
 言葉を交わさなくても、ただ触れ合っているだけで怖いくらいに幸せで‥‥。
 だからこそ一瞬でも離れたくないと思いながら、マールはポシェットの中から可愛らしい包みを取り出す。
「見た目があまり良くなくて恥ずかしいけど‥‥食べてくれる?」
「これってマールの手作りだよな? 食う食う! って言うか、食べさせて!」 
 おずおずと開かれた包みの中から姿を現したのは、不揃いなクッキー達。
 それを嬉しそうに見つめたアゼルは、子犬のような笑顔であーんと口を開けた。
「もう、仕方ないわねぇ」
 くすくすと笑い声を漏らしながら、マールはクッキーをアゼルの口元に差し出す。
 しかし次の瞬間、その手を引っ込めてクッキーを自身の唇へと運んだ。
「早く食わせてくれよ‥‥って、マール!?」
 ────今日はいつもより大胆な自分でいたい。
 恥ずかしさに頬を染めながら、マールはクッキーを咥えたままアゼルに顔を近づける。
 しかし口移ししようとしたクッキーは、アゼルの手でひょいと奪われてしまった。
 拒絶されたショックを隠しきれないマールの目の前でアゼルはクッキーを頬張り、にっこりと微笑む。
「すっげー美味い。もっと食っていい?」
「う、うん‥‥」
 じわりと瞳の端に浮かぶ涙を見られたくなくて咄嗟に俯くマールだが、次の瞬間にはアゼルに抱き寄せられていた。
「今日はやけに積極的だよな。どうして?」
「ど、どうしてって‥‥アゼルが大好きだからに決まってるじゃない」
「声が小さくて良く聞こえねぇよ。もう一回言って」
 どうして今日はこんなに意地悪なの?
 もどかしさに締め付けられる胸を押さえ、マールは小さな声で呟く。
「‥‥ダメ。人前で二度も言えないわ」
「じゃあ2人きりになれる所に行こうぜ」
 低い声で囁くと、アゼルはマールを抱きかかえベンチから立ち上がった。
 マールはお預けの終わりを予感し、熱い吐息を漏らすのだった。


 シフールだからこそ見つけられる、誰も居ない場所────町の賑わいから離れた場所にある木の枝の上で、無言で見つめ合う2人。
 息をするのも憚られるような危うい緊張を先に破ったのはアゼルだった。
「俺、最近になってやっと気づいた事があってさ」
「‥‥なに?」
 先の読めない言葉にマールは聞き返すのが精一杯だった。
「キスしてる時のマールのすっげー可愛い顔を、誰にも見せたくないって言う自分の気持ちに、だよ」
「えっ?」
「だから今日だって何度もキスしたいって思ったけど必至で我慢したんだぜ? なのにあそこで口移ししようとするだなんて反則だっつーの」
 予想もしなかったアゼルの本心を聞き、マールの体から力が抜ける。
「てっきりお預けされてるのかと思ったわ‥‥」
「それもあったんだけどな。焦らされて涙目のマールもヤバイくらい可愛くて、理性が飛びそうになった」
「ば、馬鹿っ‥‥!」
 やっぱり意地悪をされていたんだと言う悔しさは、恥ずかしさと嬉しさに押し流されてしまう。
 アゼルは熱の篭った瞳でマールを見つめ、彼女の唇を人差し指で優しくなぞる。
「誰も居ないし、いいよな? 悪いけど俺、我慢の限界」
「私もよ。もう意地悪しないで‥‥」
 待ち望んだ唇に触れた瞬間、そこから甘い熱が全身を駆け巡った。
 焦らされた後のキスの心地良さに眩暈を覚えながら、マールはそっとアゼルの髪に触れる。
(「偶になら意地悪を許してあげるわ、可愛い可愛い私のわんこ君‥‥」)
 大好き、と呟きかけた言葉は、深く重ねられた唇に阻まれた────。




●登場人物一覧
【ec4461/マール・コンバラリア/女性/19歳/ウィザード】



●ライター通信
マールさん、この度はご発注下さりありがとうございます!
糖度3以上な恥ずかしい台詞満載ですが、楽しんで頂けると幸いです。
わんこ君の下克上に翻弄されるマールさんはとても可愛らしかったです(ぐっ)
可愛いご主人様、万歳っ♪
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綾海ルナ クリエイターズルームへ
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2010年03月29日

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