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『小さな小さな憧れの‥‥ 』
玖堂 柚李葉(ia0859)


 そこは小さなお茶屋さんだ。お品書きに書かれているメニューは決して多くはない。けれどもお願いすれば、叶う限りの希望の甘味を揃えてくれるという。
 お客様の要望に嫌な顔一つせず答えるのは、お茶屋で働く2人の店員。おっとり笑顔が優しい妙齢の女性と、真面目そうな青年。
 奥では店主がにこにこ笑顔で、店員達が持ってきたご注文に応えるべくせっせと手を動かしている。お茶を淹れるのはその傍らで微笑む奥さんだ。

「いらっしゃいまし」
「ありがとうございました、またどうぞ」

 そんなお茶屋さんには先ほどから、ちらり、ほらりと人が入っては、また出て行く。それはふらりと訪れた客人であったり、友人同士でちょっと休憩と訪れた人であったり、或いは恋人同士らしきお兄さんとお姉さんだったり。
 その様子をじっと、幼い少女は見つめていた。やがては佐伯 柚李葉(ia0859)と名乗る事になる少女は、だが今はただの柚李葉と呼ばれて、この町に興行にやって来た旅回りの芸人一座で暮らしている。
 まだ12歳の幼い柚李葉にとって、お茶屋さんに出入りする大人の人達は何だかちょっと、違う世界の人達みたいだ。そこに入っていくのはすこぅしばかり、勇気がいる。初めて舞台に立った時と同じか、それ以上の、くすぐったくてドキドキして、違う自分になってしまうような、そんな気持ち。
 ぎゅっと、自分を励ますように両手で握り締めたのは、小さな小さなお財布。いつもは何も入っていないそこには、今日は珍しく中身が入っている――先日の舞台がとっても良かったからと、大好きな奥様がご褒美を下さったから。
 優しい優しい奥様が、柚李葉は大好きだ。いつも一座をご贔屓にしてくれるご主人と一緒に舞台を見に来て下さっては、まだ舞台を踏んでそれほど時間も経っていない柚李葉や、他の見習いの男の子や女の子にも、とっても優しくして下さる。
 良かったわよと、ご褒美を下さるのも普通なら花形の姐さん達だけなのに、あなた達の分もね、と微笑んでくれて。柚李葉には『誰にも内緒よ』とこっそり悪戯を企む少女のように微笑んで、もう少しだけ多くご褒美を下さって。
 そんな可愛らしい面もある奥様が、柚李葉は大好きだ。その奥様が下さったご褒美の入ったお財布は、だから今の彼女にとって、百人力のお守りに等しい。

(‥‥頑張ろう‥‥)

 どきどき、どきどき、高鳴る胸を押さえながら、柚李葉はそっとお茶屋さんの前に立った。こうしてみると間口の向こうは、まるで幼くてまだ舞台に上がれなかった頃そっと袖から見ていた、手が届くようでキラキラ眩しく手の届かない、姐さん達の舞台のよう。
 ここに立つのが、柚李葉の憧れだった。一座に和菓子を持ってきてくださるお客様はいるけれど、こうして自分の足でお店の前に立って、中に入ってみたくって。

「あの、ごめんください‥‥」
「はい、いらっしゃいませ」

 恐る恐る、勇気を振り絞って足を踏み入れた柚李葉を、店員のお姉さんがにっこり笑って迎えてくれた。幼い少女だからと言ってないがしろにせず、きちんと1人のお客様として。
 どきどき、どきどき、心臓の音がまるで耳元で鐘を鳴らしているみたいに聞こえる。ギュッとお財布を小さな両手で握り締めた柚李葉に、お姉さんは優しく微笑んで、見晴らしの良い席へ案内してくれた。
 少女から見れば遥かな大人のお兄さんやお姉さんが笑いさざめく店内を通り、案内された席にちょこんと腰掛けた柚李葉の前に、熱いお茶をことんと置いて。

「何にしましょうか?」
「えっと‥‥白玉あんみつを。それから、お店のお勧めがあれば、足りる分でお土産に包んで下さい」

 柚李葉はピンと背筋を伸ばして、僅かに腰を屈めて目線を合わせてくれたお姉さんにそう言った。これだけなんです、と小さなお財布の中身を見せると、解ったわ、とお姉さんは頷きお盆を胸に抱いて奥へ消えていく。
 ほぅ、と舞台で一曲を吹き終えた時のように、大きな安堵の息を吐いて柚李葉はあたりの様子を見回した。
 お店の中には色んな人が居る。お友達同士で甘味を楽しみながらお喋りをしているお姉さん達や、たった1人でお茶を啜ってはのどかな景色を楽しむおじいさん。それから恋人同士みたいだったり、それよりはほんのちょっと微妙な様子の男女が、優しかったり、楽しかったり、または甘いお話に花を咲かせていて。
 どきどきと、憧れの眼差しでそんな人達を見ながら、柚李葉は小さな胸に問いかける。

(私は、どうなのかな‥‥)

 一座の同じ年頃の少女達や、姐さん達からは色恋の話が飛びだしてくることもある。みんな、そう言う甘いお話に興味のあるお年頃だから。
 いずれ舞台を見に来たどこかの若君に見初められたら。ううん、町で偶然会った素敵な人と恋に落ちるの。実は貴女を一目見た時から忘れられませんでしたって、ぎゅっと抱きしめてくれる人が現れるかも。
 そんな風に憧れの表情で話しながら、みんなで舞台の衣装を縫う。それを柚李葉はいつも、ただ聞くばかり。
 旅回りの一座は忙しい。長く一所に腰を落ち着けることは少なくて、たいてい町に慣れた頃には次の町へと旅に出る。仲良くなったお友達とも、そうなったらお別れだ。
 そんな風にいつもすれ違ってばかりだから、姐さん達はよけいに憧れるのかもしれないけれど‥‥

「お待たせしました、白玉あんみつです。こっちがお持ち帰りのお菓子よ」
「‥‥あ、ありがとうございます」

 不意にコトリと置かれた美味しそうなあんみつと、お姉さんの優しい声にはっと我に返って、柚李葉は慌てて視線をそちらに向けた。にっこり、優しく微笑んだお姉さんが、紙に綺麗に包んだおもたせを「はい」と渡してくれる。
 受け取って、ずっしり重いのにちょっと驚いて。

「あの‥‥こんなに‥‥‥」
「大丈夫、ちゃんとお代の分だけよ」

 心配しないで、とパチンと片目を閉じたお姉さんに、ありがとうございます、と柚李葉は丁寧に頭を下げた。小さなお財布から中身を全部取り出して渡すと、確かに、と受け取ったお姉さんはまた微笑む。
 ぎゅっと、大切な宝物のように紙に包まれた和菓子を抱いた。そんな柚李葉に、いい人へのおみやげかしら? とお姉さんが首を傾げる。
 いい人、というのが誰か想う人の事だと気付いて、いいえ、と柚李葉はふるふる首を振った。

「そんなんじゃ‥‥これは、奥様に差し上げるんです。いつも優しくしてくださるから」
「奥様?」

 こくり、と首を傾げたお姉さんに、旅芸人一座をご贔屓にしてくださる奥様で、と説明する。奥様のおかげでこうして憧れのお茶屋さんに入ることが出来たのだから、そのお礼に差し上げるつもりなのだと。
 そうなの、とお姉さんが頷いた。頷いて、それから人の笑いさざめく店内を見回した。

「じゃあ次は、一座の男の子とおいでなさいな。気になる子とか、いないの?」
「ううん‥‥一座の男の子は家族みたいだもの。それよりも今は笛を上達させて、奥様やお客さんに喜んで貰いたいな」

 また首を振ってそう言うと、それじゃあまたいつかね、とお姉さんは笑って別の客様のところに行ってしまった。それを見送って、柚李葉は残された白玉あんみつをじっと見る。
 添えられた匙でそっとすくって口に運んだ。ゆっくりゆっくり噛みしめると口中に広がる爽やかな甘みに、知らず微笑みが浮かぶ。
 恋のお話はまだ柚李葉には解らない。そんな日がいつか来るのかしらと遠い夢のように思いながら、少女は一匙一匙、大切にあんみつを口に運ぶ。
 このあんみつを食べ終わったら、奥様のところにお菓子を持って行こう。そうしてお姉さんの話と、このあんみつの話をして差し上げたらきっと、奥様は「良かったわね」と微笑んでくださるに違いない。
 それを楽しく想像しながら、ほっこり嬉しそうにあんみつを口に運ぶ小さな少女を、お姉さんが遠くからそっと見守っていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia0859 / 佐伯 柚李葉 / 女 / 15歳 / 巫女 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でござます。

お嬢様の幼い頃のお話、大切に、心を込めて書かせて頂きました。
お嬢様のイメージに合っていれば良いのですが‥‥
少しでもお気に召して頂ければ幸いです。

この度は本当にありがとうございました。
甘恋物語・スイートドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年03月30日

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