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『Sweet Dream【ちょこれーとはどえすのかおり】 』
ライディン・B・コレビア(ha0461)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 チョコレートの、ほろ苦くて優しい匂い。
 そして、それらのような、甘く、ほろ苦く、優しいひととき。
 そのなかで微睡むのは、ライディン・B・コレビア(ha0461)――。


「新人フットマン?」
 お屋敷のお嬢様リリー・エヴァルト(ha1286)と、お付きの執事ライディンは声を揃え、スチュワード・ヴィスター・シアレント(hz0020)に問い返す。
「ええ。本日より新たに一名、この屋敷で働くフットマンが増えます。お嬢様にご迷惑をおかけすることのないよう、彼の指導を頼みますよ、ライディン」
「お、俺……っすか!?」
「なにか、文句でも?」
「い、いえ、指導なら俺以外にも……」
「あなたは今月すでに十回の失敗をしていますね。このペースで行くと今月の給与はほとんどありませんよ。新人の指導はその救済措置です。うまくこなすことができれば、この十回分は帳消しにしますが」
 にっこり。ヴィスターは閻魔帳を取りだしてそりゃもうすっげぇ爽やかに笑った。
「よかったじゃないの、ライ!」
 リリーは素直に喜び、ライディンの背を軽く叩く。
「そ、そうです、ね……」
 しかしライディンは素直に喜べない。どえすキングでもある上司の笑顔がどれほど恐ろしいかは、部下である自分が一番よくわかっていた。このペースで行くと、などとちょっと優しいことを言っているが、実際にはあの閻魔帳に書かれた自分の給与査定は恐ろしいことになっているはずだ。
 なぜならば、先月は五回の失敗で八割カットだったのだから。
 ――お嬢様は執事長の笑顔に騙されてるよ……。
 特大の溜息を漏らす。しかしライディンは気付いていない。リリーは騙されているのではないのだ。どえす同士のシンパシーとでも言うべきか、ただ単にリリーとヴィスターの感覚が同じというだけのことなのだ。
 恋は盲目とはよく言ったものだ。もっとも、ライディンの場合はお嬢様命。ラヴ。行きすぎた忠誠心とでも言おうか。
「それでは頼みましたよ、ライディン」
 ヴィスターはそう言い残し、自身の執務に戻っていった。


「アーク・ローランです。よろしくお願いします、お嬢様」
 にっこり。
 新人フットマン、アーク・ローラン(ha0721)はそりゃもう愛くるしい笑顔をリリーに向けた。曲げた腰の角度も、言葉のキレも、そしてその容姿にも、フットマンとしてのただならぬ素質を感じさせる。将来、執事となることも夢ではないかもしれない。
「まあ、可愛い。こんなに可愛いフットマンが入るなんて、嬉しい」
 ほく。リリーは頬を桜色に染めてご満悦。年の頃はまだ十四、五だろうか、平均身長より少し低めのアークは、半ズボンから出た足までも可愛らしい。フットマンの華やかな衣装がこんなにも似合う存在は、ある意味貴重だ。
「ライ、彼の指導をよろしくね」
「は、はい、お嬢様……」
 ライディンはきらきらした眼差しで見つめてくるリリーにくらくらしながら、アークに手を差し出す。
「よろしく、俺は君の指導を担当するライディンだ」
「よろしくお願いします、せ・ん・ぱ・い」
 ぎゅむぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。アークは天使のような笑みを浮かべ、悪魔のような恐ろしい握力をその手に乗せた。
 ばきょべきょ。骨の軋む嫌な音がライディンの手の平で響く。
「うが……っ!!」
「どうしたの? ライ」
「い、いえ、こいつ、が……」
「俺がどうかしましたか? ライ先輩」
 にっこり。
「……いや、なんでも、ない」
 ライディンは目を逸らす。おかしい、こいつ……絶対、おかしい。そう思うものの、リリーはアークをかなり気に入っているようだ。ここで下手なことを言えば、自分が不利となる。
 ひとまずここは、ぐっと堪えることにした。
「お嬢様、至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」
 相変わらず天使の笑顔でアークはリリーの前に跪き、彼女の手に口づける。そのまま視線だけをライディンに移し――にやりと口角を上げ、唇を動かす。

 ――甘いよ? せ・ん・ぱ・い。

 その瞬間から、彼等のしょーもないバトルの幕が開いた。


「ライ先輩、すみません……床に水を零してしまったので拭きたいのですが、掃除道具はどこにありますか?」
 足元をびしょびしょに濡らしたアークがライディンに告げる。失敗したことが恥ずかしいのか、キョロキョロと周囲を気にかけ、声も少し控え目だ。
「ん? ああ、いいよ、俺が拭いておく。アークは早く着替えてきたほうがいい。風邪引くといけないから」
 普段、初めての仕事もそつなくこなすアークの初めての失敗に、ちょっと先輩風を吹かすというよりは「いい先輩」を全面に押し出してみたライディン、広い心で彼の失敗を受け入れてフォローする。
 ――例えどれほど有能でも、失敗するときはするのだ。それをフォローするのも先輩の勤め。どうしよう、俺、いい先輩じゃん。
 ……と、思ったかどうかは、本人のみぞ知る。
「ありがとうございます。それではすぐに着替えて来ますね」
 水を零した場所をライディンに伝え、アークは自室へと駆けていく。
「可愛いところもあるじゃないか」
 ライディンは彼の背を少しだけ見送ると、伝えられた場所へと向かった。
 そこは応接室で、確かにテーブル周辺に水が零れている。テーブルの上では花瓶が倒れていた。少し鼻を突く匂いがどこかからするが、今はその匂いの出所を探している暇はない。今はまず、床を拭かなければ。
 急いで掃除道具を持ってきて、モップを床に撫でつける。
 ……が、その直後。
 ライディンは先程の花瓶に違和感を覚え、動きを止めた。
「……倒れた花瓶……散乱した花……床に零れた水……」
 ぶつぶつと繰り返す。
「……倒れた花瓶……散乱した花……床に零れた水……あれ?」
 どうして自分は床を拭き始めた?
 アークが床に水を零したと言ったから……だ。「花瓶を倒した」とは一言も言っていない。
 そして、テーブルの上はおろか、花瓶の周辺は濡れてすらいない。
 鼻を突く匂いは……モップの真下、床を塗らす液体。
「……やられたっ!」
 大慌てでモップを床から離そうとするが、どれほど踏ん張ってもびくともしない。そのとき食堂にのそのそと現れたのは、リリーの愛猫イスカリオテ。
 ぶなぶな言いながら、モヤシプリンでも探しているのだろうか。そのうちにイスカリオテはライディンに近づき始めた。
「だ、だめだ、イスカリオテ! こっちに来ちゃいけない……と、と、と、と……っ!?」
 大慌てでイスカリオテを向こうへ追いやろうとしてライディンはバランスを崩し、派手に転倒した。そして、執事服が液体を吸い込んだ。
「うがあああああああああああああああああああああああああっ!?」
 もう、動けない。
 ――そう、その液体は瞬間接着剤の海だったのだ。
「ぶなななななな」
 イスカリオテは笑い声(?)を上げながら食堂から出て行ってしまう。
 そして廊下から近付く足音は――恐るべきお局様……じゃなかった、執事長ヴィスターのもの。
「……今月の給料、全部飛んでいっちゃう……かな」
 瞬間接着剤の海で、ライディンは一粒の涙を零した。


 まあ、そんなこんなで、アークの先輩いびりは昼夜を問わず続けられていた。
 ライディン以外の前では優等生のアークは、当然リリーにもめちゃくちゃ可愛がられている。普段なら執事長とライディン以外は入ることのできない彼女の部屋にも、アークは堂々と入ってしまえるようになったのだ。
 そうなると、強い。
 ライディンに悪戯を仕掛けて追いかけられると、すぐにリリーの部屋に逃げ込んでリリーを味方につけてしまう。リリーはアークがライディンを苛めていることには全く気付いていないため、いつも「仲がいいのね」の一言で終わってしまっていた。
 アークの悪戯は、足を引っ掛けるだけといった地味なものから、先日の瞬間接着剤事件のような派手なものまで、そりゃもう様々だ。
 そして今日もまた、追いかけっこが展開されている。
 今日は執事長の字に似せた手紙をライディンに渡し、彼を顔面蒼白にさせたところだった。
 その手紙に書かれた内容、それは異動通知。
 お嬢様が再婚して相手の屋敷に引っ越すことになったから、アンタもついていってね☆
 などという、寝耳に水どころではない内容だった。
 筆跡もかなり似ており、ライディンはその手紙を受け取ってから暫くのあいだ、口からエクトプラズムが飛び出していたくらいだ。
「待て、アークっ! 今日という今日は勘弁ならねぇっ!」
「きゃーーーーーっ!」
 ばたばたばたばたばたばたばたばた、駆けずり回るふたつの足音。その足音はやがてリリーの部屋に近付き、激しく扉を開けるのは逃げ惑うアーク。
「お嬢様! 先輩がいじめるんですっ!」
 アークは捨てられた子犬のような顔で、リリーの後ろに隠れてしまう。
「あら、どうしたの? また兄弟喧嘩?」
 くすりと笑い、リリーはアークの頭を撫でる。
「俺はただ、先輩に喜んでもらおうと思っただけなのに……」
 うるうると潤んだ眼差しを向ければ、リリーは「大丈夫よ」とアークを優しく抱き締めた。
「お嬢様……!」
 柔らかな感触にアークは安堵の表情を浮かべ、どさくさに紛れて自分からもぎゅぎゅぎゅーっと抱きついてみる。年下はお得だ。そこにライディンが遅れて飛び込んできた。
「……だああああああああああああああああああああああああっ!! なんでお嬢様の腕の中にいるんだお前はっ!」
「先輩が俺をいじめるから……っ」
「あらあら、ライったらやきもち?」
 仕方ないわね、とライディンの頭を優しく撫でるリリー。
「やきもちじゃなくて……っ、いや、やきもちだけど、そうじゃなくて……っ!!」
「先輩、俺も先輩のようにお嬢様にもっと愛されるようになりたいです」
 にっこり。
「あらあら、仲がいいのね」
 くすり。リリー、何も気付いていない! しかもリリーに気付かれないように、アークは思いっきりあかんべをぶちかます!
「そうじゃないんですってばーーーーっ!!」
 ライディンが叫べば、そこに飛び込んでくるのは執事長。
 既に日常茶飯事となってしまった光景に、ただ溜息を漏らすばかりだ。
「先程から騒々しい。またライディンとアークですか。二人とも、もう少し落ち着きというものを持っていただかないと」
「ち、違うんです、いつもアークが……っ!」
「違うんです、先輩が……」
「わかりましたわかりました。……お嬢様、あなたは少しアークに対して甘すぎやしませんか。もう少し厳しく接するのも、主としての愛情かと思いますが」
 実はヴィスター、ライディンとアークの関係に気付いているのだ。からといって、彼等の訴えに耳を貸すことはしない。こういったことは本人達の問題だからだ。明らかにアークを甘やかしているリリーには苦言を言うが。
「……そ、そう、ね、私……甘すぎる、わね」
 ヴィスターから痛いところを突かれ、項垂れるリリー。途端にアークの顔色が変わった。
「執事長っ、お嬢様をいじめないでくださいっ!」
 っしゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
 牙(?)を剥いて超威嚇。
「いじわるです、執事長はいじわるですっ! いくらお局様だからって、若くてぴちぴちのお嬢様をいじめていいわけじゃないっ!」
 きしゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
「あ……あーく……も、もういい、から……」
 流石のリリーも困惑気味だが、アークの威嚇はヴィスターが頭を抱えて部屋から出て行くまで続けられた。
 ヴィスターがいなくなったあと、リリーはぽつりとアークに告げる。
「……アーク、執事長に威嚇しちゃだめ。彼の言うことは間違ってはいないわ」
「……お嬢様、それって先輩の肩を持つってことですか?」
「え?」
「なんでも、ないです」
 しょも。アークは途端に萎れてしまった。
 ヴィスターはライディンについては何も言わなかった。それはつまり、そういうことなのだと――思ったのだ。
「で、でも、あの、私」
 萎れてしまったアークに、どうすればいいのかわからなくなるリリー。それを宥めるのはライディンだった。
「お嬢様、アークはまだ幼いですから。お嬢様が可愛がるのは仕方がないことです。それは俺も理解していますし、きっと執事長も理解された上でのお言葉だったはずですよ。……アークも。お嬢様は俺の肩を持つつもりで言ったんじゃないから、元気出せ」
 アークの肩にそっと両手をおき、顔を覗き込む。しかしアークは顔を上げようとはせず――。
 だんっ!
 勢いよく、ライディンの足を踏んづけた!
「……い……っでええええええええええええええええええっ!?」
「ライ先輩のいじわるっ!!」
 どーん!!
 今度は派手に体当たり。ライディンの大きな体を押しのけると、アークは部屋を飛び出して行ってしまった。
「……アーク……」
 ライディンは彼がいなくなったあとも、開け放たれたままの扉をじっと見つめていた。


 その日の夜、ライディンは自室で拳を震わせながらベッドに突っ伏し、涙で枕を濡らしていた。
「……あぅー……」
 リリーがアークをとても可愛がっているのはわかっている。アークはずっと年下で、だから本当は自分がもっと余裕を持って構えているべきだというのに。「このガキ……!」と思いつつも、何だかんだで可愛い後輩なので仲良くしたいとは思っている。思っているのだが、うまくいかない。
 それに、今までずっと自分だけに向いていたリリーの指先や眼差しが、他に向いてしまうのがたまらなく苦しい。
 そのとき、ドアがノックされた。
「ライ? どうしたの?」
 扉の向こうから聞こえてくるのは、リリーの声だ。ライディンは涙を拭って体を起こすと、「どうぞ」と彼女を招き入れる。
 リリーの表情は少し暗い。
 アークが来てから、ライディンの様子がおかしいことには気付いていた。気付いていて、きっとそれは新人指導という慣れない仕事の疲れなのだろうと、そう思っていた。
 だが、違うのではないか――そう、思い始めたのだ。
 自分の目の前で、アークがライディンの足を踏みつけたあの瞬間から。
「……ライ、目が赤いけれど」
「……何でもありませんよ、お嬢様」
「……もう今日の仕事は終わったでしょう」
 リリーはほんの少しだけ、拗ねてみせる。仕事が終わった夜まで、お嬢様と呼ばれたくはなかった。ライディンの隣に座り、訴えるような眼差しを向けた。
 ライディンはその眼差しを受け止めると、彼女の膝の上で揃えられた手を柔らかく握って笑う。
「……何でもないよ、リリー」
「……うん」
 リリーはライディンの穏やかな声に、目を伏せて頷いた。


 さて。
 世間はバレンタイン間近ということで、この屋敷内でもあちこちでその話題が持ち上がり、誰もがそわそわしていた。
 当然あの二人も、いつもよりそわそわそきそきバチバチしているのは言うまでもない。二人が近寄る度に静電気が発生する。ライディンはいつも以上にリリーの傍から離れようとしないし、アークはいつも以上にリリーに抱きついてくる。その度に二人の間の空気が色を変え、奇妙な緊張感が漂うのだ。
 リリーはそれが不思議で堪らないらしい。どこまで鈍いのかこのお嬢様は。
 この日は、ライディンがリリーに贈るチョコレートを作ろうと、厨房で張り切っていた。張り切っていたら、アークも来た。そして二人並んで仲良く……ではないが、チョコレート作りに情熱を注ぐ。
 しかし平和に進むわけがない。
 ライディンが板チョコを湯煎で溶かしていると、アークが湯に氷を放り込んでチョコを固めてしまう。それに対して怒れば、今度は熱湯を直接チョコレートに注いでくれちゃったりもして、なかなか熱い戦いが繰り広げられていた。
「……またじゃれ合ってる……」
 そこにひょっこりと顔を出したのはリリー。ヴィスターも一緒だ。だが二人は彼女達が登場したことに気が付かない。熱湯でぐにぐにゆるゆるに溶けたチョコレートを互いの顔やら服やらに押しつけ合って、わけのわからない展開を繰り広げていた。
「我々はこちらでのんびりとやりましょう」
 広い厨房、調理台や調理器具は沢山ある。ヴィスターは安全な場所までリリーを誘導し、そこで使用人達に配るチョコレート作り開始だ。用意する量は、去年より少しだけ多い。
「今年はひとり、増えたものね」
 ちらりとアークを見て、リリーは笑う。
「ヴィスターは特別なひとに渡すチョコレート作るの?」
「ええ、作りますよ。自宅でね」
「そっかぁ、どんなもの作るのか見たかったけど」
「見せませんよ、渡す相手以外にはね」
「いじわるー」
 くすくす、二人はのんびりと会話を交わしながら順調に作業を進めていく。
「……おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」
 リリーは渡す人の顔を思い浮かべ、そして想いながら、母から教えられた大切な呪文を唱えていく。
 時折、じゃれ合っている二人を気にかけつつ、その姿に笑いつつ。
 だが彼等のじゃれ合いはエスカレートし、やがて溶けたチョコレートだけではなく、氷やトッピング用のナッツ、ボウルや泡立て器までが厨房の中を飛び交うようになり始めた。
 ひゅるるるるる……ん、ぽちゃん。
 飛んできた氷は、リリーが型に入れたばかりのチョコレートに着水(?)する。
「……あ……」
 リリーはそれをじっと見つめるが、彼等は気付く様子がなかった。
「どうしましょう」
 くいくいとヴィスターの裾を引き、問う。リリーはこの氷をどうしようかと訊いただけなのだが、ヴィスターは違う方向に解釈してしまった。
「一度、厳しくやらないとわからないと思いますよ。ですが彼等に制裁を下すのは私ではなく、あなたの仕事です」
「え、え、え? ええと、ええと、はい」
 こくこく。リリー、納得してしまった。
「鉄拳制裁が好ましいでしょう」
「鉄拳制裁……」
 かくーり。鉄拳制裁って、なに?
 箱入り娘のリリーにはよくわからなかった。
 よくわからなかったが、鉄の拳だと思った。
 そして、厨房を見渡すと……鉄鍋が目についた。
「……やります!」
 リリー、気合い充分。つかつかと鉄鍋に近寄ってしっかりと柄を握る。
 持ち上げると重いが、気にしない。
 そのとき、じゃれ合い続ける二人はリリーが鉄鍋を持って迫ってくることに気が付いた!
「な、な、な、お嬢様!? 何をなさっているんですか!」
「鉄鍋なんてどうするんですか……っ!」
 さすがに身の危険を感じたライディンとアーク、大慌てでじゃれ合うのをやめてリリーから逃げ始める。
 危険だ、今のお嬢様は非常に危険だ――!
「逃げないで」
 にっこり。リリースマイル炸裂。
「逃げるなと言われても……っ!!!」
「逃げないと大変なことになりますから……っ!!!」
 じりじりじりじり、逃げ続ける二人を追い続けるリリー。
 やがて壁際に追い詰められた二人は、覚悟を決めて抱き合うとぎゅっと目を閉じて「その時」を待った。

 ずごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「おいたは、だめよ?」
 鉄鍋を抱き締めて二人を諭すリリー。一番おいたをしたのはリリーだということは言うまでもない。
 ライディンとアークは顔を見合わせ、ずきずきと痛む後頭部を押さえながら「ごめんなさい」とリリーに頭を下げた。
「頭を下げる相手が違うでしょう?」
 にっこり。鉄鍋を握り治す。二人は大慌てで互いと向き合い、もう一度「ごめんなさい」。
「仲直り、できたね」
 リリーは嬉しそうにそう言うと鉄鍋を置いてヴィスターの元へ戻り、出来上がったばかりのチョコレートを持って戻ってきた。
「はい、これ。私から」
 そう言って手渡されたチョコレートは、丁寧にラッピングが施されていた。
「ありがとう、ございます」
「ありがとうございます……っ」
 ライディンとアークは見る間に笑顔になっていく。そしてその場でラッピングを外し、中のチョコレートを堪能し始めた。ライディンのは洋酒入りで、アークのはナッツ入りだ。幸せそうに頬張る彼等の口の端には、チョコレート。
「……もう。食べ物で遊んじゃ、いけませんよ?」
 くすくす笑って、そのチョコを「回収」するリリー。指先に取ったチョコを、ぺろりと舐めた。
「お嬢様……っ!!?」
 驚き慌てふためくライディン。そしてアークはいそいそとチョコレートを口の周りにつけ始めている。
「あ、こらっ、それは卑怯だ!」
「じゃあ、先輩も食べればいいじゃないですかー」
 がぼっ!
 そう言ってアークがライディンの口にぶち込んだのは、焦げチョコ。
「仲直りの印です」
 にっこり。天使の微笑だ。ライディンは焦げた味に頬を引き攣らせながら、「じゃあこれは俺からのお返しだ」と、包みを渡す。
「……なんですか?」
 アークはその包みを開け、中にあるものを確認すると……再び天使の微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。せ・ん・ぱ・い……っ!!」
 がっ!!
 そりゃもう派手にライディンの口へと突っ込んだ。もやしチョコを――。
「ふがっ!?」
「あ、そうそう、さっきお嬢様が仰ってましたよね、食べ物で遊んじゃだめ、って。焦げチョコもこれも、最後まで全部食べてくださいね」
「このヤロ……っ!」
 もがもが言いながら、反論しようとするライディン。そのとき、視界の端に鉄鍋を持ったリリーが入り込む。
「あ゛……っ!」
 ライディンとアークは大慌てで仲良くしようとするが、気付いたときにはもう遅い。
「鉄拳制裁☆」
 鉄鍋が、振り下ろされた。
 その瞬間のリリーの笑顔は、そりゃーもう麗しかったという。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0461 / ライディン・B・コレビア / 男性 / 18歳 / 狙撃手】
【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ライディン・ベル・コレビア様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「甘恋物語・スイートドリームノベル」、お届けいたします。
まさか続編とは……っ!!
……なんだかやりすぎてしまってすみません。一体何文字書いたんでしょう……。
今回も指が勝手に動いて、執事様にあれやこれやを仕掛けてしまいました。どえす三人に囲まれたどえむの宿命かと思います。
お気に召すものに仕上がっているといいのですが。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今回はお嬢様と新人フットマン様とご一緒ということで、数カ所でそれぞれ違う描写となっております。よろしければ、他のお二方のノベルと読み比べてみてくださいね。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 4月某日 佐伯ますみ
甘恋物語・スイートドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年04月07日

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