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『Sweet Dream【ちょこれーとはどえすのかおり】 』
アーク・ローラン(ha0721)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 チョコレートの、ほろ苦くて優しい匂い。
 そして、それらのような、甘く、ほろ苦く、優しいひととき。
 そのなかで微睡むのは、アーク・ローラン(ha0721)――。


「ライディンさん、ですか」
 今日からお屋敷で新人フットマンとして働くことになったアークは、スチュワードのヴィスター・シアレント(hz0020)に問い返す。
 彼が言うには、お屋敷のお嬢様リリー・エヴァルト(ha1286)付きの執事ライディン・B・コレビア(ha0461)から、フットマンとしての心構えや仕事を学び、そして将来執事を目指すのであれば、今のうちから近くでその仕事ぶりを見ておけということのようだ。
「彼は……決して有能とは言い難いですが、執事として、人として大切なものを持っています。そしてお嬢様が最も信頼する存在ですから、学ぶところは多いでしょう」
 ――決して有能とは言い難い。ヴィスター、思いっきり言い切った。
「わかりました。俺、先輩から沢山のことを学んで、一日も早く一人前になれるよう頑張ります」
 にっこりと微笑を浮かべるアーク。年の頃はまだ十四、五、平均身長より少し低めのアークは、半ズボンから出たストッキングの足までも可愛らしい。フットマンの華やかな衣装がこんなにも似合う存在は、ある意味貴重だ。
 いいフットマンが入った。きっとお嬢様もお喜びになるだろう――ヴィスターはそう確信する。
「ただし、失敗をしたら給与査定に響きますから、くれぐれも気を付けるように」
 ヴィスターは閻魔帳を取りだした。その中には恐らく執事や使用人達の勤務状況についてびっしりと書き込まれていたりするのだろう。
「……給与査定……。どのように響くのですか?」
「とある執事は先月五回の失敗をし、給与が八割カットされています」
「とある執事、ですか」
 ふぅん、とアークは頷く。
 それはきっと、自分を指導するというライディンのことに違いない。
「面白くなりそうだ」
 くすくすくす。
 アークは無邪気に笑った。


「アーク・ローランです。よろしくお願いします、お嬢様」
 にっこり。
 アーク)はそりゃもう愛くるしい笑顔をリリーに向けた。曲げた腰の角度も、言葉のキレもにも気を付け、自慢の容姿でフットマンとしての素質を見せ付ける。
「まあ、可愛い。こんなに可愛いフットマンが入るなんて、嬉しい」
 ほく。リリーは頬を桜色に染めてご満悦。
 優しそうで可愛らしいお嬢様だ。少し天然っぽい気もするが、嫌じゃない。いい主につくことができてよかった。アークはそう思いながらも、隣に立つライディンが気に掛かって仕方がなかった。
 彼が自分の指導役か。間抜けな顔……じゃなくて、どえむっぽい顔をしているな。
 よく見ればお嬢様はどえすっぽい雰囲気があるし、お局……じゃなかった、執事長も明らかにどえすだ。そして自分もどえすだと自負している。
 どえすに囲まれたどえむな先輩はきっと弄り甲斐があることだろう。
 くすり。
 思わず笑みが零れる。
「ライ、彼の指導をよろしくね」
「は、はい、お嬢様……」
 リリーから頼まれたライディンは、アークに手を差し出してきた。
「よろしく、俺は君の指導を担当するライディンだ」
「よろしくお願いします、せ・ん・ぱ・い」
 ぎゅむぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。アークは天使のような笑みを浮かべ、悪魔のような恐ろしい握力をその手に乗せた。
 ばきょべきょ。骨の軋む嫌な音がライディンの手の平で響く。
「うが……っ!!」
「どうしたの? ライ」
「い、いえ、こいつ、が……」
「俺がどうかしましたか? ライ先輩」
 にっこり。
「……いや、なんでも、ない」
 ライディンは目を逸らす。
 きっと彼は今頃、おかしいと思っていることだろう。アークの天使の笑みに似つかわしくない行動に、その脳内はぐるぐる大回転しているはずだ。楽しい。彼は真性のどえむだ。
 これから面白くなりそうだ。
「お嬢様、至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」
 相変わらず天使の笑顔でアークはリリーの前に跪き、彼女の手に口づける。そのまま視線だけをライディンに移し――にやりと口角を上げ、唇を動かす。

 ――甘いよ? せ・ん・ぱ・い。

 その瞬間から、彼等のしょーもないバトルの幕が開いた。


「ライ先輩、すみません……床に水を零してしまったので拭きたいのですが、掃除道具はどこにありますか?」
 足元をびしょびしょに濡らして、アークはライディンに告げた。失敗したことが恥ずかしく見えるよう、キョロキョロと周囲を気にかけ、声も少し控え目にする。
「ん? ああ、いいよ、俺が拭いておく。アークは早く着替えてきたほうがいい。風邪引くといけないから」
 アークの初めての失敗に、ちょっと先輩風を吹かすというよりは「いい先輩」を全面に押し出してきたライディン、広い心で彼の失敗を受け入れてフォローする。
「ありがとうございます。それではすぐに着替えて来ますね」
 水を零した場所をライディンに伝え、アークは自室へと駆けていく。
 鼻歌交じりに伝えられた通りの場所へ向かうライディンの背を、時々振り返っては確認する。
「……本当に、甘いよ」
 くすくすくす。アークは水に濡れてがぱがぱになった靴を脱ぎ、ぺたぺたと足音を立てて広い廊下を歩いた。廊下に濡れた足跡が残るが、水だからすぐに渇くだろう。
「そろそろ、かな」
 アークは途中で立ち止まり、耳を澄ます。
 そろそろ床を拭き始める頃だ。
 そして、ライディンが派手に叫ぶ頃だ。

「うがあああああああああああああああああああああああああっ!?」

「ほーら、思った通り」
 くすくすくす。
「ライ先輩を苛めるのは楽しいね、イスカリオテ?」
 いつの間にやら隣を歩いていた、リリーの愛猫イスカリオテにアークは同意を求める。
「ぶな」
 イスカリオテは激しく同意した。


 まあ、そんなこんなで、アークの先輩いびりは昼夜を問わず続けられていた。
 ライディン以外の前では優等生のアークは、当然リリーにもめちゃくちゃ可愛がられている。普段なら執事長とライディン以外は入ることのできない彼女の部屋にも、アークは堂々と入ってしまえるようになったのだ。
 そうなると、強い。
 ライディンに悪戯を仕掛けて追いかけられると、すぐにリリーの部屋に逃げ込んでリリーを味方につけてしまう。リリーはアークがライディンを苛めていることには全く気付いていないため、いつも「仲がいいのね」の一言で終わってしまっていた。
 アークの悪戯は、足を引っ掛けるだけといった地味なものから、先日の瞬間接着剤事件のような派手なものまで、そりゃもう様々だ。
 そして今日もまた、追いかけっこが展開されている。
 今日は執事長の字に似せた手紙をライディンに渡し、彼を顔面蒼白にさせたところだった。
 その手紙に書かれた内容、それは異動通知。
 お嬢様が再婚して相手の屋敷に引っ越すことになったから、アンタもついていってね☆
 などという、寝耳に水どころではない内容だった。
 筆跡もかなり似ており、ライディンはその手紙を受け取ってから暫くのあいだ、口からエクトプラズムが飛び出していたくらいだ。
「待て、アークっ! 今日という今日は勘弁ならねぇっ!」
「きゃーーーーーっ!」
 ばたばたばたばたばたばたばたばた、駆けずり回るふたつの足音。その足音はやがてリリーの部屋に近付き、激しく扉を開けるのは逃げ惑うアーク。
「お嬢様! 先輩がいじめるんですっ!」
 アークは捨てられた子犬のような顔で、リリーの後ろに隠れてしまう。
「あら、どうしたの? また兄弟喧嘩?」
 くすりと笑い、リリーはアークの頭を撫でる。
「俺はただ、先輩に喜んでもらおうと思っただけなのに……」
 うるうると潤んだ眼差しを向ければ、リリーは「大丈夫よ」とアークを優しく抱き締めた。
「お嬢様……!」
 柔らかな感触にアークは安堵の表情を浮かべ、どさくさに紛れて自分からもぎゅぎゅぎゅーっと抱きついてみる。年下はお得だ。そこにライディンが遅れて飛び込んできた。
「……だああああああああああああああああああああああああっ!! なんでお嬢様の腕の中にいるんだお前はっ!」
「先輩が俺をいじめるから……っ」
「あらあら、ライったらやきもち?」
 仕方ないわね、とライディンの頭を優しく撫でるリリー。
「やきもちじゃなくて……っ、いや、やきもちだけど、そうじゃなくて……っ!!」
「先輩、俺も先輩のようにお嬢様にもっと愛されるようになりたいです」
 にっこり。
「あらあら、仲がいいのね」
 くすり。リリー、何も気付いていない! しかもリリーに気付かれないように、アークは思いっきりあかんべをぶちかます!
「そうじゃないんですってばーーーーっ!!」
 ライディンが叫べば、そこに飛び込んでくるのは執事長。
 既に日常茶飯事となってしまった光景に、ただ溜息を漏らすばかりだ。
「先程から騒々しい。またライディンとアークですか。二人とも、もう少し落ち着きというものを持っていただかないと」
「ち、違うんです、いつもアークが……っ!」
「違うんです、先輩が……」
「わかりましたわかりました。……お嬢様、あなたは少しアークに対して甘すぎやしませんか。もう少し厳しく接するのも、主としての愛情かと思いますが」
 実はヴィスター、ライディンとアークの関係に気付いているのだ。からといって、彼等の訴えに耳を貸すことはしない。こういったことは本人達の問題だからだ。明らかにアークを甘やかしているリリーには苦言を言うが。
「……そ、そう、ね、私……甘すぎる、わね」
 ヴィスターから痛いところを突かれ、項垂れるリリー。途端にアークの顔色が変わった。
「執事長っ、お嬢様をいじめないでくださいっ!」
 っしゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
 牙(?)を剥いて超威嚇。
「いじわるです、執事長はいじわるですっ! いくらお局様だからって、若くてぴちぴちのお嬢様をいじめていいわけじゃないっ!」
 きしゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
「あ……あーく……も、もういい、から……」
 流石のリリーも困惑気味だが、アークの威嚇はヴィスターが頭を抱えて部屋から出て行くまで続けられた。
 ヴィスターがいなくなったあと、リリーはぽつりとアークに告げる。
「……アーク、執事長に威嚇しちゃだめ。彼の言うことは間違ってはいないわ」
「……お嬢様、それって先輩の肩を持つってことですか?」
「え?」
「なんでも、ないです」
 しょも。アークは途端に萎れてしまった。
 ヴィスターはライディンについては何も言わなかった。それはつまり、そういうことなのだと――思ったのだ。
「で、でも、あの、私」
 萎れてしまったアークに、どうすればいいのかわからなくなるリリー。それを宥めるのはライディンだった。
「お嬢様、アークはまだ幼いですから。お嬢様が可愛がるのは仕方がないことです。それは俺も理解していますし、きっと執事長も理解された上でのお言葉だったはずですよ。……アークも。お嬢様は俺の肩を持つつもりで言ったんじゃないから、元気出せ」
 アークの肩にそっと両手をおき、顔を覗き込む。しかしアークは顔を上げようとはせず――。
 だんっ!
 勢いよく、ライディンの足を踏んづけた!
「……い……っでええええええええええええええええええっ!?」
「ライ先輩のいじわるっ!!」
 どーん!!
 今度は派手に体当たり。ライディンの大きな体を押しのけると、アークは部屋を飛び出して行ってしまった。
「……アーク……」
 ライディンは彼がいなくなったあとも、開け放たれたままの扉をじっと見つめていた。


 ――あ、お嬢様だ。
 その日の夜、入浴を終えて自室に戻ろうとしたアークは、ライディンの部屋の扉をノックするリリーを見かけた。
 ちくり、胸が痛む。
 こんな夜遅くに――女性が男性の部屋に。その意味を考えて。
 もうライディンは仕事を終え、プライベートな時間を過ごしているはずだ。主であるリリーが使用人のプライベートな時間に関わるようなことはめったにない。ましてやそれが、夜ともなれば。
 リリーがライディンの部屋に入っていくのを見届けると、アークは足音を消して扉の前に立った。
 聞こえてくるのは、二人の声。
「お嬢様」ではなく、「リリー」と呼ぶ、ライディンの声。
 二人の声はどこか甘い熱さえ帯びていて、二人の関係を理解してはいるもののやはり少し、切ない。
 自分はどう頑張っても、彼等の年齢には追いつかない。子供扱いされてしまうのは仕方ないけれど――リリーがライディンの肩を持つと、そして優しくしている姿を見てしまうと、気持ちが塞いでしまう。
 大丈夫? もう慣れた?
 そうやってリリーはいつも自分を気にかけてくれるが……一瞬だけ、辞めてしまおうかと……思ってしまった。
 二人はまだ話し込んでいて、リリーが出てくる気配はない。このまま彼女が出てくるまでここで待っていようか。だけれど、もし――出てこなかったら?
 それだけは、考えたくなかった。
 アークは踵を返し、ライディンの部屋から遠ざかっていく。自室に戻ろうかどうしようか迷いながら、気が付けば庭に出てしまっていた。
「……さむ……っ」
 冷たい風が頬を刺す。部屋に戻ろうとしたとき、ライトアップされた庭に浮かび上がる金色の髪が目に入った。
「あれ……執事長」
 ヴィスターは屋敷の敷地内に邸宅を所有しており、そこへ帰る途中のようだった。手に巨大なうぱぐるみを持っているのは何故だろう。
 声をかけようか躊躇われたが――向こうが、アークの存在に気が付いて振り返った。そして何かをアークに向けて放り投げる。それはライトを反射して煌めきながら弧を描き、差し出したアークの手にすっぽりと収まった。
「……カフス?」
 それは、この屋敷の執事だけが持つことを許されるカフス。裏を見るとそこにはアークの名が刻まれている。
 ――将来、必ず執事になれ。
 そう言われた気がした。
「……執事長」
 アークはしかし、彼を追おうとはしない。腰を綺麗に折り曲げて頭を下げる。
 数秒の後、頭を上げたときにはもう彼の姿はなかった。


 さて。
 世間はバレンタイン間近ということで、この屋敷内でもあちこちでその話題が持ち上がり、誰もがそわそわしていた。
 当然あの二人も、いつもよりそわそわそきそきバチバチしているのは言うまでもない。二人が近寄る度に静電気が発生する。ライディンはいつも以上にリリーの傍から離れようとしないし、アークはいつも以上にリリーに抱きついてくる。その度に二人の間の空気が色を変え、奇妙な緊張感が漂うのだ。
 リリーはそれが不思議で堪らないらしい。どこまで鈍いのかこのお嬢様は。
 この日は、ライディンがリリーに贈るチョコレートを作ろうと、厨房で張り切っていた。張り切っていたら、アークも来た。そして二人並んで仲良く……ではないが、チョコレート作りに情熱を注ぐ。
 しかし平和に進むわけがない。
 ライディンが板チョコを湯煎で溶かしていると、アークが湯に氷を放り込んでチョコを固めてしまう。それに対して怒れば、今度は熱湯を直接チョコレートに注いでくれちゃったりもして、なかなか熱い戦いが繰り広げられていた。
「……またじゃれ合ってる……」
 そこにひょっこりと顔を出したのはリリー。ヴィスターも一緒だ。だが二人は彼女達が登場したことに気が付かない。熱湯でぐにぐにゆるゆるに溶けたチョコレートを互いの顔やら服やらに押しつけ合って、わけのわからない展開を繰り広げていた。
「我々はこちらでのんびりとやりましょう」
 広い厨房、調理台や調理器具は沢山ある。ヴィスターは安全な場所までリリーを誘導し、そこで使用人達に配るチョコレート作り開始だ。用意する量は、去年より少しだけ多い。
「今年はひとり、増えたものね」
 ちらりとアークを見て、リリーは笑う。
「ヴィスターは特別なひとに渡すチョコレート作るの?」
「ええ、作りますよ。自宅でね」
「そっかぁ、どんなもの作るのか見たかったけど」
「見せませんよ、渡す相手以外にはね」
「いじわるー」
 くすくす、二人はのんびりと会話を交わしながら順調に作業を進めていく。
「……おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」
 リリーは渡す人の顔を思い浮かべ、そして想いながら、母から教えられた大切な呪文を唱えていく。
 時折、じゃれ合っている二人を気にかけつつ、その姿に笑いつつ。
 だが彼等のじゃれ合いはエスカレートし、やがて溶けたチョコレートだけではなく、氷やトッピング用のナッツ、ボウルや泡立て器までが厨房の中を飛び交うようになり始めた。
 ひゅるるるるる……ん、ぽちゃん。
 飛んできた氷は、リリーが型に入れたばかりのチョコレートに着水(?)する。
「……あ……」
 リリーはそれをじっと見つめるが、彼等は気付く様子がなかった。
「どうしましょう」
 くいくいとヴィスターの裾を引き、問う。リリーはこの氷をどうしようかと訊いただけなのだが、ヴィスターは違う方向に解釈してしまった。
「一度、厳しくやらないとわからないと思いますよ。ですが彼等に制裁を下すのは私ではなく、あなたの仕事です」
「え、え、え? ええと、ええと、はい」
 こくこく。リリー、納得してしまった。
「鉄拳制裁が好ましいでしょう」
「鉄拳制裁……」
 かくーり。鉄拳制裁って、なに?
 箱入り娘のリリーにはよくわからなかった。
 よくわからなかったが、鉄の拳だと思った。
 そして、厨房を見渡すと……鉄鍋が目についた。
「……やります!」
 リリー、気合い充分。つかつかと鉄鍋に近寄ってしっかりと柄を握る。
 持ち上げると重いが、気にしない。
 そのとき、じゃれ合い続ける二人はリリーが鉄鍋を持って迫ってくることに気が付いた!
「な、な、な、お嬢様!? 何をなさっているんですか!」
「鉄鍋なんてどうするんですか……っ!」
 さすがに身の危険を感じたライディンとアーク、大慌てでじゃれ合うのをやめてリリーから逃げ始める。
 危険だ、今のお嬢様は非常に危険だ――!
「逃げないで」
 にっこり。リリースマイル炸裂。
「逃げるなと言われても……っ!!!」
「逃げないと大変なことになりますから……っ!!!」
 じりじりじりじり、逃げ続ける二人を追い続けるリリー。
 やがて壁際に追い詰められた二人は、覚悟を決めて抱き合うとぎゅっと目を閉じて「その時」を待った。

 ずごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


「おいたは、だめよ?」
 鉄鍋を抱き締めて二人を諭すリリー。一番おいたをしたのはリリーだということは言うまでもない。
 ライディンとアークは顔を見合わせ、ずきずきと痛む後頭部を押さえながら「ごめんなさい」とリリーに頭を下げた。
「頭を下げる相手が違うでしょう?」
 にっこり。鉄鍋を握り治す。二人は大慌てで互いと向き合い、もう一度「ごめんなさい」。
「仲直り、できたね」
 リリーは嬉しそうにそう言うと鉄鍋を置いてヴィスターの元へ戻り、出来上がったばかりのチョコレートを持って戻ってきた。
「はい、これ。私から」
 そう言って手渡されたチョコレートは、丁寧にラッピングが施されていた。
「ありがとう、ございます」
「ありがとうございます……っ」
 ライディンとアークは見る間に笑顔になっていく。そしてその場でラッピングを外し、中のチョコレートを堪能し始めた。ライディンのは洋酒入りで、アークのはナッツ入りだ。幸せそうに頬張る彼等の口の端には、チョコレート。
「……もう。食べ物で遊んじゃ、いけませんよ?」
 くすくす笑って、そのチョコを「回収」するリリー。指先に取ったチョコを、ぺろりと舐めた。
「お嬢様……っ!!?」
 驚き慌てふためくライディン。そしてアークはいそいそとチョコレートを口の周りにつけ始めている。
「あ、こらっ、それは卑怯だ!」
「じゃあ、先輩も食べればいいじゃないですかー」
 がぼっ!
 そう言ってアークがライディンの口にぶち込んだのは、焦げチョコ。
「仲直りの印です」
 にっこり。天使の微笑だ。ライディンは焦げた味に頬を引き攣らせながら、「じゃあこれは俺からのお返しだ」と、包みを渡す。
「……なんですか?」
 アークはその包みを開け、中にあるものを確認すると……再び天使の微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。せ・ん・ぱ・い……っ!!」
 がっ!!
 そりゃもう派手にライディンの口へと突っ込んだ。もやしチョコを――。
「ふがっ!?」
「あ、そうそう、さっきお嬢様が仰ってましたよね、食べ物で遊んじゃだめ、って。焦げチョコもこれも、最後まで全部食べてくださいね」
「このヤロ……っ!」
 もがもが言いながら、反論しようとするライディン。そのとき、視界の端に鉄鍋を持ったリリーが入り込む。
「あ゛……っ!」
 ライディンとアークは大慌てで仲良くしようとするが、気付いたときにはもう遅い。
「鉄拳制裁☆」
 鉄鍋が、振り下ろされた。
 その瞬間のリリーの笑顔は、そりゃーもう麗しかったという。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha0461 / ライディン・B・コレビア / 男性 / 18歳 / 狙撃手】
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■アーク・ローラン様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「甘恋物語・スイートドリームノベル」、お届けいたします。
さて。新人フットマン様、お屋敷へようこそ☆
……なんだかやりすぎてしまってすみません。一体何文字書いたんでしょう……。
瞬間接着剤が一体なぜ思い浮かんだのか自分でもわかりませんが、指が勝手に動いたことは言うまでもありません。
お気に召すものに仕上がっているといいのですが。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今回はお嬢様と先輩執事様とご一緒ということで、数カ所でそれぞれ違う描写となっております。よろしければ、他のお二方のノベルと読み比べてみてくださいね。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 4月某日 佐伯ますみ
甘恋物語・スイートドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年04月07日

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