▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『芳香の強い花束 』
皇・茉夕良4788)&海棠秋也(NPC5243)

 〜♪

 放課後。まだ空の日は高く、空も青い。
 皇茉夕良が奏でるヴァイオリンの音が窓から流れ、草木をざわめかせる。
 音。反響。共鳴。旋律。
 流麗な旋律が最後に大きく伸びて、曲が終わった。

「うん。今日の自主練習は終わり」

 茉夕良は満足しながらヴァイオリンを肩から下ろし、ケースに片付けた。
 額に汗が流れて髪の毛が張り付いている。ずっと練習していたものね。
 茉夕良は苦笑しながら汗をハンカチで拭った。
 個室を出ると、あちこちからワルツのメロディーが流れている。皆今度の定期舞踏会で流れる予定の曲目だ。

 アン・ドゥ・ トロワ アン・ドゥ・トロワ

 3拍子のリズムを指を揺らして取りながら、階段を駆け下りる。
 気のせいか、学園内が浮き足立っているような気がした。確かに怪盗が現れてからこっち、ずっと学園内は文化祭の前夜祭のように浮き足立っているが、今の雰囲気はまた違うものだ。
 そう言えば。
 茉夕良が足を止める。
 海棠さんは何の曲を舞踏会で弾くのだろう。
 前に海棠さんの同級生の人は授業にはあまり来ないと言っていた。おまけに普段から人が多い所ではあまり見ないらしい。
 それに。

「海棠さん、あんまり人にとやかく言われるの好きじゃないみたいだから、舞踏会なんて人の多い場所に、行くのかしら……?」

 海棠の性格からして、あまりなさそうな気がした。
 茉夕良はしばらく考えた後、ヴァイオリンケースを抱えて理事長館の方へと足を運ぶ事とした。

「実際訊いてみた方がいいかもしれないし、ね」

 しかし。
 海棠に関してはまだ背後がよく分からないのであった。
 前に聖栞理事長は「秋也が音楽をしている時以外は近付いては駄目よ」と言っていた言葉が引っかかる。
 もし、海棠が舞踏会に現れない場合、前に1度だけ会ったもう1人の海棠が現れるのだろうか。近付いては駄目って言うのも、一体どう言う意味だったのか……。
 そうこう考える内に、理事長館に辿り着いた。
 今日も門が開け放たれている。
 海棠さんは今日も中庭にいるのかしら? そう思い、門をくぐり、中庭に回り込もうと角を曲がろうとした時だった。

 ザワリ

 突然茉夕良を粟立つ感覚が襲った。
 何? 今はまだ昼間なのに……。
 肩を抱き締め、急に襲ってきた寒気をどうにか暖めようと、音もなくしゃがみこんだ。

「ありがとう。俺と踊ってくれて」
「……いいのよ」

 この声は、海棠さんと……誰?
 茂みに隠れて様子を伺った。
 海棠が、見たことない笑顔を浮かべていた。自然と浮かんだ微笑である。
 ワルツが流れている。この曲は……「花のワルツ」。3大バレエ「くるみ割り人形」の中の1曲である。
 海棠と手を取って踊っているのは後ろ姿のせいで、誰かは分からない。背が高い、髪の長い女性とまでしか分からなかった。制服を着ている事からして、うちの学園の生徒なのだろうけど……。
 リズムを踏み、ゆったりと2人が踊り始める。
 気のせいか、空気が変わった。
 2人の間からは、穏やかな雰囲気が伝わってくる。花のワルツは本来はお菓子の国の妖精の踊りだが、2人はまさしく妖精のように思えた。別にバレエのように跳躍をする訳でも、ポワントをしている訳でもないのに、質量を感じないのだ。
 茉夕良の先程まで感じていた寒気が、嘘のように去っていった。

『秋也が音楽をしている時以外は近付いては駄目よ』

 栞の言葉を思い出した。
 ワルツの練習に、楽器は必要ない。
 これはどっちかしら……?
 茉夕良は前のように草を踏んで音を出さないよう、できるだけ柔らかい土の部分を選んで移動した。

 ザワリ

 鼻腔を、朝露に濡れた森のような匂いがくすぐった。
 ……何?
 その匂いを嗅いだ瞬間、茉夕良の中の危険信号が鳴り響く。
 前にこんな風に感じたのは……そう。海棠さんに初めて会った時。
 やっぱりこの海棠さんは……。

「誰?」
「あ……」

 草を踏んだ音も、土を踏んだ音も出していないのに、既に海棠は気付いたように曲と踊りを止めて、茉夕良の隠れている理事長館の影を見ていた。相手の女生徒は、眉を潜め海棠の手を取ったまま一緒にこちらを伺っている。

「お客さんね。それじゃあ、私はもう行くわね」
「……ああ」

 海棠は、先程の優しげな口調は引っ込め、いつものぼそぼそとした口調に変わっていた。
 女生徒はすれ違いざまに、茉夕良に頭を下げた。

「ごめんなさいね、お待たせしちゃって」
「いえ、別に待っていた訳では……」
「そう」

 女生徒は茉夕良の横を擦り抜けて、理事長館を出て行った。
 茉夕良はぽかん、とした顔をした。

「今の方は?」
「知り合い」
「まあ、踊っている位ですから、知り合いでしょうが……」

 茉夕良はちらちらと海棠の手に視線を落とす。
 前に会った海棠の指先はきれいだが固くなっていた。こちらの海棠はどうなのだろうか。彼女の思惑を読んでか読まずか、海棠は指を折り曲げて握っていた。

「何の用?」
「えっと……海棠さんは、今度の舞踏会に参加されるのでしょうかと……」
「……分からない」

 分からない。
 茉夕良は海棠の瞳を見た。
 前に会った時と同じ、黒曜石のような瞳。相変わらず何を考えているのか目を見ても全く分からなかった。
 これは前に会った海棠さん? それとも……。

「えっと、演目をお訊きしたいな、と……」
「………」

 海棠の表情は全く変わらない。
 ただ、ちらり。と中庭に置いてあるテーブルを見た。
 テーブルには、青白い小さな花を付けた草が束ねられて置いてあった。

 フワリ

 先程嗅いだ、森の匂いの正体は、この花束だ。
 その匂いを嗅いだ瞬間、茉夕良の心臓が、破裂しそうな位に激しく鼓動した。

 コレ以上奴ニ関ワッテハイケナイ。

 それは、茉夕良の第6感の警告だった。

「……申し訳ありません。急用を思い出しました」
「……そう」

 茉夕良はそのまま頭を下げると、踵を返してこの場を後にした。
 海棠は、引き止める事もなく茉夕良を見送った。

/*/

 どれだけ走ったかは分からない。
 理事長館を飛び出し、気付けば学園の外れに来ていた。
 一体何? あの人は、誰?
 ぜえぜえと息を切らした。理由は分からなかったが、あの人が危険な事だけは、第6感が警告を続けていたのだ。
 茉夕良が息を切らしていると、温室からエプロンを着た生徒が出てきた。
 急に、ひくひくと鼻を動かすと、突然茉夕良の方を向いた。
 あら、私、何か変な匂いでもする……?

「あのー、失礼ですけど。ローズマリーの匂いしますよね?」
「えっ?」

 もしかして、さっきの花束だろうか。花束にしては地味だった気もするけれど。

「あの、青白い花の、強い匂いのする?」
「そうそう。それです。どこかで見ませんでしたか?」
「えっと……」

 理事長館に戻るのは気が引けた。

「……ごめんなさい。持ってた人どこかへ行ってしまって」
「すみません。その人どんな人か知りませんか?」
「えっと……何?」
「温室で育てていたローズマリー、誰かに全部切り取られちゃって。誰がそんなひどい事したんだろうって、皆で話してたんです」
「……ごめんなさい。すれ違っただけだから。見たら教えますね」
「お願いします」

 頭を下げると園芸部員はそのまま去っていった。
 一体、何なのかしら?
 ローズマリー……何かあったような気がする。
 怪盗、2人の海棠、ローズマリー……。
 それらを繋げる糸は、まだ揃ってはいない。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年04月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.