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『Sweet Dream【オルゴール】 』
ミース・シェルウェイ(ha3021)


 甘くむせ返るようなお菓子の匂い。
 チョコレートの、ほろ苦くて優しい匂い。
 そして、それらのような、甘く、ほろ苦く、優しいひととき。
 そのなかで微睡むのは、ミース・シェルウェイ(ha3021)――。


「ちょっとブリーダーギルドまで行ってくる。ヴィルから呼び出されてるから」
 そう言って、エミリア・F・ウィシュヌ(ha1892)はミースに手を振った。
 ミースは、彼女がどこかそわそわとしつつも、思い詰めたような表情さえ浮かべていたことが気にかかった。
 オールヴィル・トランヴァース(hz0008)からの呼び出しが何であるのか、見当はついている。だから余計に、気にかかるのかもしれない。
 もっとも、エミリアは前から落ち着きがない存在ではあるが、ここ最近は少し様子が違っていた。
 いつからだっただろう。
 いつから彼女は……あんな表情をするようになったのだろう。
 そう、確かあれは――バレンタイン。


「ミース、いる?」
 バレンタインの日、彼女はそう言って、いつも通りの笑顔でミースに会いに来た。
「これ、あげる」
 差し出されたのは、チョコレート。
 彼女の手作りだろうか。もしそうだとすれば、元々はオールヴィルに渡すことが目的で作られていたのだろう。彼に渡し、そして自分にもくれたのかもしれない。
 ありがとうと受け取れば、エミリアは「どういたしまして」と笑う。
 その笑顔に、ミースは違和感を抱いていた。
 いつも通りの笑顔。
 だけれど――どこか、悲しげな色を湛えた、笑顔。
 エミリアがこんな顔をするなんて。こんな……触れれば壊れてしまいそうな、笑顔を。
 まさか、オールヴィルと何かがあったのだろうか。
 しかしミースは、苦笑して小さく首を振る。オールヴィルとの「何か」とは、何だというのだ。
 ――あの男に限ってそれはないか。
 しかし、何もないからこそ問題なのかもしれない。
 オールヴィルは亡き妻以外の女性とは距離を保っているように見える。あらゆる意味で、近くに寄ることを許している女性と言えば、エミリアくらいか。
 オールヴィルにとって、エミリアとは一体どんな存在なのだろう。
 二人が共に行動するようになって一年半の間に、どんなことがあったのか。自分は彼女のことは大抵知っているはずだが、それでも知らない事実がどこかにあるのかもしれない。
 それはきっと、オールヴィルとのことばかりなのだろう。
 エミリアは笑う。
 いつも通りの笑顔で。
 色んな話をして、ミースを弄って。
 悲しい想いを、押し隠すかのように。
 だが、そうすればするほど痛々しくて、ミースは彼女を見ているのが苦しかった。
 ――好きだ。
 喉から、その言葉が出て行きそうになる。
 今にも彼女に触れてしまいそうで、この腕が勝手に動きそうで。
 その衝動を抑えるのに必死になっているうちに、彼女の声が遠くなる。ミースの名を呼びながら話し続けるエミリア。彼女の一言一句を聞き逃したくはないのに。
 一瞬でも気を抜けば、彼女を抱き締めてしまうだろうから。
 ――俺はエミリアが好きだ。
 そう気付いたのはいつのことだっただろう。
 ミースはゆるりと記憶を辿る。
 エルフの――長い、長い記憶。
 オールヴィルとエミリアが出逢う前から、そしてオールヴィルが生まれる前から続く、自分達の歴史。


 ミースがエミリアと出逢ったのは、まだ幼い頃だった。
 家同士の繋がりが深く、その関係で出逢ったのだ。
 ミースの家系はウィシュヌ家に仕えており、今となってはそれは形骸的なものではあるが、両家の親交は未だに厚い。
 しかしミースは、最初はエミリアと嫌々付き合っていた。
 家同士の繋がりが深いとはいえ、それは自分には何の関係もない。エミリアの突拍子もない行動で振り回されるのにも困り果てていた。
 それでも彼女との付き合いは続く。拒絶しきれず、流されるままに。
 そんなある日、ミースはトラブルに遭遇した。しかも、そのトラブルから抜け出すことができたのは、エミリアの何気ない行動だったのだ。
 彼女に救われたという恩義を、それ以後、ミースは抱き続けることとなった。
 振り回されながらも、未だにエミリアと共にいるのはそのためであるが……しかし、気が付けば、その恩義以上に自分を支配するようになったのは、エミリアへの思慕……恋慕。
 恐らく、「いつから」ではないのだろう。
 自然に感情がエミリアへと流れていったのだ。
 長い時をかけて、ゆるり、ゆるりと。


 エミリアとオールヴィルの付き合いは一年半。
 自分は数十年。
 それなのに、エミリアはオールヴィルを見つめている。
 彼はどんな方法で、エミリアの心を手に入れたのだろう。
 あっという間に、奪い去られた気がする。
 彼は決して、エミリアの手を取ることはないというのに。
 それでもエミリアはオールヴィルを見る。
 去年の今頃、彼女はオールヴィルからマフラーをもらったと言って、嬉しそうな顔をしていた。そしてそのマフラーを大切に身につけていた。
 今年は、彼から何を受け取って戻ってくるのだろう。そのとき、エミリアはどんな顔をしているだろう。
 ミースは唇を噛む。どのような表情をしていようとも、その瞬間のエミリアの心を支配しているのは、オールヴィルへの想いなのだろうから。
 できるのならば奪い取りたい。
 ――オールヴィルではなく俺を見ろと、この想いを全てぶつけたい。
 先程までエミリアはこの部屋にいた。ギルドに行く前にちょっと立ち寄っただけなのだろう。
 ミースはふと窓の外を見る。外の景色にエミリアはいない。だが、用が終わればきっとまたここに来るのだろう。
 窓から見えるあの角を曲がって、何かを腕に抱えて、そしてオールヴィルのことを考えながら。
 あの日……あの悲しみを抱いた笑顔を浮かべていた日、「俺を見ろ」とエミリアに言えていたなら、今頃どうなっていたのだろう。
 だが、ミースは言うことができなかった。その思いを抑えることで必死だった。
 いくら悲しみを抱いていても、エミリアの目に映るのはオールヴィルだ。
 そして、ミースは何よりもエミリアの幸せを願っている。
 そのエミリアがオールヴィルを選ぶのなら――仕方がない。
 そう、思っていた。
 ――しかし、このやるせない気持ちはどうすればいい?
 窓に水滴がつく。
 雨が……降り始めた。
 まるでそれは、エミリアの涙のようで……ミースは何かを直感的に悟り、彼女が前にここに忘れていった傘を掴んで部屋を飛び出した。


「ミース……?」
 エミリアはミースに気が付き、目を丸くした。
 どれくらいここで待っただろう。ミースの体はすっかり冷え切ってしまった。吐く息の白さは、大気の冷たさを見せ付ける。
 ようやく姿を現したエミリアは、予想通りその腕いっぱいに荷物を抱えていた。だが、ひとつだけ予想外だったのは――隣に、オールヴィルがいたことだ。
 少し大きめの傘に、二人は一緒に入っていた。
 ミースはまず、エミリアを真っ直ぐに見つめる。どこか様子のおかしいところはないか、それだけが気がかりで。
 ――瞼が、腫れてる?
 彼女の瞼は少し腫れ、目の周囲は赤くなっていた。
 ――泣いたのか。
 ぎり、と奥歯を鳴らす。今でこそ笑顔のエミリアだが、ギルドで一体どれくらい涙を零したのだろう。
 ――泣かせたのか。
 そして、オールヴィルへと視線を移す。
 エミリアに何を言った?
 傷つけたのか? 苦しめたのか?
 オールヴィルはミースの視線を真正面から受け止め、一切視線を逸らそうとはしない。
 ――悪いのは、全て俺だ。
 そう言うかのように。
 そしてオールヴィルは、そのまま何も言わずにミースの元へとエミリアを連れ来た。
 彼等が近付くにつれ、エミリアが近付くにつれ、彼女の表情が少し穏やかになっていく。ミースの姿を見て、安堵したのだろうか。
「お帰り、エミリア」
 ミースは自身が持つ全ての優しさで、エミリアを包む。
「……じゃ、確かに送り届けたから」
 オールヴィルはそう言うと、ミースにエミリアを託した。
「……傘、持てないから……ミースの傘に入れてくれる?」
 エミリアはミースの傘の中に入ると、ヴィルを振り返った。
 もう彼はミース達に背を向けていて、軽く手を振っているだけだ。濡れている右肩は、今はもう傘の下に入っている。
「あの男は、利き腕を平気で冷やすのか」
 ミースがぽつりと呟いた。
 利き腕を冷やすことは、敵地においては致命傷に繋がる。
 ここが敵地ではないとはいえ――あれほど無防備に利き腕を冷やすとは。
 もし、誰かがオールヴィルやエミリアに襲いかかったら、どうするつもりだったのか。
 冷え切った利き腕で、エミリアを護れるのだろうか。
 それとも……それほどの自信を、持っているのか。
 利き腕が濡れるのも、冷えてしまうのも気にならないほど、エミリアを雨に晒したくなかったのか。
 どのような理由であっても、オールヴィルが利き腕を雨に晒していた事実はミースの心に深く沈み込む。
 エミリアの体は、一切雨に濡れていない。それが全てを物語っているようでもあった。
「……大丈夫、あれくらいでどうにかなるような腕じゃないだろうし、風邪を引くようなヴィルじゃないから」
 エミリアが笑う。それは、彼を理解し尽くしている言葉。
「……ふーん?」
「だって、熊だし」
 思わず素っ気ない返事になってしまったというのに、エミリアは満面の笑みを返してきた。
 泣きはらした目。しかし、どこかすっきりしたような笑顔。
 一体、オールヴィルとどんな言葉を交わしたのだろうか。
「帰ろう? ミースにもどら焼きあげる。沢山あるんだ。温かいうちに全部食べないとね」
 その言葉に、ミースは一瞬だけ頬を引き攣らせる。
「ぜ、全部って……その袋の中身、全部……か?」
 エミリアが両腕で抱えている袋。その中が全てどら焼きだとすれば、とんでもない量になる。オールヴィルは一体何を考えてエミリアにどら焼きを――ああ、そうか。
 ふと気づき、ミースは苦笑する。
 ――エミリアを、喜ばせようとしただけか。
 泣かせてしまったことの償いとか、そういった深い意味よりも何よりも。
 きっと、純粋にエミリアを喜ばせて、笑わせてやろうとしただけなのだ。
 自分も同じだから、よくわかる。
 ――俺は、エミリアが笑ってくれれば、それでいい。
「もちろん」
 しかしエミリアはそんなミースの気持ちに気付いてか気付かずか、先程の問いに対して力強く頷くと、袋からどら焼きをふたつ取りだしてミースと自分の口に押し込んだ。
 ――しゃらん。
 ふいに、彼女が袋と一緒に抱えていたオルゴールが微かな音を立てる。
 熊の頭上に乗っている猫。
 どこかエミリアに似た……猫。
「おいひ♪」
 どら焼きの甘さに笑みを零すエミリアと、その猫の顔を見比べてみる。
 そして、熊の顔も。
 少し困ったような、それでいて嬉しそうな。
 猫が落ちないように、手でしっかりと支えている熊。
 その熊の姿はオールヴィルなのだろうか。
 しかしそう思いながらも……自分自身とも、重なった。
 ――俺もオールヴィルも、こんなふうにエミリアに振り回されているんだな。
 そして、こんな顔で……いつも彼女が危険な目に遭わないように支えているのだろう。自分も、オールヴィルも。
 ――悪い気はしない。
 ミースはくすりと笑い、口に突っ込まれていたどら焼きを数口頬張る。
 ……いつか、きっと。
 幸せそうにどら焼きを頬張るエミリアを見て、密かな決意を心に抱く。
 ――いつの間にか、雨はあがっていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha3021 / ミース・シェルウェイ / 男性 / 21歳(実年齢63歳) / ウォーリアー】
【ha1892 / エミリア・F・ウィシュヌ / 女性 / 20歳(実年齢60歳) / ハーモナー】
【hz0020 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳 / ウォーリアー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ミース・シェルウェイ様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「甘恋物語・スイートドリームノベル」、お届けいたします。
ミース様の内面にドキドキしつつ、あーでもないこーでもないと色々と頑張ってみました。
通常の一人称は「私」なのに、エミリア嬢に関することでは「俺」な部分などもドキドキさせていただきました。
今回、エミリア・フォン・ウィシュヌ様とご一緒ということで、それぞれの視点での話を展開させていただきました。
エミリア嬢が不在の間に思考する様や、熊への感情など、ご希望に添える形でうまく表現できているといいのですが……。
密かに、お二人の幼い頃のエピソードなどが気になって仕方がなかったりします(笑

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
寒暖の差が激しいですので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
2010年 4月某日 佐伯ますみ
甘恋物語・スイートドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2010年04月13日

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