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『梅東風の町中を 』
時永 貴由(ea2702)&御神村 茉織(ea4653)&逢莉笛 舞(ea6780)

「なんだ、これは? 投げ文‥‥?」
 僅かに怪訝そうな表情で、御神村 茉織(ea4653)が自身の部屋へと投げ込まれていた結び文を手にして首を傾げたのは、ほのかに梅の香りの漂うとある春の日の朝のことでした。
「‥‥気配を感じなかったんだがなぁ‥‥って、この字ぁ‥‥」
 目を瞬かせて慌てて文の中身を確認してから、まだ肌寒い風が吹くこともあってか、一枚ひっかけて飛び出す御神村。
 指定してあった場所は既に廃墟と化した神社の境内で、付近は昼ともなればそれなりに賑わいはするものの、流石にここまで人はあまり上がってこず、ましてや今時分はまだ朝、そして、呼び出しも、朝。
「危ねぇ、気付くのがあと少し遅れてたら呼び出しに遅れちまってたな」
 言いながら急ぎ足を進める御神村は、口の中だけで小さく良い機会だしなと呟いて。
 御神村が急ぎ足を進めている先、件の神社には時永 貴由(ea2702)が落ち着か無げな様子でうろうろと三歩程の距離を行ったり来たり、傍から見れば独楽鼠であるかのようにくるくると歩き回っておりましたり。
「このままでは色々と差し障りもある、御役目に支障が有るぐらいならいっそまずは当たって砕ければ‥‥砕ける?」
 砕けてどうするのだ、と、それこそ朝もはよから幾度も同じことの繰り返しを続けているようで。
「なぜ私は投げ文などと‥‥」
 挙句に自身のしたことに対して頭を抱える始末、文を投げ込んだ時には決まっていたつもりの覚悟も、いざその時が迫ればどうにもならないようで。
「‥‥ここ、だよな‥‥?」
 ふいに貴由の耳に聞こえてくるのは御神村の声。
 急ぎやってきた御神村は境内へと向かう階段の前で息を軽く整えて見上げ呟くと、ゆっくりと足を進め、視界へと入ってきた境内に居る貴由の姿に気がつき、目が合うと軽く手を挙げて微笑みかけようとして‥‥。
「‥‥へ‥‥?」
 次の瞬間身を翻して駆け去る貴由の後ろ姿、軽く手を挙げかけたまま固まった御神村は、暫し声もないようだったのですが。
「何で‥‥呼び出しておいて逃げるんだ‥‥?」
 目を瞬かせて何とかそれだけ口にするも、はっと我に返ったのか、慌てて貴由の跡を追うのでした。

「それで‥‥近頃はどうされているのでしょう?」
 穏やかな様子でそう口を開いたのは、凶賊盗賊改方長官長谷川平蔵が妻、久栄。
「は‥‥それなのですが‥‥」
 春の訪れを感じさせる梅の花を見上げながらのんびりと談笑していた様子の久栄は、共に来ていた逢莉笛 舞(ea6780)へと穏やかな微笑みのままに尋ねれば、微笑みを浮かべ花を見上げていた舞は顔を向けると微苦笑気味に口を開きます。
「どうにも、あの二人はぎくしゃくしているようで‥‥私から見たところでは、互いに意識をし過ぎといったところなのですが」
「まぁ‥‥役宅の皆様も様子が可笑しい、とは申しておりましたが‥‥殿様も、あのお二人のことがやはり気にかかるようにございますし」
「なるほど‥‥まったく、傍から見ていれば、確かに何をもたもたしているのだと思いますが‥‥あ。久栄様、本日はもう少し足を延ばしてみようと思うのですが、如何でしょうか?」
 のんびりと穏やかな陽気の中並んで楽しげに談笑していれば、舞も久栄もゆっくりと歩き始め、暫しの間舞の案内で進む道行き。
「あ、久栄様、それに舞さん」
「おや、清之輔殿、それに一之丞殿か」
 向こう側よりやって来た少年に気が付けば、一之丞は元気良く声を上げ、清之輔はぺこりと頭を下げます。
「本日は道場に?」
「はい、父上にと母上から言付けを頼まれまして、行く前にこちらの方へ参った次第になのです!」
 にこにこと笑うと元気良く言う一之丞、その様子に舞と久栄も笑みを浮かべると。
「そういえば一之丞殿はそろそろ元服か」
「来年です! 僕も立派な同心となる為修行中なのです!」
 きらきらした目をして言う一之丞を清之輔は少し羨ましそうに見ると、ふと舞へと顔を向けて首を傾げます。
「御二人はどちらかへお出かけですか?」
「ああ、久栄様と梅見物だ。久々に孫次のところにも顔を出そうかと思ってな」
 その後も二言三言言葉を交わしてから分かれ舞と久栄は歩き去ると、一之丞と清之輔は勉学のことなど話しつつ改方の役宅前へとやって来ます。
「あれ‥‥? 貴由さ‥‥」
「あぁ、二人とも済まない、また今度っ」
「‥‥ん、行っちゃいましたね‥‥」
 ふと視界に入った急ぎ足でやってくる貴由に声をかけようとした二人ですが、貴由が物凄い勢いで駆け去って行ってしまうのを見送ると、流石に何事とばかりに与力の津村武兵衛と早田同心も門から出て来て貴由の去ったほうへと目を向けていて。
「御神村? 何事だ」
 そこに駆け込んできたのは御神村、早田はすわ事件かとばかりに見るのですが少々ばつが悪い様子の御神村は少し目を彷徨わせると口を開いて。
「あー、いや、貴由はこっちに来なかったですかい?」
「先程、物凄い速さでこちらを駆け抜けていかれました!」
 一之丞の言葉に礼をいう間も惜しんで駆けだすその様子を見て、顔を見合わせる大人と子供。
「何かあったんでしょうか‥‥?」
 貴由が逃げて御神村が追うという不思議な情景は、そこに何か誤解の種を蒔いてしまったようです。

「あ、時永さ、ん‥‥?」
「すまない、匿ってくれ!」
「こらそこ、そこには薬草がある、少し横に避けよ」
 逃げまどう中で見覚えがあるような気がした裏手の塀をひらりと飛び越えて入って来た貴由に気がついたのは、用事で顔を出していた受付の青年と薬を取りに来ていた伊勢同心、そしてその家の持ち主である涼雲医師。
「匿えと申しても、直ぐに見つかるであろうな」
 塀を超えてかすかに見える頭に涼雲が言えば、失礼とばかりに履き物をさっと脱いでひっつかむと、そこより部屋を抜け正面へと真っすぐに突っ切って逃げていく貴由に受付の青年が目を瞬かせていれば、裏口を開けて入って来たのは御神村。
 視界の端にちらりと駆け去る貴由が見えたか、同じように会釈をしてからではあるものの突っ切って後を追う姿に表情一つ変えずに僅かに顎を擦る伊勢。
「さては御神村め、時永に何かけしからぬ事でもしたか?」
 本心としてはさっぱりそんな事は思っていないのですが、早田が言葉を濁されたことを言えば、それも相まって暫くの間同心たちの間でけしからぬやら羨ましいやらと好き勝手な憶測とともにさっぱり心当たりのない噂に御神村が苦しむのはまた別のお話。

「もう、鶴吉君に置いてかれちゃってるわ」
「父上にも母上にも、伯父上にも大きくなれとたんと食べされるからね。あぁでも、楽しみだなぁ、弟かな? 妹かな?」
 大きな荷物を抱えて楽しげに歩く美名と鶴吉の姿を前方に確認して、貴由は漸くに足を止めて。
「あ、貴由さん、どうしたんですか?」
 美名が不思議そうに首を傾げながら言えば、何とか息を落ち着けて何とか微笑を浮かべる貴由。
「二人とも、元気そうだな。御使いの帰り、かな?」
「はい、母方の伯父に呼ばれて二人で行って来たところなんです」
 鶴吉が頷いて答えれば、少し考えるときょろきょろとあたりを見回すと貴由は改めて口を開いて。
「えぇと、それはそうと、頼まれて貰えないか?」
「どうしたんですか?」
「その、茉織が来て私がどちらに行ったか聞かれたら、左の道を行ったと答えて欲しい」
「え‥‥えぇ、良いですけど‥‥」
「助かる、それじゃあまたっ」
 言ってまた駆けだすと、右手の道を行く貴由を見送って顔を見合わせる鶴吉と美名。
「鶴吉に美名か、ちょうど良かった、ちぃと聞きてぇんだが」
 直ぐに急ぎかけてきた御神村と遭遇して言われた意味を理解する二人。
「貴由が来なかったか? 来たなら、どっちへ行った!?」
「え、えぇと‥‥その、左に‥‥」
「助かった!」
「‥‥行ったと言えと言われました‥‥」
 最後の言葉は御神村の耳には当然届かず、頬を掻き鶴吉は困ったように呟いて。
「あっちの道って、良く考えたら今道が悪くなっててぼこぼこ穴空いてたんじゃなかったかな‥‥」
「あ、鶴吉君、そういえば父様から孫次さんに手紙預かってなかった? 急いで寄らないと遅くなっちゃう」
 用事を思い出した美名がそう言って鶴吉を引っ張っていくと、鶴吉も心配そうに御神村の消えた道へとちらちら目を向けながら歩いて行って。
「今日はなんだか知り合いばかりと会うな」
「舞さん!」
 ちょうど二人が孫次のところへとやってくれば、ぶらりと舟で梅見物をしていた舞と久栄を乗せて孫次が戻ってきたところで、小座敷へと美名たちを加えてやってくると、孫時に手紙を渡してから、鶴吉は舞へと口を開きます。
「あの、貴由さんと御神村さん、何かあったんですか?」
「さっき貴由さんが逃げて御神村さんが追いかけてましたよ」
 美名も言えば目を瞬かせる舞ですが、直ぐにその表情は微苦笑へと変わり。
「まぁ、個人的なことだろう。事件や怪しい動きを察知したわけではないだろうから、そんなに心配しなくて平気だ」
 そういえばほっとした表情の二人、舞は二人が抱えている荷物を見ると。
「ところで、随分と大荷物だな。それに二人でこちらまで来るのは珍しいんじゃないのか?」
「あ、その‥‥母方の伯父に呼ばれて‥‥そのついでにこちらに手紙を持って来たんです、その、今ちょっとうちの中がばたばたしていて」
「何かあったのか?」
 今度は逆に少し心配げに鶴吉と美名を見る舞に反し、二人は嬉しそうに笑って頷くと。
「僕たち、弟か妹ができるんです! 僕たちも嬉しいし、父も母も勿論ですけど、伯父も大層喜んで、話を聞こうとここのところ良く呼ばれるんです」
「そうか‥‥それは本当に良かった」
 舞が笑って言えば、二人の親は久栄もよく知っている相手だからでしょうか、殿様に伝えて御祝いを、と華やいだ声で笑みを浮かべる久栄。
「くれぐれも宜しく伝えて欲しい」
「はいっ! じゃあ、失礼します」
 ぺこりと頭を下げて荷物を改めて抱えあげる鶴吉は、美名と楽しそうに寄り添ってあれこれ話しながら家路について。
「そろそろ夕暮れ時か‥‥」
「春の日はどの頃合いも穏やかで好い心持にございますね」
 舞と久栄は廊下へと出てほのかに感じられる梅に穏やかな心持のままほんのりと日が傾き空の色に種が混じり始めるのを見上げ――。
『孫次っ! 匿ってくれっ!』
 穏やかな時間は、唐突に破られるのでした。

「孫次っ! 匿ってくれっ!」
「へっ? な、何かあったんですかい?」
 小座敷の隣の間で受取った手紙に返事を書いていた孫次は、突然飛び込んで来た貴由に目を白黒させるも、匿うという言葉に慌てて立ち上がると油断なく周囲へと目を走らせるのですが、怪しい気配は見当たらず。
「良いから匿え!」
「あ、あわわ、一体全体その、何が‥‥」
「こら、貴由。孫次が流石にその剣幕に怯えているぞ」
 危険が迫っているのとは別の妙な気迫に対応に困ったかあわあわしている孫次、助け船を出したのは舞です。
 襖を開けて貴由に声をかければ、久栄も御茶を用意して、とりあえずは一息つかれては、と声をかけるのですが‥‥。
「早く隠れないと‥‥」
「流石にその座卓の下に隠れるのは無茶だろう。良いからほら、出てくる」
 舞に止められ促されて、孫次の使っていた座卓の下に潜り込もうとした貴由は落着きなく視線を彷徨わせて。
「さっき鶴吉と美名から聞いたが‥‥前にも言ったろうに、逃げ続けていてもどうにもならないと」
「逃げ続けられてはどんな殿方も心が折れてしまうとも申し上げましたわ」
「ぐっ‥‥」
 思わず言葉に詰まる貴由、事態に付いて来られずまごついていた孫次ですが、ふと来客と聞いて迎えに行けは、こちらに久栄と舞が来ていると聞いたのでしょう、平蔵が立ち寄ったところで。
「なんだ、お前ぇ、まぁだ逃げ続けてんのか?」
「い、いえ、今日こそはと思い、茉織を呼び出したのですが‥‥」
「待て、茉織を呼び出しておいて、逃げたのか? いつまでも逃げていないで、いい加減勇気を出せ」
 貴由の言葉にふぅと息をついた舞は、中庭へと駆け込んでくる御神村に気がついてちょいちょいと手招きしつつ、部屋から貴由をていと放り出してぴしゃりと障子を閉めてしまって。
「では、長谷川様、久栄様、一杯やるとしますか。孫次も途方に暮れていないでこちらに」
 舞の言葉で四人は部屋に集まり、中庭の二人の話を肴に一杯と始めるのでした。

「ったく、話位させろよな?」
 さらに逃げようとした貴由を捕まえて言う御神村は、中庭の梅の木の影、ぐいと引きよせるようにして抱きしめます。
「もう逃げられるのは御免だ。ずっと俺が捕まえといてやる、嫌って言っても許さねぇ。‥‥好きだぜ」
 しっかりと抱き締めて御神村が言えば、今日一日久しぶりに見たいくつもの顔を思い出し、僅かに目が潤むと、抱きしめる御神村の方にぽふと額を当てる貴由。
「‥‥私も‥‥」
 掠れた声で小さく貴由は口を開いて。
「‥‥私も、好きだ‥‥」
 漸く聞けたその言葉に深く息をついて抱きしめたまま貴由の髪をくしゃりと撫でると、御神村はいつの間にか日の落ちた空に浮かんだ月に照らされる梅の木を見上げて。
 障子が開けられ宴に加わるように声をかけられる迄の僅かの間、梅の香が鼻をくすぐる穏やかな風の中、二人は抱きあって寄り添っているのでした。
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2010年04月15日

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