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『 ■ 雪の宿 ■ 』
イシュカ・エアシールド(eb3839)

 其処は銀世界。
 気温は氷点下で、呼吸をしたなら喉の奥まで冷たくなるような寒さだけれど、吹く風が纏う雪の匂いはどこまでも澄んだ清らかさを感じさせてくれ、また一面に降り積もった雪原には小さな動物達の足跡が残り、木々の凍った枝は真っ青な空に昇る陽の光りを受けて誇らしげに輝いていた。
 街から徒歩では到底来られない山奥の、木々の合間にひっそりと佇む木造家屋。
 その玄関から着物姿の女将が姿を現した。
「あらお客さん、もうお着きでしたのね」
 女将は気持ちの良い笑顔を浮かべると、到着に気付か無かった事をまず詫びて客人の持つ荷を受け取ろうとする。
「ようこそいらせらませ【雪の宿】へ。此処は雪と自然と、温泉以外には何もない宿ですけれど、そのぶん大切な方とゆっくり過ごす事が出来ると思いますよ」
 そう言って家屋の最奥、露天風呂の付いた客室を案内する。
「温泉は掛け流しですから、一日中、好きな時に何回でもご利用下さい。お布団と浴衣はあちらの押入れに用意してございます。もしご希望でしたら雪山を滑る道具なんかもお貸し出来ますから気軽にお申し付け下さいませ。とは申しましても、雪山は足で登らなければなりませんから、些か苦労されるでしょうけれど」
 恐縮そうに告げて、女将は深々と一礼する。
「それではどうぞごゆるりとお過ごし下さい」
 出迎えた時と同じ穏やかな笑顔で言い残すと、女将は襖を閉じてその部屋を後にした。

 さぁ、二人きりの時間が始まる――。


● 夢

 ――‥‥!
 ――――‥‥‥‥!!

 遠く聴こえる声は言葉にならず、激しい音の荒波となりて襲い掛かる。
 何を求め何に怯え、‥‥何に縋るのか。

「‥‥ごめんなさい‥‥  ‥‥」

 ただ一人の、貴方の手。


● 独り

「‥‥?」
 誰かの声が聞こえた気がして目を開けるも、イシュカ・エアシールド(eb3839)の視界には薄暗い闇が下りるだけ。周囲の物音は自身の荒い吐息と早い心音に掻き消されて状況を伺い知る事すら出来ない。
(「此処は‥‥」)
 何処だろう。
 自分はどうしたのだろう。
 何とかして周囲の状況を知ろうにも体が動かず、辛うじて動いた指先は、しかし冷たい何かに触れて痙攣した。
(「なにが‥‥っ」)
 冷たかった。
 怖かった。
 一瞬にして体が冷えた。
「‥‥っっ」
 血が凍る。
 ‥‥呼ばれる。

 ――‥‥!
 ――――‥‥‥‥!!

「ぁ‥‥っ!!」
 視界を覆う闇の向こうから自分を招く無数の手。
 手、手、手、手、手!!
「ぁああっ‥‥!!」
 叫び、手指の痙攣は全身を襲い闇までも歪ませる。
「いやあ、ああっ、あああっ!!」
「イシュカ!!」
「っ!?」
 不意の声に彼は弾かれた。
 心臓が激しく揺れ、そうして初めて感じたのは、痛み。
「イシュカ、しっかりしろ」
「‥‥ぁ‥‥」
 温かな手に、手を握られていた。
「イシュカ」
 繰り返される呼び声が闇に光りを射し込ませる。
「イシュカ、もう心配ない」
「‥‥っ」
 光りの温もりに包まれたイシュカは深い息を吐き出した。そうだ、もう心配ない。此処には彼が居る。
 ソード・エアシールド(eb3838)が。
 いまだ包み込まれたままの手に込められるだけの力を込めて握り返し、イシュカは再び目を閉じた。あんなにも冷えていた体が今は熱い。そうしてようやく彼は自覚する。
 また、熱を出したのだと。


● 二人

 熱を出すと決まって見る夢は過去の悪夢だった。
 火照る体とは真逆の、凍えそうになるほど冷えた世界で汚泥から伸びる無数の手に捕まる夢。逃げても、逃げても、決して逃れられない追跡者が何であるかを知っていればこそ、イシュカは逃げることも出来ずに膝を抱えて蹲った。手に捕まり、闇に囚われ、目を閉じて耳を塞ぐ。そうして自身を現実から切り離してしまえればと一体どれほど願ったか。
 願って、祈って。 
 ‥‥それでも此処に在り続けたのは、闇に捕らえるのとは違う、光りの中に引き戻す手があったからだ。

 ――‥‥  ‥‥

 闇に囚われている頃はむしろ光りの方が恐ろしく、彼の手からも逃げようとした。けれど彼の、ソードの手は決して自分を傷つけないと心が理解した時、イシュカの瞳に映し出された世界は澄んだ青空と陽の光り。
「イシュカ」
 低く淡々とした呼び声は、けれど揺ぎ無い大地のようにイシュカを立ち上がらせたのだ。
「‥‥ソード‥‥?」
「具合はどうだ」
 視界が潤んでいるのは、これがまだ現実ではないからだろうか。それを確かめたくて腕を動かそうとするも体が重くて言う事を聞いてくれない。声を発するのも辛い。
「‥‥っ」
「イシュカ」
 すぐ傍から聞こえてくる声は確かに彼の存在を伝えてくれるけれど、掴めない距離感がもどかしく、切なく、それでも言えない言葉だったのにソードは聴いてくれた。
「ぁ‥‥」
「大丈夫か」
 彼に握られた手がふわりと浮く。
 ただそれだけで、楽になる。
「ソード‥‥ッ」
 涙が零れた。
「‥‥どうした」
 心配そうな声と共に厳つい指先が目尻に滲む涙を拭う。もう何度こんなふうに救い上げられて来ただろう。
 自分のせいで逃げなければならなかった日々も短くない。体に残るほどの傷を負わせた日も無数にある。にも関らず、決して傍を離れずに居てくれた『親友』。
「ソード‥‥」
 呼ぶ、名は。
「ソード‥‥っ」
 目には見えぬ傷を負い続けてきた細い指で、自分を守り続けてくれた手を握る。何かを訴えるかのように何度も何度もソードの名前だけを呼び続けるイシュカを、彼も心配したのだろう。
「どうした」
 同じ問い掛けを、今度はイシュカのすぐ傍で発した。吐息が重なるような至近距離、耳朶に囁くように声を掛けてやればイシュカの潤んだ視界に揺れる金の髪。
「――‥‥」
 その合間に見え隠れする蒼穹の蒼は、まるで晴れの日――。
「‥‥っ」
 イシュカは目を眇め、目尻を濡らした。
 どうしてこんなにも綺麗な命が傍に居てくれるのだろう。寄り添ってくれるのだろうか。何の取り柄もないばかりか、迷惑しか掛けられない、傷つける事しか出来ない、他人と接する事を恐れいつだって逃げ出したいと考えてしまうような自分の傍に、どうして。
 何一つ返す事も出来ないのに。
「‥‥私が‥‥」
「ん?」
 イシュカは思う。全てを包み込んでくれる優しい人。頭上に広がる空のようにいつだって見守ってくれている、温かな人。
 傍にいたい。
 これからも、誰よりも近い場所で貴方を感じていられればと、熱に浮かされた思考がイシュカに紡がせた言葉。
「私が‥‥女性だったら、良かったのに‥‥」
「――」
 もしもこの身が――そんな事を話せばキリが無いけれど、イシュカは本心からそう思う。クレリックの自分、神聖騎士の彼。禁忌に触れると承知していながらも抱かずにはいられなかった思いは、祈りに近く、願うには遠い『想い』。
 心の中に紡ぐだけの秘密。
 だからイシュカは返答を必要とせずに瞳を伏せた。高熱が彼の意識を再び闇に引きずり込もうとしたのだ。だが、イシュカの表情は穏やかだった。
 その手がソードの手に包み込まれたままだったから。


● 晴れの日

 目が覚めると、襖の閉じられた窓の向こうから微かな光りが射し込んでいた。今が何時なのだろう、此処が何処なのだろうと不思議に思いながら隣を見遣れば、胡坐を掻いた体勢のまま眠っている親友の姿を見つけた。
「ソード‥‥?」
 起こそうと腕を伸ばし掛けて、その手が相手の手の中にある事に気付く。一晩中握っていてくれたのだろうか。そう思うと無意識に顔が歪み、しかし直後に誰かが部屋に入って来る気配がした。
「‥‥っ」
 音を忍ばせ、そっと近付く誰かは壁の向こうで膝を付くと両手でスッと襖を開け。
「あら」
「!」
 見知らぬ女性の顔にどきりとしたイシュカは、握り合う手を見られぬよう布団の端で隠す。部屋に入ってきた女はそれに気付かぬ様子でイシュカの額に手を伸ばしてきた。
「少し失礼しますね」
「っ」
「あら‥‥」
 あからさまに怯える様子のイシュカに、女性は手を止めた。触れない方が良さそうだと察したのだろう。静かに微笑むと手を引き、声を掛ける。
「昨夜はひどい熱でしたけれど、今朝の気分はどうですか?」
「熱‥‥?」
「ええ。お連れ様が青い顔でお客様を運びこまれて来て、私共も心配致しましたよ?」
 言いながら立ち上がった彼女は窓を開けて外の光りを惜しみなく室内に差し込ませる。外には吐息を白く色づかせそうな凛とした空気が流れ、早朝の陽を雪が反射する事で世界は光りで溢れていた。
「此処は雪の宿。何もない山の中ですけれど良い温泉がありますから、もし調子がよろしいようでしたら是非ご利用下さいませね」
「‥‥はい‥‥」
 イシュカが遠慮がちに応じれば女性は再び微笑み、彼女の声で目が覚めたのだろうか。顔を上げたソードが明るい室内に目を晦ませつつイシュカも起きている事に気付く。
「‥‥気分はどうだ」
「‥‥っ」
 イシュカは言葉を詰まらせ、ただ、頷く。
 二人の様子を見て何かを察したらしい女性は「ごゆっくりどうぞ」と微笑み部屋を後にし、残された二人は決まりの悪い顔でしばし微妙な沈黙が続いた。
 それを破ったのはイシュカの方。
「‥‥私は、また熱を‥‥?」
 ソードは一つ頷き「疲れが溜まっていたんだろう」と続ける。
「‥‥また迷惑を掛けてしまいましたね‥‥」
「いや」
 恐縮する親友に、ソードは低く否を唱え布団に隠された二人の手を見つめる。
「‥‥熱は、下がったな」
「ええ‥‥」
 動く指先で相手の手を撫でる。
「‥‥あの‥‥」
 イシュカは微かに頬を染めて五本の指先に力を込め、ソードは何も言わずに視線で応じて、‥‥それだけ。
 どちらとも手を離す事が出来なかった。
(「‥‥聖なる母よ、お許し下さい‥‥」)
 イシュカは心の中、仕える神に懺悔する。己が罪深い子羊である事は痛いほど自覚している、救われることのない魂だと言う事も承知している。けれど、彼だけは。
(「ソードだけは光りの世界で生きられますように‥‥」)
 どのような苦しみも、罰も、全て自分が受け入れるから、彼に向かうであろう不幸は全て自分に来る事を。
(「そのためで良いのです‥‥ですから、どうか‥‥彼の傍に居させて下さい」)
 傍に。
 彼の光りを守る為に。
(「ソード‥‥」)
 光りの中で瞳を伏せるイシュカを、ソードは静かに見つめる。
 相手の思考は手に取るように判る。
 ならばと彼が願う事も、一つ。

 どうか、明日も共に在る未来を――。


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■登場人物
・eb3838 / ソード・エアシールド / 男性 / 40歳 / 神聖騎士 /
・eb3839 / イシュカ・エアシールド / 男性 / 40歳/ クレリック/

■>イシュカ・エアシールド様
 ご依頼ありがとうございました。お二人の大切な一時、心を込めて執筆させて頂きました、月原みなみです。
 お気に召して頂ける事を心より願っております。
 AFOは終わってしまっても、これからも続くお二人の時間を影ながら見守らせていただければ幸いです。

 今回はご依頼下さいまして本当にありがとうございました。

 2010/04/22

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2010年04月23日

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