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『 白銀の異世界 』
アーシャ・イクティノス(eb6702)

●白い少女
 そこは一面の銀世界。
 まるで絵画の中のような風景に、女はいた。
 少女といっても差し支えのない無垢な容貌。銀色の髪と白い肌はまるで雪の妖精を思わせる。
 事実、彼女は人間ではない。銀髪から覗く尖った耳がそれを証明していた。
「おかしいな‥‥いつの間にこんなに積もったんだろう‥‥教会ってどっちでしたっけ‥‥?」
 雪の妖精が雪景色に迷うとは笑い話もいいところだが、彼女は雪の妖精でもない。雪の妖精が鎧など着る筈もない。
「エルディンさーん、どこーーー!?」
 声は雪に吸い込まれ、空には響かない。
「参ったな‥‥ここ‥‥ノルマンですよね‥‥?」
 途方に暮れる女に黒い影が近づいていた。

●黒衣の青年
 真っ白な景色にその黒は嫌が応にも目立つ。
「エルディンさん!?」
 それはカソックを着た金髪の男だった。そして彼も女と同様に耳が尖っている。
 エルディンは走っていた。背後のものから逃げながら。

 女は何故、先にエルディンを見つけたのだろう。
 確かに雪景色に黒は目立つ。
 だがそれ以上にこの大きさは目を引かない筈はないのだが――。

「ぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
 遠くからエルディンの悲鳴が聞こえる。
 エルディンを追うもの。それは高さ5mにも及ぶ竜。
「ド、ドラゴン!?」
 女は戦慄するが、それが只の竜でないことは明らかだ。
 まず表皮が金属で出来ている。生き物であるかどうかも怪しい。
 そして、
 口からは雪玉を吐いていた。

「ぁぁぁああああ〜〜〜!! あ、アーシャ、無事でしたか!」
 エルディンは雪玉を必死に避けて女――アーシャの元に走りついた。
 必死にもなろう。雪玉とはいえあの速度は当たれば死ぬ。中に石とかなくても充分死ぬ。
「な、何ヘンなの連れてきてるんですか!?」
 全力で批難するアーシャ。
「か、勝手についてきたんですよっ!」
 必死に抗弁するエルディンの後頭部を雪玉が狙う。
「危ないっ!」
 それを守るべく左手をかざすアーシャ。アーシャの左手が不可視の盾を形成する。
 次の瞬間、アーシャはエルディンもろとも後方に飛ばされた。約1mほど。
「‥‥‥‥ッ!!」
 優れた剣士であるアーシャは即座に理解した。
『この敵は拙い』と。
 これは雪合戦で済むレベルではない。

 続けて二弾、三弾がアーシャ達を襲う。
「しまっ‥‥!」
 だが、アーシャを狙うそれは今度は白く輝く壁によって阻まれた。
「エルディンさん!」
「‥‥この世界でもセーラ様の御加護は働くようですね――!」

●それなんてG?
 バグア達は困惑していた。
 約束の時刻より半日ほど早いこと。
 敵が二人しかいないこと。
 そして、二人がおかしな格好をしていること。
「能力者共が派手な格好をしているのはいつものことだが‥‥コスプレとかいうやつか?」
 それにしても雪しかないこんな場所でわざわざ変わった衣装を着る意味があるだろうか。

 ロシアと呼ばれる地の辺境。
 そこにいるバグア軍とUPC軍は共に戦力を疲弊させていた。
 共に、援軍を向かわせる余力もなく、また、戦略上重要な拠点とも判断されずに小競り合いを繰り返す毎日。
 勝っても負けても両軍の大局には影響を及ぼさない。
 かといって負けてやる義理もない。敗戦の責任だけはしっかりと負わされるだろう。

『平和的かつ効率的な手段で決着をつけないか?』

 両軍、この提案に合意し、この地での命運をかけた地球人と侵略者の雪合戦が開催されたのだった。

●THE・雪合戦
「ジ・アースじゃない?」
「そのようです。キエフに酷似した気候のようですが、キエフにあのような竜はいません」
 アーシャはエルディンからこの場所が自分達の世界ではないと聞かされていた。
「アトランティスのゴーレム兵器なんじゃないんですか?」
「――以前、デビル達との戦いで見かけましたが、印象が違います。それに――」
 竜――いや、竜の姿をした機械から降りてくる人影。
 その容貌はどれも人間離れし過ぎている。
 あれらに比べれば耳が尖っている程度、なんとささやかな事か。
「――デビルがゴーレムに乗るというのもまた初耳ですしね」
 エルディンは神の加護――ホーリーフィールドを張り直した。

 異形の者達の姿はデビルのそれともまた違っていた。
 数々のデビルを相手にしてきた二人にはわかる。
 その異形達は――一斉に雪玉を固め始めた。
「ちょ、な、なんであの人達雪玉作ってんですか? ここまできて尚も雪合戦ですかっ!?」
 雪合戦に臨む執念めいた感情を覚え、二重の意味で怯えるアーシャ。
「危ないっ!」
 異形達の放つ雪玉は竜のそれにも劣らぬ威力でエルディンの作った障壁を半壊させた。
「達人級ホーリーフィールドが‥‥! 当たったら洒落になりませんね、これは‥‥」
 気を引き締めたエルディンは障壁のレベルを一段階上げる。
「むむ‥‥なんだか知りませんがこの雪合戦には世界の命運がかかっている気がするのです‥‥!
 エルディンさん、援護を! 黙示録並に燃えてきました! 騎士としてこの戦、敗れる訳にはいきません!!」
 アーシャの周りに薄桃色の揺らめきが浮かぶ。
 騎士の技、オーラエリベイション。
 よその世界を守る為、事情を知らない騎士と神父の戦いが始まった。

●冒険者VSバグア
「なんなんだ、あいつらは!? SESか? だが――」
 バグアから地球を守る能力者達は、覚醒状態になるとエミタと呼ばれる希少金属を活性化させ、SES装置を介してエネルギー力場を作り出す。
 エネルギーの色は能力者によって個人差があり、女騎士の身体を纏う光については説明がついた。
 だが神父姿の男が発しているであろう障壁には見覚えがない。あんな広範囲を守る能力は見た事がない。
「人間側の新兵器か? それらしいものは持っていないようだが‥‥」
 ただ、一つだけわかることがある。
 彼らはたった二人で自分達に対抗しうる戦力だということだ。
「たった二人、見せしめにミンチにしてやろうかと思っていたが、油断すればこちらがミンチにされかねんか‥‥!
 いいだろう! 全力を以って対象を殲滅する!」
 バグア司令官は味方に号を発し、一同はせっせと雪玉を作り出した。

●たったふたりの――
 エルディンはアーシャに加護の力を授けると、障壁の耐久力を気にしながらも雪玉作りに専念する。
 受け取るアーシャはそれを豪腕で投げる。
 人間と森人(エルフ)のハーフであるアーシャは両種族よりも生まれつき身体能力が優れている。
 更に魔法で強化された彼女の放つ雪玉はバグア達の殺人雪玉をも凌駕した。
「ぐわぁっ! な、なんだあの女は‥‥!」
 バグア軍の雪玉がマシンガンなら、アーシャの一投はレールガン。
 弾幕も軽く突き破り、敵陣に深く食い込む。
 だが、
「エルディンさん、次!」
「ちょ、ちょっと待ってください。今作ってます‥‥!」
 当たり前の事だが、雪玉を投げる時間は作る時間より遥かに長い。
 二人で戦っている以上、避けて通れない隙だ。
「早く‥‥結界が‥‥!」
 バグア達の雪玉に押され、結界が崩れる。
(「間に合わない――!」)
「アーシャ――!!」
 結界を突き破り、アーシャを襲う雪玉の群れ。
 その牙を――エルディンは全身で受け止めていた。

「エルディンさんっ!?」

 倒れるエルディンを抱え、後退するアーシャ。
「どうして‥‥!」
 結論から言えばエルディンがアーシャを庇う必要は全くなかった。
 肉体の頑強さも装備の防御力も女性とはいえ騎士であるアーシャの方がエルディンより遥かに上である。
 アーシャが今の雪玉を喰らっても、ダメージこそあれ、倒れるまではいかなかったろう。
 だが、そんなアーシャの問いをエルディンは一笑に付した。
「‥‥父が娘を庇うのに何か理由が必要ですか‥‥?」
 長寿のエルフであるエルディンは若く見えてもアーシャの倍以上の年齢を重ねている。
 エルディンにとってアーシャは血は繋がっておらずとも娘のような存在であり、それはアーシャにとっても同じだった。
 でも、だけど――。

「――ここで待っていてください。エルディンさん」

 アーシャの目に強き意志の光が宿る。
 民を守る騎士としてではない。
 大切な家族を守る一人の娘として。

●アーシャ・エルダー
 バグア軍は驚愕する。
 一人、戦闘不能に追い込んだ。
 これで戦局は決定した筈だ。なのに――。
「雪玉を作れ!」
「おのれ! なんなんだあの女はっ!?」
 一人残った女騎士は、襲い掛かる雪玉を盾で弾き、剣で斬り落とし、一直線にバグア陣へと近付いていた。
 反則ではない。彼女は防御しているだけだ。雪玉以外のもので攻撃はしていない。
「あんなことができるなら何故初めから――くそっ、ワームを起動させろ!」
 ワーム。エルディンを追い立てた鋼の竜が再び口を開ける。
 この戦の為に作られた雪合戦用装置から無数の雪玉が発射された。
 アーシャは一度だけ敵に背を見せる。
 退却の為? 違う。そのまま剣を両手に構えてさらに反転。
「――っぁぁあああああああ!!」
 剣から迸る衝撃波が扇状に広がり、殺人雪玉を塵にする。
 脆弱だとでも言わんばかりに。
 バグアは思い知る。
 自分達は起こしてはいけない相手を目覚めさせてしまったのだと。

●雪景色の二人
 エルディンが目覚めた時、視界に映ったのは涙ぐむ娘の姿だった。
 泣き顔は好きではない。笑わせるのは父親の役目だ。
 だからエルディンは起きることにした。
「おはようございます、アーシャ」
 相手にも伝わるよう、満面の笑顔を浮かべて。
「――彼らは?」
「退却しました。私達の勝利です。エルディンさんのお陰です」
 彼女の名誉の為に付け加えれば、彼女はルールをきちんと守った。
 あくまで攻撃は雪玉で。『雪合戦』に勝利した。
 いや、『何の名誉だ』と問われれば返す言葉もないのだが。
「それは違いますね、アーシャ」
 アーシャの頭に手を乗せ、神父はいつものように顔を綻ばせる。

「私達二人の手柄です」


 そしてアーシャは――赤面していた。


 ――あれ? そこまで照れるような事、言ったかな?
 気障かもしれないとは思ったが、そう自問してると、
「えるでぃんさん‥‥えっちです‥‥」
「はい?」
 アーシャの視線はエルディンの身体に。
 見ると、雪合戦の影響でカソック服がびしょ濡れに。身体に張り付いていた。
「濡れ透けです‥‥」
 いや、透けてはいないが。
「ち、父親をそーいうふうに見るんじゃありませんっ!」
 思わずつられて赤面するエルディン。
「大体それをいうならアーシャはどうなのですかっ!」
「ふふん、私もびしょびしょですけど、鎧着てますからガードはばっちりなのです」
「あ、くそ、汚ねっ! ――って、そーいう事言ってんじゃなくてっ!!」

 今日も平和な親子二人。
 はてさて後はこの二人が無事ノルマン王国に帰れるか否か。
 ――それはまた、別のお話。

―― 登場人物 ――

eb6702 アーシャ・イクティノス(エルダー)(21歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)

ec0290 エルディン・アトワイト(32歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

――――――――――
発注ありがとうございます。
色々余計なことを致しました(笑)
お気に召していただければ幸いです。
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2010年04月30日

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