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『彼方の悪夢、傍らの幸福 』
リース・フォード(ec4979)


 仄暗い闇から伸ばされる手。
 その闇よりも深く濁った瞳が俺を捕らえる。
 
 触れたければ好きに触れるがいい。
 縦横無尽に視線を這わせればいい。

 けれどもこの心まで支配出来ると思うなよ。
 死んだってこれだけはお前達にやらない。



 ハッと目を見開くのと体を起こしたのはほぼ同時であった。
 じっとりと冷や汗の浮かぶ額を押さえ、リース・フォードは荒い息のまま周囲を見渡す。
「夢、か‥‥」
 目に映るのは星空に浮かぶ月と真夜中の静かな森。
 夢に見ていた忌まわしき『あの場所』ではない。
「やっぱり一緒に来れば良かったかな‥‥」
 長い息を吐いた後、リースはぽつりと呟く。
 脳裏に浮かぶのは今にも泣き出しそうだった愛しい人────アリシア・ロイエルだ。
 アリシアと寄り添えば深く安らかな眠りにつけるようになったし、柔らかな温もりに悪夢の影など微塵も感じなかったのに。
 老婆から孫の火傷に効く薬草を取ってきて欲しいとの依頼を受け、それに1人で赴いた途端にこの有様である。
 リースが拠点としているキャメロットから日帰りで帰ってこられない場所にしか目当ての薬草がないと知った時、アリシアは珍しく一緒に連れて行って欲しいと駄々を捏ねた。
 今思えばリースが悪夢にうなされる事を予感していたのかもしれない。
(「アリシア、ゴメンね。でも、俺は臆病だから万が一の事があったら怖いんだよ‥‥」)
 キャメロットを混乱に陥れたアスタロトは未だ見つかっていないが、それでも冒険者ギルドに駆け込んでくる者は後を絶たない。
 医師を目指すアリシアと共に治療院を開く夢を抱くリースは、薬草師になる為に勉強に励む傍ら、厄介事解決やお使いの様な依頼を受け日々を穏やかに過ごしていた。
 目的の薬草は既に摘み終え、夜明けと共に岐路に着く予定だった。
 だが久方ぶりの悪夢に少々気が弱くなっているのか、無性にアリシアに会いたくなってしまう。
「夜明けまで後二刻くらいか‥‥あんまり変わらないよな」
 リースは額に残る汗を拭い、出立の為に荷物を纏め始める。
 松明の明りで照らす足元は心許なかったが、愛しい人の元へ一刻も早く戻りたいと言う想いがその足並みを早めていた。
  

 頼まれた薬草を手渡しに行くと、老婆は皺くちゃの顔を綻ばせ何度も何度も礼を繰り返す。
「本当に本当にありがとねぇ。これであの子の火傷も治るよ」
「お孫さん、早く良くなるといいね‥‥わっ!」
「お兄ちゃん、ありがとー!」
 右腕に包帯を巻いた少女に突然抱きつかれ、華奢なリースは少しだけよろめく。
「どういたしまして。もうお転婆をしてお婆ちゃんを困らせちゃダメだよ?」
「うん!」
 満面の笑みで頷く少女の頭を優しい笑顔で撫で、リースは2人の家を後にした。
 アリシアの待つロイエル家への帰路を進む中、大勢の人が行き交う商店街通りでリースはふと足を止める。
(「‥‥アリシアに似合いそう。いつか着せてあげたいなぁ」)
 それは純白のウェディングドレス。
 エルフと人、異なる種族ではあるが2人の間にある結婚の意志は固い。
 お互いがお互いを気遣い、正式なプロポーズはまだだけれども────。


 夕暮れに染まる空の下、見慣れた屋敷が見えてくるだけで心の奥がほんのりと温かくなる。
 恋人のアリシアだけでなく、そこに暮らす彼女の家族はリースにとってかけがえのない大事な人達なのだから。
 屋敷の門を潜り、花々の香りを感じながら手入れの行き届いた庭園を抜ける。
 そして玄関の扉を開けようとした、その刹那────
「お帰りなさいませっ!」
「ただいま‥‥っと」
 勢い良く扉が開き、アリシアが抱きついてきた。
 咄嗟に抱き止めた手から籠が転がり落ち、摘んできた薬草が絨毯の上に広がる。
「お怪我はございませんか? ご飯はちゃんと食べましたか? 迷子になりませんでしたか?」
「‥‥うん、大丈夫だよ。アリシアは心配性だなぁ」
 瞳に涙を滲ませながら矢継ぎ早に尋ねる恋人をぎゅっと抱きしめ、リースは安堵の息と共に微かな笑い声を漏らす。
 これ程までに心配されていた事が、そして帰りを待ち侘びていてくれた事が嬉しかった。
「だって大好きですもの、いくら心配したって足りませんわ‥‥」
「ふふっ、ありがと。俺も大好きだよ」
 微笑みながらそっと額にキスを落とすと、アリシアの頬が薔薇色に染まる。
 初心なその様子が可愛くて、リースはつい意地悪をしたくなってしまった。
「‥‥ねぇ、今日は暖かいのにどうしてストールを巻いてるの?」
「こ、これはっ‥‥!」
 慌ててストール越しに首筋を押さえようとした手を掴み、リースは反対の手でその場所を暴く。
 そこに残る痕は出発前夜にリースが残した独占欲の印。
「‥‥消えるのにはまだ少しかかりそうだね?」
 そっと髪を撫で顔を近づけると、目の前の少女は長い睫を伏せる。
 口に出さずとも見つめなくても伝わるキスの合図。
 自分の色に染まっていく彼女が可愛くて愛しくて、リースは優しく深く唇を重ねた。
 一途に愛してくれるアリシアを守り支えたいと思う一方で、誰の目にも留まらない場所に閉じ込めてしまいたくなる。
 そんな自分の想いを鳥籠に例えて伝えた時、アリシアは微笑みながらそこに囚われる事を望んだ。
 其処に鍵はかかっておらずいつでも飛び立てると知っても尚、決して離れないと誓いを立てて。
(「‥‥怖がらないで。私はずっとお傍におりますわ」)
 強く望んで閉じ込めて‥‥いつか心変わりをされ嫌われるのが怖いから。
 憎まれながらも無理やり傍に留め置くくらいなら、その前に自由にしてやりたいとリースは思っているのかもしれない。
 口に出して尋ねられない憶測を思考の片隅に追いやり、アリシアは唇を離した恋人をジッと見つめる。 
「ん? まだ物足りない?」
「ち、違いますわっ!」
 真っ赤な顔で否定するアリシアの視線が、ふと床に散らばった薬草を捉える。
「これは‥‥」
「依頼で頼まれてた薬草だよ。珍しい物だから多めに摘んできたんだ」
「効能は火傷と‥‥古傷の治療ですね?」
 アリシアに尋ねられ、彼女の背を摩っていたリースの手がぴたりと止まる。
 ドレスの下にあるの痛々しい傷跡は、アリシアが初恋の少年に付けられたものだ。
「‥‥うん。アリシアからアイツの痕を早く消したくて」
「最近熱心に傷跡治療の本ばかり読んでらっしゃると思ったら、そんな理由がございましたのね」
「子供っぽいヤキモチだって呆れた?」
「いいえ。とっても嬉しいですわ‥‥」
 リースは気づいているだろうか。
 惜しみなく覗かせる素直さをアリシアがとても愛しく思っている事を。
 アリシアはリースの肩に手を伸ばし、背伸びをして一瞬だけ唇を重ねた。
「こんな所をお兄様に見られたら大変だね?」
 アリシアからのキスをくすぐったく感じながら、リースは自分よりも華奢なその体をかき抱く。
 彼女の兄は大のシスコンで、口では2人の仲を認めてると言っているものの、その背には暗黒のオーラを常に纏っている。
「今日は騎士団の詰め所に当直の日ですので、大丈夫ですわ」
「なんだ、お泊りデートじゃないのか。仕事熱心なのはいいけど、俺の大事な親友に寂しい思いをさせたらタダじゃおかないよ、全く‥‥」
 アリシアの兄の恋人はリースの大切な女友達。
 彼らは彼らで仲睦まじいし、いい加減自分達の事は放っておいて欲しいと思うのだけれども。
「そう言えばあなたの事をとても心配していましたわ。無事に帰って来られるだろうかって」
「本当に? 全く、素直じゃないんだから‥‥♪」
 その様子を想像し、リースはへにゃりと頬を緩ませる。
 アリシアの事で日々小競り合いを繰り広げつつも、こうして気にかけてくれているのが嬉しかった。
(「俺は幸せ者だね。ありがとう‥‥」)
 リースは当たり前の様に幸せを与えてくれるアリシアや彼女の家族や親友達‥‥心を預けられる大好きな人達への感謝を心の中でそっと呟く。
「ねぇ、俺のどこを好きになってくれたの?」
「言葉で説明するのは難しいのですけれども‥‥強いて言うならばあなたがあなただから、でしょうか?」
 理由になっていないその答えは全てを愛し受け入れる誓いにも似ていて‥‥。
 悪夢が消え去る日の訪れを感じ、リースは今一度アリシアを強く抱きしめた────。




●登場人物一覧
【ec4979/リース・フォード/男性/20歳/ウィザード】



●ライター通信
リースさん、この度はご発注下さりありがとうございます!
素直さの他に意地悪さが覗いているのは私の趣味です(ぐっ)
リースさんの幸せな現実がずっと続いていきますように‥‥♪
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2010年04月30日

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