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『【White memories with you/for Him】 』
鏑木 硯(ga0280)

●白き願い

 白い月と赤い月が煌々と照らす世界にも、白い季節は変わらずやってくる。
 街に点る明かりに、心は仄かに浮かれて揺れて。
 信心深くなくても、信じるものすらなくても、何かに願いを託したくなる。
 ――例え、それが子供じみた夢想でも。

 雪の降らぬ、希望の島。
 白い世界に包まれた、どこか懐かしく古い街並み。
 多くの人々が集まり、賑わう都市。
 いずれの地にも、等しく聖夜が訪れる。
 それだけは、人知及ばぬものの奇跡かもしれない。


●そは白く淡い、夢幻の願い
「行っくわよぉ、それ……ッ!」
 掛け声と同時に、ぱっと白い雪片が散った。
 ジャンプ台から飛び出したシャロン・エイヴァリーは、左膝を引き上げ。
 左手でスノーボードのノーズ(先端)を掴み、右手は斜め後ろ方向へと伸ばす。
 トリック『ノーズグラブ』を披露してから、難なくシャロンは着地して。
 コース脇まで移動してからブレーキをかけると、山頂側へ大きく手を振った。
「Hi、硯〜!」
 弾む声で呼びかけるシャロンに、緊張気味な鏑木 硯がぐっと口唇を結む。
 それからノーズを斜面へ向けて、滑り出した。
 スピードをつけると、固めた雪で出来たジャンプ台を真っ直ぐに目指す。
 直前、軽く後ろへ重心をかけてから、テールの反発を利用してシャロンより高く跳んだ。
 そのまま、トゥエッジの左足近くを左手で掴み、身体自体は大きく後ろへ反らせる。
 トリック『ジャパン』をキメると、危なげなく硯も雪へ着地した。
 そしてザァッと雪を切って、シャロンの傍らへボードを止める。
「やるわね、硯」
「身軽さでは負けられませんから……ちょっと、頑張ってみました」
 ゴーグル越しに悪戯っぽい瞳で感心するシャロンへ、少し照れた表情で硯は胸を張った。
 そんな彼を見つめながら、シャロンは何かを思案する。
「……シャロンさん?」
 その様子が気になって名を呼べば、ニッコリと明るい笑顔が返ってきた。
「硯、競争よ!」
「え……」
 びしっと人差し指を突きつけたシャロンからの『宣戦布告』に、意味が分からずにきょとんと硯は彼女を見つめる。
 そして笑顔の中にある不敵な気配に、遅れて言葉の意味を理解した。
「……えぇっ!?」
 改めて硯が驚けば、シャロンは突きつけた指を左右に振る。
「単純に、どちらが早く町まで降りるかで、どう?」
「あの、競争って……」
「ここでなら、足の速さは関係ないからねっ」
 慌てる間にも、次々とシャロンは競争の中身を決めて。
「どう、受けて立つ?」
 細い腰に手を当てると、挑戦的に尋ねた。
 それが色のついた偏光グラス越しであっても、じっと見つめて問われれば、やはり男としても挑発に尻込みをする訳にはいかない……気がする。
「分かりました、勝負ですね。手加減は、しませんから」
 腹をくくった硯が了承すれば、満足げにシャロンは一つ頷き。
「負けたら……そうね、勝った方をロッジまで背負って移動!」
「せ、背負って!?」
「行くわよ、レディ・ゴー!」
 硯が狼狽する間に、言うが早いか雪を蹴った。
「あぁっ! シャロンさん、ずるいですよ!」
 翻った金髪と後姿に、不意打ちを食らった形の硯が慌てて後を追う。
 どこまでも続く白い斜面を、二人のスノーボーダーは風をまき、滑り降りていった。

   ○

 きっかけは、ほんの数日前。
 日々バグアと戦い、世界を駆ける能力者にも休暇は必要……という事で、硯はシャロンと共に休みを利用してのリゾートを計画した。
 互いに身体を動かす事が得意な二人、向かう方向性は自然とウィンター・スポーツに絞られていき。
「冬のヨーロッパでのウィンター・スポーツは、アルプスが好適地って聞くけれど……どこか、お勧めってあるのかしら?」
「こう、凄い立派で豪華な場所でなくても、ゆっくり出来ればいいんですけど」
 南仏はカルカッソンヌの郊外にあるブラッスリ『アルシェ』を訪れたシャロンと硯は、料理の注文でもする様に、主のコール・ウォーロックへ尋ねた。
「まぁ、肩肘を張ってなきゃならん場所だと、逆に疲れるだろうしな」
 ぷかりと紫煙を吐いて苦笑したコールは、髪を掻きながら少し考える。
「スイスまで行かず、フランス国内がいいのか? それならシャモニを拠点に、観光を兼ねてあちこちを動くか……ゆっくり過ごすなら、一週間ほどメリベルに滞在するのもいいな」
「メリベル、ですか」
 聞き慣れぬ名前に硯がオウム返しに聞けば、おもむろにコールはカウンターの向こう側でゴソゴソと何かを探し始め、やがてローヌ・アルプの地図を取り出した。
「メリベルは、世界最大のスキーエリアと言われる『トロワ・バレー』にあってな。トロワ・バレー自体は有名だが、とにかく広いから混雑は少ない。景色もいいから、滑り飽きる事もないだろう。もっとも……」
 地図を見せながら説明していたブラッスリの主は言葉を切ると、意味ありげに二人を見比べ。
「どこへ行っても、お前たちなら飽きないと思うがな」
「どうせ遊ぶなら、めいっぱい遊ばないと!」
 意味深な言葉を硯が消化しきる前に、シャロンは片目を瞑ってみせる。
「確かにな。ま、メリベルにはホテルもあれば、ゆっくりできるプライベート・コテージもある。景観は保障するから、好きな場所で存分に羽根を伸ばすといい」
「ありがとうございます、コールさん」
 アドバイスするコールに硯は礼を告げ、地図をじっと見つめた。

 そうして二人は、ここへ来た。
 青い空の下、遠くにそびえ立つ白い峰々。
 黒々と点在するモミの森に、遮るもののない雪原。
「凄い……」
 文字通り見渡す限りの銀世界の真ん中で、思わず息を飲んだ硯が立ち尽くす。
 ……そこへ。
「えいやーっ!」
「ほぇわぁぁーーー!?」
 気を許したところで、シャロンから力いっぱいな『ふらいんぐ・ぼでぃぷれす』をぶちかまされ。
 そのまま巻き込まれる形で、二人揃って力いっぱい柔らかな新雪へ飛び込む。
「ちょ、シャロンさんっ!?」
「あははっ、ごめんね硯!」
 驚いて目を白黒させる硯へ、雪まみれのままシャロンはころころと笑った。
「なーんか、こう……楽しいなぁって」
「いえ、大丈夫ですし……その気持ちも、分かります。確かに、凄いところですよね」
 三つの谷にある、五つのスキー場で構成されるトロワ・バレーには、それなりにリゾート客が滞在し、リフトでもスキーヤーやスノーボーダーたちを見かける。
 だが広大過ぎるゲレンデに出れば、二人っきりも同然だった。
「でも見ているだけも、もったいないですよね」
 雪を払って立ち上がった硯は、おもむろに手を伸ばし。
「せっかく来たんだものね!」
 笑いながら、シャロンが差し出された手を掴む。

 かくしてスノーボードを付けた二人は、無邪気に雪と戯れ始めた。

   ○

 冷たい風が、唯一、外気にさらされている肌へと吹き付けていた。
 雪山の斜面には、当然の如く自然に出来たコブや段差が随所にあって。
「せーのっ……!」
 あえて回避せず、硯は足をひきつけてコブを足場に飛ぶ。
 一瞬の、浮遊感の後。
 ザンッ! と雪を散らして着地すれば。
 その間に彼を追い抜いたシャロンが、軽やかにオーリーで跳ねてみせた。
 競争といっても、単純にスピードを競うわけではなく。
 道なりのジャンプで、とっさにトリックを演じ。
 あるいは相手を挑発するように、パウダーへ突っ込んで一面の雪を弾き飛ばした。
 追う側はパッと舞い上がった雪の中へ、あえて突っ込んで、突っ切る。
 そうして戯れるかのように、二人は前へ後ろへと互いの位置を変えていた。
 辺りは、一面の白。
 スピードに乗ってジャンプすれば、そのまま青空の中へ飛んでいけそうで。
 ナイトフォーゲルを駆っている時とは違う、身体全体で感じる疾走感が、もっと速くと背中を押す。
 やがてモミの森の向こうに見えてきた町の風景が、ふと滑り出す直前の言葉を彼の脳裏に蘇らせた。

 ――負けたら……そうね、勝った方をロッジまで背負って移動!

 つまり硯が勝てば、シャロンが彼を背負うことになるのだが。
(シャロンさんが、俺を、背負って……)
 それは……自分的には、どうだろう?
 ふっと胸の奥に沸いた疑問というか、戸惑いが、硯のスピードを鈍らせた。
 さすがにそれは、ちょっとヨロシクないのではないか……などと。
 一度気付いてしまったコトは、どう頑張っても気になってしまうモノで。
 白と青の世界に映える青いウェアを追って思い悩むうち、ゲレンデの傾斜はなだらかになり。
「いっちばーん!」
 先に『ゴールイン』したシャロンが硯へ振り返り、ビーニーの上へゴーグルを引き上げると、満面の笑みで宣言した。

「ホントにいいの? 無理しなくても、いいわよ?」
「いいんです。勝負は勝負、ですから」
 肩越しに気遣う言葉へ、苦笑交じりで硯は答える。
 約束通り、勝負に負けた彼はシャロンをおんぶして、コテージへの道を歩いていた。
 最初は遠慮がちに気遣っていたシャロンだったが、生真面目に勝負の結果を守ろうとする様子を察したか、それ以上は強く言わず。
 彼の背中で、くすくすと笑っている。
「……なんですか?」
「ううん。硯の背中、少し広くなったかなって思ってね」
 こつんと肩へ頭を持たせかけられると、不意に近くなった淡い香りに硯はどきりと焦った。
 幸か不幸か、ウェアの弾力もあって、背中越しの感触を特に意識することはなかったのだが。
「えぇと、そうだ、夕食! 今日はどうします?」
 慌てて硯が話題を変えれば、もたれたままで「う〜ん」とシャロンは考え始める。
 リゾート地だけあって、選択には事欠かない。
 ホテルのレストランで食事を取りながら、見知らぬリゾート客と話に興じるのもよし。気になった地元の店にぶらりと入るのも、楽しみ方の一つだ。
 またコテージにはキッチンもあって、食材を買ってくれば自分たちで料理を作ることも出来るが。
「じゃあ……」
 考えた末にシャロンが選択を告げれば、硯は快く頷いた。

   ○

「な・に・を・食べようかなーっと」
 メニューとにらめっこしながら、楽しげにシャロンが悩む。
 ウェアから着替えた二人は町へ繰り出し、何となく雰囲気が気に入った小さなレストランに落ち着いていた。
 あれこれと悩んだ末に注文を決めれば、やがて生の肉や野菜が運ばれてきて、最後に二人の間に焼いた石の板が置かれる。
「これが、ピエール・ショード?」
「だって。石の上で焼いて、好きなソースで食べるみたいね。コッチがきのこ味のソースで、これがペッパー風味……と」
 物珍しそうな硯へ、四種類ほどのソースを指差しながらシャロンが説明した。
「なんだか、日本の焼肉を思い出すなぁ」
 微妙に懐かしく思い出しながら、石の上へ肉を置けば。
 ジュッと焼ける音がして、香ばしい香りが立ち上る。
 野菜と一緒に並ぶ肉も牛肉一辺倒ではなく、鴨肉や兎肉、ソーセージと、種類も豊富だった。
「焼肉と違って焼き過ぎて焦げたりしないのは、助かるわね。慌てなくていいもの」
「兵舎の皆と一緒なら、きっと焦げる暇もないけど……」
「それもそうね」
 思い出し、顔を見合わせた硯とシャロンはくすくすと笑う。
 そんな他愛もない会話をしながら焼けた肉を皿へ取り、新しい肉を置いた。
「トマトチーズフォンデュも、美味しそうよね。この辺りは、チーズでも有名なのよ」
「じゃあ、明日はそっちにします?」
 別のテーブルから漂ってくる香りに、それとなく誘惑もされてみたりする。
 いつもと違う場所と雰囲気で、いつもと違う料理に舌鼓を打ち。
 冗談を交えながら滑ってきた風景と、明日はどこへ向かうかの相談をすれば、時間はあっという間に過ぎていった。

 外へ出ると冷たい空気に思わず硯は身を竦め、シャロンも寒いのか彼の腕を両手でぎゅっと掴む。
 そうして二人、風を避けるように寄り添いながら、雪を踏んでコテージまで戻り。
 リビングで燃える暖炉の前に置かれたソファで寛げば、昼間の疲れと満腹感が硯を眠気を誘った。
 心地よいまどろみに、身を任せる事しばし。
「……シャロン、さん?」
 ふと気づけば、肩から毛布がかけられていて、傍らには柔らかな温もりがあった。
 彼同様に遊び疲れたらしく、もたれかかったままシャロンが眠りこけている。
「……寝ちゃいました?」
 そっと尋ねてみるが、当然答えはなく。
 ただ、規則正しい寝息だけが聞こえてきた。
 ゆっくりと流れる時間に、時おり薪がはぜる音。
 揺れる炎を眺めながら、ぼんやりと硯は思考を漂わせ。
 ――全部が終わって、まだ想ってくれるなら。その時は‥‥。
 そんな夏の日の言葉を、ふと思い出す。
 空を仰げば、否が応でも赤い月が見えるだろう。
 まだまだバグアとの戦いは終わる気配はなく、それどころか更に厳しい事態になることも考えられるが。
 ……それでも、今くらいはいい、よね?
 せめてこの時期、このひと時だけは。
 自然と跳ねる心臓に落ち着くよう言い聞かせ、傍らの寝顔を見守りながら、少しくらい甘い夢のような時間を望んでも、罰は当たらないだろうと思い……そして願う。
 そんな静かな時間の末、意を決したように硯は身を起こした。
 起こさぬようにそっとシャロンを抱き上げて、寝室への階段を上る。
 心の内で謝ってから部屋の扉を開き、ベッドへ下ろして毛布をかけてから、そっとシャロンの部屋を後にした。
 そして閉めた扉にもたれ、肩の力を抜いて大きく息を吐く。
「……うん。目指すは、英国紳士だからっ」
 少々何かが間違っている気がしないでもないが、ともかく自分に言い聞かせ。
「寝る前に、シャワー浴びよ……」
 ぽしぽしと髪を掻きながら、硯はバスルームへ向かった。

   ○

「おっはよう、硯!」
 明るく、弾む声と共に。
 ぼすんっと、上から何かが乗っかった。
「な、ぁ、ふぇっ?」
 慌ててもだもだと毛布から顔を出せば、置きぬけのぼんやりした視界に満面の笑顔が飛び込んでくる。
「あ……おはよう、ございます……ぅ?」
「いい朝ね」
 寝ぼけ眼でうろたえる硯に、マウントポジションを取ったシャロンは片目を瞑ってみせた。
「今日も絶好の、スノボ日和よ」
 勢いを付けてポンッとベッドから降り、ころころと笑いながら部屋を出て行く。
 それから、一拍遅れ。
「シ、シャロンさんっ!?」
 今頃『侵入』されていたことに気付き、本人がいなくなってから力いっぱい硯はうろたえた。
 開け放たれた窓から降り注ぐのは、まばゆい朝の光。
 階下からは、パンやベーコンを焼いた香ばしい匂いに紅茶といった、空腹を思い出させる香りが漂ってきた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ga0280/鏑木 硯/男性/外見年齢19歳/グラップラー】
【ga1843/シャロン・エイヴァリー/女性/外見年齢21歳/ファイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変長らく、お待たせしてしまいました。「WS・クリスマスドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 WS……くりすます……もう初夏ですね、今……(がくり)

 じっくりとお二人を書く機会をいただけて、ありがとうございました。
 機会があっても決して攻めに出れないのが、硯さんの硯さんたる所以……だと思うのです。目指せ、英国紳士。
 CTSの方では色々と面倒な状況が続いているせいか、こういう「ほのぼの」というか「微あまあま」というか、ソレっぽいモノを書くのが凄く久し振りな気がします……リクエストしていただいたイメージと、あっていればいいのですが。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。

 最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
 そしてお届けが大変遅くなって、本当に申し訳ありませんでした。
(担当ライター:風華弓弦)
WS・クリスマスドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年05月10日

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