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『時の邂逅 』
エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)

 水は巡る。天から地へ、川から海へ。
 時も同じ。巡り巡りて、いつか再び巡り逢う。

 人里離れた山奥に、桜の樹が自生していた。
 花咲きてすぐに散りゆく儚さに、もののあはれを感じた人は暫しの時を愛しむ。山があるジ・アースのジャパンという国では、桜に格別の想いを抱く者も少なくない。
 けれど、愛でる人のない山桜は、ただ其処で長い年月をひっそりと過ごしているだけであった。
 山に分け入った、若い修行僧と出逢うまでは。

 長い時を経て、かつての修行僧は徳の高い僧へと成長する。やがて第一線を退いた僧は、田舎の寺の住職として静かに余生を送っていた。
 ただ一度きりの出逢いであった。
 老いてなお霊力は衰えぬものの、身体の自由はままならぬ。日向の境内に腰掛けて、僧はいつも若き日の友を想い、気に掛けていた。
 老僧・良寛の想いを通じて縁を結んだ冒険者達は、折々に触れて老僧の友たちに逢いにゆく――

●時の宿命
 獣道を踏みしめて、二つの影が頂上目指して山を進んでいた。
「リュドミーラ、平気かい?」
 エレェナ・ヴルーベリは、同道する水の精霊を気遣い振り返った。急な斜面を足で行くエレェナと違い、フィディエルのリュドミーラは地上わずかに浮いている。
 寧ろ主を案じるような仕草を見せたリュドミーラに、エレェナは平気だよと笑んで言った。
「私は大丈夫。これでも世界中を旅しているのだからね」

 エレェナがジャパンへ再び訪れたのは、春の息吹を感じたからだ。
 種を越えた友が、そろそろ艶姿を見せてくれている頃であった。
(「深山の山桜‥‥」)
 樹齢百年を越えたかの友は地上の雲にも似て、白味掛かった見事な花を咲かせるのだ。
 修行僧が鍛錬に使う山に自生しているだけあって、逢いに行くのはかなり大変な道程だけれど、それだけに山頂で迎えてくれる山桜の美しさは訪問者の心に響く。
「もうすぐ逢えるよ、リュドミーラ」
 以前この道を通った時は、精霊の娘は駿馬デュークの背に座っていた事を思い出す。あれから色々あったねと、付き従うリュドミーラに語りかけ、険しい道を登り切る。
 漸く開けた世界は、かつてと変わらぬ姿でエレェナ達を迎えてくれた。
(「山桜よ‥‥逢いに来たよ」)
 桜樹の幹に手を当て、テレパシーで語りかける。手を通して、桜樹が目覚める気配がした。
『おお‥‥其方はエレェナ‥‥水の娘は‥‥そうか‥‥』
(「覚えていてくれたのだね。私の事も‥‥リュドミーラの事も」)
 微笑んだエレェナは荷のリュートを示してみせ樹の根元に跪いた。神酒を捧げて再会を祝すと、幹に背を預けて腰掛ける。
 今宵一夜この地で過ごそう、つれづれに語り明かそう。世界を巡りし歌に乗せて。

 翌日、山桜の許を辞したエレェナとリュドミーラは、もうひとりの友に逢いに向かった。
 春、花開く頃に逢いに行きたいと思っていたのだ、彼女の許へ。
 湖で水童女達を統べている精霊の姫。明朗で気が強く、その実本当は強がっているだけの寂しがりやのフィディエル――ジャパンでは川姫と呼ばれる、リュドミーラの眷属。
 塩湖の主の真名を心に呟いて、エレェナは逸る気持ちに押されるままに道を急いだ。だけど彼女は、湖で再会した友には穏やかにこう言うのだ。
「‥‥無沙汰をして済まない。変わりはないかい?」
 時は巡り季節は繰り返す。
 人は歳を重ねてゆくものだけれど心に変わるところなく、迎える湖もまた変わる事なく其処に在った。
「エレェナはんこそ、お変わりなく。ようお越しやす」
 人とは違う時を生きる精霊の姫は、以前と変わらぬエレェナの様子に安堵して、旧友を迎える。傍に控えるリュドミーラに、おや、という顔をした。
「大きゅうなって‥‥おめでとう」
 リュドミーラは何処か主に似た仕草で祝辞に対して辞儀をする。エレェナが、彼女を逢わせたかったのだと言った。
「此処に初めて来た時は、小さなフェアリーだったね」
 こんな、と両手を使って大きさを表すと、二人のフィディエルは揃って笑い声を上げた。朗らかな様子に、ふよふよと水童女達が寄って来る。そうそうこのくらいのと見上げた水童女の頭を撫でてやって、エレェナは表情を改めた。
「‥‥この子は、君のように長きに在るのだろうと、思う」
 だから、適うなら――
 エレェナの願いを川姫は切ない思いで聞いた。人と精霊を分かつ、時の宿命。それは仕方のない事だけど‥‥そこに在ったという想いは残る、だから。
「ここにもう、縁はあるんよ?」
 安心して、貴女の大切な子は一人ぼっちじゃないからと川姫。長い長い時を生きている精霊の姫にエレェナはありがとうと微笑んで、話題を変えるように明るく言った。
「もうすっかり春だね」
 暖かな陽射しに目を細め、前に逢った時から今日までに見聞きした事、話したい事が沢山あるのだとリュートを引き寄せた。

 エレェナの奏でる楽の音が湖畔を渡ってゆく。
 穏やかで優しい調べは春の水面の如く、演奏者の心をも表しているようで――ふと、川姫は演奏しているエレェナが柔らかい表情になっているのに気付いた。
「一緒に居たい人が出来たよ」
 川姫の視線に気付いたか、ちょうど切り出すつもりだったのか、エレェナが縁を繋ぎたい人が出来たのだと言った。
 根掘り葉掘り尋ねるのは無粋だろう、続きを待っているとエレェナは相手は生きる時の流れが異なる人なのだと言った。
「縁を‥‥繋がずにはいられなくて」
 彼女はエルフである。精霊程でないにしろ、外見年齢の三倍もの年月を生きている。
 おそらく相手は他種族なのだろう。だが、エレェナは時の宿命を受け入れて尚、相手と共に在る事を望んだ。それはとても尊く美しい事だと川姫は思う。
「‥‥また、逢いに来るよ」
 気恥ずかし気に相手の事を語るエレェナは、次の訪れに相手を連れて来てくれるだろうか。尋ねてみたい茶目っ気も少しはあったけれど、川姫は一言本心を述べた。
「ええ、待ってるんよ」
「またね、みしを」
 川姫の耳元でその真名を囁いて、エレェナは再び時の流れに戻ってゆく。

●水陽炎の見せる夢
 零れた水は二度と還らない。
 でも、何処へでも流れていくの廻り廻ったその果てに、かつて望んだ場所へ戻れたなら‥‥それは素敵ね。
 いつか‥‥長い長い時の果てに、戻る事ができたなら。

 四月の夢に彷徨いながら、皆と離れてひとり。
 初めは自身の願望が現れたのだと思った――川姫と語らい楽を奏でるエレェナの姿。
 夢醒めて本来の姿に戻ったフロージュを曳き、塩湖の畔を歩くユリゼ・ファルアートが振り返った先に見たのは、求めても手の届かない――否、手を伸ばせない人の姿であった。
(「川姫さんとの時間、邪魔しちゃ悪いわよね」)
 気付くかな、気付かない方がいいな、己の迷いに背を向けて、ユリゼはフロージュに騎乗する。未練を湖に置いてゆくかのように、一気にフロージュを飛翔させた。
 ぐんぐん上昇するにつれて、人の姿が豆粒になってゆく。湖の形が顕わになってもユリゼの心には迷いが残っていた。
(「笛の‥‥音?」)
 近くの山で見つけた桜樹の下で、フロージュに聴かせた笛の調べ。あの時の横笛は桜樹に置いて来たのだが――
(「‥‥あの笛の音‥‥?」)
 間違いない。誰が奏でているのだろう。
 引き寄せられる心のままに、ユリゼはフロージュを山へと向かわせた。

 不思議な、夢だった。
「花謳、なの?」
 目の前の少女に抱きつかれて、佐伯 柚李葉は嗚呼やっぱり花謳なのだと感じた。花謳は駿龍のはずだが、少女は柚李葉と同じくらいの年齢で、水色がかった銀髪を二つに結い上げている。どこか柚李葉にも似ているような少女は花謳と同じ気配を持っていた。
「花謳、花謳‥‥」
 名を呼び柚李葉も抱き返す。いつもは大きな身体の頚に抱きつくのだけれど、今は花謳も腕を回して抱き返してくれた。
「夢みたい‥‥」
 とても幸せだったけれど、天儀ではない何処か違う世界にいるのだと本能的に感じ取っていた。悪意は感じないものの、不可思議な世界。
 ――と、花謳が何かを指差した。
「笛‥‥?」
 何処にでもあるような、ごく普通の笛に見えた。なのに、何処か懐かしいような哀しくも寂しい気配を感じて、一目見て目が離せなくなった。
 元の持ち主は、どんな哀しみを胸に抱えていたのだろう。
 その場に捨て置く事もできないくらい心惹かれて、柚李葉は笛を手に取った。やはり造り自体はありきたりな笛だ。静かに構えて、そっと唇を当てた。

 ひゅぃぃぃぃぃぃ‥‥‥

 風のような音だった。
 柔らかく、暖かく、桜舞う春を思わせる、優しい笛の音色。
「あなたは素敵な音をしているのね」
 柚李葉が笛に微笑んだその時、桜樹の向こうに駿龍を従えた黒髪の女性が立っていた。
 この世界の不可思議さが柚李葉に全てを理解させていた。
「あなたが‥‥」
 何故か、笛の持ち主だと解った。
 忘れて取りに帰って来たんじゃない、この子を置いていった人。
 そして――柚李葉と遠い、あるいは近しい繋がりを持つ人。
 ユリゼもまた、不思議な感覚に囚われていた。
(「何故だろう、懐かしいような‥‥出逢った事があるの?本当は出逢っちゃいけなかったの?」)
 本能的に危うさを感じたユリゼは、一歩退いた。まっすぐにユリゼを見、柚李葉は笛を差し出す。
「この子を、連れて帰ってください」
 この子が可哀相だからと言う柚李葉の素直な気持ちを、ユリゼは眩しく感じながら首を横に振った。
「ううん、その笛はいいの。可哀相と思うならあなたが大切にして?」
「この子は、私でなくあなたが‥‥」
 じゃあ、とユリゼは提案した。代りにあなたの笛を貰えたらいいわ、と。

 笛を交換する前に一曲合わせて欲しいと願った柚李葉に応え、ユリゼが一度は手放した笛を手にした。
 ただ一度きりの逢瀬だった。
 何処ともわからぬ不思議な世界の、幻想的な山桜の下で、二人の娘が音を交わす。
 一人は笛に哀しみを乗せ、一人は笛に願いと清めを託し、桜樹の下で二つの音が交錯する――

●哀桜笛
 不思議な夢を見ていた。
 目覚めた柚李葉の心には、桜樹で出逢ったあの人と交わした楽の余韻が残っていた。
 散る花弁のような、儚げで切ない音色。あの人の奏でた音が今も耳に残る。忘れようにも忘れられない、夢だった。
 ともあれ柚李葉は開拓者としての一日を開始する。身支度を済ませ、開拓者ギルドで新規の依頼を確認し、万商店へと向かった。
「今日のオススメは桜の限定品だよ!」
 暁に勧められるまま、籤を引いた。
 哀桜笛が当たったのは、柚李葉にとって必然のような気がした――

 柚李葉さん、貴女は笛が好きなのね。
 私は‥‥守る為に、助ける為に‥‥死に物狂いで練習した名残だから。
 何の力にもなれなかったけれど‥‥ね。

 悔いも、未だ捨てきれぬ他者想う気持ちも、いつか清め流れてゆけ‥‥清き楪笛の音のように。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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・ec4924 エレェナ・ヴルーベリ:女性/外見年齢24歳(74歳)/バード
・ea3502 ユリゼ・ファルアート:女性/外見年齢24歳(24歳)/ウィザード
・ia0859 佐伯 柚李葉:女性/外見年齢15歳/巫女
春花の宴・フラワードリームノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年05月10日

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