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『【Story that White Moon saw/String of Verthandi】 』
空閑 ハバキ(ga5172)

●白き願い

 白い月と赤い月が煌々と照らす世界にも、白い季節は変わらずやってくる。
 街に点る明かりに、心は仄かに浮かれて揺れて。
 信心深くなくても、信じるものすらなくても、何かに願いを託したくなる。
 ――例え、それが子供じみた夢想でも。

 雪の降らぬ、希望の島。
 白い世界に包まれた、どこか懐かしく古い街並み。
 多くの人々が集まり、賑わう都市。
 いずれの地にも、等しく聖夜が訪れる。
 それだけは、人知及ばぬものの奇跡かもしれない。


●見上げるは同じ白の月
「……なぁ、聞いていいか?」
「うん」
 むっすりとした表情のアンドレアス・ラーセンが、テーブルに置かれた白い箱をじっと睨んで腕組みをする。
「ナニがどうして、クリスマスに男二人でケーキを食わなきゃあならねぇんだ」
「買ってきたんだから、仕方ないだろーっ」
 部屋の隅っこ方面でクッションを抱えた空閑 ハバキは頬をふくらませ、やや投げやり気味で部屋の主へ答えた。
 何となくその答えを予想していたのか、友人は髪をかき上げながら溜め息を一つ。
 それからおもむろに箱を持ち上げ、中を確認すると、溜め息をもう一つ。
「いちお、ビールとかも買ってきたから」
「なんだ。準備がいいじゃねぇか」
「だってさ……」
 ――クリスマスに一番一緒にいたい人が他にいて、それができないのは、アスも俺と同じ……だから。
 口には出さず、胸の奥で呟く。
 もし言葉にしてしまうと、後はとめどない感情が一気に堰を切ってしまいそうで。
 それを押し込めるように、ぐっとクッションをハバキが抱え直して顔を埋めれば、ふわりと頭に手が置かれた。
 そしてそのまま、癖のある金髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回される。
「ちょぉっ、アス!?」
 こういった比較的傍若無人な扱いは毎度のことだが、それでも顔を上げて相手へ口を尖らせれば、前にしゃがみ込んだアンドレアスはニッと口の端を歪めた。
「特別だ。高い酒、開けてやる」
「アス……」
「ん?」
「俺、フランスのブルゴーニュにある、ヴォーヌ・ロマネ産ピノ・ノワール種のブドウから作ったワインがいい」
「買えるかよっ!」
 上目遣いで見上げるハバキの頭を、毒づきながら再びぐりぐりとかき混ぜるアンドレアス。
 このご時世にあって年に数千本しか作られない稀少ワインなど、平時より尋常ならざる値段がつけられている訳で、例え傭兵でも簡単に手が届くモノではない。
 無論、ハバキが本気で頼んでいないことは、親友たるアンドレアスは百も承知しているだろうが。
 だからこそ、ハバキもそんな無体な我が侭を、遠慮なくブン投げて。
 ――もしなっちゃんなら、なんて言うかな。
 ふと、そんなことを考えてしまった。
 多分なつきはじーっと考え込んで、どう答えるか悩むだろう。そのまま悩み続けるか、どうしようという視線を返してくるかも……と、そんな詮無いことを想像してしまい、気分はまた微妙に沈む。
 その沈みかけた思考を、突然の無神経な笑い声が遮った。
 さして面白くもないコントに笑う観客の姿は、雪景色を歩く恋人たちへと瞬時に切り替わる。更には生真面目な表情のアナウンサーになったり、スポーツに興じる人々になったりと、画面に映し出される映像が次々に変化していき。
 やがてポップなクリスマス・ソングを歌う少年少女の画面になったところで、チャンネル・サーフィンが止まった。
 興味なさげな表情で、テレビ用のリモコンボタンを順番に押していったアンドレアスだが、適当なところで妥協したのだろう。
 コーヒーテーブルにリモコンを放ってから、膝に手をついてダルそうに立ち上がる。
「ケーキ、切ってやるから」
 手伝えといわんばかりの口振りに、こくりとハバキは頷き。
 抱えていたクッションをようやく開放すると、キッチンへ向かう友人の背を追った。

   ○

 ……寂しかった。
 苦心して何とか笑顔を作ってみても、やっぱり寂しさは変わらなかった。
 閉ざされたままの、5710号室。
 その前でどれだけ待ってみても、部屋の番号と同じID番号の持ち主は、姿を現さない。
 一番に会いたい人、もっとも傍にいたかった人が、『ラスト・ホープ』から姿を消して……もう随分と、久しい。
 思い切って探しに行くことも出来たが、そうやって無理に連れ戻しても、きっと待っているのは同じことの繰り返し。
 彼女は躊躇なく危険に飛び込んで、そんな彼女の身を案じる彼はひたすら不安に身を焦がす。
 大切だから、失くすことが怖くて。
 傷つく姿が悲しくて、変わって欲しいと願った。
 だが彼女は彼を傷つけるばかりだと、姿を消してしまった。
 姿だけでなく、存在の痕跡すら消し去るように全てを処分して……いなくなった。
 でも、彼の胸の内にある記憶と感情を消し去ることは、決して出来ない。
 ぽっかりと心に空いた穴は、彼女でしか埋められないのに。
 願ったことは、そんなに傍若無人で身に余るモノだった?
 そんなに……ワルいコトだったの、かな?
 解らなかった哀しさと、分かってもらえない悲しさと。
 そして寂しさだけが、ただ胸の底に降り積もる。
 でも追いかけたら、きっと追い詰めてしまう気がして。
 ずっと一緒にいたいから。だから今はただひたすらに、なつきの帰りを待つ……と。
 ハバキは独り、そう心に決めた。
 だから膝を抱えて、5710号室の前で、待つ。
 一人で食べきれないホールサイズのクリスマス・ケーキを、傍らに置いて。
 けれども、やっぱり彼女は帰ってこなくて。
 寂しくなって、寂しくなって……どうしても一人でいることが、寂しくなって。

 気づけばハバキの足は、自然と通い慣れた部屋へと向かっていた。

   ○

 買ってきたのはイチゴたっぷりな、生クリームのクリスマスケーキ。
 チョコのプレートには『Merry Christmas』と白い文字がプリントされ、イチゴに囲まれた中央ではマジパンで作ったサンタがトナカイと並んでいる。
 何故かご丁寧に小さなロウソクまで付いていて、誕生日のケーキに間違えられたのだろうかと、一瞬思ったり思わなかったり。
 そもそもアメリカのクリスマスでは、ケーキよりジンジャーマンクッキーの方が定番だ。
 ケーキはせいぜい、好きなモノを買ってくる程度といっていい。
 ついでに言えば、大親友の故郷デンマークでは、エイブルスキーバーなる砂糖とジャムをかけて食べるパンケーキボールが、クリスマスケーキに当たるらしい。
 つまりまぁ、クリスマスにそんな紅白ケーキを食べる習慣があるのは、日本人くらいなもので。
 ケーキをひと目見たアンドレアスが自分の『重症っぷり』を悟ったのも、当然だった。
 何も聞かず、何も言わず。
 他愛もないテレビの番組にツッコミを入れ、クリスマスケーキを食べながら、クリスマスと何の関係もなく他愛もない話にぐだぐだと興じる。
 そして時を追うごとに、二人の傍らで無造作に転がる傍らの空き瓶と空き缶が順調にその数を増やしていた。
 だが何気ない会話の合間、すとんと何かが抜けたような沈黙が不意に降りて。
「……会いたい」
「ん」
 ふと思いを口に出せば、ただアンドレアスは頷いた。
 そうしてまた、白いケーキをぱくりと食べる。
 もきゅもきゅと咀嚼し、飲み込んで、ビールを煽った。
 口の中のモノがなくなれば、またぽつりと言葉が落ちる。
「……会いたいよ。凄く」
「ああ」
 ハバキを気遣う、低く短い声。
 気遣いながらアンドレアスも赤いイチゴにフォークを突き刺し、無造作に口へ放り込んだ。

 ……気遣い。
 11月の誕生日、ハバキの元に一つの小さな荷物が届いた。
 開けて出てきたのは、ピンクの兎のマスコット。
 そして、小さな一言だけのメッセージ。
 ――ごめんね。
 それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなった。
 ……どうして、なっちゃんが謝る?
 すれ違う、感覚。
 どれだけ細くても、繋がっていると信じていたい思いの糸が切れそうで。
 このまま、ずっと彼女が戻ってこず、離れてしまうんじゃないかって。
 どれだけ頭を振って追い出しても、そんな考えが心に忍び込み、じくじくと蝕んでくる。

「やっぱり、会いたいよ! いちゃこきたいよーーっ!」
 むぎゃーっ! と。
 溢れそうな涙を言葉に代えて、やりきれない青年の主張を親友へぶつけた。
 でもどれだけ思いのたけを叫んでも、肝心の彼女に届くことはないのだが。
 それでも、主張せずにはいられなくて。
「分かってる。いいから、飲め」
 ぶらんと背中にくっついたハバキの額へ、むっすりとアンドレアスが冷えたビールを押し当てる。
 火照った顔にそれが心地よくて、缶を手に取ったまま、ごろりと寝そべった。
 目ぼしい番組もなくなったのか、いつの間にかアンドレアスはテレビを消したらしい。
 目を取ってじっと転がっている耳には、ただ静寂だけが聞こえてくる。

 ……会いたい……のに。

 目を閉じた真っ暗な思考の中で、ぼんやりと願っていると、無造作に身体を小突かれた。
「おい、ハバキ」
 シャクなので目を閉じたままでいたら、今度はゴツリと蹴られる。
「窓の外見てみろ、酔っ払い」
 アスだって、酔っ払いの癖にぃ。
 文句を言おうとしたが、喉は焼けたようにヒリヒリとしていて、上手く言葉が出なかった。
 仕方ないので、そのまま無言でむくりと身を起こし、アンドレアスが開けたカーテンの向こうに目を細めるが。
 ガラスに光が反射して、外の風景はよく分からない。
「……ぅ〜?」
 仕方なく、膝を擦ってもそもそと窓際まで移動し、窓を開ける。
 ひんやりとした夜の空気が、ぼんやりした頭を幾らかシャッキリさせ。
 その目の前に、白いひとひらが舞い落ちた。
 コンクリートに落ちて消えたソレの元を辿るように、顔を上げれば。
 雲に隠されて薄く白い月が浮かぶ、夜の奥から……。
「ゆき、だ」
 しゃがれた声が、小さく呟く。
 そして脳裏に蘇るのは、去年の今日のこと。
 なつきと一緒に見上げた、一年前のクリスマスの雪。
 あの時のぬくもりと、今は空っぽの腕に、ただ寂しさが降りつのる。

 ……あいたい。
 あいたい、よ。
 いますぐあって、ぎゅって、したい……よ。

 叶わぬ想いを願いながら、空っぽの手を握り締めた。

 ……せめて、なっちゃんも。
 この雪を見ていれば、いいのにな。
 そして……願わくば、同じ思いであったなら。
 傍にはいないけれども、気持ちだけでも寄り添うことができれば……と。

 はらはらと零れ落ちるハバキの思いを、親友はただ、くしゃくしゃと頭を撫でながら黙って聞き。
 そうして、月から剥がれ落ちたような雪は、静かに降る。
 暗くて昏い夜のソコを、淡く照らそうとするかのように――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ga5172/空閑 ハバキ/男性/外見年齢22歳/エクセレンター】
【ga5710/なつき/女性/外見年齢21歳/エクセレンター】
【ga6523/アンドレアス・ラーセン/男性/外見年齢28歳/サイエンティスト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変長らく、お待たせしてしまいました。「WS・クリスマスドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 三人を通して一本のノベルというパターンもあったのですが、やはり個々の主観を重視した結果、今回は少し特殊な感じの構成となりました。

 ブン投げ、ぐるぐる巻いてコネた末に、ごつーんと投げ返させていただきましたが、如何でしたでしょうか。
 お二人の気になる行く末、ひっそりこっそりはらはらと陰から見守らせていただくのですよ。
 もし例によって……キャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。
 その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。

 最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
 そしてお届けが大変遅くなって、本当に申し訳ありませんでした。
(担当ライター:風華弓弦)
WS・クリスマスドリームノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年05月12日

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