『【Story that White Moon saw／Mirror of Urthr】 』

アンドレアス・ラーセン（ga6523）

●白き願い

　白い月と赤い月が煌々と照らす世界にも、白い季節は変わらずやってくる。
　街に点る明かりに、心は仄かに浮かれて揺れて。
　信心深くなくても、信じるものすらなくても、何かに願いを託したくなる。
　――例え、それが子供じみた夢想でも。

　雪の降らぬ、希望の島。
　白い世界に包まれた、どこか懐かしく古い街並み。
　多くの人々が集まり、賑わう都市。
　いずれの地にも、等しく聖夜が訪れる。
　それだけは、人知及ばぬものの奇跡かもしれない。


●見上げるは同じ白の月
「……なぁ、聞いていいか？」
「うん」
　むっすりとした表情のアンドレアス・ラーセンが、テーブルに置かれた白い箱をじっと睨んで腕組みをする。
「ナニがどうして、クリスマスに男二人でケーキを食わなきゃあならねぇんだ」
「買ってきたんだから、仕方ないだろーっ」
　部屋の隅っこ方面でクッションを抱えた空閑　ハバキは頬をふくらませ、やや投げやり気味で部屋の主へ答えた。
　何となく予想はしていた友人の反応に、髪をかき上げながらアンドレアスは溜め息を一つ。
　それからおもむろに箱を持ち上げ、その中身を確認すると、溜め息をもう一つ。
「いちお、ビールとかも買ってきたから」
「なんだ。準備がいいじゃねぇか」
「だってさ……」
　ごにょりと、ハバキが口ごもった。
　家にいれば親友が現れる予感は半ばしていたし、その理由も何となく予想は出来ていた。
　……なつきはまだ、『ラスト・ホープ』へ戻っていない。
　もし帰ってきたなら、親友は翡翠の瞳を太陽の如く輝かせ、飛び跳ねんばかりに……いや、実際に飛び跳ねるかもしれないが。ともかく、喜色満面、嬉しさ全開で報告しに来るだろう。
　だが今は、気持ちを押し込めるようにハバキはクッションをぎゅっと抱えて、顔を埋めていた。
　――その、大事な人が傍らにいない……自分と同じ、寂しさに。
　見た目にも分かる凹みっぷりなハバキの前にしゃがみ込むと手を伸ばし、ふわりと頭に置いた。
　そしてそのまま、癖のある金髪をぐしゃぐしゃと乱暴に引っかき回す。
「ちょぉっ、アス！？」
　毎度の慣れた扱いだがハバキはクッションから顔を覗かせ、口を尖らせて抗議する。
　そんな相手に、アンドレアスはニッと口の端を引き上げた。
「特別だ。高い酒、開けてやる」
　男二人でもクリスマス・イブだしなと、彼なりに腹をくくれば。
「アス……」
「ん？」
「俺、フランスのブルゴーニュにある、ヴォーヌ・ロマネ産ピノ・ノワール種のブドウから作ったワインがいい」
「買えるかよっ！」
　上目遣いで見上げるハバキの頭を、毒づきながら再びぐりぐりとかき混ぜるアンドレアス。
　このご時世にあって年に数千本しか作られない稀少ワインなど、平時より尋常ならざる値段がつけられている訳で、例え傭兵でも簡単に手が届くモノではない。
　無論、親友たるハバキが本気でそんな無理を言っている訳ではないと、アンドレアスは百も承知している。
　ただ……「100％ない」とは、言い切れないが。
　ともあれ、そんな遠慮なくブン投げられた我が侭を、冗談で返して笑うのも束の間のこと。
　またフッと、ハバキの表情に影が落ちた。
　太陽を思わせるような眩い笑顔が沈めば、雲がかかったような印象を覚える。
　分かりきってはいたが、中々の『重症』ぷりにアンドレアスは小さく嘆息した。
　それからおもむろにテレビのリモコンへ手を伸ばすと、画面を点ける。
　いきなり流れ出したのは、無神経な笑い声。
　興味をそそらない内容にアンドレアスがボタンを押せば、さして面白くもないコントに笑う観客の姿は、雪景色を歩く恋人たちへと瞬時に切り替わった。
　順番にボタンを押していくと、それは生真面目な表情のアナウンサーになったり、スポーツに興じる人々になったりと、画面に映し出される映像が次々に変化していき。
　やがてポップなクリスマス・ソングを歌う少年少女の画面になったところで、この辺りが打倒かとチャンネル･サーフィンを止める。
　コーヒーテーブルにリモコンを放ってから、勢いをつけるように膝に手をついて、アンドレアスは立ち上がり。
　彼を追う視線に、振り返る。
「ケーキ、切ってやるから」
　手伝えといわんばかりに告げれば、少しだけ笑顔の戻ったハバキはこくりと頷き。
　抱えていたクッションを開放して転がすと、キッチンへ向かうアンドレアスの後ろを付いてきた。

　　　○

『ラスト・ホープ』ではクリスマス・イブを恋人と過ごす者たちも多いが、欧米などではクリスマスは家族と過ごすのが定番だ。
　だが……今年もアンドレアスは、『実家』に帰りそびれた。
　いや、帰りそびれたというか。
　――この季節は、綺麗な思い出が多過ぎて、余計帰れない。
　それが、ぶっちゃけた本音。
　特別なことでもなく、口には出さず、誰かに打ち明けることなどもまずないが。
　だから今日という日、部屋にハバキが来たことは、実を明かせば彼にとって有難くもあった。
　少なくともハバキと馬鹿な話をしていれば、幾らかでも気が紛れる。
　そして今は、そんな話でハバキの気も紛らわせてやることが……出来ているか、確証はないが。
　それでも、帰るか帰らないか分からない相手を、じっと一人で待っているよりはいい筈だった。

　　　○

　ハバキが買ってきたのはイチゴたっぷりな、生クリームのクリスマスケーキだった。
　チョコのプレートには『Merry Christmas』と白い文字がプリントされ、イチゴに囲まれた中央ではマジパンで作ったサンタがトナカイと並んでいる。
　何故かご丁寧に小さなロウソクまで付いていて、誕生日のケーキに間違えられたのだろうかと、一瞬思ったり思わなかったり。
　クリスマスにこういうケーキは、アンドレアスにもあまり馴染みがない。
　故郷デンマークでは、エイブルスキーバーなる砂糖とジャムをかけて食べるパンケーキボールがクリスマスケーキに当たる。
　ハバキの母国アメリカではむしろ、ケーキよりジンジャーマンクッキーの方が定番らしい。
　つまりまぁ、クリスマスにこんな紅白ケーキを食べる習慣があるのは、日本人くらいなもので。
　いくらジャパン・フリークとはいえ……ケーキをひと目見たアンドレアスは、ハバキの『重症っぷり』を改めて思い知らされた。
　それでも、互いに何も聞かず、何も言わず。
　他愛もないテレビの番組にツッコミを入れ、クリスマスケーキを食べながら、クリスマスと何の関係もなく他愛もない話にぐだぐだと興じる。
　――抱えた痛みと、無理に折り合いをつけて笑う。そんな癖は、二人とも同じ。
　よく似た者同士だよなと、改めて思う。
　そして時を追うごとに、二人の傍らで無造作に転がる傍らの空き瓶と空き缶が順調にその数を増やしていた。
　だが何気ない会話の合間、すとんと何かが抜けたような沈黙が不意に降りる。
「……会いたい」
「ん」
　ふっと口をついた、自分の気持ちを代弁するような親友の呟きに、ただ頷いた。
　そうしてまた、ハバキは白いケーキをぱくりと食べる。
　もきゅもきゅと咀嚼し、飲み込んで、ビールを煽った。
　口の中のモノがなくなれば、またぽつりと言葉が落ちる。
「……会いたいよ。凄く」
「ああ」
　目を伏せて答えながらアンドレアスも赤いイチゴにフォークを突き刺し、無造作に口へ放り込んだ。

　　　○

　なつきとハバキを出会わせたのは、アンドレアスだ。
　なおかつ彼女が失踪する直前までは、同じ小隊のメンバーとして動いていた。
　だから、という訳ではないが。
　なつきにはどこか自分と似た匂いを感じ、そして気づいていたと思う。
　彼女の持つ、その『危うさ』に。

　――そうして、危惧していた危うさは現実となり、ハバキはこんな状態で。

『こうなったこと』に対して、彼女に怒りがないわけでは、ない。
　でもハバキはきっと、いや絶対にソレを望まないだろう。
　だとすればもう、後は祈るしかない。
　彼女が、早く帰ってくることを。

　頼むからコイツを壊さないでくれ、なつき。
　ハバキは、俺とは違うんだ。

　……罪深い性を負う、俺とは。

　　　○

　目ぼしい番組もなくなったので、テレビを消す。
　静かになった部屋で煙草を引っ張り出し、火を点けてぷかりと煙を天井へ吐けば。
「やっぱり、会いたいよ！　いちゃこきたいよーーっ！」
　むぎゃーっ！　と。
　ぐるぐる回る思考に煮詰まったのか、やりきれない青年の主張を親友がぶつけてきた。
　言葉だけでなく、背中へのどすんという重い衝撃と共に。
　どれだけ思いのたけを叫んでも肝心の相手に届かないが、それでも主張せずにはいられない、そんな気持ちは……。
「分かってる。いいから、飲め」
　ぶらんと背中にくっついたハバキの額へ、むっすりとアンドレアスは冷えたビールを押し当ててやる。
　火照った顔に冷えた缶は心地よいのか、ハバキはソレを額に当てたまま、ごろりと寝そべった。
　寝そべって、そのまま半分眠りかかっているのを見ると、随分と酔いが回っているのだろう。
　傍らに転がっている飲み干した缶と瓶の数を思えば、当然かもしれない。
　少し酔いを醒ますべく、のそりとアンドレアスは立ち上がった。
『障害物』を乗り越えて窓辺へ寄り、何気なくカーテンを開ける。
　そこでふと窓の外の違和感に気付き、彼は目を凝らした。
　じっと外の様子を窺ってから、おもむろに眠りかけている親友を小突く。
「おい、ハバキ」
　起きている気配はあるが、寝転がったままハバキは動かない。
　どこか不貞腐れているような様子に嘆息し、今度は裸足でゴツリと蹴った。
「窓の外見てみろ、酔っ払い」
　何か文句を言いたげながらも、仕方なさそうに友人がもそりと身を起こした。
　身振りで窓の外を示してやるが、何のことか分からないといった風に、目を細めたハバキは首を傾げる。
「……ぅ〜？」
　顔が赤いまま、膝を進めてもそもそと窓際まで移動し、窓を開けた。
　冷たい外の空気が、部屋の中に吹き込んでくる。
　外へ顔を出したハバキは少し酔いが醒めたのか、おもむろに顔を上げ。
「ゆき、だ」
　しゃがれた声が、小さく呟いた。
　雲に隠された白い月が薄く浮かぶ夜の奥から、白い雪がひらひらと舞い落ちてきている。
　それをじっと見つめたハバキは、酔いもふざけた空気もない言葉を、ぽつりと口にした。
　……あいたい、と。
　はらはらと零れ落ちる親友の思いを、アンドレアスはただ、くしゃくしゃと頭を撫でながら黙って聞き。
　聞きながら、アンドレアスもまた空を見上げる。
　積もるかどうか、分からない……降り出した雪は、誰への贈り物なのか。
　そんなことをふと思えば、何故か急に脳裏へ遠い風景が蘇った。

　――寒く寒い、故郷の街。
　家々に点る、窓の灯。
　静寂を割って響く、重い教会の鐘――。

　瞬間、目を伏せる。
　意識せず、手はシャツの胸の辺りをぎゅっと掴み。
　布の下の十字架の、固い感触がした。
　そのままアンドレアスは、ただ祈る……まるで子供の頃のように、無心に。
　とうの昔、とっくに自分を見捨てているであろう、『神様』というヤツに向けて。

　……この聖なる夜、全ての愛すべき人々の上に、祝福を下さい。
　今宵、静かに誕生日を迎えているであろう、あの大切な少年の上にも。
　俺の分は要らないから、どうか……どうか。

　そうして、月から剥がれ落ちたような雪は、静かに降る。
　暗くて昏い夜のソコを、淡く照らそうとするかのように――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

【ga5172／空閑　ハバキ／男性／外見年齢22歳／エクセレンター】
【ga5710／なつき／女性／外見年齢21歳／エクセレンター】
【ga6523／アンドレアス・ラーセン／男性／外見年齢28歳／サイエンティスト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　大変長らく、お待たせしてしまいました。「ＷＳ・クリスマスドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
　三人を通して一本のノベルというパターンもあったのですが、やはり個々の主観を重視した結果、今回は少し特殊な感じの構成となりました。

　夏のアレから一転して、シリアス――を目指してみながらも、やっぱり絡みはいつも通りな雰囲気濃厚ですが、如何でしたでしょうか。
　コルシカでも、いろいろとお世話になりました。無事にシリーズを終えることが出来たのは、ひとえにシリーズ参加者の皆さんの努力の賜物です。南仏も、色々と謎が多くて厄介な状況になっていますが……。
　ともあれ、例によって……キャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。
　その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。

　最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
　そしてお届けが大変遅くなって、本当に申し訳ありませんでした。
（担当ライター：風華弓弦）

ＷＳ・クリスマスドリームノベル

風華弓弦

CATCH THE SKY 地球SOS

2010年05月12日