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『+心の蕾が綻ぶ頃に+ 』
千獣3087

 柔らかい青空には、暢気な白い雲が悠々と泳いでいて、穏やかな昼下がり。
 噴水の飛沫から虹を見付け喜ぶ子供達、いつもは仕事で部屋に籠もりきりな大人が懐かしそうに球技を楽しむグラウンド。
 そして、小動物と一緒に昼寝も楽しめる手入れされた芝生の一角で、レーヴェン・ツァーンはオープンカフェを開いていた。
 メニューは旅商人ならではの品揃え。
 異国のお菓子も果物も、彼にかかれば揃わぬ品も無いかもしれない。
 けれども、それに好奇心をそそられて近寄ってくる人もいれば、見たことが無い物に警戒する人もいる。千獣もまた、その1人。
(ここは……? 随分、不思議な……でも、温かい……)
 見知らぬ地へ迷い込み、他の生き物の縄張りを荒らしたとあっては攻撃をされかねない。そんな緊張に包まれて辺りの様子を伺っていたけれど、この場に流れる空気は平穏そのものだった。
 遠くから聞こえる笑い声、異なる種族のように見える者同士がテーブルでくつろぎながら色とりどりの花を愛でている。
 ここならば、一息がつけるかもしれない。
 けれども、談笑しているのを遮りたくはなくて、千獣は隅の方の空いているテーブルへと腰掛けた。
「いらっしゃい。今日は待ち合わせかな?」
「ちがう、けど……」
 ただ、なんとなく席についてしまったけれど、1人迷い込んだ千獣には話し相手がいない。
 楽しそうな空気だけでも感じられればと思っていたが、幸せそうに語らう人たちを見ていると、胸の内にもやもやとわだかまりが浮かんでくる。
「それは良かった。今日のお客は連れがいるからお近づきになるのも手強くてねぇ」
 どこからともなく飲み物とお茶菓子を出して、千獣の向かいに座るレーヴェンは仕事を放り出すつもりだろうか。
 目の前に並んだ物に驚きながらも、千獣はニコニコと微笑むだけで会話を振らずに傍に居るレーヴェンへおずおずと話しかけた。
「……聞いても、いい……?」
「ああ、何でもどうぞ。可愛い子の役に立てるなんて、オレも本望だから」
 初対面の人に、こんなことを聞くのはどうかと思う。
 けれど、自分を知らない人だからこそ、ありのままの答えをくれるかもしれない。
 心を落ち着けるように冷えたグラスを握りしめ、真っ直ぐにレーヴェンを見る。
「誰かを、大切に、するって……どういう、こと、だと、思う……?」
「ふぅん……大切、ね。それはまた、大きなテーマだ。ちょっと妬けるな」
 ぱちりと瞬きをしながら千獣が見つめ返すので、レーヴェンは苦笑しながら手でカギ括弧を作って見せた。
「大切な物は、傷つかないように閉じ込めたくもあれば、自由にさせてあげたくもなるね」
「……ちょっと、違う。閉じ込めては、ない……から」
 大切な人を守りたいから、どんな相手だって戦える。
 けれど、守りたい人は傷つかないでと言う。
 千獣自身、大切な人が傷つかないように戦っているわけだから、その気持ちはわかる。
 わかるからこそ戦ってしまう千獣は、ほんの少し罪悪感に苛まれていた。
「それって、大切な人、が……私を、思って、くれる、気持ち……傷、つけてる?」
 熱心に説明している間は真っ直ぐ見てくれていた瞳も、段々と伏し目がちになって言葉尻が弱くなる。
 お互いに思い合っての行動と言葉のはずなのに、彼女には答えが出せないでいるようだ。
「そうだな……物騒な地域だと小競り合いは絶えないし、避けられない戦いもあるだろうけど……その割には、綺麗な肌をしてるね」
 何かの呪い(まじない)のような布は所々巻かれているけれど、その隙間から見える肌は白く美しい。遠距離で戦うにしても、怪我を心配されるほど戦闘が多いのならば、こう綺麗な肌でいることは難しいだろう。
「私は、違うから……みんなより、強い。だから、平気、だよ」
 あまり言いたくないことなのか、完全に下を向いてしまった千獣に、レーヴェンはコツンと軽く頭を叩いた。
「コラ。いくら強い人だって、反撃されれば痛いだろ。平気なわけない」
「…………」
 確かに、一撃を受ければ痛覚はある。
 けれど怪我をしてもすぐ治る千獣には、どうにも自分の痛みに鈍感なところがあって、レーヴェンが言わんとしていることはわからなかった。
「みんなは勝って欲しいんじゃない、無事に帰ってきて欲しいんだろ?」
「……無事? 私は、帰ってるよ。ちゃんと……みんなの、ところへ」
「そうじゃなくて、怪我して痛いのは、あんただけじゃない。どれだけ体が丈夫だとしても自分のために負った傷だと思えば守られる方だって痛いし、どれだけ強かったとしても、戦場に送り出すのは心配なんだ」
 自分は戦うに適しているのだから、守る立場にあって当たり前。
 どこかでそんな考えが先攻して、無茶な戦いをしていたかもしれない。
「……だから、どうすれば、いいん、だろう……?」
「とりあえず、いってきますとただいまから始めようか」
 あまりに素っ頓狂な答え過ぎて、思わず千獣は顔を上げる。
 けれど、レーヴェンの顔はふざけているわけでもなく、優しく笑いかけていた。
「……例えば、ね。宝石を大切にするなら宝箱に入れるのが普通かもしれない。でも、その宝石に大事な思い出があるのなら、肌身離さず身につけることで大切にするとも言える。だから、残念だけれどオレには正しい答えは教えられない。……でも答えはあるんだよ」
「どこ、に……?」
「あんたと、あんたの大切な人の中に。気持ちを傷つけてるかもしれないって思うなら、きっと相手もあんたの悩みに気付いてるハズだ。納得してないなら、何度だって話してごらん……わかる、かな?」
 だからレーヴェンは、いってきますとか些細な言葉のやりとりから始めてみればと提案したのかもしれない。
 そこまで口数が少ないわけでは無いけれど、話し合ったときには傷ついてほしくないと悲しそうな顔をさせてしまった。
 何度も何度もあんな顔をさせたくないのに、本当にそれが良い方法なのだろうか。
(傷ついて、ほしく、ない、のは……同じ、だから、話したら……伝わるの、かな)
「大切なら遠慮しないで、ぶつかってみるのもいいもんだよ? どこかの国じゃ、喧嘩するほど仲がいいって言葉があるみたいだし」
「……喧嘩は、したく、ないよ……」
「まぁそれは大げさすぎるにしても、ね。溜め込まないこと……いい?」
 大丈夫という自分の物差しで語らないで、相手の視点に立ちながら意見を言う。
 それを全部こなすのは難しいかもしれないけれど、素直に伝えることぐらいなら自分にも出来るかもしれない。
「うん……もう1度、ちゃんと……話を、してみるよ」
 あの人なら、きっとわかってくれる。
 お互いの中にしかない答えだから、正解は見つからなかったけれど、千獣はやっと不安そうな顔を綻ばせるのだった。







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★★★登場人物一覧★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087/千獣/女性/17歳/獣使い】
【NPC】レーヴェン・ツァーン(mz0159)

★★★ライター通信★★★★★★
初めまして、浅野悠希です。
この度はご参加頂きまして、ありがとうございます!
とってもナンパなレーヴェンですが、千獣さんの不安を察知してお兄さんポジションで話し相手を務めさせて頂きました。
ほんの少しでも、千獣さんの心の蕾が綻ぶお手伝いが出来たのなら幸いです。
それでは、ご縁がありましたら次回もよろしくお願い致します♪
春花の宴・フラワードリームノベル -
浅野 悠希 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年05月13日

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