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『唸れ闘魂!毒の罠を打ち砕け 』
ガイ3547)&(登場しない)

ぶつかり合う闘気の唸りが心地よく響く闘技場の片隅で、この世のものとは思えぬ凄まじい呻きと絶叫が入り混じった声が反響し続ける。
ドアの前で複数の男達が不安げに中の様子を窺いながら、先刻の光景を思い出し―ため息をこぼした。

極限にまで鍛え上げられたガイの拳から溢れんばかりに放たれた闘気をまともに喰らい、大男は爆風に飲まれた。
この瞬間、誰もが闘士であり治療師たるガイの勝利を確信する。
彼の強さが本物であり、目の前で打ち出された技の威力は始まって間もない大会にも関わらず、人々の心を惹きつけていた。
が、爆風が消えうせた後に広がった光景を目の当たりにして悲鳴にも近い絶叫があがった。
鈍い鋼色に染め上がった肌は傷一つなく、硬い溶岩石から切り出した闘技盤を抉り取ったガイの技を受けてものともしなかった大男は楽しげに口元を吊り上げる。
必殺ともいうべき技を破られ、ガイの気が一瞬緩んだのを見逃さなかった。
瞬時にガイの懐へ飛び込むや否や鋼の拳が唸りを上げて鳩尾へとえぐり込む。
防御もできず場外にガイの身体が吹っ飛んだ瞬間、天も裂けんばかりの大歓声が会場を震わせた。


目の覚める思いとはまさにこのことだろう、とガイは痛感する。
限界まで力をぶつけ合い、どちらが勝ってもおかしくはない状況であったとはいえ、自らに驕りがなかったかと思い直す。
「新しい技を考えなくてはならんな……しかし、何か良い考えが」
「ガイッ!!すまない、急患だ。急いで治療してやってくれ!!」
馴染みとなった治療室で思考の淵に沈みこんだガイを勢い良く開け放たれたドアと駆け込んできた男達の叫びが現実へと引き戻す。
急患は当たり前とはいえ、何も怒鳴らなくても、という声が紡がれることなく、鋭く緊張を孕んだものへと変わる。
「そのまま寝台へ横にしろ。お前らは調理場か風呂場へ行ってありったけの湯を貰って来い。そっちは薬師に言って毒消しを調合してもらえ……時間が掛かれば、それだけ治りが遅くなる」
的確な指示を飛ばしながら、ガイは適当な紙片にざっと何かを書き付けると立ち尽くす年若い男に押し付けて念を押す。
来た時と同じように飛び出していく男達を見送りながら、ガイは苦痛に呻く急患―つい先日自分を打ち負かした大男の治療に取り掛かる。
何かの薬品を浴びせられたように焼け爛れ、不気味なほど青紫に変色した肌。
浅く激しい呼吸と痙攣を一目見て、表情がより険しくなる。
とんでもなく高濃度な猛毒。肉体を鋼に変化させられる彼だから辛うじて意識を保てているのだろう。
並みの闘士ならとっくに意識を失くしている。
少し強めに練り上げた気を少しづつ呻きながらも微動だにしない男に注ぎ込む。
いくら鍛えているとはいえ、毒で弱りきった身体にいきなり気を送り込むのは危険すぎる。
加えて毒の効果を中和させなくては本格的な治療に移せない。
「ガイ、言われたもん持ってきた!」
「ありったけの湯にさらしをかき集めてきたぜ。なんか必要なもんあるなら、どんどん言ってくれ!」
必死の形相で訴える闘士たちの顔を見渡し―ガイは一瞬苦笑いを浮かべ、すぐに表情を引き締めると治療室の外へと追い立てた。
らしからぬガイの行動に誰もが抗議しかけたが、その気迫に息を飲む。
「悪いが治療に集中したい。一刻を争うんでな」
ばたりと閉ざされた扉の向こうから聞こえてきたのは、呻きを通り越した絶叫。
治癒力は高いが猛烈な激痛を伴うのがガイの治療と分かっていたが、これは命をとした闘いだ。
練り上げた気と毒消しが効いたのか、変色しきった肌が徐々に赤みを取り戻し始め、浅くなった呼吸が随分と穏やかになっていく。
「う……ぉい、ガイかぁ…?」
擦れているが予想よりもしっかりとした大男の問いかけに少しばかり安堵の色を浮かべるが、油断はできないとガイは送り込む気をわずかばかり強くする。
苦痛を感じ、額に脂汗を滲ませるが苦痛の声を上げないところはさすがだ、と感心する。
「ドラ……ン……だぁ、ガイ。ドラゴンだぜ、俺が戦ったのは」
「なんだと?!」
闘士としての誇りか、自慢げに語る大男の『ドラゴン』という一言にガイは目をむいた。
強靭な鱗と翼を持ち、高い知性を誇る最強の魔物。憧れと畏怖を持って人々を惹きつけてやまない至上の生命体。
そして腕に覚えのあるものならば一度は戦いたいと思う相手だ。
まさかこの闘技場で目にかかるとは思いもしなかった。
「恐怖を引き起こす衝撃っつうのか?ありゃ、ある種の魔法か……怒らせると、毒を吐き散らしてきやがる上にやばくなると守り固めて身体の色を変えてきやがる」
下手な攻撃なんざ無駄だったと軽口叩いて笑っているが、苦痛の色は濃い。
それでも大男は話すのをやめようとしない。
「ここの目玉なんだとよ……ドラゴンとの勝負は。お前も勝ち進めば挑戦できる……お前なら勝てるぜ、ガイ」
自信たっぷりに言うやいなや、あっさりと眠りに落ちる大男。
これだけしゃべれれば大丈夫だろうと思いつつ、ガイは好敵手たる男を追い込んだドラゴンとの戦いを思い描き、腕を組んだ。

「あれは先代がどっかから買い付けてきた奴でね……ちゃんと世話してやってんだが、とにかく凶暴で気難しい上に猛毒。闘技大会にかこつけて闘士に倒してもらいたいんだよ」
毒を浴びた男の治療が落ち着き、薬師だけでも大丈夫だろうとオーナーの勧めもあって出場した敗者復活トーナメントをガイは勝ち抜き―ついには件の『ドラゴン』への挑戦権を手に入れた。
が、ここまでの道のりは決して順風ではない。ガイを破り、随一の実力を誇る大男を追い込み、瀕死の大怪我を負わせた相手―伝説にも語られる最強の魔物『ドラゴン』だ。
己が腕を確かめるとともに『竜殺し』の異名への憧れは誰もが秘めている。
ゆえに復活トーナメントは試合全てが総力決戦となり、異様なまでに高次元な技の目まぐるしい激闘が繰り広げられた。
思わぬ効果に喜びつつも、これ以上の被害者が出るのは忍びなく思うオーナーはひそかに高名な『竜殺し』の戦士を呼び寄せることを真剣に考えていた。
だが、見事に勝ち上がってきたガイを見て、何とかしてくれるだろうと希望を見出した。
闘技場へ繋がる大門の前に立った世話役の係は門の向こうから聞こえてきた背筋が凍りつきそうなドラゴンの雄叫びに怯え、泣き出しそうな顔でガイを振り仰いだ。
「気にするな、ここから先は闘士の戦い。お前は安全なところから俺の戦いぶりをみていればいいさ」
にかっと人好きをする豪快な笑みに係はようやく笑顔をこぼし、ゆっくりと扉を開ける。
肌をあわ立たせる強烈な気にガイの気持ちは最高潮までに高まっていく。
頑強な檻から引き出されたドラゴンは喉を震わせ、ゆっくりと歩みを踏み出すたびに闘技盤を震わす。
開始の合図など不要だった。
標的を見定めるが早いかガイの背丈の数倍はあろうかという翼を羽ばたかせ、強風を吹き起こす。
一瞬、身体が浮かび上げるが、ガイは鍛え上げた両の足をしっかりと踏み込み―拳を振り上げ、ドラゴンの巨体へと打ちかかる。
闘争本能か身をよじり、攻撃を避わしながら岩盤に拳を沈めたガイめがけて尾を振り落とす。
回避できない攻防に観客席から悲鳴が零れ落ち―わずか数秒で歓喜の絶叫に変わる。
眩いばかりの青白い気を纏わせた左腕でガイは強靭な鱗で覆われた尾を受け止め、つかさずドラゴンへと右の拳を繰り出した。
まともに柔らかな腹へ直撃し、苦痛と怒りに燃え滾ったドラゴンの雄叫びが轟く。
憎悪に染まりあがった黄褐色の目がガイを睨み、大きく口を開くと真紅に輝く閃光を吐き出す。
闘技盤をなぎ払い、焼き尽くす吐息を全力で駆け回りながらガイは再びドラゴンに一撃を加えたが鋭く冴え渡った爪が振り落とされる。
瞬時に後方へと身を引き、辛うじて直撃を避けるが焼け付くような激痛が駆け抜けた。
僅かな時間であったとはいえ強烈であり、攻守が一転してガイが守りに転じる事態になる。
息つく暇のない凄まじい戦いに観客たちは声も忘れ、ただ見守るしかない。
攻撃を避けながらガイは右の拳に気を収束すると吐き出された閃光の死角へ飛び込み、無防備なドラゴンの身体を捕える。
「うおぉぉぉぉぉっ!貫けぇぇぇぇっっ」
鱗に触れた刹那、ガイの手のひらから迸った気が滑り込み―ドラゴンの内から爆発した。
相手の身体に流し込んだ気で肉体の内側から破壊しつくす。
見たことのない―ここへ至るまでの闘いでガイが編み出した新技・『貫きの一撃』が決まったのだ。
逆上した怒号が闘技場に轟き、ドラゴンの皮膚が一瞬にして鮮やかな赤から黒へと変わる。
止めようのない狂気が再び閃光へと変わり、同時に毒を帯びた吐息をも繰り出してくるが、今までの闘いで体力が落ちていることも相成ってやや単調な攻撃になりつつあるのをガイは見逃さない。
繰り出される閃光・毒・炎を潜り抜け、要所に『貫きの一撃』を沈めていく。
小爆発を繰り返すドラゴンの身体はもはや限界に達しかけていたが、執拗極まりない攻撃はガイの動きを鈍らせるには充分だった。
2、3歩と軽い足取りで後退するとガイはドラゴンと正面から対峙した。
容赦なく高まる緊張感から誰しもが次の一撃で勝負が決まるのを確信する。

決着は一瞬だった。
「ガァァァァァァァッ!!」
「煉獄気爆弾!!」
大きく首をもたげ、最後の一撃とばかりに繰り出されたドラゴンの全てを焼き尽くさん『閃光のブレス』と最大級まで高められたほの白い炎のごときガイの技が闘技盤の中央で激しくぶつかり、引き合う。
入り混じった力が収束した途端、けたたましい轟音と激流のごとき暴風が破裂した。
やがて全てを飲み込まん力が消え失せ―鈍い音と共にドラゴンの巨体が石盤の上に沈み込む。
うっすらと揺らいだ砂埃の中、ドラゴンの巨体を踏みしめて立つ屈強なガイの拳が天へ突き上げられる。
この瞬間、天地も割けよと言わんばかりの絶叫が闘技場内で熱狂と共に爆発した。

闘技とは一夜の夢だ、と言ったオーナーの顔がやけに印象的だった。
闘技場史に残ると言われたドラゴン―いや、ドラゴンもどきとの死闘はまさにそうだな、とガイは思う。
好敵手たる大男を瀕死に追い詰め、ガイと激闘を演じたドラゴンは敗れたその瞬間に砕け散り、おびただしいまでの数の魔物へと姿を変じた。
審判団だけでなく、その筋の専門家まで呼ばれて検分した結果、この『ドラゴン』は恐ろしくできの良い合成獣と告げられた。
どこかのブローカーが生み出したものだろうが、凶暴で凶悪なことに変わりはなく、見事に討ち果たしたガイは賞賛されたが納得できるものではなかった。
「この世界はまだまだ広いってことだな」
ガイは峻厳な岩肌を登りながら、一人心地で呟く。
町を出る直前、どこかの剣士が『竜』を倒したという噂が流れたのだ。
でまかせだと言うものも多かったが、現れた『竜』は以前からかなり知られた魔物で倒されたのは事実だと確認も取れた。
ただ『誰』が倒したかは全く分からないというのが真相らしい。
単なる噂であっても、『竜』がこの世界にいることは確かであり、それを倒すものもいるのだ。
いずれは真の『竜』と対峙してみたいと思いながら、更なる修行とばかりにガイは無心に目の前の絶壁を登り始めるのだった。
  FIN
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年05月14日

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