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『悪魔の娘か道化師か 』
月代・慎6408)&楠木えりか(NPC5242)

 放課後。
 中庭のベンチは解放された生徒達の社交場と化していた。
 あちこちで話の輪が咲く中、月代慎は紙コップのジュースを2つ持ってぼんやりと座っていた。

「おっかしいなあ。えりかちゃんと約束したの今日だよね。なのに、遅い……」

 先日知り合った楠木えりかと勉強会を企画し、中庭で待ち合わせをしているのだが、約束の時間を回っても彼女が来る気配がない。
 おかしいなあ。約束反故にする子じゃないと思ったんだけど。
 さすがに遅いので、様子を見にバレエ科塔まで走ろうかと立ち上がった時だった。
 タタタタとこちらに向かって足音がしたので振り返ったら、えりかがいた。
 彼女は芝生にまみれていた。息はひどく上がっている。

「ごめんねっ、遅れちゃって!!」
「いや、誘ったのは俺だからいいけどさ……どうしたの? そんなに芝生にまみれて」
「こけた!!」
「……1回こけただけじゃあ、そこまで芝だらけにならないと思うけど」
「……園芸部の人達、今日伸びた芝生刈ってたの」
「……もしかして、刈った芝生に突っ込んだの?」
「………」

 えりかは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
 ぷっ。
 思わず慎は吹き出し、笑い始めた。

「笑わないでー、自分でも馬鹿だと思ってるんだからー」
「あはははははは……ごめんごめん。遅れたのはそれが原因だね? よかったー、約束忘れたのかと思ったよ」
「うん、ごめんね」
「いや、謝らなくっていいよ。どうせ誘ったのは俺からだしさ」

 えりかはパスパスと身体にまとわりつく芝生を払った。
 気のせいか、えりかはいい匂いがした。

「んー、えりかちゃん香水使ってる?」
「えっ、使ってないよ?」

 えりかはスカートの裾を少し持ち上げてくるっと回る。スカートがふんわりと広がり、それを見ながらえりかは安心してスカートを離した。芝生はもう全部取れたようだ。

「いやさ、いい匂いしたから」
「うーん……制汗パウダーのせいかなあ。バレエでずっと踊ってたら汗びっしょりかいちゃうから。その次がホームルームとかお昼休みだったらシャワールーム使えるけど、授業があったらシャワールーム空くの待ってる間に休み時間終わっちゃうし」
「ふーん……慌しいんだねえ」
「うん。練習はいっつも忙しいよ。あっ、そうだ。今日は、バレエの話をしないと駄目なんだっけ?」
「うん。俺、全然バレエ知らないから」
「いいよー。私もそんなに詳しくないけどね」

 慎はベンチに座ると、ジュースを差し出した。えりかもそれにならってちょこんと座る。

「さっき買ってきた所だからまだぬるくないはずだよ」
「えっ、いいの?」
「うん。授業料、かな?」
「わあ、ありがとう……」

 買ったジュースはりんごジュース。それをえりかは素直に受け取ると少し口につけた。

「えっと……何から話せばいいのかな?」
「うーんとそうだなあ。俺って普通科だから、バレエ科って普段何をしてるのかって全然知らないから。さっきのシャワー室の話も初耳だったし。普段の話を訊いていい?」
「うん。いいよ」

 えりかはジュースの入った紙コップを両手で包みながらうなずいた。

「多分座学は普通科とか他の学科とも変わらないんじゃないかなあ。でも、バレエの話とか、プロのバレエ団の人の舞台の観劇とか鑑賞会は時々するよ」
「えっ、バレエの話って言うのは?」
「うーんと、例えば「白鳥の湖」とか、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」とか、バレエの中でも大体のあらすじがあるものは、おおまかなあらすじを知らないと駄目だから。ほら、お芝居とかでも原作があるものだったら原作読むとかってないかな?」
「ああ、確かにあるね。脚本だけで勝負する人もいるけど」

 慎は時々撮影ですれ違う人々を思い出した。確かにすごい俳優さんだと持ってる脚本ぼろぼろになる位読み込んでるもんね。

「うん。それで大体のあらすじを覚えたら、そこから演じる役の解釈を演出家さんと踊る人で決めて、役作りするから」
「えっ? そう言うものなの? バレエって踊り方とかって全部一緒だよね?」
「うん。でも巧い人ってバレエの技術だけじゃなくって、演技力もあるよ。例えば有名なのが、「ジゼル」かなあ」
「「ジゼル」?」
「うん。主人公の村娘のジゼルは流れ者のロイスって人に恋をするんだけど、実はロイスって人の正体はアルブレヒトって言う貴族で、婚約者もいたの。ジゼルはロイスと婚約するんだけど、途中で騙されていたって事に気付いて絶望して自殺しちゃうんだ」
「……ひどい話だね」

 そう言えば「ジゼル」ってあんまり訊いた事ないなあ。
 うちの学園だと踊らないのかな? 慎はそう思いながら、えりかの話をジュースを飲みながら聞いていた。

「うん。ひどい話。だから、バレエでアルブレヒトを踊る人は、これだけ聞くと悪人になっちゃうアルブレヒトの肉付けをしっかりしないと、ただの浮気者になっちゃうんだー」
「役作りって具体的には?」
「踊り方とかもだけど、バレエって途中で止まって手振り身振りしない?」
「あー……確かに踊らない時そうしている時ってあるかも」
「うん。あれをマイムって言うんだけど、それをして、尚且つ表情の変化とかで演技するんだよ」
「へー……そこは芝居と同じなんだね」
「うん」

 えりかはコクコクとジュースを飲む。

「ならさあ」
「?」
「例えばえりかちゃんは、オディールはどんな役作りしていると思う?」
「うーん……?」

 慎がじっと見ていると、えりかは首をあちこちに傾げながら考え込み、やがて口を開いた。

「えーっと、「白鳥の湖」って、呪いで白鳥に変えられたオデットと隣国の王子ジークフリートの恋物語なんだよね。で、この2人に横槍入れるのがオディール」
「2人の邪魔するの?」
「うん。オデットの呪いを解くには、真実の愛だけだから。でも王子は誕生日舞踏会に来たオディールをオデットと間違えてプロポーズしちゃうんだ」
「それはひどい話だね……目が曇ってるんじゃないの?」
「うん。そんなひどい話で王子様騙しちゃったから、悪魔の娘って言う解釈が一般的」
「悪魔?」
「うん。オデットに呪いをかけたのは悪魔だから、悪魔が娘使って王子騙したんだって」
「なるほど……」
「でも変な話なんだよね……悪魔の娘って、王子騙すシーン以外には出てこないから」

 慎はえりかをじっと見ていた。
 どこか遠くを見ていた。

「変って? 騙すシーンに出てきたら普通は悪魔の娘って思うと思うけど」
「うん……でもラストは愛の力で悪魔は滅ぼされちゃうんだよ?」
「すごいね……マンガみたいだ」
「うん。でもオディールは出てこなかった。お父さんが死んだのに」
「うーん……人と悪魔だと関係性が違うとかじゃなくって?」
「うーんと、私はオディールってそんなに悪いとは思えないんだ。ただ悪魔に利用されちゃっただけじゃないかなって」
「えっ、そうなの?」
「うん。たまたま似てて、たまたま好きになった人が一緒だったから、それをつけこまれたんじゃないかなあって。……まあ、私の解釈だけどね」
「ふーん……何と言うかえりかちゃんってさ」

 慎は思った事を口にした。

「もしかして怪盗の事も、あんまり悪い人って思ってない?」
「うーん……解釈の違いかなって思うよ。怪盗さんも、悪い事だって分かってるけどやめられない理由があるのかなって」
「ふうん」

 気付けば、青かった空も黄昏に近付き、持っていた紙コップも空になっていた。

<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
石田空 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年05月17日

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