▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『歌声と妖精〜春を呼ぶもの〜 』
チップ・エイオータ(ea0061)


 山の奥には質素な《東雲(しののめ)の庵(いおり)》とよばれる小屋がある。
 そこでは春になると、さまざまなめずらしい野菜が採れるようになり、それは近隣の民にとってありがたい収穫となる。

――しかし、今年は問題があった。

 このままでは春花の宴のためのご馳走がつくれない。
 「まずいなぁ…」
 彼の表情に苦笑が浮かぶ。 そういえば、と彼は思い出す。

――南の祠(ほこら)に棲むという妖精が、春の気候に関係している――

 いつだったか――たぶん、庵にやってくる青年や女性が世間話の種に教えてくれたことがある。それは、南の祠に棲む妖精が春に咲く植物や動物を眠らせているから冬が訪れ、その妖精が起きて、他の植物や動物を起こしているから春が訪れてということを――。

 「…春を呼ぶ妖精を起こしに」
 駿一は南の空を見つめてぼそりと呟く。

 果たして一緒に同行してくれる者はいるのだろうか?

 *  *  *


 「ここが、妖精がいるっていう例の祠かぁ」
 南にあるその山の麓の祠の前に大小二つの影がある。そのうちの小さい影――チップ・エイオータが心躍らせながら言葉を放つ。
 もう一つの影――篠崎駿一は目を閉じて瞑想に耽る。チップはふんふんと鼻を鳴らしながらまわりの材質を眼で見たり触ったりする。不思議な山で、もう暖かくなってもよい季節なのに、まだ神々しいほどに冷たく、ところどころに雪が積もっている。
 チップはふと思いついて水先案内人の駿一を見遣る。
 「…あっ…ねぇ、駿一さんは妖精には会ったことあるの?」
 隣で祈祷している僧形姿の駿一にチップは訊ねる。駿一は目を開いて、少しだけ思案する表情を浮かべながら、努めて笑顔で口を開く。
 「――いいえ、そういえば…会ったことないですねぇ」
 そして苦笑しながら駿一は付け加える。
 「もっとも春の妖精が起きない、ということもありませんでしたけど」
 「そっかぁ。じゃあこれが初めてなんだね…おいらでも起こせるかなぁ」
 「とりあえず、やってみましょう」
 二人は、話をつけてその山の祠へと入っていく。


  *―――*


――わらわはどうしてこんなことをしておるのかのぅ

 気だるげに眼を薄く開いては、考えるのはそればかり。
 その影は気弱そうに肩を震わせて泣いている。
 「っく…ひっく…うわぁ――ん…!」
 考えるのは彼(か)のもののすべてだ。彼のものがわらわに見向きもしてくれなった今はなにもしたくない、できない、やりたくない――すべてが臆病になってしまう状態が続く。
――もうよい。わらわは疲れた。少しの暇(いとま)をもらうがのぅ
 その影にとって、《少しの暇》とはヒトや世界に生きる種族にとってとても永い《時間》だ。
その影は春を呼ぶことを諦めている。
 「ヒトにもたらす春の野菜なぞ、もうどうでもよい」
 彼のものはそう独りごちる。

――もうどうでもよい――

 そんな感じで彼のものがまどろんでいた頃である。


――♪♪♪…

 歌が聞こえる。
 とても大きくてうるさくて…不思議な歌声が。

 「わらわを起こすのはだれじゃな?」
 思わず、煩くて彼のものは言葉を発する。

  *―――*



 祠の中は単純なほどに一本道で、大人の男の足で半日足らずで目的の場所に辿り着く。
 そこには風化で赤茶けた鳥居の残骸と枯れ果てた竹が飾ってあるだけで、あとは土がまるく大きく、チップと駿一の前に立ちはだかるだけだ。
 「えっと…ここ、でいいんだよなぁ?」
 見た目のシンプルさに驚いて、思わずチップは駿一に確認する。
 駿一は「はい」と頷いてみせる。そして「たぶん――」とつけくわえる。
 「春の妖精が起きてないから――こんなに枯れてしまったのでしょうね…ここがいつもは草木にあふれて色とりどりで楽園のようなので…。ここがこんなにも枯れているから、わたしの畑にも枯れ木がどんどん増えてきたのだと思います――」
 駿一は睫毛を伏せる。
 チップはあたりを見回す。確かに祠の奥の狭い空間にいっぱいいっぱいの樹木――サクラやクヌギ、イチョウ――や色とりどりの花が散らばっている。しかし今はその樹木や花も枯れていて茶色く色褪せており見る影もないが。
 「じゃあ…起こせばいいんだね?」
 「はい、チップさん、お願いします」
 チップの挑戦的な目つきに駿一は頷いてみせた。…とその前に確認しておかなければならないことがひとつある。
 「それでさぁ、もし春の妖精を起こせたら…お礼くれるんだよねぇ?」
 「えぇ……そうですね。春の野菜の収穫ができますので、それらを使用した野菜を」
 「その野菜、だれが食べてもおいしい?」
 「えぇ。わたしの野菜で料理した食事を召し上がった方はたちまち健康になっていきましたよ――妊婦の方も健やかな稚児をご出産いたしました」
 駿一は今までの訪問者の様子を浮かべたのか微笑を浮かべながら話す。
 「じゃあ、おいらにもその野菜ちょーだいっ。あと…あんたの料理のレシピ一品もらってもいいかいっ?」
 駿一はレシピという言葉にちょっと驚く。しかしチップは真剣だ。
 「あのね、おいら…結婚したから奥さんにいいもの食べさせてあげたいんだぁ! だから…」
 チップはそこまで言ってからちょっと新婦の顔を思い出して恥ずかしくなったのか顔を赤くして口ごもる。
 「レシピ…ですか? そう…ですねぇ。それは春の妖精にお願いしてみてはどうです?」
 「えぇっ?」
 予想外の言葉にチップは思わず聞き返す。
 「わたしも料理に詳しくはないです。ただ…ここにいる春の妖精や野菜の声が、こう調理してくれって囁くのです――だから《料理できるのです》」
 春の妖精に頼んでください、とにっこりと駿一は諭す。
 「なんかよくわかんないけど、わかったよぉ! 春の妖精、起こすね!」
 「はい、お願いします」
 駿一が頷くのを確認すると、チップは口の両端を下げて、顎を上げる。

 チップはすぅっと大きく息を吸い込むと、なんと空、大地の気すべてを振動するくらいの声で歌い始めたのだ。


――♪♪♪…

 歌声は何小節も続く。音は大きいが、ハーモニーも微妙だがリズムは上手く合っていて心地よく耳に馴染む不思議な歌だ。駿一は側で聞いていてそう分析する。
 《その山の主》も同じように感じるのかもしれない。

 すると。
 『わらわを起こすのはだれじゃな?』

 《土》から声が聞こえた。瞬間、びっくりしてチップは歌うのをやめて、声のした《土》を眼を丸くして見る。
 「え…え? 土が…しゃべったぁ?!」
 チップはこんもりと積もる《土の山》を指差す。
 そうなのだ。声は《土》が人間の口のように開いてズザザーッと砂を流しながら喋っているのだ。あわあわと泡吹くチップを一瞥しながら、《土》は言葉を放つ。

 『なぁーんじゃね、ひとのねむりをじゃまするやつは?』
 その《土》はケタケタと振動させながらゆっくりと、しかし豪快に話しかける。
 『おやぁ? 若いもんがぁーなんじゃぁーそろいもーそろぉーってのぅ』
 見た目からは判断しかねるが、その声質、口調は紛れもない若い女性だ。
 チップはその妖精の正体にびっくりして身をすくませる。妖精という存在だから自分自身のように小さくて、羽の生えている不思議な存在だと思っていたのだが…。
 しかし、駿一は平然とした表情を保ったままその《土》に向かって語りかける。
 「あなたが、春の妖精ですか?」
《土》はケタケタッと上下に揺り動く。
 『いかにも! なんじゃね、おぬしらは…! はて…もしやわらわがこんな姿だから呆れておるのかいな? まったく近頃のものは…』
 「春の妖精よ、お願いがあるのです…起きて野菜を収穫させてください…!」
 駿一は両手を重ねて頼み込む。《土》はザワザワと振動させる。
 『なんじゃ? 野菜の収穫ぅ? おぬしら人間のワガママに振り回されてたまるかのぅ』
 「なにか悩みがあるのですか?」
 『あぁ悩みならあるさよぉー。ぬしらはこんなに頑張ってもお礼ひとつ言いやせぬ。じゃから嫌なのじゃ!』
 言っていて無駄なことに気づいたのか、《土》はさらに砂を流す。
 『べっつにぃーぬしらに御礼をいわれたとて嬉しくもないがのぅ。わらわは忙しいのじゃ。春に起こされたくないのじゃ』

 「でもあんたが野菜実らせてくれないとおいらに料理のレシピ教えてもらえないのだけどぉ」
 やっとのことで驚愕から開放されたチップが憮然とした表情で呟く。
 『何ぃ? 野菜じゃと? そんなにひまではない。《春の光のもと》をやるからそれでどうにかするがよいじゃろぉ?』
 ぽん、とチップの手になにか暖かいものが触れた気がした。まぶしくてチップは一度眼を閉じたがゆっくりと眼を開けると、そこに薄桃色の巾着袋が光を放ちながら握られている。
 『それでよかろう? よいか、わらわはこれから永い眠りにつくのじゃ。そなる歌で起こすことなかれ』
 それだけ偉そうに《土》が話すと、軽い砂埃が現れる。砂埃が数刻のちに消えてから、チップが歌う前の静けさに戻る。祠の空間は枯れたままだ。

 「…えっとぉ…これでいいのかなぁ?」
 ややあってからチップは上目遣いで背の高い僧形姿の青年を見上げる。
 もしかしたら任務失敗かも? そんな不安がチップの心に浮かぶ。しかし僧形の青年は優しく笑う。彼のそれは肯定を物語っている。
 「さっき声が聞こえました。…チップさん、その《春の光のもと》を材料にしてベジタブルタルトをつくるのはいかがでしょうか?」
 チップはぱああっと目の前が明るくなった気がした。
 「それいい! 駿一さん、ありがとう!」
 彼は嬉しそうに頷く。
 
 南の祠から、数日後には再び眠りの声は響いてきたが…それはまた別のお話ということで。
「とりあえず、めでたしめでたしで終わらせちゃっていいんだよね?」


―終―




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛


【 PC /ea0061 / チップ・エイオータ / 男性 / 26歳 / レンジャー】

【 NPC / 4677 / 篠崎 駿一 / 男性 / 35歳 / 旅の僧侶 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 《チップ・エイオータ様》

 こんにちは、ライターの里乃アヤです。
 新郎のチップさんにこのような物語ですみません…。春の妖精の事情というものがありましたので歌の方だけ採用させて頂きました。《ベジタブルタルト》、よろしければ奥さんに作って持って行ってあげて下さいませ♪
 またの機会がありましたらよろしくお願いします。
春花の宴・フラワードリームノベル -
里乃 アヤ クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年05月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.