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『夢の誓い 』
朱麓(ia8390)

 〈万屋〉の勝手口が外から開く。
「……ただいまぁっと……」
 朱麓(ia8390)は自分の店〈万屋〉に帰ってきた。今の〈万屋〉の従業員は開拓者であるためか、開拓者しかできない仕事に向かっているらしく、誰もいない。彼女は体中を傷つき治療もせず自分の家に戻ってきている。重たい足取りでゆっくりと奥に進んだ。
「今回のアヤカシはきつかったさね……ふう……」
 彼女はそう呟くと私室に布団も敷かず、倒れ込む。今回の依頼は、かなり強敵の部類になるアヤカシだった。倒した後にすぐに家に戻ったのだ。戦いによる疲労により、彼女はそのまま眠ってしまった。周りは静寂。

 カランコロン。
 縁日の境内での賑やかさ。
 もふらも一息ついて眠っているのが見える。
 彼女は手を引かれている。
 懐かしい暖かさ。


 ああ、父さんと手を繋いでいるんだ。


 彼女は、いま4〜5歳。父親と共に歩いている。確り手を繋いで。
「何が欲しい?」
「わたあめ!」
「よし。」
 途中で、父さんは綿菓子屋によってもふらみたいにふわふわした綿飴を買って、娘に渡した。
「ありがとう。父さん!」
 彼女はとても喜び、モフモフを満喫しながら綿飴を食べる。
 見せ物を見て、凄いとはしゃぐ娘に微笑む父親。
 それは夢のような、親子の姿だった。
 朱麓が思い浮かべる父親は、いつも仏頂面だった。しかし、いまの父はとても優しく微笑みかける。何故だろうと疑問に思わなかった。



「将来はどうなりたいか?」
 父はいきなりもう幼い朱麓に問いかける。
「うんとねー。」
 朱麓は色々考える。
「あのね! お父さんみたいに強くなりたい。大切な人を護れるように! 救えるように! だから開拓者になってアヤカシや悪い奴を懲らしめる!」
「開拓者か。お前なら出来るだろうな。」
 微笑む父親。なでる手が温かい。
「えへへ。」
 なでられることが嬉しくて朱麓は笑う。
 まだ、縁日の屋台は続いている。
「しかし、それだと婿殿も開拓者がふさわしいのかのう。」
 父親は考えていた。
「?」
 朱麓は首をかしげる。
「強くなって悪い奴を倒すんだろ。側に要る婿殿も強くあらねばな。」
 父親は笑いながら、そう言う。
「剛胆で芯のしっかりした男が良いじゃろう。いやしかし、おてんばな朱麓のことじゃ、お前を止める冷静な男も良いかもしれぬ。」
 などと、(父親として)理想の婿を語り始める。
 実際そんな話は、幼い朱麓にとって早い。しかし、父親の話は止まらなかった。
「お前の理想はどうなんじゃ?」
 そう、愛娘に尋ねる。
「そ、そんなのまだわかんない……っ!」
 朱麓は真っ赤になってそっぽを向くと、父親は笑うだけだった。
 真っ赤になってむっつりと黙る朱麓をなでる父親の手は大きく温かい。余計に恥ずかしくなる。
 心の中では決まっているから。
 親族に苛められることを、必死に庇ってくれる父親が好きだ。あこがれでもあり、その背中が大きい。優しさと強さを持ち合わせたこの偉大な父のような人はそういないだろう。
 このまま恥ずかしがって黙っていると父が困る。勇気を出して言おうと、朱麓は思った。
「……あのね……いうね。」
「おう。」
「私の理想の……。」
 耳も真っ赤になって笑顔で、
「理想の結婚相手は、父さんのような人。」
 と、面と向かって言った。


 場面は賑やかな縁日ではなく……血の地獄だった。


 周りは暗く、争乱のあとにのこる怨嗟と殺気の残滓。
 全てを赤く染めるような大地。
 朱麓はそのことよりも、もっと大事な人しか見ていない。
 その人は、鋭利な刀で斬られ前身から血を吹き出して倒れている。
 自分を護ってくれていた人。
 いつも仏頂面で、気むずかしい人。
 しかし、自分に微笑んでくれる優しい人。
 大切な父親が、何者かに無残に斬り捨てられている姿が両の眼に焼き付いた。


 恐怖と絶望。少女は叫び泣いた。



「うわあああああああああああっ!」
 天井に手を伸ばし、叫んで朱麓は起きた。
「はぁ……はぁ……。」
 息は荒く、汗はとどめなく額を伝う。
 血は止まっている。
 布団は敷いていない。
 自分の私室の真ん中でうつぶせになって寝ていたようだ。
「あたし……? え?」
 まだ、意識がもうろうとしている。
 夢の中にまだ自分が取り残されている中、悪夢によくある、悪寒と動悸を抑え、ごろりと仰向けになり、現実の自分を探る。自分の姿がボロボロだと言う事、今回の戦いのことを思い出そうとする。
「……夢……か……。」
 額にびっしょりの汗をぬぐう。しかし手のひらも強く握っていたためか、汗でぬれていることも気付くと、
「……こんな状態で眠るからさね……しっかりしろ、あたし。」
 汗でびっしょりとなった手を見ながら、まだ夢の中で、微笑んだ父親を思い出そうとする。しかし、鮮明に映し出される悪夢の前にかき消されてしまいそうだった。
 守れなかった大切な人。
 父さんが死んでしまった事実。
 それは覆すことは出来ない。
 彼女は今生きている。
 そして、今まで見た夢の内容を振り返る程冷静になれた時に、

――お前の婿殿は――

 夢の中で父が言った言葉に、今いる大切な人を思い出す。
 冷静な雰囲気で、ぶっきらぼうだが優しいとある男性を。
 今の大切な人。
 現在(いま)、掴んだ幸せを、父に見せたかったと思った。
「父さん、良い人見つかったよ。今度は絶対にあたしが護って見せるから……。」
 朱麓は呟いた。
 頬に一筋、涙が伝う。

 それは、願いが叶えられない悲しさからくるもの。
 しかし、必ず大切な人を護りたい決意の涙だった。
HappyWedding・ドリームノベル -
滝照直樹 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年05月26日

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