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『貝桜〜最後の宴〜 』
来生 十四郎(ea5386)

風の中で、何かがしゃらん、と鳴ったように思った。小さな音だったけれど、何故かとても気になって、音を辿って桜並木を抜けた。既に満開を超えた桜は春の嵐の中で静かに花びらを散らし、桜吹雪で前も見えないくらいだ。更に柔らかな新緑の奥深く、見つけたのは見事な枝垂桜だった。それ程大きくはない。周囲の木々の影になってほの暗くなったその場所で、満開に咲き誇る花びらが、微かな光を放っているように見えた。微風が吹き、しゃらん、とまた小さな音が響く。思わず、引寄せられて気がついた。花びらは全て白い貝殻でできている。この枝垂桜は…
「細工…?」
と呟いたその瞬間、世界がぐるっと反転し、気付くと抜けてきたはずの道が消えていた。あるのは貝殻で出来た花びらを持つこの枝垂桜と、闇、それから。辺りを見回そうとしたその時、枝垂桜の向こう側から密やかな笑い声がした。
「よう来たのう」
 白い髪に赤い瞳、地紋の入った白い着物を纏った少女は、やれやれと肩をすくめて見せると、同じ様に桜を見上げた。
「これはな、貝桜、と呼ばれておる。遠い昔に我が先祖が作った、散らぬ桜よ。ようやく探し当てたと思うたら、ワガママを申してな。真の桜になりたいなどと」
 少女はそう言って、桜の房をつん、と突付いた。しゃらん、と小さな音が鳴る。
「精巧なれども作り物。真の桜になれはせぬ。だが、それでも夢を叶えてやりとうてな。ささやかながら、花見の宴を開くのじゃ」
 少女がにんまりと微笑んだ。
「こやつにとって最後の宴。寄って行って貰えるか」
 少女は名を、天鈴、と言った。

「貝桜ねえ。なるほど」
 来生十四郎は、改めて白い枝垂桜を見上げた。仕事帰りに偶然通りかかったのだが、これも何かの縁だろう。作り物から真の桜になりたいと言う貝桜の心にも、少し興味があった。
「それじゃあ、寄らせてもらおうか。試作品ですまねえが、こいつは俺からの差し入れだ」
 と差し出したのは自作の酒。
「これは嬉しい土産じゃのう。酒は多ければ多いほど良い」
 と鈴が言い、案内されたのは小さな宴の席だった。鈴の他には後二人、ふんわりとした茶色い髪と大きな瞳をした女子高生と、十四郎よりも幾分か若い、おっとりした雰囲気の青年だった。それぞれ、森永ここ阿、松浪静四郎と名乗ると、ここ阿の方が大きなバスケットを取り出した。
「お弁当持ってきたから、どーぞ。ホントは友達と約束してたんだ」
 と、巨大なバスケットから次々と食べ物を取り出して見せる。何でも、友人との約束を反古にされて、一人で花見をしようとしていたらしい。味は保証しないけどね、とにこにこと付け加えられたが、別にグルメという訳ではないので問題はない。
「本当ならばわしも料理を持参するつもりであったのだがな。これで勘弁してくれぬかのう」
 鈴が桃の山と酒をずずいと差し出せば、彼女の隣に座っていた静四郎が、
「立派な桃ですねえ。柔らかくて美味しそうです」
 と、大きな桃を手に取って微笑んだ。持って先端の皮に少し爪を立てただけでつるんと剥ける桃の味に、ここ阿が歓声を上げる。その間に、静四郎が十四郎の杯に酒を注いだ。
「さあ、どうぞ」
「桃の酒もあるがな。そなたはどうやら玄人らしい。こちらの方がよろしかろ」
 注がれた酒を一口含んで、こいつは、とまじまじと見た。
「あんたも杜氏かい?…なんてこたあ…」
 鈴が笑って首を振る。
「桃源郷の酒、とでも言うておこうか。無論、作ったのはわしではない。持ってきただけじゃ」
 ここ阿に桃のジュース、十四郎たち三人はそれぞれに杯が回り、鈴が乾杯の音頭を取った。
「今日はゆるりと楽しんで行かれよ。では、貝桜に」
 杯をあげて、皆が繰り返した。しゃらん、と白い房がまた小さな音を立てる。
「きれいだよねえ、この子。鈴ちゃんの御先祖さまって、すごいよ」
 顔の近くに下がった房にふう、と息を吹きかけながら、ここ阿が言った。
「凄い、という程ものものかどうか」
 謙遜しながら、鈴がため息を吐く。
「とにかく器用な人ではあったらしいがの。他にも色々作っておる」
「職人さんだったのでしょうか」
 静四郎の問いに、鈴が首を振る。
「ただの仙人じゃ。物を作るのが好きなだけの」
 仙人に「ただの」という形容詞がつくのもなんだが、鈴はそのまま続けた。どうやら彼女もただの少女と言う訳ではないらしい。この酒も、仙界のものと言われれば納得がゆく。
「色々な物を作ったと聞いて居る。頼まれた物もあれば気が向いて勝手に作ったものもな。貝桜は、とある国の領主への献上品の一つとして依頼されたそうじゃ」
 鈴はつと手を伸ばすと、酒をくいっと飲みほした。かなりいける口らしいというのは見れば分かる。
「真の桜というのは季節が巡れば散ってしまうであろう?それは不吉と言われてのう。だが…」
「滅びぬ国はありません」
 静かに言ったのは、静四郎だった。そうじゃ、と鈴も頷く。
「国は滅び、残ったのはこの桜のみ。その後転々と主を変え、こうして戻ってきたという訳じゃ」
「こんなおっきな桜が?」
 揺れる枝を見上げたここ阿に鈴がふふ、と笑う。
「こやつは二つの姿を持っておってな。ひとつは今のこの姿。そしてもうひとつは…」
 鈴がとん、と地面をたたくと、貝桜は瞬く間に小さな盆栽に変化した。
「わあ、すっごい!」
 目を見開いて身を乗り出したここ阿の横で、静四郎もほう、と目を丸くしている。
「かっわい〜。うん、これならボクでも持って帰れそう」
「であろ?」
 鈴が再び地面をたたくと、貝桜は元の大きさに戻った。
「周囲に異変があれば、自然と小さな姿に変わるように出来ておる。わしが見つけた時には小さくなっておったから、元の姿に戻るのは、久し振りであろうよ」
「大きさも自在、しかも散らないなんてさ、いいと思うけどなあ。いつだってお花見出来ちゃうんだよ?世の中にこんな桜が1本くらいあったって…」
 ため息を吐くここ阿の横で、彼女の持ってきたサンドイッチを一口食べた静四郎がほんの一瞬、表情をこわばらせたのを十四郎は見逃さなかった。色からすると、激辛だった、というところだろうか。素早くバスケットの中に目を走らせた静四郎は、ごくごく自然かつ穏やかな動作で、サンドイッチにサラダを挟み始めた。なるほど、あれなら激辛もだいぶ緩和されるはずだ。では、他のはどうなのか。試しにそっと横の唐揚げに手を伸ばす。
「こいつは美味い」
 少なくとも激辛ではない。持参した本人も十四郎の次に手を伸ばし、これはオッケー、と、嬉しそうに笑った。
「おいおい、お前さんが作ったんだろ?ホンっとに味見、してねえのかい」
 答える代りににっこり笑って、ここ阿は静四郎がサラダを挟んだ豚キムチサンドをひょいとつかんだ。
「あれ、サラダ挟んである」
 やはり気付いたか。だが、ここ阿は全く気分を害するでもなく、
「うん、こっちのが美味しい」
 と喜んだ。静四郎も心なしかほっとしたように笑っている。そよ風に時折そよぐ貝桜がしゃらん、しゃらんと音を立て、見上げると白い房が柔らかな日差しの中でほんのりと輝いて見えた。綺麗なもんだ、と小さく呟いて見上げる。あいつに見せてやったら喜ぶだろうに。
「大丈夫ですか?十四郎さん」
 ぼんやりと桜を見上げていると、酔ったとでも思ったのか、静四郎が少し心配そうな声で聞いた。
「いやさ、ちょっとねえ。俺ばっかりこんな花見をしてたら、怒られそうな気がしてな」
「誰ぞ、見せてやりたい者がおるのかの?」
 首を傾げた鈴に、十四郎は頷いた。
「来年があるなら、連れてきてやりたいと思ったんだが…。だが、確かこれが最後の宴って、最初に言ってたよなあ、鈴さん」
「ああ、言うたな」
 鈴が頷き、また桜がしゃらんと鳴った。
「それがこれの望みでもある故」
「本当の桜になりたいという?」
 静四郎が聞き、鈴が頷く。
「真の桜にはなれずとも、真の桜と同じ道をたどる事なら叶うであろ?」
 真の桜と同じ道。三人は顔を見合わせた。
「散る、という事ですね」
 静四郎がぽつりと言った。応えるように桜が微かに音を立てる。生きた桜ならば散ってもまた次の年がある。だが、貝桜にはそれはない。散ればそれはそのまま、終わりだ。
「何か、訳があるのですね」
 静四郎の言葉に、鈴は少し表情を曇らせ頷くと、ゆっくりと話し出した。
「わしがようやく見つけた時、こやつはとある男の下におった」
 若い頃、一目で貝桜を見染めたその男は、既に年老いてまさに天寿を全うせんとしていた。貝桜を心から愛していた男は、常日頃からこう言っていたのだという。
「お前と共に逝けたら、と」
 男が愛したように、貝桜もまた、男を愛していたのだと、鈴は言った。
「もう長い間、人の手から手へと渡ってきた末の事。止められはせぬ」
 しばらくの沈黙の末、皆一様に、小さなため息を吐いた。
「惜しいなあ」
と、十四郎。静四郎も同感のようだ。ここ阿も、
「でも、仕方ないかあ」
 と、諦め顔で言ってから、そうだ!バスケットの中をごそごそと探った。
「ね、皆で写真撮ろうよ!デジカメ持ってきたから。鈴ちゃん、ここって写真写るよねえ?」
「勿論。貝桜にもわしらにも、良い記念になるであろ」
 鈴の言う通り、バスケットを三脚代わりに、白く輝く枝垂桜を背景にして撮った一枚は、是非とも友人に見せてやりたい記念となった。貝桜とのツーショット、静四郎を無理やり引っ張り込んでみたりと写真を撮りまくるここ阿を見ながらのんびりと貝桜の音に耳を傾けていると、空いた杯に鈴が新しい酒を注いだ。十四郎が差しいれた試作品の酒だ。一口、ゆっくりと味わうように口に含む。やはりまだ今一つ、何かが足りない。見ると鈴もふうむ、と唸ったままだ。
「まだ、だな。未完成ってことか」
 小さく呟くと、鈴がにんまり笑った。
「まだ、若いということよ」
「お前さんに言われると、なんだか奇妙な感じだがね。悪い気はしねえな」
「そうかの」
 鈴がにいっと笑う。丁度良い酔い心地だった。貝桜の周りを囲むように吹く柔らかな風も、頬に気持ちよい。白い房が小さな音を立てながら、ゆらりゆらりと揺れている。美しいと思った。このまま飲んでいるだけでも気持ちは良いが、何か礼をと考えて、一つ歌をと申し出た。
「それでは、わたくしは笛を」
 と、静四郎が懐から竜笛を取り出す。どんな曲かと聞く彼に、十四郎は曲名を告げ、春を謡った古い歌だと言った。
「今様とは、若いのによう知って居るなあ」
 鈴がまた、見かけにそぐわぬ事を言う。十四郎はすう、と深く息を吸った。
「春のやよいの あけぼのに…」
 謡など、たしなみ程度にしか知らぬ十四郎だが、『越天楽今様』はそれでもましなうちに入る。最後の宴の余興くらいにはなるだろう。すぐに静四郎の竜笛が十四郎の旋律を追うように伴奏に入っていた。かなりの腕前であることは、十四郎にも分かる。一管加わっただけで、十四郎の無骨な今様にしっとりとした色と華やかさが加わった。ざざ、と風が吹き、貝桜がしゃらんしゃらんと、これまでより大きな音を立てたその時、ここ阿があっと声を上げた。
「見て!鈴ちゃん!貝桜が!」
 つられて見上げた十四郎も、一瞬歌を忘れそうになった。風に吹かれてしゃらんしゃらんとざわめく貝桜のまっ白だった房が、幹からさあっとピンクに染まって行ったのだ。鈴がおお、と声を上げた。
「酒のおかげかのう」
「酔っぱらったのかなあ」
 ここ阿も嬉しそうに笑う。風はどんどん強くなり、ピンクに染まった貝桜を激しく揺らす。そして…。十四郎の今様が終わるのとほぼ時を同じくして、貝桜は風の中に散っていった。ピンク色の花びらが風に舞い、ゆっくりと舞い落ちる。音などするはずもないのに、微かな澄んだ音が、最後にしゃらん、と聞こえたような気がした。
「見事な、散り際でしたね…」
 竜笛を仕舞いながら、静四郎が言った。
「きれいだったのに…」
 ここ阿が残念そうに呟く。
「あいつにも、見せてやりたかったなあ」
 ため息をついた十四郎の袖を、鈴が引いた。
「そうがっかりするものでもないようじゃ」
 鈴の指差した先を見て、静四郎がおや、と眉を上げた。
「小さい…桜?」
 ここ阿が膝をつく。ピンク色の花びらにうずもれるように顔を出していたのは、確かに小さな枝垂れ桜のように見えた。
「どう言うこと?貝桜って…」
 目を丸くしたここ阿に、鈴はさあな、首を振った。
「わからぬ。何しろ作ったのは変わり者の仙人じゃ。それも、当代随一の力を持つと言われたほどのなあ」
 触れてみると、確かに生きた桜のように思えた。
「まあ、ひとつ分かることと言えば」
 鈴がにんまりと笑って、十四郎を見上げる。
「おぬしの連れあいに、こやつの花を見せてやることもできるらしい、という事くらいじゃ」
「だね!」
 とここ阿が笑い、
「そのようです」
 と静四郎も微笑む。風が再び巻き起こり、ピンク色の花びらを舞い上げて…。それが、その春最後の花見となった。次の春、あの小さな桜がどう育っているのかは分からない。だが花吹雪の舞う頃には、きっとまた耳を澄ませてしまうだろうと十四郎は思う。風の中に、あのすずやかな音を探して…。

<終わり>

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ea5386 / 来生 十四郎 / 男性 / 34歳 / 杜氏

0801 / 森永・ここ阿 / 女性 / 17歳 /私立翁ヶ崎高校3年生

2377 / 松浪・静四郎 / 男性 / 25歳(実年齢33歳)/ 放浪の癒し手
春花の宴・フラワードリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2010年05月31日

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