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『とらっこ彩ちゃんの大冒険 』
趙 彩虹(ia8292)

 ――それはある日、彩ちゃんこと趙 彩虹という名の一人の泰拳士が『まるごととらさん』と運命の出逢いを果たした事から始まったのです。

「こんにちは〜♪」
 新年気分に賑わう神楽の都。彩ちゃんはお小遣い片手に足取りも軽く万商店を訪れたのでした。
「いらっしゃ〜い。縁起物も入った籤があるよ、良かったら引いていってね!」
 そんな誘惑。はい、珍しい物が入っていると聞いてどうしても引きたくなったのは旺盛な好奇心。
「え〜いっ!」
 意を決してこれだ!と引いた結果。高々と上げられた腕の先にある番号を見た万商店の主。
 奥へといそいそと下がって、ひきずるように持ってきたものは。武器でも食べ物でもない。
「なんですかその可愛い物体はっ!?」

 なんとそれが『まるごととらさん』だったのです。
 すっぽり被る形の愛らしいぬいぐるみのような頭部。黄色と黒の縞々の毛皮が全身を包むように出来ています。
 今とは随分姿が違うようです。
「こんなもの当たったけれど、どうしたらいいでしょうか?」
 かくりと首を傾げる。何度見直しても着ぐるみです。ふわふわもこもこ。う〜ん重いけど抱き心地はいいですね〜。
 さて彼女がだした結論とは。いえ、聞くまでもない気がするが聞いてみましょう。
 どうするのですか、彩ちゃん?
「着ぐるみだから、つまり着て歩けばいいんですよね」
 人差し指をぴんと立てて、これ以外の正解はない!というくらい自信満々の回答。
 ありがとうございました。

 ◆

「彩ちゃん、それ着て出発するの!?」
 仲間の開拓者七人の声が綺麗に冬の青空の下に揃いました。
 え、だって暖かいんですよ〜。ギルドの依頼にまで『まるごととらさん』姿でやってきた彩ちゃん。
 外套なしでこれ着るだけでホカホカ、なんて便利でらっきぃ〜なんでしょうとニコニコしているのです。
 そのご機嫌の前には、通行人の多少引き気味の視線だって突き刺さらずに跳ね返されてしまいます。

 かぽり。
 突然とらさんの頭が外れて村人がびっくり目を丸くしています。
 妙な姿の開拓者と思ったらその下から出てきたのは、銀髪に青く澄んだ瞳という涼しげな顔立ちの別嬪さんなのですから。
「あ〜、これを被ったまま技を使うと暑いですね〜」
 手で顔を扇ぐも、火照った身体はそれでは冷めやしません。今からこれでは気温が高くなる春夏と動けなくなってしまいますね。
 全身ずっしりと重たいのも何とかしたいものです。
「という事は、切っちゃえばいいんですね?」
 よぉしっ!
 神楽へ戻るなり鍛冶屋へと駆け込んだ彩ちゃん、炎が吹き上がらんばかりの気迫で改造を見つめる姿がありました。
(こ、これで失敗したら命が無い‥‥)
「これでどうですかっ!」
 繰り抜かれた顔の部分。というか耳と周りだけが残ったような気がしますね。
「うん、視界も良好。風も感じられますし、これで泰練気法もバッチリ使えますね♪」

 さて、あくる日。
「天儀の平和を乱すアヤカシは、このまるとら彩ちゃんが許しませんっ!」
 裏一重で華麗にかわした後に唸りを上げて棍棒が振るわれる。野生の虎のごとく青い瞳が獲物を捕らえんと輝き。
 紅潮した顔。手足の動きが着ぐるみの重さに微妙に制約されているのを感じ取り、無理な動きは避けて。
 無闇に棍棒を振るう鬼の身体が開くのを待つ。
 ――来た。
(今です‥‥)
「気功掌〜っ!」
「ごぐふっ」
 猫パンチっ。いやいや巡らせた気を込めた虎の拳が炸裂。腹に強い衝撃を喰らった鬼が二つ折りになって吹き飛び木の幹に激突。
「はい、次の敵〜。村人を苛める鬼さんはしっかりとお仕置きしちゃいますからね!」

「ん〜まだ重いですね〜」
 仲間とわいわい帰った開拓者ギルド。村を救って喜ばれ、報酬も受け取ってほくほくなのですが、ちょっとまだ納得がいきません。
 銭がたっぷりと入った袋を持ち上げ、じっと見つめて考え込んでいます。

 ばーんっ!
 戸が壊れるんじゃないかというくらいの勢いで駆け込んできた開拓者の姿に鍛冶屋は目を丸くしました。
(また来た、この人‥‥!?)
 腕に抱えているのは例の品。間違いなく先日改造したばかりの、顔のないまるごととらさん。
 鍛冶屋の目線が泳いでいます。
 視線の先には――棚に飾ってあるというより無造作に置いてある、愛らしい虎の顔。
 置きっぱなしだったのですね。
 まだ着たまま駆け込んできて、この場で脱ぎだすよりは良かったでしょうか。彩ちゃんもその辺は良識って物があります。
「軽く‥‥ですか?」
 恐る恐る受け取った着ぐるみ。あっちを持ち上げこっちを持ち上げ。さてどうした物かと考えています。
「じゃ、腕をばっさりいっちゃいましょうか」
 この鍛冶屋。
 お任せにしておくと何をしでかすかわからないと、彩ちゃんは焦りだして身振り手振りで説明を始めました。
「ダメですダメですっ。この肉球だけはっ」
 そこは命です。譲れません。二の腕は切ってもいいけど、肘から下は絶対に残してくださいねっ!
「これで結構違いますかね〜」
 切り離されたふさふさの腕を篭手のごとく嵌め込んで付け心地を確認して、しばらくして深く頷きました。
「ありがとうございますっ!」

 そして幾週間が過ぎ‥‥。

 ばーんっ!
(また――!?)
 蒼ざめて奥へ逃げ込もうとした鍛冶屋を素早い身体捌きで阻止して、捕まえます。
 アヤカシも泣いて謝りたくなような百戦錬磨の泰拳士から逃れられると思ってはいけません。
「お金を用意してきました〜。文句は、無・い・で・す・よ・ね☆」
 有無を言わさぬ最高の笑顔。彫像のように固まった鍛冶屋は声も出せずに首をこくりこくりと頷かせるばかりです。
 へたり込んだ鍛冶屋は使い物にならないので今日は弟子の職人が着ぐるみの改造に挑みます。
「ここを後十分の一寸っ!」
 細かっ。改造も最初は大雑把で良かったですが、段々と精度が要求されてゆく為に緊張も増すのです。
 張りつめた空気。職人の刃物を添えた手がぷるぷると震えています。
(いざ――)
 しゅぱーっ!
「‥‥」
 精魂尽き果てた職人が安堵の息を吐いて失神。気絶しながら涙を流している器用な様子が周囲をほろりとさせています。
 彩ちゃんの視界にはそんな物は入っていません。改造に成功した着ぐるみが後光を放って見え、もうそれしか映ってないようです。
「これを後は白く染め直せば‥‥!」
 白虎。何かそこには憧れの響きがあります。
 故郷泰国での伝承に崇められる存在のひとつ。
 それは精霊の化身なのか、そこまでは語り継がれてはいないですが、守護する聖なる獣としていつかは逢ってみたい存在です。
「お願い‥‥しても良いですよね?」
「‥‥は、はい〜っ」
 銀色の髪をさらりとなびかせて振り返った美しき女性の煌くような微笑み。
 とても魅惑的なその姿に通常なら見蕩れて頬を紅くする所であったのではないのでしょうか。
 ええ、でもこの鍛冶屋の面々。死にそうな顔をしています。



「完成しました‥‥」
 苦労の甲斐あって、もしかしたら天儀最強じゃないかと思えるくらいに改良に改良を重ねたまるごととらさん。
 極限まで削りながら要所要所はふさふさ。しっかりと着ぐるみらしさは残っています。
「ふふっ、これで思う存分に動き回れますね〜♪」

「百虎箭疾歩っ!」
 姿勢を低めた虎が視界から消えたと思ったら、悪党の懐に至近の一撃が放たれて――。
「がおっ☆」
 どげっばしっどっごーんっ!
 とらさん姿で縦横無尽に駆け回る彩ちゃんは今日も大暴れ。蹴りも拳も平和の為なら容赦がありません。
 そ、そんな格好で強いなんて反則だぜ‥‥。蹴散らされた悪党がむなしい涙を流しながら呟いていた。
 昇る太陽に、きらきらと光る雫。その下は汚い顔なのが残念ですが。
「良かったです、皆さんが無事でっ!」
 ぎゅむっと背後を振り返って力強く握られる肉球。その瞳は明るく、無事襲撃を寸前で回避できた村人達の歓声に応えています。

 とらっこ彩ちゃんの冒険はこれからも愉快に?
 さてさて、それは精霊のみぞが知る事で。
 本日のお話はこれまでに致しましょうね、おやすみなさい。
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舵天照 -DTS-
2010年06月01日

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