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『初夏の擬態 』
海原・みなも1252)&(登場しない)



「……………………」
 バスタオル一枚のまま、あたしは沈黙した。
 今、お風呂からあがったばかり。これから服を着て、歯磨きをして、髪をドライヤーで乾かして……――と考えているあたしの視界に、体重計が入った。そう言えば最近体重計に乗っていなかったなあ、なんてぼんやり思い出しつつ、ポンと体重計に乗ってみて。
 ……沈黙した。
 体重計には親しみのない、いつもより大きな数字が表示されていたのだ。
(…………体重計、壊れたのかな?)
 そう思って、一度体重計から降りて調べてみたけど、何の故障も見られない。
 ということは、原因はあたしにあることになる。急激に太ったのだ。
(でも、いくらあたしが育ちざかりの年齢だからって、この体重はいくら何でも……)
 あたしには、太る原因すら思いつかないのだ。甘いものは好きだけど、そればっかり摂っている訳じゃないもの。ご飯だって人並みくらいしか食べていない。それにあたしは普通の人間より運動量が多い筈だ。この前だって、人魚検定を受けて相当な運動を――。
 と、ここまで考えて、閃いた。
 原因は「あたしが人魚だから」かもしれない。あたしは人間じゃないんだから、人間の体重とは基準が違っていてもおかしくない。
 確かめなくっちゃ!
 あたしは急いでパジャマを着て、居間にいるお母さんに訊くことにした。

「お母さん、人魚の方が人間より重いのかな?」
 お仕事から帰ってきたばかりのお母さんは、びっくりした顔をしてあたしを見た。人魚の方が重いなんて、太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前のことだと言わんばかりに。
「……知らなかったの?」
「……うん」
 居間には家族しかいないのに、何故か小声で会話するあたしたち。
 数秒後にお母さんは笑った。
「そのことを聞くために急いで出てきたのね? 真剣な顔して。髪、乾かさないと風邪引いちゃうわよ」

 お母さんの話によると、人魚は水圧に耐えなければいけないし、人間から人魚になるためにたくさんのエネルギーを蓄えていなければならないし、能力のこともあるのだから、どうしても人間より重くなってしまうらしい。
 今まで問題なかったのは、あたしが“擬態”しているからだそうだ。周りのみんな、つまり人間を見て、無意識に感じている“普通の人間”と同じになるよう、体重をも調節している……らしい。
 ところが、この体重調節には“生きている服”と“ケリュケイオン”が勘定に入っていない。この二つは、意外と重いみたい。だからややこしいことになっている。
 お母さんの話を総合すると、体重を戻すためには(というか、体重を人間の平均の数値にするためには)、この二つのアイテムとあたしの身体を一体化させる必要があるみたいだ。毎日クラスメートやら、通りすがりの人やらを無意識にでも観察しながら、ゆっくり一体化の練習をすればいいよってお母さんは言うんだけど、そうはいかない。
 あたしはすごく焦っていた。
 ……だって、明日なんだもん。身体測定。


 楽しいときも嫌なときも、平等に時間は過ぎて行くもので、とうとう身体測定の時間が来てしまった。中止にならないかな、なんて心の隅でちょっぴり思っちゃったけど、遠足と違って雨天中止にもならない。
(一体化、一体化……ぅう……)
 呪文のように頭の中で繰り返しながら、体操着に着替えた。体育館では先生たちがあれこれと忙しそうに測定していて、生徒たちははしゃいでいる。測定するだけと言っても勉強するよりずっと楽しいし、身長がどれくらい伸びたとか、太ったとか痩せたとか、盛り上がれる要素は結構あるからだ。
 身体測定は自分の好きな人たちと、好きな順番で回ることが出来る。あたしは友達と気楽に測定する風を装って、全神経を集中させていた。
 ――前日に立てた「計画」は、こう。
 まず、なるべく友達と話をして、なるべく測定の順番を後回しにする。測定の順番が来ても、友達に先を譲る。そうやってかき集めた僅かな時間で、みんなを観察しつつ、体内にしまっているアイテムとの一体化を図る。これでバッチリ。
 ……その筈なんだけど、友達との話と並行してやるというのが、結構難しい。うわの空では友達に失礼だし、かと言って会話に集中しすぎてもいけないのだ。

「……それでね……そしたら先生が…………って……」
 視力検査の後、適度に相槌を打ちながら、あたしはゆっくりと深呼吸する。
 “生きている服”も“ケリュケイオン”も、あたしの体内に溶けて混じり合うように。ひたひたと、乾いた身体に水が染み込むように自然と馴染むようにして。……何だかお腹がグルグルしてきそう。
 友達の後に続いて、身長を測ってもらった。
 あたしは友達より少しだけ背が高い。でも中学一年生の範疇に収まるものだから、これは大丈夫。
 書き込んでもらった身長を見せ合いっこしながら、今度は座高。これも平気。友達の一人は身長に比べて座高が高くて落ち込んでいた。そんなの気にならないよ、と別の友達とあたしが励ます。だって見た目では本当にわからないもの。

 ――あたしの体内では何がどうなっているんだろう。
 一体化出来ているのかどうか、いまいち自信がわかない。体重計に乗ってみなければ確認しようがないので、余計に不安になってくるのだ。
(何か他に出来ることないかなあ)
 悩んでいるあたしに、友達が抱きついて来る。女の子同士の遊びだ。
「みなもっ。ぎゅ〜っ」
「ぎゅ」
 あたしも友達とくっつきながら、ふと思った。
(一般的な体重を視覚以外の感覚で掴めば、体重の制御もしやすいかな? 一体化にも役立つかもしれないし……)
「ぎゅ〜」
 あたしはじゃれついてくる友達を抱きしめながら、そっと持ち上げてみた。友達の足が微かに浮く程度だけ。これでも重さがわかる。男の子よりも女の子の方が重いっていうけど、確かに大きさに比べるとずっしりとしている。
 別の友達も同じようにして抱き上げてみた。腕や胸に抱え込むと、筋肉や肉の柔らかな部分の質感もダイレクトに伝わってくる。あたしのような人魚よりも、人間の筋肉が少ないのは判っていたけど、感覚で理解したことはなかった。新鮮な驚きだ。
(この筋肉の感覚……)
 ここに“生きている服”や“ケリュケイオン”が溶け込んでいる。その姿が理想なのだ。

「次の人、どうぞ」
 にっこり微笑んでいる先生の前で体重計に乗るのは、少し恥ずかしい気がした。躊躇したくなってくる。
 だからあたしは身体測定票を先生に渡すと、呼吸する間も置かず、体重計に乗った。
 カコン、カラカラ。
 アナログの体重計が音を立てた。どっちつかずな、曖昧に動く針。
 一瞬、針が大きい数字の方に向かった気がして、心臓が冷えていく感じがした。でも次の瞬間には、針は小さい数字の方に動いていった。
(心臓が飛び出しちゃいそう……)
 数字を見続ける勇気がなくて、先生の顔をじっと見つめるあたし。
 一方、体重計を注視している先生。
 数秒経って、先生は身体測定票をあたしに返しながら言った。
「海原さんはちょっと細いかな? 成長期なんだから、いっぱいご飯食べてね」
「はい」
 あたしは笑顔で答えた。助かった!

「あ。みなも、にやにやしてる〜!」
「ほんとだ。みなもちゃん嬉しそぉ〜」
 いけない、いけない。歓びを顔に出していたら、変に思われちゃう。みんなは事情を知らないんだから。
「だめだめ。今更隠したって、にやにやしてたの見ちゃったんだから〜」
「ね〜。みなもちゃんったら何だかえっち?」
「え?」
 聞き返したあたしのほっぺを、友達がつついた。もう一人の友達が、聴診器を当てるお医者さんを真似て、あたしの胸をつついた。
「次は教室に行って、内科検診ですー」
「ぁ……あー、忘れてた!」
「何で忘れてるの、一番嫌なトコロだよー」
 体育館から出るところで、あたしたちの笑い声が弾けた。



 終。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐野麻雪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年06月04日

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