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『【水無月婚礼祝唄〜神楽之都縁起】 』
春金(ia8595)

●六月模様
 ――六月に結婚する花嫁は幸せになる、と。
 そんな言葉が、世にはある。
 果たして、ソレが本当に幸せになのか……そんなことは、神様にも分かりっこないだろうけど。
 澄んだ空から、陽光が降り注ぐ中。
 目にした花嫁花婿の華やいだ姿と微笑みは、確かに嬉しそうで幸せそうで。

 ……こんな日は、不意にドコカへ出かけてみたくなる。
 ……例えば、ダレカに会いたくなる。

 見上げた雨の合間の青い空に、誰が飛ばしたか紙飛行機がふわりと飛んだ。


●花嫁行列に祝い唄
 小さな浅い水面がぱしゃりと音を立て、映していた空が揺らいだ。
 神楽の都を洗い流して雨が止めば、流れていく雲の間から陽光が差し、涼やかな風が渡る。
 待ちかねたように子供たちは家を飛び出し、遊びに駆けて行く。
「晴れて、良かったのじゃよ」
 日差しへ手をかざし、雲の切れてきた空を春金は見上げ。
 見上げていると、朗々とした唄が聞こえてきた。

「 やぁれ 蝶よ花よとぉ 育てた娘ぇ
  今日はぁ 他人のぉ 手に渡ぁすぅ 」

 雨上がりの空に響く声に、通りを行く者たちが足を止め、店の軒先で足を止めていた人々は顔を上げる。
「ほぉ……? どこからじゃろうか」
 一種のお祭りのような仄かに浮かれた空気に混ざり、わくわくとして春金も祝い唄の元を辿った。
 角を曲がり、路地を抜けた先で、ぱっと視界が開ける。
 既に人が集まり始めた大きな通りでは、誰もが真ん中を開けて道の両脇で人垣を作っていた。
 人垣の間から、ひょこと春金が背伸びをしてみれば。
 譲られた通りの真ん中を、遠くから仰々しくも華やかな一団がやってくる。
「おぉ、やっぱり花嫁行列じゃ」
 先導する亭主名代に、祝い樽を担ぐ者たち。その更に後ろの方では、鮮やかな朱色の傘が静々と続いていた。
 もっとよく見える場所はないかと人ごみへ視線を戻せば、周りの者たちより頭ひとつ高い長身の男が目に留まる。
 ぱっと表情を輝かせた春金は、人を避けながら見覚えのある風体へと近付き。
「崎倉さんも、花嫁行列見物かの?」
 おもむろに後ろから声をかければ、崎倉 禅が驚いた風に振り返った。
「お? 春金もか」
 尋ねる相手に、二つに分けて束ねた黒髪を春金は揺らす。
「近くを通ったら、祝い唄が聞こえてきたのじゃよ」
「そうか、俺もそんなところだ。ちょうど通りがかったら、出くわしてな」
 答える相手の傍らに、いつも隠れるようにくっついている少女の姿がないことに気付き、はてと彼女は首を傾げた。
「今日は珍しく、サラちゃんと一緒ではないのじゃな」
「ん、所用があったんでな。長屋で仔もふらさまと留守番だ……連れて来てやれば、よかったなぁ」
 呟いた崎倉だが、何かを思いついたのか急に春金をじっと見る。
「な、なんじゃどうした崎倉さんっ?」
「見えないようなら、抱えてやろうか? 何なら、肩車でもいいが」
「そっ、それはさすがに、遠慮しておくのじゃよっ」
 狼狽しながらぶんぶんと勢いよく首を横に振ったものの、ふと気付いて、恐る恐るで付け加えた。
「その代わり、腕を借りるのはよいかの? こう、背伸びをした時の、支えというか……」
「ああ、転ぶと不味いしな。好きなだけ、支えにしてくれ」
「感謝するのじゃよ」
 笑って答える崎倉に春金は礼を告げ、少し肘を開いた腕へ遠慮がちに手をかける。
 その間にも、花嫁行列は二人の傍にまで近付いていた。
 祝い樽の後ろには、仲人が歩き。
 そしてようやく、母と共に花嫁が俯きがちにやってくる。
 晴れやかな姿に見送る人々は手を打ち、祝いの言葉があちこちから飛んだ。
 手を添えた力強い腕を頼りに春金は背を伸ばし、人の間からそれを見送る。
 見送りながら、ふっと疑問が脳裏に浮かぶ。
 悠々と構えて眺める隣のサムライの、恋愛感というか……例えば、好む女性のタイプがあるのか、などなど。
 だが聞きたいことを考えただけで、ぼふっと顔が熱くなり、まだ初夏なのに頬だけがやたらと火照ってくる。
 ――もし聞ければ嬉しいのじゃが……この上なく恥ずかしくて、聞ける訳がないのじゃ。
 けれども、これは滅多にない機会なのではないだろうか。
 そう思ってみると、やはり聞いてみたいという一念が恥ずかしさより僅かに勝った。
「さ、崎倉さんは、どんなオナゴが……」
「……ん?」
 思い切って口にした言葉は小さかったのか、それとも周りの声が大きかったのか。
 聞き損ねた崎倉が首を傾げれば、慌てて「いやっ」と春金は誤魔化した。
「その、式とかに興味……いやいや、な、何でもないのじゃっ!」
 もしょもしょと口の中で付け足しては、急いで首を振って言い直す。
 足らぬ勢いに赤くなりながら、盛大におろおろしていると。
「ほら、通るぞ」
 ひょいと身体が浮いて視点も上がり、驚く間もなく春金は人垣を見下ろし。
 その先では、ちょうど花嫁が二人の前を通るところだった。
 文金高島田に結い上げた髪を、角隠しで覆い。
 母に手を引かれた赤い色打掛(いろうちかけ)姿の花嫁は、涙ぐみながら粛々と一歩一歩を進めていく。
「綺麗、じゃのう……まるで金魚のようじゃ」
 驚きも気恥ずかしさも忘れ、ほぅと息を吐いて呟いた。
 その時の記憶が春金にはないが、見送る父も手を引いてくれる母も既にこの世に、ない。
 晴れ姿に、きっと目を細めてくれたであろう『爺さま』も、また。

「 今日はぁ 日もよしぃ 天気もよしぃ
  名残おしくもぉ さぁさ お立ちだぁ
  今度来る時ゃ 孫つれてぇ 」

 祝いの唄は朗々と通りを賑わし、華やかさに色を添える。
 じんわりと胸の奥が熱くなるのを覚えながら、通り過ぎる花嫁行列を春金はただ見送っていた。
 嫁入り道具を入れた長持や箪笥がその後を歩き、親族や知己がついていく。
 そうして最後にご縁の振舞い、良縁のお裾分けと、行列を見送る人々へ縁起の小餅が振舞われれば、行列を見送った人々は動き出し。
 やがて通りには、いつもの活気が戻ってきた。

「すまんな。小さい子供でもないのに、勝手をした」
 春金を下ろした崎倉が、申し訳なさそうに謝る。
「こちらこそ、なのじゃよ。お陰で、綺麗な花嫁をよく見ることが出来たのじゃ」
 ありがとうと礼を言えば、相手は苦笑を返した。
「いずれは春金も、ああして嫁に行くんだろうな」
 笑って崎倉は目を細め、まだ顔を赤くしながら春金は小さく咳払いをする。
「普通の家庭を築き、平凡に過ごすことは憧れるのじゃ……じゃが、わしは理想が高くての……」
「ほぅ? 理想か」
 促すように相槌を打つ崎倉だが、ふぃと彼女は視線を明後日の方向へやった。
「それはのう……」
 縁起の小餅を受け取れば、一歩二歩と春金は距離を取り。
「秘密、なのじゃよ」
 びしっと崎倉へ指を差し、誤魔化してから踵を返す。
 そうしてぱたぱたと駆けていく後姿を、やれやれと笑いながら崎倉は見送った。

 ――そう、秘密なのじゃ。
 支えに添えた腕や、抱き上げられた視点の高さを思えば、今更ながら心の臓がばくばくと早鐘を打つ。
 例えるなら、父へ向ける思慕の念のような想い。
 それが少しずつ特別な感情へ変わり始めていることに気付いたのは、いつだろう。
 ただ今は、何もかもひっくるめて内緒のこと。
 ――じゃから、全部秘密じゃ!
 明かさぬ想いを胸に抱えたまま、春金は金魚屋を営む長屋へ駆け戻っていった。

   ○

「崎倉さんは、おるかの?」
 夕暮れ時の、開拓者長屋。
 前触れもなく顔を出した春金を、崎倉がちょっと驚いた顔で迎えた。
「昼の行列以来だな。まぁ、片付いていないが入ってくれ」
 手招きをされて中に入れば、藍色の仔もふらさまを抱いていた幼い少女が、顔を上げた。
「……ゼン?」
「こんにちはじゃ、サラちゃん」
 崎倉の後ろから顔を出し、「それとも、そろそろこんばんはかの?」と春金が笑えば、ぎゅっと恥ずかしそうにサラは仔もふらさまを抱き、もふもふと顔を隠す。
「どうした。なにか、忘れ物でもしたのか?」
 不思議そうに崎倉から問われれば、笑顔で春金は後ろ手に隠していた物を披露した。
「サラちゃんに会いに来たのじゃよ。留守番をしておったというから、お土産なのじゃ」
 それは小さな紫陽花の鉢と、金魚のぬいぐるみだった。
「……ハル?」
「うむ。サラちゃんにあげるのじゃよ」
 問う視線に答えれば、小さな手から開放された仔もふらさまが「もふ〜ぅ」ところころ部屋を転がる。
 紫陽花の花をじーっと凝視し、それからもらったぬいぐるみと睨めっこをする様子を、楽しげに春金は見守り。
「よかったな、サラ。礼は言ったか?」
 促されて思い出したように、サラはたどたどしい礼を口にした。
「……ありが、とぅ、ハル」
「どういたしましてなのじゃ。サラちゃんが気に入ってくれれば、わしも嬉しいのじゃよ」
 金の髪を撫でれば、気恥ずかしそうに少女はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて。
「気遣わせてすまんな、春金。晩飯の予定がないなら、昼にもらった振る舞いの餅でも食っていくか?」
「よいのか、崎倉さん?」
 にわかに春金が瞳を輝かせれば、笑いながら崎倉はたすきをかけて着物の袖を押さえる。
「土産の礼に、よければな。といっても、大したモンじゃあないが」
「では、遠慮なくご馳走になるのじゃ。サラちゃんと晩御飯なのじゃよ。そうそう、今日の昼間は花嫁行列を見たのじゃよ。とても綺麗な花嫁さんで、色打掛姿がまるで金魚のようだったのじゃよ」
 嬉しそうに春金はじっと耳を傾けるサラへ花嫁行列を語って聞かせ、二人の様子を微笑ましそうに眺めながら、慣れた手つきで崎倉は夕食の支度を始めた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia8595/春金/女性/外見年齢17歳/陰陽師】
【iz0024/崎倉 禅/男性/外見年齢40歳/サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「HappyWedding・ドリームノベル」が完成いたしましたので、お届け致します。
 依頼の方では、いつもお世話になっています。今回はノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございます。

 花嫁行列を眺めながら、いろいろと物思い……といった感じになりましたが、如何でしたでしょうか。
 少し恥ずかしい程度を飛び越えていたら、すみません。でも、後悔もしていませんがっ。
 むしろ、まだまだ足りないとか言われたらどうしよう、などと考えつつ。
 花嫁行列を見て思う背景的なところは、ちょっと風華なりに膨らませてみましたが……キャラクターのイメージを含め、もしイメージと違う部分などがありましたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
HappyWedding・ドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2010年06月10日

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