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『ドナウの夕べ 〜 アグ 』
アグレアーブル(ga0095)

 美しく蒼きドナウ、という曲がある。初夏に燃えるドイツを滔々と流れる川を称え、人々を勇気づけるために生まれたメロディーを、とっさに思い出せたわけではなかったけれども。
 アグレアーブル(ga0095)は、ドナウ川を堪能しにやってきた訳ではない。
 もちろん、アグレアーブルがドイツへと足を運んだのは、ドナウ川クルーズを楽しむためで。けれどもそこには、彼女の傍らで今にもうきうきスキップを始めそうな親友と一緒に、ただひたすらまったりぼんやりのんびりするために、という注意書きがつくわけで。

「アグちゃん、アグちゃん! あそこからだよッ!」
「‥‥みたいね」

 船着き場を目にした瞬間、満面の笑みでビシッと指を指して振り返ったクラウディア・マリウス(ga6559)に、アグレアーブルはつられて視線を投げながら頷いた。出航の時間までの一時を波に揺られながら待つクルーズ船は、やや古びた印象はあるけれども清楚だ。
 あれなら沈みそうにはないけれども、と何となく習慣で船の強度を測るアグレアーブルに気付いたものか、クラウディアは弾むような足取りで船着き場に向かって走り出した。まるで幼い子供のようにはしゃぐ親友に、わずかな苦笑をこぼして後を追いかける。
 ドイツ、ドナウ川クルーズ。もうすぐ始まる『北アフリカ進攻作戦』を控えて、長くなりそうな戦いの前に休養と、互いの無事を願って穏やかな一時を過ごすために、彼女達はやってきた。
 けれどもこの瞬間、アグレアーブルが何より心に掛かって仕方ないのは、時に尊敬するほど天真爛漫なこの親友が無事、何事もなくドナウ川クルーズを終える事が出来るのか、というその一事に尽きるのだった。





 ドナウ川は存外、流れの速い川だ。そして件の曲名にふさわしき透明度を保っている場所はほんの少ししかない。
 だがそれは、ドナウ川とその流域の景色が『美しい』という事実を、何ら否定するものではなかった。新緑に燃える木々を傾きかけた陽光に混じり始めた赤が照らし、どこか幻想的にすら映る。
 その中を、速い流れにも揺らがずゆったり走るクルーザーの上で、

「‥‥そんなに身を乗り出すと落ちるわよ」
「はわッ、だって風が気持いいんだもん」

 風を全身に受けようと全力で船縁から身を乗り出していた親友を、まるで猫の子でも掴むような乱暴な優しさでまさに首根っこの辺りを掴んで言ったアグレアーブルに、捕まれたクラウディアは慌ててぐるりと首を回して親友を振り返り、弁解を始めた。
 夕暮れに向かって段々と冷たいものが混ざり始めた川の風は、けれどもまだ十分に暖かい。ついついそれに心惹かれてしまうらしい親友に、アグレアーブルがほんの少し意識して怖い顔を作ると、はぁい、とクラウディアは首を引っ込めて良いお返事をした。
 けれどもクラウディアの顔に浮かんでいるのはむしろ、くすぐったいような楽しげな笑みで。それを見ているうち、まぁ良いか、とアグレアーブルも軽く息を吐いて苦笑う。何となく、良く目を凝らすと猫の耳と尻尾が見えてきそうな気がした。
 思えばこの親友は、待ち合わせの時点からそうだったのだ。まるで遊園地にでも行くかのようなはしゃぎっぷりで、ドイツまでやってくる味気ない移動すら楽しいようで何度も窓の外を眺めてはアグレアーブルに嬉しそうに指を指して。
 ふ、と肩の力を抜いて辺りを見回したアグレアーブルを乗せて、船着き場を出たクルーザーはゆっくりとブダペストから遠ざかる。それと同時に胸いっぱいに広がるのは、初夏の気配をはらんだ風と水、そして何とも心地の良い木々の匂い。
 それは何とも、日頃の光景とはかけ離れていることか。鼻孔のどこにも硝煙の匂いも、血の匂いも、その他のありとあらゆる争いの匂いも感じられないというのは、何だか全く別世界に足を踏み入れてしまったようで。
 ここは1分1秒で生死が分かれる戦場とは違うのだ、と実感する。それがくすぐったいと同時にどこかしら居心地が悪くも感じられて、アグレアーブルは遠くへと投げかけていた視線と意識を引き戻した
 と、嬉しそうな笑顔のクラウディアと目が合う。その余りに嬉しそうな様子にふと微笑むと、彼女はますます嬉しそうな顔になった。
 そうして、ぽむ、と手を叩く。

「ねぇねぇ、アグちゃん! 反対側も見に行ってみよ?」
「ちょ‥‥ッ、クラウ、走ると危ないわよ!」

 そう言うなり、笑いながらパタパタ走り出したクラウディアに、慌ててアグレアーブルは追いかけ始めた。ただでさえさっきから川面に落ちかけている親友を、放っておいては今度こそドナウに落ちかねない。
 幸いにして、クルーザーの反対側の船縁まで辿り着いたところでクラウディアの足は止まっていた。ほっ、と胸をなで下ろして近づいたアグレアーブルに気付いて、ぱっと顔を輝かせて遠くの向こう岸を指さす。

「アグちゃん! 見てみて、お城! キラキラしてる!」
「ちょうど夕日が当たってるのね‥‥って、クラウ!」
「ほ?」

 クラウディアが指さした古びた建物を見て、そんな感想を漏らしながら頷きかけたアグレアーブルは、次の瞬間ぎょっと目をむいて声を上げた。不思議そうに目を丸くした親友が、次の瞬間同じく目を見開いて「‥‥はわわッ!?」と声を上げる。
 中途半端に身体を捻って振り向いたから、わずかに波に揺れたクルーザーにバランスが崩れて、足が取られたのだ。そう理解した時には親友の身体は、ぐらり、と川面に向かって倒れ始める。
 ひくり、とアグレアーブルの顔が引きつった。慌てて親友に向かって手を伸ばしながら走り出す。
 なのに、こんな瞬間にクラウディアから向けられるのはただ、全幅の信頼の笑みなのだ。
 それに応えるべく、アグレアーブルは見事、クラウディアがクルーザーから投げ出される前に抱きとめる事に成功した。腕にかかった重みに、心から安堵の息を吐く。
 そうして細く息を吐いた。

「だから落ちるって言ったでしょ」
「えへへ」

 さっきよりも随分と怖い顔でそう言ったら、クラウディアはむしろ嬉しそうににっこりする。今のハプニングも、彼女の中では楽しいイベントの1つに過ぎないらしい。
 そう理解したら、何だか肩の力が抜けた。そうしてちょっと呆れた顔になったアグレアーブルに、えへへ、とまた笑い声を漏らしたクラウディアはふいと、夕日にキラキラ光る水面に意識を逸らして手を伸ばそうとする。
 クラウ、とまた怒ったら、ひょいと首をすくめる親友。けれどもこんなやりとりも何となく良いものだと、思っている自分が居ることも、アグレアーブルには否定できないのだった。





 クルーズを終え、予約していたホテルに辿り着いた頃にはすでに、辺りは降ってきそうな星空に覆われていた。冴え冴えと地上を照らす月も、心なしかいつも見るそれよりも遙かに明るく、大きい。
 その夜空にもはしゃいでいた親友の興奮は、通された部屋を見るなりピークに達した。

「はわ、綺麗ッ!」

 古城ホテルと銘打つだけあって、古びた石造りのがっしりとした部屋は、けれども冷たさを感じさせない配慮かタペストリーや絵画がうるさくない程度に飾られている。見上げればクラウディアが両手を広げたよりも大きそうなシャンデリア。部屋の中に据え付けられた重厚な家具は、長い年月に磨かれて品の良い飴色へと変化している。
 大きく切り取られた窓からは、道中にも見た見事な星空が広がっていた。朝になればここからは、悠然とした自然とその中におもちゃのように存在する町並みが見えることだろう。
 はわぁ、ときょろきょろ辺りを見回しながら忙しくあちらこちら指をさし、報告してくる親友に頷きながら、アグレアーブルは据え付けられたティーテーブルでお茶の準備をする。
 茶葉とティーセットは部屋に用意してあった。そんな気取ったお茶は淹れられないけれども、ティーポットに適当に茶葉を落として沸かしたお湯を注げば、まぁ、何とか飲めるものにはなる。
 道中で買ってきたクッキーも広げてクラウディアを呼ぶと、ひとまず部屋の探検を中断したクラウディアはいそいそとティーテーブルに着いた。そうしてのんびりお茶を飲んで人心地つく間にも、目に付いた端から指さして「アグちゃん、アグちゃん!」とクラウディアがはしゃいで報告するのに、こくり、こくり、と頷きを返し。
 そんな風に、バスルームにおかれた猫足のバスタブや、ライオンの細工の蛇口も一緒に眺めて、賑やかに過ごした彼女達がようやくベッドに潜り込んだのは、随分夜が更けてからのことだった。
 部屋の真ん中にドンと置かれた、天蓋付きのお姫様ベッド。中に入ると存外天井が低く見えるベッドは、くるりと周りを囲むカーテンを閉め切ってしまえばまるで、どこかの秘密基地の中にただ2人きりで居るかのような、不思議なくすぐったさがあった。
 2人並んで同じベッドに潜り込むと、ただ隣に居るよりも何だか距離が近い。そう思いながらアグレアーブルは、ぽつり、天蓋の闇に目を凝らすように言った。

「"全部"終わったら、こういうのもいいわね」
「うん。でもね、アグちゃん‥‥私ね、やっぱり怖いよ」

 傍らのクラウディアが、こくりと大きく頷いた気配がする。その親友の気持ちを思って、アグレアーブルも口を閉ざした。
 クラウディアが争いを本当は恐れていることを、アグレアーブルも知っている。アグレアーブル自身は彼女とは違って、戦いの中に身を投じることを自ら好み、望んで選んだのだけれど。
 戦いの中で感じるスリルは、ちょっとした麻薬に似ている。自分を戦闘マニアだと思ってはいないけれども、あの名状しがたい感覚を、そうしてその中で感じられる『自分が今、生きている』という実感も、なかなか手放せるとは思わない。
 戦う事は、死に向き合う事だ。その中で生を掴み取る事だ。
 けれども――

「私も、頑張る事にしたんだ」
「そう」

 そこに生の実感を求める人ではない親友の、決意を込めた告白に頷く。頷き、ならその親友を自分は守ろう、とアグレアーブルは当たり前のように思う。
 色々気を揉んだりもしたけれども、普段に比べればはるかにぐうたらと穏やかに過ごしたこの1日は、振り返ってみれば悪くはなかった。命のやり取りのスリルもなく、一瞬の油断が命取りだという危機感もなかったけれども、何だかちゃんと『生きている』気がした。
 だからいつか、クラウや、離れて暮らす"家族"にこの時間を与えたいと、素直に思う。果たして、一時の安らぎではなく恒久的に心穏やかに過ごす事が、自分達能力者に許される時代が来るのかは解らないけれども。
 ぎゅっ、とふいに横合いから暖かな腕がアグレアーブルの身体を抱きしめた。かすかに驚いて息を呑み、クラウディアのぎゅっと瞳を閉じて自分の肩に顔をうずめた、小さな頭を見てぽむ、とあやす。ぽむ、ぽむ、と。甘えてくる小さな子供をあやすように。

(大丈夫だから)

 いつか必ずこの親友に、当たり前の『平穏』をあげる。離れた"家族"に、飽き飽きする程の『平穏』をあげる。
 だから大丈夫、と小さな頭を抱いた。抱きついてくる親友への、万感の信頼を込めて。



 やがて、つらつらと眠りに引き込まれた2人の寝息を、密やかに守るように天蓋が包み込んでいた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /   クラス   】
 ga0095  /   アグレアーブル   / 女  / 19  / グラップラー
 ga6559  / クラウディア・マリウス / 女  / 16  / サイエンティスト

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

大切なお嬢様と、ご親友のお嬢様のドナウ川クルーズ、このような形でのお届けとなりました。
果たしてイメージ通りに出来上がっているか、毎回の事ながら心配になるのですけれども(苦笑
仲良しの親友同士の、心やすらぐ『ぐうたらした』旅行になっていれば嬉しいです。
蓮華もドナウ川行ってみたいとか思いながら楽しんで書かせて頂きました。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■「連休…そうだ、旅行へ行こう」ノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年06月11日

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