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『ドナウの夕べ 〜 クラウ 』
クラウディア・マリウス(ga6559)

 美しく蒼きドナウ、という曲がある。初夏に燃えるドイツを滔々と流れる川を称え、人々を勇気づけるために生まれたメロディーを、とっさに思い出せたわけではなかったけれども。
 クラウディア・マリウス(ga6559)は、ドナウ川を堪能しにやってきた訳ではない。
 もちろん、クラウディアがドイツへと足を運んだのは、ドナウ川クルーズを楽しむためで。けれどもそこには、文字にするなら誰の目にだって見違いようもないくらいに大きく『大好きなアグちゃんと一緒に!』という注意書きがつくわけで。

「アグちゃん、アグちゃん! あそこからだよッ!」
「‥‥みたいね」

 船着き場を目にした瞬間、満面の笑みでビシッと指を指しながら親友を見たクラウディアに、隣を歩くアグレアーブル(ga0095)はひょい、と視線を投げて頷いた。出航の時間までの一時を波に揺られながら待つクルーズ船は、やや古びた印象はあるけれども清楚だ。
 そのまま、弾むような足取りでクラウディアは船着き場に向かって走り出した。背後からほんの少し呆れたように、けれども暖かな眼差しで自分を見守ってくれる親友の気配を感じて、えへへ、と嬉しくなって笑う。
 ドイツ、ドナウ川クルーズ。もうすぐ始まる『北アフリカ進攻作戦』を控えて、この戦いをお互い無事に終えられるように、精一杯を尽くして頑張ろうね、という祈りを込めて、彼女達はやってきた。
 けれどもこの瞬間、クラウディアが何より嬉しくて仕方ないのは、大好きな大好きな親友と2人で素敵な景色の中で乗ってみたかったドナウ川クルーズを楽しめる、というその一事に尽きるのだった。





 ドナウ川は存外、流れの速い川だ。そして件の曲名にふさわしき透明度を保っている場所はほんの少ししかない。
 だがそれは、ドナウ川とその流域の景色が『美しい』という事実を、何ら否定するものではなかった。新緑に燃える木々を傾きかけた陽光に混じり始めた赤が照らし、どこか幻想的にすら映る。
 その中を、速い流れにも揺らがずゆったり走るクルーザーの上で、

「ほわ、風が気持いい‥‥」
「‥‥だからって、そんなに身を乗り出すと落ちるわよ」

 あたりを包む気持ちの良い風を全身に受けようと、船縁に手を突いて全力で身を乗り出しているクラウディアの首根っこを、まるで猫の子でもつかむような乱暴な優しさで支えたアグレアーブルが苦笑いをこぼした。何となく、良く目を凝らすと猫の耳と尻尾が見えてきそうな気がして。
 はぁい、と首を引っ込めて良いお返事をしたクラウディアである。顔の浮かんでいるのはやっぱり、嬉しそうな満面の笑みだ。
 大好きなアグちゃんと、とっても過ごしやすい気候を綺麗な景色の中で過ごしていると思うだけで、例えようもなく楽しくなってくる。そもそも出発の時点からして楽しみすぎて、いつもは味気なさすら感じる移動がまるで、遊園地の乗り物のようにすら思えたものだ。
 船着き場を出たクルーザーはゆっくりとブダペストから遠ざかる。それと同時に胸いっぱいに広がるのは、初夏の気配をはらんだ風と水、そして何とも心地の良い木々の匂い。
 ほわぁ、と嬉しくなって大きく深呼吸をした。それから嬉しくなってアグレアーブルをまた振り返ると、彼女はほんの少し目を細めて辺りを見回していたのだけれど、すぐに気づいて微笑んでくれる。
 それがまた、嬉しくて。

「ねぇねぇ、アグちゃん! 反対側も見に行ってみよ?」
「ちょ‥‥ッ、クラウ、走ると危ないわよ」

 笑いながらパタパタ走り出したクラウディアに、慌てた気配の親友が追いかけてくる足音。それを感じながらクルーザーの反対側の船縁までやってきたクラウディアは、遙か彼方に見える古びた建物を見つけ、ぱっと顔を輝かせた。
 アグちゃん! と親友を呼ぶ声がひときわ高くなる。

「見てみて、お城! キラキラしてる!」
「ちょうど夕日が当たってるのね‥‥って、クラウ!」
「ほ? ‥‥はわわッ!?」

 お城を指さしながら振り返ったクラウディアの言葉に、頷きかけたアグレアーブルの顔が驚きに彩られた。と同時に、中途半端に振り向いたクラウディアの身体が、僅かに揺れたクルーザーに足をすくわれてぐらり、と川面に向かって揺れる。
 ぁ、とアグレアーブルの顔が引きつったのを、クラウディアは見た。慌てて全力で走ってくる彼女にけれども、クラウディアが感じたのは安心感だ。

(アグちゃんなら、絶対に助けてくれるから、大丈夫)

 果たしてクラウディアの信頼通り、アグレアーブルは彼女がクルーザーから投げ出される前に見事、彼女の身体を抱きとめる事に成功した。そうして細く息を吐いて、だから落ちるって言ったでしょ、とちょっと怖い顔になった親友に、にっこりする。
 それに今度はちょっと呆れた顔になったアグレアーブルに、えへへ、とクラウディアはまた笑い声を漏らした。それからふと目の端に映った、夕日にキラキラ光る水面に意識がそれる。
 触ってみたくて手を伸ばしかけたら、またアグレアーブルに怒られた。けれどもそれが優しい気持ちからなのだと、クラウディアは知っている。そうしてきっと親友が、いつもの戦場とは掛け離れたこの穏やかなクルーズを、実は心から楽しんでいるのに違いない事も。





 クルーズを終え、予約していたホテルに辿り着いた頃にはすでに、辺りは降ってきそうな星空に覆われていた。冴え冴えと地上を照らす月も、心なしかいつも見るそれよりも遙かに明るく、大きい。
 その夜空にもはしゃいでいたクラウディアの興奮は、通された部屋を見るなりピークに達した。

「はわ、綺麗ッ!」

 古城ホテルと銘打つだけあって、古びた石造りのがっしりとした部屋は、けれども冷たさを感じさせない配慮かタペストリーや絵画がうるさくない程度に飾られている。見上げればクラウディアが両手を広げたよりも大きそうなシャンデリア。部屋の中に据え付けられた重厚な家具は、長い年月に磨かれて品の良い飴色へと変化している。
 大きく切り取られた窓からは、道中にも見た見事な星空が広がっていた。朝になればここからは、悠然とした自然とその中におもちゃのように存在する町並みが見えることだろう。
 はわぁ、ときょろきょろ辺りを見回しながら忙しくアグレアーブルに報告すると、こくり、と頷きが返ってくる。そんな彼女は沸かしたお湯でお茶を淹れ、道中で買ってきたクッキーを広げてみたりして。
 そうしてのんびりお茶を飲んで人心地つきながら、クラウディアは目に付いた端から指さして「アグちゃん、アグちゃん!」とはしゃいで報告する。それはバスルームにおかれた猫足のバスタブや、ライオンの細工の蛇口を見たときも同じで。
 ようやく彼女達がベッドに潜り込んだのは、随分夜が更けてからのことだった。部屋の真ん中にドンと置かれた、天蓋付きのお姫様ベッド。中に入ると存外天井が低く見えるベッドは、くるりと周りを囲むカーテンを閉め切ってしまえばまるで、どこかの秘密基地の中にただ2人きりで居るかのような、不思議なくすぐったさがあった。
 2人並んで同じベッドに潜り込むと、ただ隣に居るよりも何だか距離が近い。そう思っていたら、アグレアーブルの方も同じ事を感じていたのか、ぽつり、天蓋の闇に目を凝らすように言った。

「"全部"終わったら、こういうのもいいわね」
「うん。でもね、アグちゃん‥‥私ね、やっぱり怖いよ」

 こくりと大きく頷いた、クラウディアの口からふと本音がこぼれる。脳裏によぎったのは今、追いかけている強化人間のことだ。
 争うことが怖いと、クラウディアは思う。争いは自分や知り合いを傷つけるし、それはとてもともとても怖いことだ。想像しただけでも胸が潰れそうで――まして目の前で見たら、その恐ろしさは計り知れない。
 そんなのは嫌だと、思う。そんな場面は見たくない。傷つきたくない。誰にも傷ついて欲しくない。
 けれども、そうしてクラウディアが迷い、悩み、立ち止まっている間にも、クラウディアの周りで起こる戦いがなくなる訳じゃなくて。むしろただ手をこまねいているうちに、事態が悪化してしまうなんて事も珍しくはなく。
 だから――

「だから、私も、頑張る事にしたんだ」

 強い瞳で闇を見据えて、クラウディアは告白する。怖いことは変わらないけれども、その気持ちが消えるかどうかなんてわからないけれども。
 変わらなくても、消えなくても、大切なのはきっと、それを乗り越えて、飲み込んで頑張ろうという意志だから。その意志だけを誰にも負けずに抱いていれば、きっと大丈夫だから。
 それに、とクラウディアはベッドの中を泳ぐように、傍らのアグレアーブルにぎゅっと抱きついた。かすかに驚いた気配のあと、まるで小さな子供にするようにぽん、ぽん、とあやしてくれる大好きな親友。

(1人じゃない、から)

 戦うのも、立ち向かうのも、傷つくのも、怖いのも、なにもかも全部クラウディア1人でやらなくちゃいけないのじゃないから。絶対にそばにはアグレアーブルが居てくれるって信じてるから。
 だから大丈夫、と抱きつく腕に力を込めた。腕の中の親友への、万感の信頼を込めて。



 やがて、つらつらと眠りに引き込まれた2人の寝息を、密やかに守るように天蓋が包み込んでいた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /   クラス   】
 ga6559  / クラウディア・マリウス / 女  / 16  / サイエンティスト
 ga0095  /  アグレアーブル   / 女  / 19  / グラップラー

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

大切なお嬢様と、ご親友のお嬢様のドナウ川クルーズ、このような形でのお届けとなりました。
果たしてイメージ通りに出来上がっているか、毎回の事ながら心配になるのですけれども(苦笑
仲良しの親友同士の、うきうきと楽しい旅行になっていれば嬉しいです。
蓮華もドナウ川行ってみたいとか思いながら楽しんで書かせて頂きました。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■「連休…そうだ、旅行へ行こう」ノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2010年06月11日

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