▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【新米領主様の挑戦】 』
東雲 辰巳(ea8110)
 豪州での冒険から数ヵ月後‥‥。その功績を称えられた冒険者‥‥東雲辰巳は、アリススプリングスの新米領主として赴任する事になった。
 アリススプリングスは、ロシアとは真逆の気候。そして人もさほど多くない事から、少し町を離れただけで、のんびりとした空気が周囲を流れている。
「んー、良い空気ねェ‥‥」
 アリスの水源の1つでもある湖のほとり。部下達の「領主様はお屋敷にいなさい」攻勢を、何とか振り切ってきたその東雲の妻、レディことミス・パープルさんは、アリスの人々の間に『教会の湖』と呼ばれるようになった場所でくつろいでいた。数年前までは、まだ何もない水溜りだったはずのそこは、東雲が領主になってから、色々と手を入れ始めたところだ。
「いた」
 岸辺の見晴らしのいい場所で、ライトハルバードを脇に置き、のんびりと草を食むトリケラトプスやステゴサウルスを見守っているレディさんの頭に、東雲の顔。
「なんだ。もう捕まったかと思ってたのに」
「そんな簡単に捕まってたまるか」
 別にぃ? と意味ありげな彼女。隣に座り、湖の様子をのんびりと確かめる。アリスも開発を進めなければならないのは、東雲もわかっていた。まずは、この湖を憩いの場所として整備するべきだろうか。大切な、思い出を作る場所として。
「そう言うの、似合わないわよ」
 と、レディさんは見透かしたようにそう言ってきた。真摯な顔をしていた東雲の頬をぷにぷにとつつく。
「なぁ‥‥。領主って、何やったらいいんだろうな」
「他の人と同じ、じゃあここらしくないわね」
 公園を整備したり、特産品を扱ったりする事なら、商人達もやっているし、コレまででも扱った事はある。問題は、いかにそれらしくふるまうかなのだろうが、正直、そこまでの思考回路はまだなかったのだった。

 戻ってきた東雲達は、しばらく外出禁止の『お願い』をされた。一応臣下ではあるので、拘束力はないのだが、事実上の囲い込みである。
「うーん、領主って、こんなに窮屈だったかなぁ‥‥」
 功績を残し、領を貰い、貴族の称号を得る物語だったら、吟遊詩人の在庫に売る程あるのは知っての通りだが、その先に関しては、経験者に聞くしかない。しかし、どこも普通にこなしていて、まさかこんなに制約のある物だとは思わなかった。
「さぁね、向こうじゃどうだったのよ」
「なった事がないからわからん」
 レディも、その息苦しさは感じていたらしい。即答する東雲に、深くため息をつく。
「ったくもう。あてにならないんだから。でも、これじゃ身動き取れないわよ?」
「どうする?」
 んな事ぁ分かっている。打開策を問うて来た東雲に、レディさんはしばし考え込んでいたが、ちょいちょいと指先を動かして、東雲を手招く。
「耳貸して。って、コラどこ触ってるの」
「別にいいじゃないか」
 ついでに腰を救い上げるように抱き寄せる。左側が弱点と化しているレディさんに、イタズラっぽくそう言って、ほっぺをついばむ東雲だが、むぎーっと耳を引っ張られて、大人しく手を離した。と、レディさん頬を朱に染めながら、ナイショの相談をこしょこしょこしょ。
「なるほど。面白そうだな」
「じゃ、明日は手はず通りに」
 目の前で微笑まれ、東雲の心臓がどくんと跳ねた。それを押し殺し、「仰せのままに」と答え、早速係のいる部屋へと向う。2人が考えた作戦のとっかかりは、まず『おっかない奥方様』としての評価ばかりが上がるレディさんが、係りにこうクレームをつける事だった。
「だいたい、このままじゃ家が狭すぎるのよ。もう少し、領主の館らしくしないと」
「はぁ‥‥」
 困惑している係の人に、彼女は矢継ぎ早に続ける。
「まぁでも、契約だから、税収がどうのってのはわかるわ。それに、領地も結局、海に手を出さないってだけで、あまり深く決まってるわけじゃないし。その辺、王様にも王妃様にも報告する必要あるでしょ?」
 それでも、係りは渋っていた。その辺りの事務作業は、既に彼ら『配下』が済ませている。領主は判定を行い、承認をするのがお仕事だと、頭から信じている様子。
「任せっぱなしではダメよ。この子だって、それでここまで来てるんだし」
「あ、ああ‥‥」
 急に水を向けられて、戸惑う東雲。臣下に任せたままの結果、王位が危うくなった物語も、やはり枚挙に暇がない。
「‥‥と言うのは建前よ。せっかく功績で領地貰ったのに、このままじゃ、あまりにも影薄すぎじゃない? 何とかしないとね」
 レディさんが、首を45度に傾けてそう言った。何か重い当たる節が会ったらしく、係の人はうなずいた。確かに自分自身、このままではレディさんのおまけにしかなっていないかもしれない‥‥と東雲は思いつつ、自分のほうの交渉を始める。
「と言うわけで、あの湖を整備したい。ついてはこの目で確かめる事が重要だ」
 レディさんに用意してもらった案を、そのまま伝える彼。とはいえ、あの湖を大切にしたいのは一緒だ。でないと、彼女との思い出も奪われてしまうような気がして。
「‥‥というわけで、OK取れたわよ」
 レディさん、領主を目立たせると言う約定を、何とか取り付けてきたらしい。
「こっちも何とか‥‥。相変わらず運転は俺か?」
 東雲も、湖まで領を広げると言う案を通してきた。これで何とか、湖までは『領内』として、自由に行き来が出来る‥‥はず。
「運転は我々が行います。領主様自ら運転なんぞ、他の領主殿に顔向けできませんから」
 もっとも、やはりそこは他の領主と同じ様に、運転手月のご身分にさせられてしまったわけだが。
「どうも、慣れないなぁ」
「そんなものよ。最初はね」
 そのうち、それが当たり前だと思うようになる。だが、東雲はそんな事にはならないだろうな‥‥と漠然と考えていた。
 自分の妻は、慣れを許容するほど大人しい器には出来ていないから。

 ところが、である。
「な、なんだこれはっ」
 一ヶ月ほどたったある日の事だった。湖は恐竜と水源保護、それに土地を荒らすべからずと言うレディさんの助言を元に、住環境化の計画を練っていたのだが、それよりは完全に畑にした方が良いんじゃないかとか、公園にした方が水源が荒れるんじゃないかとか、色々悩んでいるうちに、ロシア王国への納税が滞ると言う一大事が発生してしまったのだ。
「あーあ、やられたわね。任せっきりにして置くからよ」
 どうやら、月道を通じて修めた先で、持ち逃げが発生してしまったようだ。ちくりとやり込められ、東雲はとりあえず「一体誰がこんなまねを‥‥」と、領主っぽい事を言って見る。
「政敵とかじゃないわね。そんなに剣突するような相手、まだいないもの。純粋に引っかかっただけでしょ」
「むむうう」
 どうやら、いわゆる心根のよろしくない者が、紛れ込んでいたようだ。そういえば、別に仲の悪い領主がいるわけでもないし、新参者の領主でございますと言うにも、本国とは距離が離れすぎて、面識も何も会った門じゃない事を思い出す。
「そう言うのも何とかするのも、あんたの仕事よ。頑張んなさい」
 そんな東雲さんを、パープルさんは先生の表情で突き放していた。
「何ー。聞いてないぞ!?」
 と言って見るものの、彼女は見下した姿で「聞かせてないもの」と答えている。くくくっと悪役っぽく笑う姿に、配下の面々は震え上がっているみたいだが、東雲にしてはいつもの事だ。
「仮にも領主様でしょ。スパイの1人や2人、自力で何とかしなさい。そのための手段は与えてるはずよ」
 それでも、一緒についてきてはくれるらしい。手勢を集め、潜んでいると思しきスパイをあぶりだす算段をしている東雲に、横から助言と言う名のツッコミを欠かさない。相変わらず人使いの荒い人だと思いながら、何とか手勢を集めて見る東雲。
「や、やっと捕まえた‥‥かな」
 数日後、その手勢を繰り出し、何とか主犯を捕らえる事が出来た東雲がいた。いつもやってきた事と違うのは、自分では決して手を出せないことだが、それでもチェスの要領で詰めて行き、引きずり出す事が出来た。幸いな事に、悪魔の囁きとやらはなかったのだが。
「‥‥やれば出来るじゃないの」
 にこり、と笑顔で褒めてくれるレディさん。ぺたぺたと触っても、怒らない。が、直後もっと厳しい事を言ってくれた。
「さて、次はあれの処分よ」
「しょ、処分か‥‥。気が進まないな。ロシア送り返すじゃだめなのか?」
 手を下すのは、敵だけでいい。そう言う考えは、冒険者には数多い。それは、レディさんも同じだったらしく、その弁にホンの少しだけ、悲しそうな顔をした。が、すぐに打ち消して、厳しい表情を浮かべて、こう告げる。
「あらあら、そんなんじゃいつまでたってもナメられるわよ? アリスの領主はボンクラですって」
「くう‥‥判断が難しいな‥‥」
 じっと見守る係の者達。捕らえた罪人をどう処断するのか。欧州の人々が、彼らをいわば娯楽として見ている事は、いやと言うほど知っていたはずだ。だが、どうしても慣れない。
 それは、レディさんも同じだった。厳しい表情で、じっと東雲を見つめている。決断を頼られている。そんな感覚があった。
「やっぱり手厳しい奥方で。先が思いやられますよ」
 配下なんぞ、そんな一言を言って、既にさじを投げている。それを、レディさんはきっと怖い目で睨みつけていた。自分のパートナーをあしざまに言うのは許さない、と。
「と、とりあえずフォトドミールにも協力してもらって、収容施設を作ろうと思うんだ」
 気持ちを受け止めて、東雲が発したのは、そんな一言だった。
「建設する間は、ロシアに預けといて、出来上がり次第収容するって事で、良いと思うんだ」
 賛成してくれるレディさん。具体的に決まっているわけじゃないが、土地だけは余っている。建物を作り、収容するくらいは、問題ないだろう。
「ふむ。良い案じゃないかしら。利息つかないといいけど」
「付いてても構わん。その方がコネになるから。向こうも土地事情は困ってるわけだし‥‥」
 ロシアから文句付けられた事に関しては、その分向こうの罪人を引き受けると言う方向で‥‥と、よくもまぁ口からぽこぽこ出てくるなと、自分でも寒心するくらいに、すらすらと出てきた。レディさん、そんな東雲を、表情を緩めて賛同してくれる。
「こんな感じで、いい‥‥かな?」
「えぇい、気の弱い。もっと自信持ちなさい、自信を」
 不安そうに側に寄って見る。が、さすがに衆人環視の中でいちゃつく気はないらしく、頬を真っ赤に染めながら、ばしばしと突っ込んできた。慌てて「わ、わぁぁ。すみませんレディさんっ」と素に戻る東雲。
「余計な犠牲者は出すべきじゃないですわ。だから、うちは独自のやり方で」
 その案を、レディさんはその力でもって、充分にロシアへ広めてくれる。
「あなたの案だもの。大切にしないとね」
 2人きりの時、彼女はそう言って抱きしめてくれた。その心遣いが、何故だかとてもうれしい。
 こうして、アリスは色々な意味で前代未聞の風潮が残る町になりつつあるのだった。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
姫野里美 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年06月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.