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『酔っぱらい桜のラプソディ 』
ラン・ファー6224

■opening

 貴方は気が付いたらそこに居た。

 何処ぞの山の中、と思しき少し開けた場所。
 立派な桜の樹――染井吉野に似た感じの――が一本。
 これでもかと言う程に、咲き誇っている。

 その木の根元に。
 現世の者とも思えない幽玄の美を具えた、何処か儚げな印象の、長く流した黒髪のたおやかな女性が――。

 ――無造作に胡坐をかいて飲んだくれていた。

 先の美しさの表現については、もし黙って佇んでいたならば――と仮定の注釈が付く。
 もしそうしていたならば桜の精とも見紛いそうなこの女性、実際にやってる事はと言えばまるで風情の無い花見の席によく居そうな何処ぞの酔っ払いのおっさんである。
 …それでも女性の美貌自体は損なわれていない。…儚さ幽玄さの方は何となく損なわれているが。…何故ならやっている事が俗っぽ過ぎるので。
 と、その女性は貴方の姿に気付く。
 気付くなり、人懐っこい態度で気安げに声を掛けて来た。
「おう、ちょうど良い。ちょっくら付き合えや。折角波長が合ったところだ、ここで花見をしてけよ。ある程度なら酒も肴もあるしな、駄目だってんなら菓子も茶もあるぜ? …どうせあんたも帰れねぇ筈だかンな」
 …この女性、態度のみならずどうやら口もあまり宜しくない。
 そこまで言ったかと思うと、ぺろりと湿らせるように唇を舐めている。
「ここに来たからにゃあそう簡単にゃ逃がさねぇ。俺ァよ。ずーっと一人で詰まらなかったんだよ。長々波長が合うヤツが居なくてよ…折角咲いてやってんのに誰も来ねぇしよぉ。俺がなんか悪ィ事したか? ずーっと待ってんのに人っ子一人来やしねぇ。それでも律儀に咲いてんだ。だーちくしょー手前の健気さに呆れらァ」
 そこまで言い切ると、女性は銚子から盃に酒をどぼどぼと注いだかと思うと、一気に干して、ぷはー。
 …完璧にやってる事がオヤジである。
 そして。
 言っている事からして…先程桜の精とも見紛いそうだとか思ったが、実際にそっち系の存在であるかのような言い分でもあり。
 貴方がそう思ったところで、その女性は貴方を見、にやりと笑っている。
 …どうやら本当にそうらしい。
 そして。
「久々の客なんだよ。なぁ、わかるだろ? …賑やかにやってくれや。…元の世界に、帰りてぇならよ?」
 と、来た。



■で。

 そうか! と開口一番打てば響くような元気な声がその女性に返っている。
「ひとり酒は飽きたか。安心しろ、私が来たからには願いは叶ったも同然! 大いに騒ぎ楽しもうぞ!」
 よし、それではまずは一発芸だな! と一人うんうん頷きつつ、その元気な声の主は――『桜の精と思しきガラの宜しくなさそうな女性』以外の面子も見渡して、さぁさぁ誰がやるのだ、と誰にともなく促しつつ、きらきらと目を輝かせている。
 と、使い込んだ片手剣を背負った背の高い――何だかやたらとやる気の無さそうな青い髪の青年が、黙々と前に出て来た。
 元気な声の主――ラン・ファーはその青年にすかさず声を掛ける。
「おお、お前がやるのか」
「…」
 違う。
 と言うか、酒を飲んでいいのか?
 前に出たその青年――ケヴィン・フォレストの茫洋とした目は、ランでは無く桜の精と思しき女性に向いている。…ケヴィンにしてみれば『花見』とは何かなどとは全く知らない。…が、『酒』。その単語には当然のように反応する。場所柄とか相手が何者かとかその辺は結構どうでもいい。今自分が置かれている状況が危険かそうでないかは肌でわかる。そして――ケヴィンにしてみれば今現在そんな気は全くしない。となれば『酒』。ここに反応しない手は無い。
 そんなケヴィンの言いたい事に速攻で気が付き、おうよ、と桜の下の女性は景気良く返してきた。
「好きなだけ飲ってくれや。兄さん結構いけるクチと見たがね?」
「…」
 にやりと言われるなり、青年は相変わらずの様子に無言のまますたすたと桜の下の女性の方に移動。と、わ、待って、とばかりに金髪と見紛う緑の髪に銀の瞳を持つ、おしゃれと言ってまず間違いない風体の乙女――が慌ててそれに付いて来た。
 レナ・スウォンプ。
「ああん、置いてかないでよーケヴィン」
「…」
「ん、そうそう。あたしもここに一緒に来ちゃったみたい。きっとこれも愛の力っ!」
「…」
 何だかケヴィンの方からは一言も返事が返らない割に、このレナとケヴィン、会話が成立している感がある。
 それを見て、お、と気付いたように――興味深げに桜の下の女性が口を開いている。
「てめーら同じトコから来たのか? つーかデキてんのか?」
「え、そう見える??」
「おーそうだな。なかなか似合いだぜ?」
「やーんお姉さん見る目あるー♪」
 にこにこと笑いながらレナは大喜びでケヴィンの腕を取りひっついている。
 ケヴィンの方はと言うと、そうされてもされるがまま。…どうやらある意味いつもの事であるらしい。…と、何故か周辺の方でもケヴィンがそう言っているのがわかった気がした。
 曰く、ケヴィンは言葉に出さずとも己の意志を他者に伝える事が出来ると言う特技があるらしい。
 …その事もまた無言の内に何となく伝えられた。
 と、ほー、とランがまじまじと二人を見ている。
「そちらの青頭とは何だかんだで比較的よく会う事がある気がするがその連れに会う事はあまり無かったな。…とは言え初めましてでもないようだな。確かお前はいつぞやのバレンタインに箒で飛んでいた魔女だったと見たが違ったか?」
「あっ、そうそうそうそうだったわね! 会った事ある! あなたの言うとーりあたしは魔女っ子レナちゃんで合ってるよっ♪」
「…」
 確かにこのラン、ケヴィンにしてみれば異世界に飛ばされたっぽい時にはよく見る顔な気がする。…そして誰が魔女っ子って歳だ、とケヴィンはレナに向かって無言の答えと共にすかさずツッコミを入れてみる。
 と、ぶー、とレナがむくれていた。
「でも魔女は魔女だもん! そーゆー名乗りって魔女としては浪漫ってもんでしょー?」
「うむ。確かにな。魔女であるならば幾つになってもそのくらいの名乗りはしてみたいものだろう」
「って。幾つになっても、ってあたしまだそんな歳じゃないんだけど?」
 それは二十歳にはなっているが。
「だが少なくとも子と言う歳では無さそうに思えるが女と生まれたからには若く見られたいと言うのもまた人情だろう。微妙な乙女心にとやかく言うな。つまりほっとけ。わざわざつっこむな青頭。万事それで上手く行く」
「…」
 そのやり取り自体にもまた突っ込みたい事がある気がするが面倒になったので取り敢えずケヴィンは言われる通り取り止めてみた。
 と、今度はランが改まってレナを見る。
「ところで魔女と言うからには何か素敵な一発芸など持っていたりするんだろう」
「はえ? あたし?」
「うむ。そちらの桜の下で胡坐をかいて飲んだくれている女御が手ぐすね引いて待っている」
 言いながら、ランは桜の下の女性とちらり。
 む、と桜の下の女性はちょっと不本意そうな顔をして見せた。…とは言え、わざと大袈裟にそうして見せた――と言うような印象ではあるが。
「俺をダシにするかい。いい度胸だな?」
「心外な! 山車になどしてはいないぞ。わざわざ乗っかるつもりも担ぐつもりもない。そもそも今ここは祭り支度もないではないか。…いや、賑やかにやれと言う事はこれから祭りを行えと言う事なのか!? そうなのか!? となると少し方針を考え直す必要が出てくるぞ??」
 と、何だかランが別方向に行きかけたところで。
 するりと別の声が割って入って来た。
「はーいストップ。『ダシ』違いだよー、ランー?」
「ん、そうなのかコータ。ではどのダシだ。味噌汁でも作るのか」
「そうそうそう。そっちの方が意味が近い事は確か。つーかそれはもうそこで良いとして。…レナっつったっけ、あんた何か一発芸すぐ思い付く? 思い付かないなら取り敢えず俺するけど」
 賑やかにやれ、ってんならね。
 と、割って入ってきた声の主――ランにコータと呼ばれた青年、清水コータがランからレナに話を振りつつにこり。…その手には何故か既に意味ありげにハンカチが被せられている。
「? 何それ?」
「さぁさぁまずはここに取り出だしたりますハンカチを御覧あれ」
 この下には何にもありませんねー?
 言いながら、コータは手の上からハンカチを外してひらり。まず話を振ったレナにのみならず、ランとケヴィン、そして肝心の桜の下の女性の方にも確り近付き、この通りっ、とばかりに何も持っていない手とハンカチをひらひらさせて見せている。
 それからまた、その手にハンカチを被せて、ごにょごにょと何やら唱えつつその上に手を翳して、意味ありげに何やら念じ、やぁっ、と気合い。
 その気合いと共に、コータは手に被せておいたハンカチをばっと取っている。
 と。
 ハンカチで隠されていたその手の中には、カップに入った市販のプリンが一つ。
「さぁどうぞっ、美味しい美味しいプリンで御座いっ♪」
 すかさずスプーンも何処からともなく取り出し、コータは桜の下の女性に差し出す。
 女性はきょとんと自分を指差した。
「俺にか?」
「どーぞどーぞ。ささ、折角ですから」
「おう」
 と、差し出されるまま受け取る桜の下の女性。開封して食べてもみる。
「お、美味ぇな」
「でしょでしょ、俺プリン大好きなんだよね!」
 と、コータがにっこり上機嫌にこくこく頷いたところで。
 ひそっとレナがコータに耳打ちしてきた。
「ねえねえねえ、あのさ、コータって言ったよね、一発芸って…まさかそれで終わり?」
「へ? …いやまぁ、何処からともなくプリンが出てくるマジックショー、って駄目??」
「…ごめん何処が芸だったのか全然わかんなかった…」
「あー…そだね。魔女の目からしたら全然大した事じゃないよね」
 うん。とちょっと途方に暮れたような遠い目になるコータ。…改めて言われてみればその通り。まず、すぐ側に居るレナは魔女であり、楽しませたい当の相手はと言うと恐らくきっと桜の精か何かなんだろう尋常でないひと。ついでに言えば素敵な桜が花咲くこの山の中も何だか尋常では無い場所になる訳で…そんな事と比べたらプリンの一つや二つ何も無いところから出て来たって…。
 と、少し切なくなってコータは何処からともなくまた新たなプリンを自分用に取り出し、黙々と食べ始める。
「…」
 その様子をじーっと見ているレナに気付き、なんだよねーさんも食べたいの? とコータは自らの持つプリンを軽く掲げて指し示し――問うような形にはしたが、結局その問いに対する反応が返る前に、コータはまた新たなプリンを何処からともなく取り出し、当然のようにレナにそれを差し出している。
 レナはきょとんとした顔をし、あ、ありがと、とそのプリンを受け取りはしたが…コータをじーっと見る目には変わりなし。
 いやむしろ先程までより興味津々と言った貌になっている気さえする。
「…なんだよ。一個じゃ足んないの? …しょーがないなぁ。じゃ、はい」
 と、再びコータは何処からともなく新たなプリンを――以下略。
 そうしたら、おい、と少し怒ったようなランの声がした。
「そちらの女御に魔女にはそれだけサービスしといて私には無いのか」
 プリン。
「あー、はいはい」
 はぁ、と溜息を吐きつつ、コータはまた何処からともなく新たなプリンを取り出しランに渡している。
 その上で、ああ、じゃあ今度は言われる前に、とばかりにもう一つ――以下略、ケヴィンにも渡しておいた。
 何だかよくわからない内にプリンを二つ渡された上で一連の状況を見ていたレナは――再びコータにひそっと耳打ちしてみた。
「…ねえねえねえねえ」
「? ん、なに?」
「今のわざとらしーマジックショーより、これだけの数のプリンをふつーに持ち歩いてる方がむしろ芸な気がするんだけど?」
「え、あ、そう? …そんなもん??」
 プリンまだあるけど。
「え、そうなの」
「うん。…ほら」
 と、再び何処からともなくコータは新たなプリンを以下略。
 …今度は手の上に新たに三つ出していた。
「わ、凄い。…これで合計幾つになるんだろ。お姉さんに一個、コータ自身に一個、んであたしに二個、ランに一個、ケヴィンに一個、今三個――九個も」
「もっとあるけど」
 言いながら、コータは更に三個の新たなプリンを――出したところで。
 堪え切れない、とばかりに、だははははは、と桜の下の女性が噴き出していた。
「…てめーら何やってんだよ、見てて面白えよ」
 一頻りの爆笑の後、桜の下の女性はそれ以上の笑いを堪えるようにして、くっくっくっ、と喉を鳴らしている。
 笑い過ぎか、目の端に涙まで滲んでいた。
 …そんなに面白かっただろうか、とレナとコータは思わず顔を見合せている。
 と、その横では――いつの間にやらケヴィンがプリン肴に酒盃を傾けていた。…そのケヴィン、気のせいか微妙に普段と様子が違う。
 かと思ったら――『あろう事か、口を開いた』。
「…あんたらも一緒に飲るんじゃなかったのか?」
 ごくごく当たり前のように言い、ケヴィンはコータやランに振る――レナに対しても問うような視線だけを向けている。…そうしていたら、今度はランがプリンのスプーンを銜えつつケヴィンの顔をじーっと覗き込んでいた。その手元にはコータから渡されたプリン本体。ついでに言うならランの前、紅茶に緑茶、ちょっと凝った練り切りやら桜餅やらと言った和菓子に、パンケーキの類みたいな洋菓子、と、ちょっとした茶と菓子がずらっと重箱の中に並んでいた。…何処から持ってきた誰が用意したのかとか微妙に疑問にも感じるが、そこはそれ。
 それより、ケヴィン。
「………………お前、何かいつもと違わんか?」
「? 何が」
「いや…喋ってるじゃないか」
「ああ…そうだな。まぁ良いだろ、どうでも」
「いやいや良くない。いや、善い悪いで言うなら善い事には違いないが『どうでも良い』で済ませたくない事ではあるな。…お前、なかなかイイ声をしているじゃないか。何故普段は喋らんのだ?」
「…面倒臭くてな」
「ふむ。そんなもんか。…では普段と今とで何が違う…取り敢えず酒とプリンを喫食しているな。その為か? プリンにはそんな効能があったのかはたまた酒の方の効能か。アルコールの力を借りてとはよく言う。…いやしかしプリンの原材料である卵にも偉大なる栄養分があるではないか。糖分とて脳の働きには欠かせない…いやいや今ここは桜の下でもあるか。桜に酔うと言う風流も、そこな女御の美しさに酔う粋もこの場ではまたありかもしれん。…さてどれだ?」
 お前の場合は。
「…」
 と、捲し立てられ問われたケヴィン、少し悩んでから――助けを求めるようにレナを見る。…どうやら次々と出された選択肢があまりにも想定外だった為に途中で考えるのが面倒になったらしい。
 が、そんなケヴィンの視線を受けたレナの方はすかさず、それはね、と秘密めかしてランを見返している。
「答えはお酒っ。お酒飲むとケヴィンはフツーの兄ちゃんになるのよ! ま、あたしにしてみればどっちでもケヴィンはケヴィンなんだけどねっ、どっちでも意志の疎通に不自由無いし!」
「ほー、つまりは酒を飲むとそうなると言う事か…面白いな。…なぁこれも一種の芸じゃないか?」
 ランは科白の後半で桜の下の女性に振る。
 と、女性の方はいつの間にやらプリンから再び酒の方に戻っていた。で、面倒そうにランに答える。
「知らねぇよ。…元々のこいつ知らねぇから俺にゃどうとも比較の仕様がねぇし。まぁ、飲みっぷりは良いがな。ほれ、もう一本空けてら」
 言いながら女性は銚子を一本逆様にして見せている。…その銚子は先程ケヴィンが自分の盃に注いでいたもの。
「…そういや他の奴は全然飲まねぇな。酒ァ嫌ェか?」
「ん、私は茶と菓子が好きなだけだが。安心しろ、酒は飲まんが茶と菓子の方は遠慮などせず心行くまで馳走になっているぞ? それではダメなのか酒飲みにはそれでも無粋と言われてしまうものなのか??」
 …確かにランの前の重箱の中の菓子は減りが早い。それをちらと見て、ふぅん、と女性。
「そんなもんかい。…ま、楽しんでるっつぅなら良いがな」
 微妙に釈然としない様子ではあるが、女性はそのまま盃を傾けている。
 その盃を干したところで、今度はコータが新しい銚子を持って女性の側に居た。
「まま、一献」
「お、気が利くねぇ」
「いやいや、俺にゃこのくらいしか出来ねーんで」
 言いながら女性の盃になみなみと酒を注ぐ。
「さっきのも面白かったがね」
「あ、プリンすか? もっと出ますよ?」
「おいおい、まだあんのかよ」
 苦笑。
 …されるなり、コータはまた宣言通りに何処からともなくプリンを一つ出して見せている。出したそれを再びはいと女性に差し出したところで、その差し出したプリンの上にひらりと落ちる薄紅の花弁一枚。
 それでコータは改めて桜を見上げた。
「でもホント、イイ感じのキレーな桜っすねー。花の開きっぷりもイイ感じだし場所も特等席。…なかなか無いよねこーいうトコ」
「…だろ? 毎年毎年こーやってイイ条件で咲いてやってんのによ、これが誰の目にも留まらねぇなんて罪だろ? ったく、誰か気付けってんだよなぁ」
 と。
 女性が絡むようにぼやいたところで。
 そーよねそーよね、と今度はレナが力一杯同意した。
 …ちなみに、レナのその手にもいつの間にやら盃がある。レナにしてみれば別に酒が嫌いな訳ではないので女性に言われた時点で盃を取っていた。しかも現時点でレナの持つ盃の中身は半分くらいになっている――それ程経っていない割には結構減っている。
「せっかく綺麗なんだから、誰かに見てもらいたいわよねっ! …そりゃさあ、誰かの為っていうより自分が綺麗になりたいからやってんだけど、それでも「綺麗だね」って言われたいのよ女の子はさぁ」
「だな。別に褒めろなんつぅ訳じゃねぇ。でもだからって無視されるってぇのは気に食わねぇんだよ」
「分かる、うん、分かるわ。お姉さんはとっても綺麗よ! その髪! はかなげさ! その飲みっぷり! ギャップ好きにはたまらないと思うの。美人の秘訣! 秘訣はなにっ!?」
「あ? 秘訣っつってもな…俺ァやりたいようにやってるだけだからな…?」
「やりたいよーにやってストレス溜めないよーにってこと!? …そうね、そうよ! うん。心の赴くままに生きるのが一番なのね! よくわかったわ! あたしも頑張ってみる!」
「…何か方向違って来てないか?」
 ぼそりと突っ込むケヴィン。
「いいのよ! 美しくなりたいのはどんな女性でも同じ! お姉さんだけじゃない! 勿論あたしだって同じ! そうよそうなのよ! きゃははははっ!」
「てゆーか桜の話だったんじゃ?」
 こそりとコータ。
 と、いやいやいや、とランが真顔で頭を振っている。
「桜に限るまい。知らぬままでは人目に届かぬままでは勿体無いものは多々ある。…例えば青頭の声などもそのクチだろうよ。なあ?」
「…あ?」
 不意に話を振られ、ケヴィンが訝しげにランを見る。…そのわかりやすく訝しげな表情すら普段のケヴィンではまず浮かべない。
 そんな表情を見せたところで、そうなのか? と今度は女性がケヴィンを見る。
「…てめぇのその声もなかなか聴けねぇもんって事か?」
「…どうだか。別にそんなわざわざ言う程のものでも無いと思うが」
「あはは。でもケヴィンはお酒飲んだ時しかこーはならないよー?? …あ、そうだ。折角だからケヴィンに歌ってもらおーよ! きゃはははは!」
 ぱむ、と両手を合わせて――ついでに笑いながらレナ。…レナは酒に酔うと笑い上戸になる。
 が、そんな事は全く気にせず、おおそれは良いなと、ランもすかさず頷いている。
 直後、では一番、酒が入れば素敵な歌声、ケヴィンのにーちゃんが歌いますっ、と、いつの間にそこに居たのかコータがケヴィンのすぐ横で司会進行役よろしく促している。その手にはいったい何処から出てきたのかいかにもなマイクが一つ。そしてそのマイクを当然のようにケヴィンに差し出している。
 レナとランは、わー、とばかりにノリ良く拍手。
 女性はそれらの成り行きを面白そうに見ながら盃を傾けている。
 ケヴィンは軽く溜息を吐きつつ、コータに差し出されたマイクを手に取った。…歌ってくれる気はあるらしい。

 が、いきなり言われても何を歌おうか俄かに迷う。
 ので、ケヴィンは適当に酒宴の席で歌われる歌を選んでみた。
 …取り敢えず、あまり下品にならない方向の選曲で。



 ケヴィンの伸びやかな歌声が響き渡る。
 ワンコーラスが終わり、次に入ったところで――さりげなく別の声がその歌にハモリ始めた。
 ラン。
 折角だ興を添えよう、とばかりに、ケヴィンに合わせて旋律を一通り覚えたランも歌っている。
 と。
 その声と共に、ふわりと山の中に色彩が増える。桜の薄紅だけではなくて、紅や黄色や紫や。今まではまだ蕾も固く咲いていなかった筈の花。なのにその歌声に合わせるようにしてその花弁がほころびて、咲き乱れている。
 それを見て、ほぉ、やるな、とばかりに女性がにやり。
 途端。
 立派な満開の桜の艶やかさが、咲き乱れる他の花に対抗するように増した気がした。
 …女性は耳を澄ますようにして目を閉じている。
 桜に咲き誇る花の量は減っているように見えないのに、舞い散る花弁の量もまたぐっと増えている。
 花の嵐とでも言うべきか。

 すごーい、とレナは他の花と桜を見上げ、目を煌めかせている。
 で、あたしもあたしもと、魔法で空に七色の虹など出してみた。
 すると今度はコータが、おおー、と驚いている。
 ランの方も、それでまた対抗意識を刺激されたようで――歌に更なる何らかの力が加わった気がした。
 相乗効果で周辺の花が――凄い事になる。



 暫し後。
 歌の余韻に浸りつつも、今もまだ酒宴は続いている。ランは相変わらず菓子と茶をがっつりと楽しんでおり、ケヴィンはひたすら酒を飲んでいる。コータも時々ランの方に行ったり持参したプリンを食べたりしつつ、暫くの間は酒を飲む皆に酌をして回っていたのだが――ふとした拍子に間違えて自分も酒を飲んでしまい、飲んだ途端にころりと夢の中。…あまりの即効振りにそれもまた芸かと苦笑されたりする。
 そして事ある毎に笑い続けていたレナは酒の力でそろそろ笑いっぱなし――と言う段になった頃。

 女性の目が何処か遠くを見るような目になっていた。
「…悪くねーな」
 ぽつりと呟く。
 その呟きにすぐ気付いたケヴィンは、ちらと女性の方を見た。
 と、女性の方でもすぐに気付く。
「やっぱ誰か居る方が良いもんだな。…てめぇは静かに飲みたいクチだろうがよ?」
「いや。…俺は飲めればどうでもいい。自分が参加するのは面倒だが、莫迦騒ぎを見るのは嫌いじゃないしな」
 言いながらケヴィンはちらりとレナを見る。
 …笑いっぱなし。
 そんな相手とも常日頃からよく一緒に飲んでいる訳で。嘘では無い。
 女性は口許だけで静かに笑う。
「そうかよ。なら良いがな。…ま、いつか何処かであんたらとはまた飲みてぇかもしれねぇな」
 と、言ったところで――聞いていたのか、ランが頷いてくる。
「うむ。私もまた茶と菓子を女御と共に楽しみたいものだ。タダで食べ放題などなかなか無いからな」
 是非また呼んでくれ。
「は。ちゃっかりしてんな」
「当然だろう。この舌が欲求し胃袋が許す限り私は幾らでも食べ続ける覚悟があるぞ!」
「俺ァどっちかってともう気が済んだんだがな」
「なに、それは頂けんぞ! 私はまだ気が済んでいない!」
「…何か本末転倒な事言ってんな。ま、ここでこのまま食ってるのは自由だ。折角の客人追い出しゃしねぇよ」
 ただ、もういつでも帰れるようにはしてあるがな。
 そう続け、女性は――桜の精は、改めて、この場に訪れた四人を俯瞰する。
 四人それぞれの様子を見、桜の精は感慨に耽るように暫し間を置く。

 そしてまた、静かに盃を傾けた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 ■出身ゲーム世界
 整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■東京怪談 Second Revolution
 4778/清水・コータ(しみず・-)
 男/20歳/便利屋

 ■聖獣界ソーン
 3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

 ■東京怪談 Second Revolution
 6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■聖獣界ソーン
 3428/レナ・スウォンプ
 女/20歳/術士

※記載は発注順になっております。
春花の宴・フラワードリームノベル -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年06月14日

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