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『【水無月笛舞幻光〜神楽之都夢現】 』
柚月(ia0063)

●六月模様
 ――六月に結婚する花嫁は幸せになる、と。
 そんな言葉が、世にはある。
 果たして、ソレが本当に幸せになのか……そんなことは、神様にも分かりっこないだろうけど。
 澄んだ空から、陽光が降り注ぐ中。
 目にした花嫁花婿の華やいだ姿と微笑みは、確かに嬉しそうで幸せそうで。

 ……こんな日は、不意にドコカへ出かけてみたくなる。
 ……例えば、ダレカに会いたくなる。

 見上げた雨の合間の青い空に、誰が飛ばしたか紙飛行機がふわりと飛んだ。


●或る、月のない夜の
 梅雨の合間、雨が上がった後に晴れたその日は、少し蒸し暑かった。
 日は暮れても地面の熱気が残っているのか、空気は蒸し蒸しと重く。
「あっつぅい……」
 うめいた柚月は、寝床でくてりとヘバっていた。
 何度かころころ寝返りを打つが、眠気はなかなかやってこず。
「……にゃっ」
 それならと手足を振って、勢いよく立ち上がった。

 神楽の都は、夜でも賑やかだ。
 だがそれは店屋が集中している辺りの話で、日々を暮らす人々の住処がある界隈は一転して静かになる。
 開拓者長屋も灯りが点っている部屋はなく、住人は留守か寝ているのだろう。
 足音を立てぬよう、そっと忍び足で路地を抜け、表の通りへ出る。
 何となく、星でも見ながら笛を吹きたくなって、ふらりふらりと人気のない街をそぞろ歩き。
 気付けば、神楽の外れを流れる川まで来ていた。
 緑の多い川の傍では、渡る風も涼しい。
 まとわりついていた重い熱気を払うかの如く、大きく柚月は伸びをして。
「……アレ?」
 ふと、川岸の原に立つ人影に気付いた。
 月のない夜、星明りだけが頼りだが、街の灯からも遠い場所故か目を凝らせばおぼろな姿が見て取れる。
「……ゼロ?」
 見覚えのある風体に柚月が声をかければ、振り返った相手は軽く片手を上げた。
「よぅ、柚月じゃあねぇか。散歩か?」
「うん、なんだか眠れなくて。笛を吹くのに、イイ場所を探してたんだよ」
 駆け寄っていけば、「そうか」とゼロは笑う。
「ゼロは、涼みにきたのカナ?」
「そんなトコだぜ。どうにも、暑くてなぁ……」
 いつもの具足姿ではなく、身軽な着物の襟元へ風を送る仕草をするゼロに、今度は柚月が笑顔を返し。
 それから何気なく天を仰げば、頭上にはただ一面の星空が広がっていた。
「ナンだか降ってきそうなくらい、凄い星だねっ」
 はしゃいだ言葉に反して、柚月の表情は何故か晴れず。
 長屋を出た時から手にしたままの笛を、胸の前で祈るように握った。
 あんまりに一面の星が綺麗で、不安になる。
 ああ、あの時もこんな夜だった――と、にわかに思い出した。
 大切な人の面影で惑わすアヤカシと、そのアヤカシが見せた懐かしい人のことを。

 ……アヤカシはキライだし、許せないケド。
 懐かしくて、遠い姐様。
 ……ニセモノの笑顔なんて、ダイキライだケド。
 ダイスキだったのに、僕を置いて逝ってしまった、やさしい笑顔。
 星明りだけが照らす夜闇に包まれ、ふっと寂しい想いが浮かび上がった。
 ……どうしよう。今夜は、月が見えない、よ。
 姐様にもらった、「月」が……。
 途端に足元が崩れるような錯覚と掴まり所のない不安を覚え、ぎゅっと目を閉じる。
 その感触を頼りとするように、両手でしっかりと柚月は笛を握った。

「てめぇは本当に、ドコへ行っても笛を離さねぇよな」
 どこか感心したような言葉が聞こえ、目蓋を開く。
「笛は、ダイスキだったヒトに教えて貰ったんだ」
 握る笛に視線を落とし、しんみりとして柚月が呟いた。
「だから……ずっとずっと、大事にしたいんだよ」
「そうか」
 ゼロの返事は、短い。
 話すならば聞くが、話す気がないのなら無理に聞くつもりはないといった風で。
 これも、あの時と同じだ……と、柚月は記憶を辿る。
 心の虚を突き、懐かしくもニセモノの微笑みで惑わすアヤカシ白顔を退治した後。
 見届け役として同行したゼロは、皆の無事さえ確認すれば、それ以上は何も問わなかった。
 川のせせらぎの音だけが、会話の隙間を埋め。
 不確かな気配を振り払うように、柚月は束ねていない長い髪を左右に揺らす。
「そういえば、昼間に結婚式を見たんだよ!」
 突然に話題を変えれば、腕組みをした相手は首を傾げた。
「知り合いか、何かか?」
「ううん、通りがかっただけ!」
 勢いよく否定すれば、からからとゼロは声を上げてまた笑う。
「でも綺麗だったよ、花嫁さん。結婚式って、いいよね……美味しいもの食べれて、綺麗な服も着れて」
「てめぇなら、どっちを着ても似合いそうだぜ」
「そうカナ? 白無垢とか綺麗だけど、ジルベリアのドレスも綺麗だよね」
「……ソッチのどっちじゃあねぇ」
 そんな他愛もない会話をしていると、不意に疑問が湧いて出た。
 じーっと横顔を見ていると視線に気付いたのか、怪訝そうにゼロは柚月へ苦笑を返す。
「どうした?」
「ゼロは、スキなヒトとかいないのー?」
 今度は柚月が首を傾げ、明るく純粋な疑問を投げれば相手は瞬きを二度三度。
 それから組んだ腕を解き、つぃと人差し指を柚月へ向けた。
「……にゃ?」
「てめぇとか、な」
「僕ッ!?」
「ああ。それに穂邑や、長屋住まいの連中だろ。でもって、汀みてぇな長屋へ遊びに来る連中に、茶を飲みながら話す連中。
 それから依頼なんかで肩を並べた奴や、他にも刃を交えた奴とかな。
 後は大伴の爺さまやジェレゾのギルドマスターみてぇな世話になった相手や、市場で店をやってる連中かねぇ? 他には……」
 上げ連ね始めるとキリがない返事に、思わず柚月は吹き出した。
「それ多いよ! もしかして、神楽の都の人全部とか言わナイ?」
「いや、そこまでは流石にねぇと思うぜ? それに、多いって言われても……」
 口の端を上げてニッと笑ったゼロは、向けた人差し指で尋ねた相手の額をぐぃと突く。
「そもそも好きな奴がいるのかって聞いたのは、てめぇだろうに」
「ぐぬぅ、そういう意味じゃナイカラ!」
 片手で額を押さえ、頬を膨らませて抗議しながら、ひょいと柚月は一歩下がった。
 やり込められた感じがして悔しいのが半分と、嬉しいのが半分。
 でもそう答えたゼロの本意は、やっぱり『スキだから』なのカナと、少し思う。
 ……自分だって、ゼロは一緒にいるととても楽しいヒトだし。心地よくて、ダイスキだったりするカラ。
「ところで……」
 そんな柚月の心境を知ってか知らずか、今度は向こうが話を変えた。
「笛、吹きに来たんじゃあねぇのか? もし邪魔になるってんなら、俺はそろそろ帰るが」
「邪魔じゃないよ! ゼロこそ、よかったら聴いてくれる?」
 首を横に振ってから逆に尋ねれば、笑って「応」とゼロは短く答える。
「聴衆が、俺一人でもよけりゃあな」
 適当に草の上で胡坐をかき、すっかり『聞く体勢』な相手に、柚月は笑顔で笛を口元へ寄せ。
 涼やかな川の流れへ、澄んだ音が加わった。
 明るく緩やかな旋律に、じっとゼロは耳を傾けている。
 そのまま、ゆっくりと流れる穏やかな時間の中で、座したサムライは何に気付づいたのか。
 立ち上がったりはしないものの、視線が何かを追った。
 それに気付いた柚月は、ひとしきり吹いた笛の手を止める。
「ああ、すまねぇ。気ぃ散らしちまったか」
「ううん。ナニか、あったのかなって」
 謝るゼロに首を振って、見ていた視線の先を辿ってみると。
 淡い星明りに浮かぶ川岸で、ふぃと緑がかった光が過ぎった。
「あっ……」
「見えたか?」
 思わず柚月が息を呑めば、ゼロは確かめるように聞く。
「うん、見えたっ」
 振り返って目を輝かせた柚月は、もう一度息を潜めて、目を凝らし。
 小さな光が一つ二つ、草の葉の影からふわりと飛んだ。
「蛍だ……!」
 ひとしきり淡い光をくるくると追いかけてから、戻ってきた柚月はすとんとゼロの隣へ腰を下ろす。
「綺麗だよね」
「そうだな」
 短い言葉を交わした後は、何をするでもなく揃って蛍を眺めていた。
 だがはしゃいだ反動で眠気がきたのか、程なくすると柚月はうつらうつら舟を漕ぐ。
「風邪ひくぜ、柚月」
「……うん」
 目をこすりながら柚月は返事をするが、眠ってしまいそうな様子に変わりはなく。
 苦笑しながらぽむりと頭を一つ撫でると、おもむろにゼロは腰を上げた。

 ゆらりゆらりと、夢うつつの狭間で身体が揺れる。
 理由はもうよく覚えてないけど、ずっとずっと昔、こんな風に姐様が背負ってくれたっけ。
 まだ小さかった自分に、その暖かい背中はとてもとても安心できて。
 ゆらりゆらりと揺られながら微睡む柚月は、そのまま心地よい眠りに身を任せる。

 ――その手にしっかりと、一本の笛を握り締めたまま。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia8595/柚月/男性/外見年齢15歳/巫女】
【iz0003/ゼロ/男性/外見年齢21歳/サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「HappyWeddingドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 依頼の方では、いつもお世話になっています。今回は楽しいご縁を、ありがとうございました。

 ほのぼの日常風景ということで、リプレイではなかなか書く機会がないような、他愛もない会話を中心にお届けしてみました。如何でしたでしょうか。
 惜しむらくは、ゼロが夜歩きの際に甘味を供とするタイプでしないあたり……?
『姐様』は以前の依頼での辺りを踏まえながら、ほのかな記憶の輪郭的なイメージにしてみました。が、果たして「おそらく綺麗なおねーさん」であろう人の背と、ゴツい野郎の背中を重ねてみてもいいものかどうか、とも思ったのですが。そこはまぁ、「まどろみの中での錯覚」ということで、お願いします。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
HappyWedding・ドリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2010年06月14日

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