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『メインは豚の生姜焼きで。 』
来生・一義3179)&ステラ=エルフ(NPC4863)



<はい〜。こちらサンタ便でございます〜>
 間延びしたような、幼い声が電話の向こうから聞こえる。
 来生一義は意を決して「あの!」と声をかけた。
「ステラさんですか?」
<あららぁ? その声は来生さんですかぁ?>
 声に微笑が含まれたので、電話の向こうの彼女はきっと微笑んだのだろう。
 一義としても、きちんと憶えていてくれていたので嬉しさは倍増だった。
 配達業を営んでいるステラは多くの人たちと接するだろうし、一度だけ依頼した自分のことなど忘れているかもと危惧してしまったのだ。
<おひさしぶりですぅ。っても、そんなに経ってないですね>
 はにかんだような声に、惑わされそうになった。彼女は幼女ではなく、本当は16歳の少女なのだ。
<今日はどのようなご用件ですか? お仕事ですか? お手伝いでしょうか?>
「あ、いいえ、どちらも違います」
<はひ?>
 受話器の向こうで首を傾げている様子が目に浮かぶようだ。
「実はステラさんを、我が家の食事に招こうと思いまして……」



 先日、一義はサンタのステラのおかげで近所のスーパーまで無事に辿り着くことができたのだが……。
 その際に聞いた彼女の事情……特に食生活面でのことが心配でならなくなったのだ。
 主食がまず「もやし」と言っていたことから、貧乏生活をしているのは想像にかたくない。
 いいや、世の主食・もやしの方々が皆、貧乏というわけではないだろうが……あんなに「おにく、おにく!」と騒ぐ以上は絶対に貧乏だろう。
 買い物に付き合ってくれたお礼が夕食だったのだが、彼女は食事だけで構わないようだったし、なにより一義に心から笑顔を見せてくれた。それが嬉しかったのだ。
 裏表のない態度で接してくる彼女といると楽しいし、食事に誘ってみようと思い立ったわけである。
「それで、ステラさんの都合のいい日を教えてもらおうと思いまして、こうして電話をしたのです」
<え? で、でもいいんですかぁ? そんな、なにもしてないのにお食事に誘ってもらっても>
 予想通り遠慮をし始めるステラに、一義は用意していたことを言う。
「弟が留守なので、一人では寂しくて。一緒に食べていただけたら嬉しいのですが」
<あ、なるほど>
 これまたあっさりと承諾されてしまった。やはりステラは単純だ。
<じゃあえっと、日曜はどうでしょう? その日は何も予定が入っていませんよ〜>
「日曜ですね。じゃあ日曜に、第一日景荘の206号室までおいでください。ではえっと、18時では遅いですか? 17時半に来ていただいても?」
<かまいませんよ〜>
 のんびりした会話が終わり、一義は電話の子機を置いてほっと一安心した。



 ステラが来る日までに食材は用意しておいた。
 やはりメインはステラの好きな肉料理だろう。
(ここはやはり、豚の生姜焼きでしょうかね)
 大抵の人が好きな豚の生姜焼きだが、間違いなくステラも気に入るはずだ。
 それに、温野菜のサラダ。彼女の食生活は偏っているはずで、それも考慮に入れるとバランスよく食事を考えなければならなかった。
 スープも用意し、もちろん手作りでシャーベットも用意した。
(あ、しまった)
 まだありましたね。
 と、一義は下ごしらえを済ませた台所を再び動き始める。
 もう一通り終わっているはずだというのに……と、誰もが疑問に思うのだが、彼は冷蔵庫から大量のミンチを取り出した。
 それにパン粉。タマゴなど。
 材料を見ればなにを作るか、料理をする者ならば一目瞭然なものではあるが……メインは豚の生姜焼きではなかったのだろうか?
 一義は鼻唄までうたいつつ、生真面目にミンチをこね始めた。



 もうすぐ時間だ。
 壁にかかっている17時29分を示す時計を見て、一義はそわそわし始めた。
 もしやどこかで事故にでも? 急に体調が悪くなった?
 考えれば考えるほどマイナス方向に思考が傾いてしまうのだが、「すいませぇ〜ん」と声が聞こえて振り向いた。
 向いていた玄関のほうではなく、反対の、窓のほうだ。
 ソリに乗り、トナカイの手綱を片手で引いている彼女が窓ガラスをコンコンと叩いている。
「ちょっと所用ができて、急いで来たもので……。こっちからお邪魔していいですかぁ?」
「ステラさんっ!?」
 本当にサンタ???
 仰天する一義は慌てて窓を全開にすると、彼女はソリで靴を脱いでぴょこんと室内に降り立った。
 そのままトナカイに「あとで〜」と手を振ると、トナカイは「フン」と鼻を鳴らしてどこかに飛んでいってしまった……いいのだろうか?
 彼女は一義に向き直るとぺこりとお辞儀をした。
「お食事にお招きいただき、ありがとうございますぅ、来生さん」
 にっこりと、くったくなく笑顔を向けられる。
「あ、いえ」
 なんだか照れ臭くなってしまう。ここまで真っ直ぐに感謝を示されるとやはり照れるものだ。
 ステラは鼻をふんふんと動かして目をきらきらと輝かせた。……またよだれが出ている。
「いい匂いですぅ〜!」
「はい。今日は豪勢ですよ」

 テーブルの上には豚の生姜焼き。それに温野菜のサラダ。コンソメスープが並んでいる。
 ステラは棒立ちになり、その光景をまじまじと眺めた。
「す、す、」
「す?」
「すごいですぅ! 来生さんてお料理お上手なんですねぇ、本当に」
 目の中が星が瞬くような、そんな尊敬の瞳で見上げられた。ま、まぶしい。
「さ、座ってください」
「はいぃ」
 座ったステラと向かい合わせになる。二人とも一斉に合掌した。
「いただきます」
 見事に声がハモる。
 ステラは物凄い勢いで食べ始めた。いつもの食生活が「もやし」なら、それも仕方ないことだろうが……。
「ステラさん、急いで食べなくてもおかわりありますから」
「ええーっ! お、おかわりなんてものが存在しちゃってるんですかー?」
 驚天動地! とばかりにステラが物凄いリアクションをとる。
 どの料理も「美味しい美味しい」とステラが嬉しそうに頬張って食べてくれるので、作った一義は照れ臭いやら恥ずかしいやら。
「味付け、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。すっごく美味しいです!」
 手放しで褒められた。これも一義には珍しいことだ。
(ありがとうございます、ステラさん……)
「ごちそうさまでしたー!」
「えっ、早いですね!」



 食事を終え、一義との談笑も区切りがついたので帰ろうと窓からソリに乗り込もうとしたステラを一義が呼び止める。
「あの、ステラさん!」
「はひ?」
 振り向く彼女に、一義はタッパーを渡す。ひんやりと冷凍されているそれに、ステラは怪訝そうにした。
「冷凍したハンバーグが10個入ってます。よかったら食べてください」
「っ!」
 彼女の頬が薔薇色に染まり、涙をだーっと流した。
「う、うわぁん! ありがとうございますぅ! 本当に来生さんてお優しいお兄さんですぅ!」
「あ、そ、そんな泣かなくてもいいですよこれくらいのこと」
「そんなことありません! わたし、もらってばっかりでなんの恩返しもできてません……」
「恩返しは、一緒にご飯を食べてくれたことですからいいんです。それより、よければまた一緒に食事をとってもらえますか?」
「…………」
 唖然、としたステラはソリに元気よく乗り込み、手綱をしっかりと掴んだ。
「はい! わたしでよければいつでも! 来生さんのお願いとあらば、いつでも参上しますよ!」
 にこっ、と笑顔を向けて彼女は「それでは〜」と頭を軽くさげてソリを旋回させ、空高く飛び立つ。
 お土産も喜んでもらえたし、食事も満足してもらえたようだし、一義としては楽しい一日になった。
(ステラさん……本当にサンタさんだったんですね)
 わくわくするような、そんな高揚感を与えてくれる、不思議な少女だった。次はいつ、会えるだろうか……?
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年06月21日

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