▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『過去と未来の交差道』 』
シルヴィア・クロスロード(eb3671)&シリル・ロルカ(ec0177)&フレイア・ヴォルフ(ea6557)&尾花 満(ea5322)

 旅は続く。
 求めるもの。胸に抱く大切なもの。
 奪われた、かけがえのないもの。
 それを取り戻す為の旅はまだ続く。
 目的地はまだ、遙か彼方‥‥。

 キャメロットの王宮図書館は常に静寂が支配する。
 時間の欠片、過去の声を保存する、ある意味、時の止まった世界である。
「ほお〜」
 そこを管理する図書館長は、ある日、一通の手紙を受け取った。
 それは外の世界を旅する冒険者。
 未来からの手紙であった。

●過去の残し文
 イギリスの初夏は国中が花に包まれるもっとも美しい時である。
 道端に咲くカモミールは白い花と、柔らかく優しい香りを風に躍らせる。
 その香りを楽しみながら馬が二頭、静かに、緩やかに街道を歩いていた。
「いい季節ですね。パーシ様」
「ああ‥‥そうだな」
 馬上の一人、シルヴィア・クロスロード(eb3671)は横に輝く、金の光を見つめ幸せそうに微笑む。
 愛する夫の金髪が、太陽の光を弾いているだけであるが、眼を細める彼女の目には別の何かが映っているのかもしれない。
「シルヴィア。ここから少し行った先に小さな町がある。少し早いが、今日はそこで宿を取ることにしよう」
「は、はい‥‥解りました」
 ぼんやりとしていたシルヴィアは、頭を横に振り、真剣な目になる。
 そう言った彼の眼差しが、微かに、だが確かに何かを見つめている気がしたからだ。
「その町に何か、あるのですか?」
「何も無いに超したことはないのだがな‥‥。シルヴィア。この辺の風景にどこか見覚えは無いか?」
 問われて、シルヴィアは改めてあたりをもう一度、良く見回す。
 彼らの前には、一面に草の絨毯を広げた平原が広がっている。
 美しいこの光景は始めて見る物。心が感動している。
 だが‥‥ここに来たことが始めではないと、身体は言っていた。
「あ! ここはもしかして‥‥」
 シルヴィアは声を上げる。
 あの崩れた丘陵。森の入り口に倒れた木々。
「ここは、まさか‥‥」
「そうだ。邪竜最期の地。‥‥覚えているだろう? あの決戦の日の事を」 
 シルヴィアは身を震わせた。言われるまでも無く覚えている。
 忘れられはしない。
 絶望を具現化したような暗黒竜との戦いを‥‥忘れられる筈も無かった。
「あの時ベースキャンプに使った町に人が戻り、大分復興してきているらしい。だが、まだデビルの噂もあるという。本当にデビルの影があるのkだ。‥‥今夜は情報収集だ」
 彼の顔は鋭く、何かを見つめている。
 それはシルヴィアが何よりも愛する騎士の眼差し。
「はい!」
 それに頬を赤らめながら、シルヴィアは馬に跨りなおすと手綱を握る。
 前を見つめ、心は先に進んでいる彼女は気付かなかった。
「懐かしい奴が、お前を待っているぞ」
 彼が、そう言ったことも、不思議な笑顔で、笑ったことも‥‥。


 その丘陵からはソールズベリー平原が一望できた。
 崩れ、その姿を消した古い町、白く輝く新しい町、そして‥‥人の創造を超えた古き巨石群。
「懐かしいねえ〜」
 愛しげにその風景を見つめるフレイア・ヴォルフ(ea6557)。
 横に並んだ尾花 満(ea5322)も感慨深げに同じ風景を眺めていた。
「あれから随分経つけどタウ老は‥‥元気にしてるかねえ」
 フレイアにとってソールズベリーは思い出深い土地であった。
 正直に言えば長く、深く関わった、というわけではない。
 けれど‥‥そこで会った事件とであった人々は、今も胸に残る。
「っと、感慨に耽ってる場合じゃないね。早く行こうか。タウ老に早く会って話を聞きたいからね」
 頭を振って、フレイアは横に立つ夫を促し歩き出す。
 楽しげに踊るように。
「やれやれ。知らねばやきもちを焼くところだ」
 微かに満が浮かべたのは苦笑に近い笑み。
 そうして、彼らは目的の町へと足を踏み入れたのだった。

●懐かしき再会
「あの人は‥‥まさか‥‥」
 シルヴィアは酒場の扉を開け、その場で立ち尽くしていた。
 まだ夜には早い酒場の夕暮れ。
 けれど、店の席は殆ど埋まり客達は楽しげに笑いあっている。
 その視線の先にいるのは、一人の吟遊詩人。
 金の髪に整った容姿、爪弾く竪琴さえ気品を感じさせ、こんな場所では滅多に聞くことが出来ない上級の存在であると知らせている。
 しかし彼は傲慢さを微塵も感じさせず
「さて、次は何を歌いましょうか‥‥」
 気さくに客のリクエストに答えていた。
「おや?」
 ふと顔を上げて何かを見てとると彼は微笑し
「そうですね。‥‥月桂樹を戴く麗しの銀の女神の歌でも歌いましょうか」
 美しい笑顔で微笑んだのだった。

 竪琴が軽やかに歌い、美しい歌声がそれに唱和する。
 ♪‥‥それは輝かしき戦女神。銀の光纏う月桂樹の騎士‥‥

「シリルさん!」
 まだ立ち尽くすシルヴィアに歌い終えたシリル・ロルカ(ec0177)は自分から近づいていくと、躊躇い無く膝を折った。
 そして、高貴な姫君にするようにその手に口付ける。
「お久しぶりです。隊長。お元気そうで‥‥いえ、幸せそうで何よりです」
「どうして‥‥貴方がここに‥‥」
「いくつか得た情報がある、というのでここで落ち合う約束をした。‥‥久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「パーシ様?」
「貴方も‥‥パーシ卿。丹精しておられるようですね。少し安心しました。残念でもありますが‥‥」
「だから、何なのですか? ちゃんと説明して下さい」
 訳がわからないというようなシルヴィアに、二人の男達は何も言わない。
 ただ、視線を交わしあい微かな微笑を浮かべるのみ。
「シルヴィアさん。話は後にしましょう。銀の歌姫の噂は私の耳にも届いています。‥‥どうか、一曲私の竪琴にお付き合いいただけないでしょうか?」
 ワザと話題をずらしたと解るシリルの方向転換と引かれる手に、シルヴィアは珍しく困惑の表情を浮かべていた。
 これ以上の目視を集めるもよくないだろうということは、シルヴィアも感じている。
 だが‥‥助けを求めるように横を見た彼女に、彼女の夫は促すように視線を上げた。
「行ってくるといい。久しぶりだろう。それに、本職を前に手慰みの技を見せる訳にもいかんだろう」
「えっ‥‥でも‥‥」
「お許しも出ましたし、行きましょう。シルヴィアさん」
 あれよという間に中央に招き上げられたシルヴィアは、酒場の人々の注目の中、一度だけ大きくため息をつくと
「では‥‥アーサー王と円卓の騎士の歌を‥‥」
 ピンと背筋を伸ばしたのだった。
「ようよう、姉ちゃん。美人だな。一緒に酒でも飲まねえか?」
 酔っ払いの声をスルーしてシルヴィアはシリルに目配せをした。
 頷いて爪弾かれた竪琴の音色にやがて、澄み切った高音が響き重なる。

 ♪〜輝かしき祖国、剣の国イギリス。
  人々は安息の中、眠りに付く。猛き王と円卓の騎士に守られて〜♪
  
 それは銀の歌姫と噂される女性の魅了の歌声。
 竪琴の調べに乗り、人々の心を暫し夢と憧れの中へと誘っていった。


 ソールズベリーに入った旅人達の多くがおそらく最初に見るのは町に響く、子供達の笑顔。
「あ。いらっしゃい。ソールズベリーの町にようこそ」
 最高の出迎えにフレイアと満は顔を合わせ、微笑みあった。
 子供達が笑える町。それは幸せな場所であろう。
 ソールズベリーは変わらぬ平和の中にあるようだ、と。
 そして声をかける。
「えっと、道を尋ねたいんだけどいいかな? タウってお爺さん、知ってる? その家を探しているの」
 子供達はぴたりと動きを止め、顔を見合わせた。
「タウ‥‥先生?」
「あんた達?」
 困ったような、迷ったような‥‥なんとも形容しがたい表情を浮かべる子供達。
 彼らの様子はフレイアの胸に暗雲を巻き起こす。不安という‥‥
「タウ老人に、何かあったのかい? あたしは古い知り合いなんだ。何か、知っているのなら教えておくれ‥‥。お願いだから!!」
「フレイア!」
 叫びにも似た声で子供の肩を掴むフレイアを満は、静かに制する。
「落ち着け、子供達も困っている」
「満‥‥」
 重ねられた手と触れたぬくもりが、彼女の焦りを静かに諌めてくれる。
「ごめん。‥‥驚かせてしまったみたいだけど、本当にタウ老人に会いたくて、あたし達ソールズベリーに来たんだ。もし、家か居場所、知ってたら教えてくれないかい。お願いだよ‥‥」
 フレイアは夫と子供達に頭を下げて謝ると、子供達の手を握った。
 その真っ直ぐな願いに子供達は顔を合わせ‥‥そして頷く。
「来て!」
 駆け出す子供達。その後をフレイアと満は手を繋ぎ、追いかけていった。
 たどり着いた先は、ソールズベリーの領主館。
 門番もいない、その館に子供達は入っていき、入り口に程近い扉を開けた。
「先生! お客さんだよ!」
「おお‥‥、お前達は‥‥久しぶりだの‥‥」
 ベッドサイドに駆け寄った子供達が、道を空ける。
「タウ‥‥老‥‥」 
 フレイアはそれ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
 ベッドから半分の身体だけを起こして、自分を見つめるタウ老人に彼女は駆け寄ることもできず見つめることしかできなかったのだ‥‥。

●再会の影
 深夜を過ぎた酒場で一人、静かに杯を傾けるシリルはふと、自分の横に来た気配に気付いて顔を上げた。
「待たせたな」
 やってきた円卓の騎士にシリルは微かに会釈する。
「パーシ卿。シルヴィアさんは?」
「眠った。あの騒ぎだ。疲れたんだろう?」
「眠らせたの間違いでしょう? まったく。やきもちを焼くくらいなら手を放すものではありませんよ」
 さっきまでの騒動を思い出し、シリルは苦笑としか言いようの無い笑顔を見せる。

『よお、姉ちゃん。こっちきて酌をしろよ』
『私は‥‥そのようなものではありません!』
『何? おへの酒がのめねえとでも?』
『悪いな。そいつは俺の女だ。手出しはなしにしてもらえるか? シルヴィア。舞台に戻れ。俺が竪琴を引く』
『パーシ‥‥様』

 茶化すように言い、今も含み笑うシリルの言葉をあえて黙殺し、パーシ・ヴァルはシリルに眼で、要件を促した。
 シリルもまたそれ以上を口にはせず、自分が集めてきた情報を記した羊皮紙を無言で広げた。
「クロウ・クルワッハの消滅以降、大きなデビルの出現事例は確かに目に見えて少なくなってきています。しかし、犯罪件数などは決して減ってはおらず、むしろ凶悪化した犯罪の後ろにデビルの気配を強く感じることも多くなってきているようです」
 パーシ・ヴァルは相槌をうちながら羊皮紙に眼を走らせる。
 付記しておいたシリルの所見に頷きながらもその眼は鷹のように、情報が指し示す先を見ているようだ。
「なるほど、な‥‥。大きく動けばクロウのように国を団結させてしまう。それよりも、少しずつ虫を喰わせて行った方が時間はかかるが、確実に力を殺いでいける‥‥か」
「それに邪竜の淀みが完全に消えていないという話もご存知ですか?」
「ああ。かつての黙示録の戦いの時のようにその淀みが異界への道を開くかもしれないという噂も耳にした」
「もしかしたらクロウ・クルワッハが甦るという事は、在りえませんか? そうでなければ既にクロウ・クルワッハは滅んでいるのにその心臓をデビルが必要とする意味がないと、思うのですが‥‥」
「そんなことはありえない!」
 パーシ・ヴァルはテーブルを叩き、珍しく怒声に近い声を上げた。
「あれは‥‥奇跡のような勝利だった。人の意思と力、全てが合わさりあってできた‥‥な。‥‥おそらく二度とは望めまい」
「パーシ卿‥‥」
 去っていった友、旅立っていった仲間を思い、噛み締めるように呟く彼にシリルは余計なことを言うのは止めた。
「そうですね。そうならないようにするのが今、私達が為すべきことでしょう」
 微笑むシリルにああ、と頷いてパーシは情報のすりあわせを続ける。
「しかし、随分と裏の方まで調べたのだな。ありがたいが‥‥大丈夫なのか?」
 いくつかの情報を指し示しながら言うパーシにシリルはにっこりと笑うだけ。
「ええ。お気遣い無く。でもできるなら、シルヴィアさんには内緒にしておいて下さいね」
 シリルの思いを知っているから、よく解っているからパーシはまた、ああ、そう頷いた。
「だが無理だけはするなよ。お前に何かあれば‥‥あいつは悲しむだろう」
「おや? 貴方にそう言って頂けるとは‥‥光栄ですね」
 一瞬眼を丸くしたシリルであったが、やがて天使のような微笑を浮かべる。
「茶化すな。あいつがそういう奴だという事はお前も良く知っている筈だ」
「はい。だからこそシルヴィアさんは私の太陽なのですよ。あの日の誓いは今も変わる事無く」
「俺の前で、良く言えるな」
 苦笑するパーシにシリルはけろっとした顔である。一欠けらの罪悪感も見せない。
「隠す必要はありませんから。なんなら今からで‥‥」
「話はまだ終っていない。こちらの情報について説明してもらおうか?」
 明らかに、ワザと、意図的にパーシは話の方向を変えた。
 それを感じ、肩を竦めたシリルははい、と頷いて再び話に戻った。
 窓から覗く外は、もう紫色に白み始めていた。

 こちらはまだ夜。
「じゃあ、もう遅いから戻るよ。おやすみ」
「ああ。またの」
 そんな会話とともにパタン。静かに扉が閉まった。
 だが足音が続いてくる様子は無い。
「‥‥満」
「フレイア‥‥」
 フレイアは夫の胸に頭をつけながら声を噛み殺して泣いていた。

 フレイアが、タウ老人と最初に出会ったのはもう五年以上前。
 まだ駆け出しの頃に助け、助けられた老人は老いてはいても、強く、明るくかくしゃくとしていて彼女の心を励ましてくれる存在であった。
『後添い候補にどうだい?』
 と半ば冗談で言った言葉も決して考えもしない嘘、だった訳ではなく、彼女は本当に彼が好きだった。
 その感情は恋愛ではないにしても、人として好きだったのだ。
 時は流れ‥‥自分は満と結婚した。
 ソールズベリーもいくつもの騒動を超え、今は纏まった良い町になっている。
 領主も結婚し、子供が産まれたと聞く。
 それを見届け、まるで自分の役割を終えたというように彼は病に倒れた。
 そして‥‥以降歩けなくなった彼は、今は静かにベッドの上でその命の終焉の時を待っているという。
「ねえ‥‥満。人が人の運命を変えたいなんて‥‥傲慢なのかな」
「フレイア‥‥」
 漆黒の帳に満天の星が煌く空を見つめ、フレイアはぽつりと呟いた。
 自分達、パーシにシルヴィア。シリル。
 そして多くの者達がトリスタンの心臓奪還の為に動いている。
 けれど、間もなく消えようとしている命に自分はなす術がない。
 フレイアの目に涙が溢れた。
 それでも‥‥死んで欲しくなかった。受け入れたくないのは我侭だと解っていても死んで欲しくないのだ。
「そうだな‥‥本当は、人の命の終焉というものは誰にも、自分自身でさえ本当はどうにもならない、神というものがいるならその領域なのかもしれない」
 満はフレイアを強く抱き寄せる。
「けれど、だからこそ人は精一杯生きなければならない。最後の時に残す悔いが一つでも少なくなるように‥‥タウ老のように全てを終えて静かにその時を迎えられるように‥‥」
「‥‥満」
「トリスタン卿も、そして勿論拙者たちも、まだ命を使い切ってはおらぬ。全力で生きねばタウ老人に笑われるぞ」
 腕に伝わってくる、思い。そしてぬくもり。
 フレイアはそれを感じ、もう一度涙を流した。今度は声を上げて。
 自分の、そしてタウ老人の為に流す心からの涙。
 彼女を深く抱きしめながら満は、その輝きはあの星よりも美しい。
 そんなことをぼんやりと考えていた。

●別れのその先
「手配ありがと。じゃあ、あたしたちは行くから。でも又来るよ。その時まで‥‥元気でいておくれ!」
「ああ。楽しみにしておるよ」
 手を振るフレイアに、見送る方も身体を起こして笑顔で手を振った。
 領主の妻も、子供達も笑顔。その笑顔にフレイアも笑顔で答えて、静かに部屋を出た。
 大きなため息一つ。
 だが、
「よーし!! 落ち込んだりもたもたなんかしている暇はないね。とっととトリスタン卿の心臓を取り戻さないと。次はシャフツベリーだ!」
 自分自身に気合を入れるように声を上げるとフレイアは歩き出した。
 彼女の手にはシャフツベリーや周辺地域への紹介状が握られているし、頼んだこの近辺のデビルなどの情報や伝説なども教えてもらうことが出来た。
 情報収集の収穫としては十分である。
「ああ‥‥そうだな」
 満は元気を取り戻したフレイアを優しく見つめ、頷いた。
「早く、トリスタン卿を助け出し、再び挨拶に参ろう。その時は‥‥四人でがいいかな?」
「もっと多くてもいいよね。皆で行こう! きっと、喜んでくれるから」
 館を出たフレイアに日の光が注ぐ。
 フレイアは一度だけ振り返った。開かれた窓から老の笑顔と手を振るのが見える。
 フレイアはもう一度だけ手を振って、館に背を向けた。
 そして歩き出す。今は振り返らない。
 彼との出会いで得たもの。そして教えられたこと。
 それらを抱きしめて、前を向いて彼女は歩き出した。
 未来に向かって‥‥。

「フレイア。そう言えば図書館にも資料収集を頼んであった。近いうちに見に戻らないと図書館長が怒るぞ」
「え〜! ウィルトシャーからキャメロットまでどのくらいあると思ってるんだい? まったく、落ち込んでる暇もありはしないよ」
 
 ほぼ同じ頃。
 シリルは一人、町を離れていた。
「あとはお二人にお任せしましょう」
 小さく浮かべた笑みは、どこか寂しさを湛えている。
 眼を閉じる彼の目蓋の下に浮かぶのは、銀の女神の歌声と笑顔。
 だがそれを紡いだのは自分ではない。
 竪琴の腕は、自分の方が遙かに上。
 けれど彼女の最高の笑顔と、明るく美しい恋歌を紡いだのは彼女が愛する男の竪琴であり、歌であったのだから。
「まったく。彼女の笑顔が少しでも萎れていたら遠慮しない、と思っていたのに」
 遙かに美しくなっていた月桂樹の女神。
 彼女の笑顔を、もう一度胸にしまってシリルもまた歩き出した。
 彼の行く道は彼女は知らなくて構わない。
 己に誓った約束を胸に彼もまた未来へ向かって歩き出した。

 そして
「邪竜の淀みの一部が、この町の近くに?」
 戦支度を整えたパーシ・ヴァルはシルヴィアの問いに頷いた。
「ああ‥‥それに引き寄せられて下級デビル共が集まっている、という情報があった。調査し、町に危害が出ないように潰す。‥‥行くぞ」
「はい。勿論です!」
 ドレスを脱ぎ捨て、鎧をまといシルヴィアはパーシの横に立つ。
「あ‥‥でも、シリルさんは?」
「今は、気にするな。奴は、奴のするべき事をするだろう。俺達は俺達のやるべき事をやるだけだ」
「はい!」
 そして彼らは飛び出していく。
 すれ違った者も、あれが昨夜の銀の歌姫と吟遊詩人だとは思いもしないだろう。
 だが彼らの行動はやがてシリルが歌わなくても一つの物語として語り継がれていくに違いない。

 そしてキャメロット。
 宮廷図書館を守る図書館長は頼まれた資料を揃えながら、静かに笑った。
 彼らがこれを取りに来る事はまだ当分の先であろう‥‥。と。
 前を見て走り続ける彼らに過去は似合わない。

 旅は続く。
 目的地はまだ、遙か彼方‥‥。
 先は見えない。
 けれど彼らは歩み続ける。
 いつかたどり着く幸せの未来を信じて。
WTアナザーストーリーノベル -
夢村まどか クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年06月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.