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『先へと続く1日のお話 』
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)&小鳥遊 郭之丞(eb9508)&クリス・ラインハルト(ea2004)&御陰 桜(eb4757)



『よお‥‥騒がしいと思ったら、懐かしい顔がいるじゃねえか』
『もう一度お前と戦うために来たんだ。お前を‥‥越えるために!!』

「――って言ってるみたいだねぇ♪」
 楽しそうに笑うシルフィリアは、にらみ合う青年うしゃぎとボスうしゃぎを、身をかがめて覗き込んでいる。おかげで豊かなお胸がたゆん、と。
 そこへもう一組のたゆんが増える。青年うしゃぎ「小春」の飼い主、桜である。
「あらあら、張り切っちゃってるわねぇ。でも、無理もないかしら? 二年越しの再戦なんだもの」
 青年は強者に打ち勝って進むもの。
 一方、群れを率いるボスは、その誇りにかけて負けるわけにはいかない。
 手に汗握る戦いである。ボスの友であり、彼の率いる群れの構成員全員の友でもある良之助も、観戦の輪へと加わった。
「大将が勝つよ! 大将は強いもん!」
「そうね、でもおネエさんの小春もこの二年でかなり強くなったわよ? もし大将ちゃんが堕落してたりなんかしたら、小春が勝っちゃうかも」
「大将はなまけてなんかなかったよ!」
「ほらほら二人とも、始まるよ」
 勝利を目指す二匹は、横に並んで後ろ足を踏ん張っていた。進み出たのは江戸の街の一角でガキ大将をしている正太郎。白い手ぬぐいを持つ手を天に掲げたかと思うと、一気に振り下ろした。
 空を切る手ぬぐい。同時に二匹が走り出す。向かう先は前方、正太郎の子分たちが横に広げる手ぬぐいだ。
 走る走る二匹のうしゃぎ。応援する人間達の声にも熱が入り、誰がどっちを応援しているのかもわからない――いや、どっちも応援していることだって考えられる。ゴールで待つ群れうしゃぎ達でさえ、テレパシーの力を持つシルフィリアの指輪をもってしても、どちらを応援しているのかわからないのだ。
『ふ、腕を、いや脚を上げたな若造!』
『冒険者に飼われるということがどれほどのものか、今日こそ示してやる!』
 短く言葉を交わしたかと思うと勢いを増す。最後のスパートだ。ぴすぴす動く鼻先にゴールの手ぬぐいがぐんぐん迫る。
『――負ける、もんかああああっ!!』
 草食動物にあるまじき咆哮とともに、小春がより一層の力を込めて大地を蹴った。どこにそんな余力がと目を見開く大将の前で、小春の体は、勢いそのまま、手ぬぐいに突っ込んでいった。



 街道近くの小さな家の勝手口には、丈夫な囲いに覆われた立派なうしゃぎ小屋がある。野良だった群れうしゃぎ達が、良之助の優しさと良之助の母親がくれる餌に惹かれて集まり、気ままに暮らしている。真横で多数の人間が茣蓙を広げ、重箱やお菓子を並べて歓談していても、なんら動じることはない。それどころかシルフィリアのお土産である新鮮な人参と道中で摘んだ花の束に集まっている。
「どの世界でも、真摯な競争は素敵ですね。ボクも一緒に走りたくなっちゃいましたっ」
「だっ、ダメだぞクリス殿! 走るのはダメだ!」
 おなかの大きなクリスが興奮しながら言うものだから、何かあってはいけないと彼女をなだめる郭之丞。しかしクリスはあっけらかんとして、大丈夫大丈夫と笑うばかり。
 興奮さめやらぬのは小春も子供達も同じだった。忍びの術により体臭を人参の香りへと変えた桜の膝の上で鼻をすぴすぴすぴすぴさせまくりの小春に、その小春の口元へお祝いだと野菜の皮や菜っ葉を差し出す子供達。ボスうしゃぎはというと、小屋の中に引きこもり、姉御肌のメスうしゃぎから毛づくろいされているようだ。
「いやぁ、しかし本当にすごかったねぇ」
「ああ、すごかった。揺れに揺れて」
 目を細めてゴールの光景を思い出すシルフィリアのその隣で、同じように、しかし別の何かを思い浮かべる守国は、即座に全員の視線を浴びた。
「俺知ってるぜ。このおっちゃん、シルフィリアと桜のムネ見てた」
「おっちゃんとは聞き捨てならないね。せめておじ様と呼びなさい」
「誰が言うかよ、そんなムズがゆい台詞」
 正太郎が重大な情報を告げ口するも、守国が咎めたのは重要度が低いと思われる事柄だった。真剣な表情で言うものだから毒気を抜かれてしまったのか、誰もその点にツッコミを入れることはない。
 そう、ただひとり、守国の妻である郭之丞を除いては。
「守国殿!? シルフィリア殿と桜殿のむ、ム、胸を見ていたとはどういうことだっ、説明してもらいたい!」
 その気になれば小鬼を一撃で葬れるような新妻から着物の襟を掴まれ、守国はガクガク揺さぶられる。
 老舗呉服屋の一人娘として箱入りに育てられた小鈴が二人はどうしたのかとシルフィリアに尋ねる。そして、そっと耳をふさがれた。両の目はクリスが覆った。桜は困っているように見えるが楽しんでいるような気もしないでもない。
「揺れる胸があったらつい見てしまうのが男の性だ。そこの少年もそのうちそうなる」
「俺に振るなよっ」
「正太郎はいい子だぞ。時にはいたずらもケンカもするが‥‥だがいい子だ! そんな大人にはならんっ」
 全く意に介さない夫とその様子に納得ならない妻、そして巻き込まれる少年。その他の者は、自分も巻き込まれては大変と、生暖かく見守ることにした。
 そうしてわいわいと食事に戻る。クリスがとっておきのお菓子を並べたのはとても良いきっかけになった。
「こっちはみんなも知ってる、江戸の月。そっちはパリから運んできたシトロン蒸しパンなのです」
「‥‥むしぱん?」
 解放された小鈴は聞き慣れない単語に首を傾げました。
「蒸して作るパンですよ。焼いて作るパンとは食感が違うんですが、それがまた乙な感じで、おいしいのですよー」
 パンは知っている小鈴。とりあえずちぎってみると、焼いたパンのような表面のパリパリ感はないものの、中身の詰まったふんわり感はたっぷりだった。
 きらきらと目を輝かせる少女の姿に、クリスもシルフィリアも胸を撫で下ろす。ふたりの頭上にはうしゃ耳がぴょいんと立っているのだが、その理由のひとつは群れうしゃぎに溶け込むため、もうひとつは人見知りである小鈴に怖がられないためだ。シルフィリアは小鈴とは何度も会ったことがありお姉さん認定も受けているので、うしゃ耳は必要ないといえばないのだが――
「はい、小鈴ちゃん」
「わっ‥‥」
 シルフィリアは自分のうしゃ耳を外すと、小鈴の頭につけた。可愛い可愛い子うしゃぎの誕生である。仲間だ仲間が増えた、そんな風な様子でうしゃぎ達が小鈴に近寄ってきた。
「うちの夕ちゃんとどっちがカワイイかしら? ううん、並べば二人とももっともっとカワイイわね♪」
「カワイイー♪」
 赤い髪の妖精さんの頭には、手作りなのだろう、ミニサイズのうしゃ耳が乗っている。主である桜の言葉尻を真似しつつ、小鈴の周りを飛び回る。
「あぁっ!? 私が見ていない隙になんて愛らしい姿を‥‥!」
 そこへ愕然とした声が響いた。犯人は郭之丞である。旦那を締め上げているつもりで膝の上に乗せられていることには気がついているのかいないのか。気づいていたなら恐らくは素面ではいられないだろうが。
「僕ももらったよ、おそろいだよ」
「‥‥ほんとだぁっ」
 シルフィリアの道具袋にはまだまだうしゃ耳のストックがあるようで、良之助にも長い耳が生えていた。おそろい仲間が増えたことに喜び、手を取り合ってにこにこ笑っている。どうも同じタイプの人間らしい。
「ちっ。男のクセにそんなんつけやがって」
 真逆のタイプであるところの正太郎がけちをつける。間髪いれずに子分三人とシルフィリアと桜がにやにやして、クリスがひときわ明るい笑顔になった。
「正太郎君はもう少し素直になったほうがいいと思うのです。あんまり意地悪さんだと、女の子に嫌われちゃうのですよ?」
「きっ‥‥いや、俺はっ」
「騒ぐのは食べ足りないからだろう。こっちもどうだ」
 頬の筋肉を引きつらせる正太郎に、仕方ない助け舟を出してやるかと、気を取り直した郭之丞が虎の子を出してくる。新たなお重の登場である。
 直後、その場にいる大多数の動きが止まった。
「ん、どうした。遠慮せずに食べていいんだぞ? 今日は育ち盛りがたくさんいるから、食べ物もたくさんあったほうがいいと思ってな」
 視線を交わす。その示すところは‥‥誰か味を見てみろ。頷く者はいない。何が起きているのかわからない良之助はぱちぱちとまばたきを繰り返している。
 ふたが開かれのぞいた中身は、ひとまずまともな様相を呈している。野菜の大きさが揃っていなかったり各所に焦げ付きの後が見られたりするものの、とりあえず食べることはできそうな見た目である。
 だからといって食べられる味であるかどうかはまた別の話だ。ゆえに皆、手を出すことがはばかられている。
「そんなに警戒する必要はないさ。うちの台所係が毎日必死で教えているからね、まずくはなくなっているよ」
 余裕綽々の守国から助け舟が出されれば、おおーっと歓声が上がった。それはどういう意味だと郭之丞がふくれっつらに戻りはしたものの、お重の中身が少しずつ減っていったのは、間違いなく守国のおかげであろう。



「ほら、こうスルのよ」
 桜は夕に、膝の上でくつろぐ姐御うしゃぎを毛繕いしてみせた。気持ちよさそうな表情、つやつやの毛並みの姐御うしゃぎに、夕の細い細い腕が伸びる。姐御うしゃぎの瞳がちらっと夕を確認した。ふっ、とため息をついたところから察するに、夕のやり方はお気に召さないらしい。
「手が小さすぎてダメなのかしら‥‥あら? 夕ちゃん、ちょっとどいてくれる?」
 何かに気づいた桜、姐御うしゃぎのおなかが見えるように抱き上げてみた。おっぱいがふくらんでいるような。
 うしゃぎ小屋の中を覗いてみると、ようやく毛の生え揃ったくらいの赤ちゃんうしゃぎ達が干草のベッドですやすや眠っていた。

「あなたにもカラダを許せるオトコがいたのねぇ‥‥」
 群がる男を蹴り飛ばしてなお群がられていた、気高い姐御うしゃぎ。それが母親になったのだ。しみじみもする。父親が誰であるかは不明だが、素の自分を出せる相手であることは間違いないだろう。桜自身がそうであるように。
「どうしたんですか、桜さん。って、おーっ! かわいいのですー!!」
 桜の肩越しからクリスも小屋を覗いて驚いた。
「‥‥」
 振り向いて、うしゃぎ達との追いかけっこに興じる子供達を眺めて。クリスは自分のおなかを愛しげに撫でる。
「‥‥ボク達がこの数年頑張れたのも、この子たちに渡す未来の為かもしれないです」
「確かに、『今』を守るためだけだったら挫けちゃったかもしれないわ。それくらいには大変だったわよねぇ、イロイロと」
「はいです」
 姐御うしゃぎの鼻が鳴った。同意したいのだろうか。桜とクリスは顔を見合わせた後、つい吹き出してしまった。
「あたしも赤ちゃんほしくなってきちゃったかも」
「我慢しなくちゃいけないことが出てくるので、大変ですけどもねっ」
「この数年とどっちが大変かしら?」
「むむ。それは難しい質問ですねえ」
 大変だった時のことを笑いあえるのも、今が充実していて未来があるからだ。ゆえに二人は楽しく笑いあった。

 少年が集まれば力比べが始まる。集まった少年の中にガキ大将と新入りが含まれていれば、それは必然と言えよう。
「あの‥‥?」
「さっき水を汲みに行った小川で石を拾って、先にここへ戻ってきたほうの勝ちだ。お前は年下だから五秒くれてやる。ありがたく思え」
 勝手に決められてまごまごする良之助も、よーいどんには反応した。正太郎とその子分たちの予想を軽く飛び越える速度で、それこそ飛ぶように走り去っていく。
「なあ正太郎」
 冷や汗を一滴たらした正太郎に子分の一人が声をかける。
「思ったんだけど、毎日水汲みに行ってる川までの道のりってことは、あいつの庭みたいなものじゃないか? 元からあいつにすごく有利なんじゃないか」
「え」
「五秒経ったぞー!」
 明確な返事をする前に無理矢理出発させられた正太郎は、小川に到着する少し前に、戻ってくる良之助とすれ違ったという。持ち帰ってきた石も、正太郎のほうは小さく形もいびつだったが、良之助のほうは水切りで向こう岸まで渡せそうなほど形の良いものだった。
 なんとも微妙な眼差しで見下ろす子分へ、しかし正太郎は直前に話しかけるからだと悪態をつくことはなかった。今度は同時に走り出すという条件で再戦を申し出た。
 地面に這い蹲ることもなく多少の休憩のみで再び全力疾走をこなすなど、冒険者たちと初めて出会った頃の彼ではありえなかったであろう。これも郭之丞らから習った無駄のない体さばきのおかげなのか。もらった刀を今日持ってくるということはさすがにしていないが、そう遠くない将来で、本来の‥‥武器としての刀の扱い方を学びたいと言うようになることもあるだろう。



 近所の林では守国と郭之丞が散歩をしていた。彼らの住まいである鎌倉は、まだまだ復興の途上にある。鶴岡八幡宮の主として新しい藩主を支える守国は毎日忙しく、そもそも基本的に誰かがすぐそばに控えているような環境のため、新婚といえど二人で落ち着いた時間を持つことはなかなか難しい。今日は久方ぶりの逢引と言えよう。
「――守国殿」
 やはりたまにはこういう気ままな時間も必要だとかいう他愛のない会話の切れ目に、それまでとは全く異なるか細い声で、郭之丞は夫の声を呼んだ。
「どうした?」
「その、なんだ‥‥シルフィリア殿や桜殿とまでは行かないかもしれんが、今よりは大きな胸になれると思う」
「胸にこだわる必要は別にないんだが」
「いや、そうではなくてだな、何と言えばよいのか。まだはっきりしていないから言いづらいというのもあるのだが‥‥」
 郭之丞の言葉はどうにも煮え切らない。心なしか頬が赤らんでいるようにも見える。
 守国が困ったような表情になったので郭之丞はますます焦ってしまい、さらに言葉が出てこなくなった。
 さらに郭之丞は守国の困り顔を見たくなくて、うまく伝えられない自分が申し訳なくて、すっと視線を外した。すると守国も自分がどんな顔をしているのか察したのだろう。自分の眉間をもみほぐすと、次に郭之丞の頭を軽く撫でた。
「‥‥こっ‥‥子供が、だな‥‥恐らく‥‥」
 促されてようやく、改めて守国を正面から見据えた郭之丞の口からは、ぽろぽろと言葉がこぼれ出た。
 刹那、守国が固まり、すぐにまた動き出した。あたたかい腕を伸ばし、郭之丞を抱き寄せる。
「やはり男の子のほうが良いだろうか」
「どちらでも構わないよ。問題はないからね」
 自身の経験もあってかの郭之丞の質問は何の心配もなく決が下され、
「ああでも、両方ほしいかな。息子としかできないこと、娘としかできないことが、あると思うから」
 即座に別の問題となって浮上した。最低でも二人。

「郭之丞おねえちゃん‥‥お母さんになるの?」
「そうみたいだねぇ。おめでたいじゃないか♪」
 空の彼方はうっすらと朱に染まり始めている。そろそろ各自の家に戻る頃合だからと呼びに来てみれば、シルフィリアと小鈴は大きな瞬間に立ち会ったようだった。繁みに身を隠しながらのひっそりとした同席ではあったが、祝いを述べるために今出て行くのも野暮というものだろう。
「小鈴ちゃんだっていずれはお母さんになるんじゃないかい?」
「‥‥んー‥‥まだわからない‥‥けど、母様みたいにはなりたいと思う」
「そっかあ」
 小鈴は少し前に、そうとは自覚せずに初恋を経験したばかりだ。これからもいくつかの恋を経験するだろう。その相手は現在身近にいるかもしれないし、まだ見ぬ誰かかもしれない。
 いずれであっても自分はやきもきせずにはいられないだろう、と、シルフィリアは自分を分析する。成長した美しい小鈴の姿を構築して脳裏に思い浮かべながら。他の皆もきっと似たり寄ったりの対応をするだろうことは想像に容易い。その日が早く来てほしいような、可能な限りゆっくり来てほしいような、矛盾した気持ちはすでに母の領域に近いのかもしれない。
 成長を見守るというのは素敵な行為だ。それを守る一助を担った自分を誇らしく思いながら、友人夫婦に声をかけるタイミングを見計らう。生まれた暁にはノルマン渡来の玩具を贈るのもいいかもしれない――お祝い品を何にするか、さっそく案を練り始めたシルフィリアだった。
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Asura Fantasy Online
2010年06月25日

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