▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『花微笑う春の日に祝福を 』
ライラ・マグニフィセント(eb9243)&シェアト・レフロージュ(ea3869)&イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)

 その年の春は、少し肌寒い日が続いていた。
 元よりパリは暖かい地方ではない。だからこそ春の訪れは喜ばしく新しい門出にも相応しいように思えた。
 そんな‥‥5月の、ある日。
「‥‥寒くない? ライラ」
 太陽のように笑う青年ではない。どちらかと言えば、この春の日差しのように微笑む穏やかな気性を持った男だ。
「大丈夫‥‥。こう見えて、実は厚着なのさね」
「そう。‥‥そう言えば、腰の辺りが少し円い気が」
「余りじろじろ見られると照れるんだが‥‥。この詰め物は最近の流行りだとフィルマン卿がおっしゃってな」
「ジャパン製の怪しげな物では無いよね?」
「多分‥‥大丈夫だろうと」
「アルノーさん、アルノーさん」
 2人の男女の会話に、シェアト・レフロージュ(ea3869)がくすくす笑いながらやんわりと割って入った。本当は2人の会話をずっと聞いているだけでも幸せで、邪魔はしたくないのだけれども。
「そろそろお時間ですから、新郎側のお席へ。ライラさんは、『お父様』の所へ行きましょうね」
「そうだな‥‥。では、又後で」
「ライラ。今日のこの日を迎えられた事‥‥」
 アルノー・カロンに真っ直ぐ見つめられ、ライラ・マグニフィセント(eb9243)はドレス姿のまま姿勢を正した。
「君と、神に感謝する。有難う、ライラ」


 ライラには父親が居ない。母親と母親の仲間達に育てられた彼女が故郷のイギリスを離れ、ノルマンにやって来たのはそう昔の話ではなかったが、彼女自身この地で生涯の良人を見つける事になろうとは思っていなかっただろう。しかも、相手は貴族で騎士。
「イギリスの下級貴族の家ではあるんだがね。さて‥‥単親である事が弊害になろうかどうか」
 ライラの母親、イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)はイギリスで今も冒険者をやっている。騎士であり船乗りであり冒険者である彼女は、娘の結婚式を控えて数日前にパリに来ていた。
「私は貴族の出ではありません。庶民である私を養子として迎えて下さった父上、母上がそのような事を気になさるとは思えません」
 挨拶の後にそう切り出したイレクトラに、アルノーはきっぱりそう告げる。
「そうか‥‥。ふむ‥‥良い伴侶に巡りあえたようで、何よりさね」
「伴侶‥‥」
 その言葉で、アルノーは我に返った。
「イレクトラさん」
「何さね?」
「正式に申し込まねばならぬ所、このように間近になって改める事、お許し下さい。ライラ・マグニフィセント殿に我がカロン家へ嫁いで頂きたい。我、アルノー・カロンは神と貴女に誓いライラ殿の一生を守り抜き、マグニフィセント家の名を穢す事無く努めます」
「確かに今頃さねぇ。けど、まぁ仕方ないさね。あたしもアルノー卿も騎士だ。国を簡単に離れるわけには行かないさね。あの子が決めた事だ。それに間違いは無いと思うさね」
「感謝します。『母上』」
「そんな硬い言い方も無しさね。それよりも‥‥あの娘の父親の事を教えておこうと思うがね」
「‥‥ライラ殿はお父上の事を知らないと」
「教えた所で、どうにもならん話だ」
 イレクトラの言葉に、アルノーは真剣な眼差しを向ける。
「ランスの白教会に籍があった男さね」
「ランス‥‥ですか」
「形式と権勢が優先されて本来の教えがおざなりになる白教会を何とかする為に、努力を積み重ねている頑固者さ」
「‥‥それで、離れて暮らしておられるのですね」
「さて、あの娘も密かに負けず嫌いだからね。どこか似ているのかもしれないな」
「彼女の意思の強さは賞賛に値するかと。あの揺れない真っ直ぐな気持ちに、私も真っ直ぐ歩んで行こうと言う気持ちになります」
「あの娘が役に立っているなら何よりさね」
「お父上に‥‥」
 イレクトラはさっぱりした表情で話をひと段落つけたような顔をしていたが、アルノーが話を続けたのでそれを見やった。
「この式に来ていただく事は出来ないのでしょうか。ライラ殿の事をご存知ないとしても、父からの祝福は、何物にも替え難いのではないかと。そう、思うのです」


 もう一つ、単親であるという障害以外にライラが懸念していた事があった。
 それはブランシュ騎士団橙分隊長であるイヴェットに以前、『あれはまだ騎士として未熟者だから貴女に釣り合う男ではない』と言われた事。アルノーの事を一人前として認めて貰いたいとライラはずっと思っていた。
 だが冬の日のあるパーティ時に、一応は認めたようだ。それは彼女自身の心境の変化もあったのかもしれないが、
「一人の男として貴女を引っ張り守ろうとする心意気が、最近はよく表れるようになってきたと思います。誰かを守る為には強い意志が必要ですが、あの男はそれを表に出すだけの意思が薄かった。元より誰よりも守りたいと思う気持ちは強かったようですが‥‥」
「アルノー卿はまだ若輩者と呼ばれる立場かもしれない。けれども、あたしにとっては共に歩く人として、あの人が進む先を見守り支え帰りを待つためにその場所を守ると誓ったあたしにとっては、頼れるし頼って欲しい相手さね」
「貴女は本当に強い人です。あの男を、宜しくお願いします」
 そう言って微笑んだイヴェットは、柔らかい表情をしていた。
 そうして、ライラとアルノーの結婚式の日を迎える事となる。


 式場は白教会。披露宴会場として旧聖堂が選ばれた。
 前もってライラが自店ノワール自慢の料理と菓子を用意し、それを給仕達が会場へと運ぶようになっている。しかし当日に作るべきものもあり、それについてはあらかじめレシピをシェフに渡して作ってもらっていた。
「ライラお姉さんが結婚‥‥。とっても嬉しいですけれど、少し複雑な気分です」
「あらあら。ジュールさん」
 参列者はかなりの人数となった。双方の親族、双方の親しい友人、そして橙、緑、紫分隊の者達が数人ずつ参列している。ブランシュ騎士団は元より全員が都に揃うことは無いと言われるほど、各地へと修行や仕事で飛び回る騎士達だ。どうしても参列できなかった者も居たことだろう。
「その‥‥シェアトお姉さんは、初めて会った時からお相手が居ましたし‥‥」
「ふふ‥‥ジュールさんも、少し大人になられたのですね」
「そうでしょうか‥‥。これからもノワールで気軽に食事できるんでしょうか」
「勿論できますよ。今度、一緒に行きましょうね」
「はい!」
「食い物の話をしているのじゃ」
「ドミルさん」
「こんにちは。娘さんにお子さんが産まれたそうで、おめでとうございます。女の子ですか? 男の子ですか?」
「双子なのじゃ」
「一度で二度、喜ぶことが出来てとても素敵な事だと思います」
「そうなのじゃ。お前さんはいつ子供産まれるのじゃ? 知り合いに子供がどんどん生まれそうで、わしも大忙しなのじゃ」
「何か作っているんですか? 師匠」
「この世に生まれてくれた記念に、指輪をプレゼントしているのじゃ。愛弟子にも相手が出来たらのぅ‥‥。今のわしはそれが一番気がかりなのじゃ‥‥」
「慌てなくても、きっと時が来れば素敵な人が見つかりますよ」
 シェアトの幸せそうな微笑みに、ドミルは大きく頷いた。
 彼女は本当に幸せそうだ。胸元に『聖夜の雪』と呼ばれる花を飾り、この祝いの場所で誰よりも幸せそうに微笑む。それは、今までどこか儚げだった彼女を知る者にとっては、少し驚くような事かもしれない。
「‥‥間に合ったようだね」
 間も無く式が始まろうかと言う頃、ジュールの席の隣に1人のエルフが座った。
「先生。何処へ‥‥?」
「ベルトラン様もお越しになったのですね」
「花婿から頼まれたものを届けに」
「?」
 神聖騎士ベルトランの声に被さるようにして、賛美歌が始まる。皆が扉へ向き直る中、ゆっくりと扉が開いた。一際澄み渡るような鐘の音が聞こえ、光を浴びた娘の姿がそこに現れる。白き衣は彼女の純白の心の証。そのドレスを縁取るように、夜空を思わせる飾りが部分的に。開いた胸元を隠すようにしてショールが掛けられ、色を透かすヴェールがそれを柔らかく包んで色を成す。
 花嫁は『父親役』に引かれ、ゆっくりとその道を歩んだ。緑の剣帯が揺れる。皆が見守る中、2人は白い甲冑姿の男の前に着いた。神父の厳かな声が朗々と響き渡る。式は粛々と始まった。
 この年に式を挙げた者、或いは子を成した者は特に冒険者の中でも多い。多数の戦い、混乱の後にようやくひと時かもしれないが、平穏な生活が訪れた。人々は神と隣人に感謝し、多くの幸せを喜び、楽しそうに、幸せそうに日々を送っている。聖職者達もその幸せを神に報告する為の仕事に飛び回り、人手も足りないほどだと言う。人々が立ち上がって聖堂内が拍手で埋まる頃、神父は告げた。幸せを祝う為に多忙である事こそ、聖職者として何よりも幸せである事だと。
 式の終わりには、2人を祝福する為に花びらが辺りを舞った。春に相応しく色とりどりの花びらが辺りを覆い、2人を祝福する為の鐘が鳴る。
「式はいつ見ても胸がいっぱいになるのじゃ‥‥」
「本当に‥‥」
 うっとりと眺める者達に、花嫁がどこか恥ずかしそうに笑いかけた。
 式が終わると同時に、皆は披露宴会場へと移動を始める。式に出れなかった者が参加したり、或いはこの場で祝辞だけ述べて去って行く者が居たり、人々の動きも入り混じる。着替えてから移動しようとしたライラは、次があるのでこれで‥‥と挨拶をした神父に頷いた。
「末永く、貴女に神のご加護がありますよう。いつまでも夫婦仲睦まじく、何時如何なる時も支え合って生きて下さい」
 ライラが一足遅れて披露宴会場に着いた頃には、一部は異様な盛り上がりを見せていた。ジャパン製の何かが飛んだりどぶろくの瓶が転がっていたりする気がするが、割とよくある事なので気にせずに、苦笑交じりの夫の傍へと駆け寄る。
 披露宴と言っても殆ど『無礼講』の域に入っていた。司会がいるわけでもない。厳かな空気が包むわけでもない。皆が楽しそうに過ごしている。それを見るだけでライラの気持ちは落ち着くのだ。やがて来客達がそれぞれ、2人に祝辞を述べにやってきた。時にはワイン片手に、時にはプレゼントを両手に持って。
「ライラ手作りの飯は美味しいのじゃ。この菓子も美味しいのじゃ。作り方を教えてもらいたいのじゃ」
 祝辞を述べにやってきたはずのドミルは、口の中をいっぱいにしてやや興奮気味に告げた。
「いつでもお教えするのさね。ドミル師匠が作るのだろうか?」
「わし、料理できるのじゃ。でも奥さんに作ってもらうのじゃ。それから‥‥」
 ドミルは木箱を取り出し、ライラに手渡した。
「お前さんの瞳によく似た宝石を付けたペンダントなのじゃ。紐は黒く塗って‥‥あ、こっちは旦那のなのじゃ。剣帯に付ける飾りなのじゃ」
「本当に‥‥有難う、ドミル師匠」
「ライラさんに似て、本当に綺麗な色ですね‥‥」
「お前さん用にも、蒼の宝石を掘ったのじゃ。帰ったら研磨するのじゃよ」
「有難う御座います。今度、お孫さんの為是非歌を歌わせて下さいね」
「みんな大喜びするのじゃ」
 幸せが幸せを、歓びが歓びを、楽しさが楽しみを、笑顔が笑みを呼ぶ。ドミルに礼を言っていたシェアトが顔を上げ、ライラに微笑みかけた。
「ライラさん、アルノーさん。お祝いの曲を贈らせて下さいね」
 2人が頷き礼を言う。シェアトは少し離れてすぅと息を吸った。

 春の霞の鐘朧が 養花天 天の恵みであるように
 手を重ね 護り養い厚き互いの愛を礎に 築く永久の幸せを 
 笑顔灯る家の扉 二人 一緒に開きましょう

「末永く、末永くお幸せに。お二人で、いつまでも‥‥」
「有難う。シェアト姉も、兄といつまでも幸せであって欲しい」
「はい」
「ライラお姉さん」
 シェアトの歌に聴き入っていたジュールが、駆け寄ってくる。
「僕からは‥‥白い鳥を」
 彼が取り出したのは、木彫りの鳥だった。2匹いるが、妙にいびつである。
「その‥‥僕は余り得意では無いんですけど‥‥でも、何か自分で作れたら、って‥‥。白い鳥は幸せの象徴だと聞いたので」
「ジュールさん‥‥」
 傍で先にほろりとなっていたのはシェアトだったが、そこでぎゅうと抱き締めるような年頃でもない。10歳で出会った少年ももう14歳を迎える。
「ジュール君、有難う。大事に飾っておくさね」
「今度、ノワールのお手伝いもさせて下さいね。僕は‥‥ライラお姉さん、シェアトお姉さんの事。ずっと、生涯、僕のお姉さん達だと思っています。ずっと、ずっと、弟として。これからも色々教えて下さい。そして、色んな事、手伝っていきたいと思っています。まだ、頼れるような男じゃないですけど、でも‥‥」
「いいえ。ジュールさんは本当に成長なさいましたから‥‥」
「頼れるさね。何時でも‥‥」
 言いかけて、ライラは隣で微笑む新郎を見やった。
「あたしの夫の次くらいに」
 その言葉に、皆が笑う。
 そんな旧聖堂の上を、白い鳩が数羽群れを成して飛んで行った。光を浴び、ゆっくりと旋回した後、力強く飛んでいく。


 鳩が飛び立つ様を、外の庭園で二人の男女が眺めていた。
「‥‥正直、驚いたさね」
 見上げていたイレクトラが、顔を戻して男へ目をやる。男は簡易な司祭服を着ていた。
「ベルトラン卿がどうしてもと言うのでね」
 男の口元と目尻には皺があった。笑みを浮かべるとより深く刻まれる。
「若い二人の門出が、この空のように青く澄み渡っていた事は喜ばしい。いつまでも曇りなく続くと良いのだが」
「続くさね」
 イレクトラは手にしていたゴブレットを空へ向かって掲げた。光が反射して表面が輝く。
「若い二人の船出に、神々と精霊の祝福があるように」

WTアナザーストーリーノベル -
呉羽 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年06月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.