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『幾世の後も 』
フェリクス・フォーレ(ez0205)

「あぁ、すまぬ、フェリクス殿。遅れてしまった」
 それは、約束の頃より半年も後のある日の事。世は目出度き頃合とあって、あちこちの教会が賑わう、そんな時節。
「‥‥いえ、それは宜しいんですが‥‥」
 彼女に対して年上にも関わらず丁寧な物腰と物言いで、先輩として接しているのであろう男、フェリクス・フォーレ(ez0205)は、イヴェット・オッフェンバークの出で立ちに微妙な返答を返した。
「この格好か。確かにこの格好で出かけるのは不便だな」
「不便というよりも、どうなさったんです?」
 どう、と言われて、比較的鈍い事に定評があるイヴェットは苦笑を返す。
「やはり可笑しいか」
「可笑しい事はありませんが」
 神妙な顔で言われると、言われた方としてもどう返そうか悩むものだ。だが結局繕う事無くこの同僚には素直に話そうと思ったらしい。
「いや、直に陛下のお式があるだろう。と言っても収穫祭の頃合だろうが‥‥。それで、次期王后陛下に作法をな‥‥」
「‥‥あぁ‥‥」
 フェリクスの双眸が軽く細められた。穏やかな笑みが目元を中心に広がる。
「ですが確か、貴女も女性の作法は」
「半ば一緒に学んでいる所ではある」
 頷き、女物のドレスを着たイヴェットは踵を返した。比較的動きやすく余分な飾りなどを一切削ぎ落とした風なドレスだ。
「私自身‥‥他人事では無くなってしまったからな」
 そう呟いた彼女の耳の色に、フェリクスは自然笑みを零した。
「では、これが最後になりますね。貴女と二人だけで出かける事は」
「そうかもしれないな。では今日一日、宜しく頼む」


 いつもの格好‥‥男装と言えば男装と言えるかもしれない格好で、イヴェットはフェリクスの案内を受け歩き出した。
 以前収穫祭の頃、この二人はパリ内の様々な店を飲み食べ歩きしたものだった。その頃のお礼、の意味もあって今年の年明けに手紙を送ったのだが、何かと互いに忙しくすれ違いが多く、ようやく今日になって実現したのだ。
「実は、『ハツウリ』に誘おうと思っていたのです。ジャパンの風習が輸入され、商店が賑わっていたらしく」
「そうなのか」
「ですがもうすぐ『タナバタ』と言う事もあって、新たな賑わいを見せていると聞きました。行きましょう」
 フェリクスはジャパンの風習に慣れているらしく、比較的賑やかな商店を回った。
 いらっしゃいませと明るい声が跳ねるように聞こえる店で、フェリクスは既製品の着物を眺める。隣で黙ってイヴェットも、ずらりと並ぶカンザシと櫛を眺めた。
「‥‥刺さりそうだな」
 そして感想がそれだった。
「さすがにこの季節、羽織は殆どありませんか‥‥。お相手は確かジャパンの人でしたね。和装一揃えあると」
「喜ぶだろうか?」
「喜ぶでしょう」
 薄紅色の衣、紅白梅の簪を選ぶ。翌年の年明けにこれを着れば、彼女の記念になるに違いない。年齢からかけ離れていない明る過ぎない色合いで、帯まできっちり品定めした。時折好みを聞かれたりしつつ、イヴェットはその様を興味深く眺めている。
「すまぬが店主。男物というのはあるのか?」
 その横顔を眺め、フェリクスは少し前までの彼女を思った。少なくとも半年前までは、こういう分かりやすい反応はしなかったなと考える。それを引き出せるのだから、さて、恋愛とは恐ろしいものだ。
「‥‥浴衣か」
「この季節、これ以降の夏には夕涼みなどで浴衣も良いと思いますよ。風情があって」
「風情」
「趣ですね。ジャパンでは重要とされていますが‥‥あぁ、あれだ」
 一通りの注文を終えたフェリクスが、店先に並ぶ笹を指した。不思議そうにイヴェットがそれに近付く。
「‥‥色々書いた紙が吊ってあるな。重要な書類をこんな所に堂々と置いていいのか」
 羊皮紙が一般的なノルマンでは、紙は貴重品である。勿論ジャパンも紙は貴重品なのだろうが、ノルマンほどではないらしい。和紙に淡く色を入れたもの、漉く時点で入れた花や葉が美しく開いているものなどの中に、墨で文字が書かれている。
「『平和な世の中が続きますように』。『家族全員健康であれますように』‥‥あぁ、これは祈りを飾る木なのか」
「東方には、言い伝えがあるのですよ。年に一度しか会えぬ姫と彦の話が。彼らの涙が溶けた川が、空に流れている」
「‥‥昼間は見えんな」
「見えませんね‥‥」
 二人、青空を見上げた。だがすぐにイヴェットは店主に声を掛ける。自分もそこに一枚吊るそうと言うのだ。
「貴方もどうだ、フェリクス殿」
「今日はフェリクスで構いません」
「私達が出かける時は、そういう約束だったな、フェリクス」
 笑って、彼女は慣れぬ筆を使い、非常にでかい字で紙に言葉を書いた。字の端が紙からはみ出ていた。
「皆がこの世の平和を祈ってくれているからな。私は何か違う事を祈ろうとしよう」
「‥‥」
 その字を眺めたフェリクスは、同僚の嫌味か同情か発破かけてるか分からない言葉に、複雑そうな表情になる。
「‥‥私の事は、今更ですね」
「私も自分の事は今更だと思っていた」
 笹の葉に吊るすと、彼女はノルマン風に祈りを捧げた。
「諦めるのは早いぞ、フェリクス。遅い春が来るかもしれん。あぁ、この季節もまだ遅い春と言えるかもしれんな」
「ジャパンでは長雨の季節です」
「では、その雨が上がった後の空はさぞ美しかろう。楽しみにしている」
 嫌味でも同情でもなかった。彼女は素直に、同僚の幸せを願っていると言う。それには苦笑しか返せないフェリクスだったが、店主が丁寧に折り畳んで渡した和装一式を受け取り、そのままイヴェットに渡した。
「少し暑いかもしれませんが、甲冑よりはマシですよ。如何です?」
「貴方は着替えないのか?そこの浴衣とやらに」
「私ですか‥‥」
 見ると、隣の店が着物の貸し出し屋である。そのままそこで着付けもしてくれるとの事なので、イヴェットはフェリクスが買ってくれた着物(羽織無し)に。フェリクスは浴衣に着替えた。この格好では、ブランシュ騎士団の分隊長二人だとは思われないだろう。
 二人はその後、ぶらぶら歩きながら一軒の茶屋に入る事にした。


 それにしても、昨今の戦いでは互いに多くの部下を失くしたと、男から口を開いた。
「先の戦いでは特に‥‥。老練たるガストン殿には惜しい事になりました」
「言うな、貴方も同じ事。それに‥‥あの、復興戦争の頃を、そして王国滅亡時の戦乱の過酷さを思えば‥‥」
 言われて、フェリクスも苦い茶を飲む。
「貴方の父上は確か、あの滅亡時の戦乱に亡くなったのだったな」
「えぇ。あの折は私も深手を負わされましたが、現在の義父に引き取られ、復興戦争の折には黄分隊の隊長となった彼の元で」
「‥‥確か、フラン殿も同じ黄分隊だったな。黄分隊の活躍が目覚しかった事は、良く憶えている」
 私は、と、彼女は結い上げられた髪が重そうな頭を振った。紅白梅にもう1本、白緑の簪が一緒に揺れる。
「碧分隊に居た。と言っても、正式な分隊員ではなかったな。戦場を駆け回っている間にマルセルの矢に助けられ、そのまま行動を共にした。黒分隊と行動を共にする事もよくあったな。若かった‥‥。だからこそ無茶もした。フラン殿は‥‥昔からあんな?」
 あんな、という言葉に、フェリクスも苦笑しながら頷いた。
「変わりませんよ。破天荒な事を言い出したりしますしね。前も、突然私が次期王妃の義父になど‥‥」
「似合うじゃないか」
「そういう問題では」
 茶から酒に飲み物を変えて、フェリクスは外を眺める。その中庭にも笹が願いを吊るして揺れていた。
 無類の酒好きである彼に付き合っているイヴェットは、専ら食べるほう専門である。団子を食べた後の器が次々重なって行くのを見るにつけ、いい加減歳なのだからそろそろ自重したほうがと思わなくもないだろうが、誰も彼女にそう助言する者は居なかった。
「‥‥しかし、着物と言うものは苦しいものだな。まだこれだけしか食べていないのだが」
 イヴェットがぼやく。そうですねぇ、とだけフェリクスは返しておいた。
「それから、貴女はどうしたんですか?碧分隊は確か隊長が戦死したはず」
「戦時中とあって、副隊長が隊長に繰り上がってな。その時に、臨時的な扱いでブランシュ騎士団員として認められた。ノルマンを我らの手に取り戻した後、正式に騎士の1人となったな。他にもそういった者は多かったように思う。多くの命を失い、そして我らが再び得る事が出来た誇りを胸に、私はそれでも喜ばしかったよ。失ったものは人命だけではなかったが‥‥」
「そうですね。でも得た物は大きかった。是ほど無いような」
「失ったからこそ、得る物があった。そして、今頃になってから得る物もある」
 ゆっくりと茶を飲み干した彼女も、中庭へ目をやる。
「後は黄隊とさほど変わらないな。隊長が引退し、新しく隊を結成した。碧隊は比較的年嵩の行っている者も多かったから、橙分隊には解散時の半数も組み込まれなかった。私は‥‥正直、自信が無かったよ。今でも」
「いつも強気な貴女も、心中穏やかではありませんでしたか」
「支えてくれる者達が居るからこそ、私も立っていられる。多くのものを失って、多くのものに支えられて、今ここに在れる。‥‥貴方もそうだろう?フェリクス」
 真っ向から見つめられ、フェリクスは酒を飲む手を止めた。ややあってから頷き返す。
「誰もがそうですよ。恐らくは」
「そうだな。そして、私達が支えるべき者たちも多く居る。‥‥私は、恐らく数年と待たずにこの地位を去る事になるとは思うが‥‥」
 戦場で戦う騎士の身体への負担は大きい。況してや彼女は陣の後ろで控えるようなタイプの隊長ではない。自らの体が思うように動かなければ引退するという心づもりなのだろう。
「それまでは、精一杯やろうと思う」
「貴女が家庭を作る日の事は、私も楽しみにしましょう」
「そうだな。この歳になってどうなるかは分からないが‥‥そちらの方が先かもしれないな。子を授かるほうが」
 そう話す彼女の表情は穏やかだ。恐らく彼女はずっと、騎士であり人の上に立つであろう自分を叱咤し続けてきたのだろう。女としての幸せなど来ないと念じていたのだろう。それから解き放たれた彼女は優しく、本当に幸せそうに見える。
「さて。そろそろ屋敷へ送りましょうか。すっかり良い時間だ」
 日暮れ色の空を見ながらフェリクスは立ち上がった。すぐには立てないイヴェットを助け起こし、先に縁を降りて草履を差し出す。
「何にせよ、慶事も決まり王国は新しい時代を迎えようとしています。あの厳しい時代が、今の礎であったと‥‥そう、信じましょう」
「誰もがきっと、そう信じているだろう。あの頃、必死で戦場を駆け巡れた事は‥‥。今も、私の誇りだよ、フェリクス」
 そして、彼女は笑った。
 たなびく雲が広がる茜色の空を見上げながら、遠くを見つめる。
 幾度も幾度も死にもの狂いで戦ったあの頃。今までの経緯を思い、そして今がある事を感じる。


 これからも。幾世も。この礎がこの世を護るように。
 そう、あの空に祈ろう。
 年に一度の逢瀬よりは、余程か易しき事であろうと、そう、思うのだ。
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2010年06月30日

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