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『 ■ 二人旅、夢語り ■ 』
フルーレ・フルフラット(eb1182)

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 二人で旅行に行きたいと言い出したのは勿論――と言うと些か語弊があるようにも思われるが、確かに彼女、フルーレ・フルフラット(eb1182)自身だった。
(とは言えですよ‥‥!)
 温泉の脱衣場で湯浴みの準備をするうち、露になる体の傷一つ一つが心に言い様の無い影を差し込ませた。
 冒険者として。
 騎士として。
 戦いの中に身を投じ、数多の命を、大切なものを護り抜いて刻まれた傷ならば彼女の誇りだったけれど、こういった場所では不特定多数の人の目に触れるのが必然。なればこそそういった周りの人々に申し訳ないと思うのだ。
(ですがせっかくの混浴、アベルさんと過ごせる時間を目の前にして怖気付くわけには‥‥!)
 もう新婚と呼ぶには時間が経っているものの、いまだ家臣達に砂‥‥否、砂糖を吐かせる勢いでフルーレを弄り倒す夫、アベル・クトシュナス(ez1204)。伯爵邸の近所も温泉が豊富で一緒い入る事も多々あったが、普段とは違う環境、更には二人きりの旅行ともなればやはり気合が違う。
(ぁ‥‥)
 握り拳を固めた後で、思い出す。
(そうでした‥‥もう『二人』ではありませんでしたね‥‥)
 自身のお腹に手で触れて、自然、綻ぶフルーレの表情。もう二人きりではない。新しい命が――家族が、此処に在る。
「‥‥」
 幸せそうなその表情に、不意に、出入り口の柱を叩く音。
「私達の愛の証を慈しむ気持ちは判るが、そろそろ私の事も構ってくれないかい?」
「!!」
 驚いて振り返ればすっかり温泉に入る準備を整え終えている夫アベルの姿。
「なっ、何をしているんですかアベルさん! 此処は女性用の脱衣場ですよ!? 今は私しか居ませんけどいつ他のお客さんが」
「知っているよ」
 慌てふためくフルーレにくすりと笑い、あっさりと応じるアベル。
「いま温泉を使っているのは私達二人だけだからね。この湯殿に他の客が来る心配は要らないよ」
「え‥‥」
 言われた事が咄嗟には理解出来ずに聞き返せば、アベルはやはり微笑った。
「いいからおいで。いつまでもその格好でいられては温泉に入るどころではなくなるよ」
「え? ぁ‥‥っ、きゃああっ!」
 衣類を脱ぎかけている自身の姿を思い出して真っ赤になるフルーレの叫びに、アベルの楽しげな笑い声が重なった。


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 つまりはアベルがこの湯殿を一定時間貸切にしたのだと理解したのは、辺りを囲うのが自然に育つ木々だけという開放感溢れる湯殿に浸かり、行灯に燈る蝋燭の火以外には明かりの無い夜闇、見上げた空に満天の星を眺めて一息ついた頃だった。
「その方が君もゆっくりと休めるだろう?」といつもの余裕綽々な表情で言われた時には、やはりこの相手には敵わないと思ってしまう、が。
「それに、貸切でなければ君の肌を誰に見られてしまうともしれないし、‥‥こんな事も出来ないからね」
「! やっ‥‥アベルさん!?」
 湯の中で軽々と持ち上げられたフルーレは抵抗も空しくアベルに背中からすっぽりと覆われるように抱きしめられて、逃げられぬように拘束。
「ぁ、あのっ、こんな風にされなくても今日は逃げませんし‥‥っ」
「ああ」
 普段はアベルの伯爵という地位柄、必ず誰かが相応の距離間に控えているため寝室以外で弄られるのには抵抗せずにいられないフルーレなのだが、今日は自分達以外に誰もいない。だから‥‥と言葉を紡ぐより早く、この男は。
「単に私が触れていたいだけだよ」
「――」
 何と言うか、何と言うかだ。
「貴方って言う人は‥‥」
「ん?」
 頬を真っ赤にして何か文句を言ってやろうと思うも、その文句が見つからないフルーレ。そんな自分自身にも呆れる彼女の首筋に落ちる、柔らかな温もり。
「んっ‥‥」
 無意識に声を殺せば、彼の笑いを含んだ吐息がくすぐったかった。
「それにしても今日『は』逃げない、ね」
「ぇ‥‥?」
「それは楽しみだよ」
「??」
 先ほどの自分の発言を忘れたのか、そもそも意識した台詞ではなかったのか、きょとんと小首を傾げるフルーレにアベルは「いいや」と微笑む。急ぐ事はない。非日常の楽しい一時はまだ始まったばかりなのだから。


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「子供は、たくさんが良いと思うんです」
 湯の中。永遠の愛を誓った男の腕に包まれながらフルーレは未来を語る。
「十年後、二十年後、たくさんの子供達と一緒に旅行をして、こうして温泉に入りながら話をするんです。今日は何があったとか、明日は何をしようか、とか」
「ああ」
 アベルはそんなフルーレを抱きながら相槌を打つ。彼女の声が、言葉が、心地よい音楽のように身の内に浸透して来るから瞳を伏せて聴き入る。
「子供達が年頃になれば恋の話なんかもするようになるのでしょうね。‥‥例えば生まれてくる子が娘だったら」
 フルーレはまだ目立たないお腹に手を添えて続ける。
「さすがのアベルさんでも内心気が気ではなくなったりするのでしょうか?」
 ここが攻め所かもしれないと悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけた彼女に、アベルは「ふむ」と思案顔。珍しい表情が嬉しくて、フルーレは更に問いを重ねる。
「もしも「お嬢さんをお嫁にください」なんて言われたらどうするのでしょう、相手の男性に嫉妬したり?」
「随分と楽しそうだね?」
「そりゃあもう♪」
 まだ遠い先の話であっても、いつかはきっと訪れるであろう未来の彼を想う。それは同時に二人一緒の未来を想う事だ。
「もしもアベルさんが娘の結婚に反対するような事を言ったら、私はこう言うんです。娘が愛した相手を信じたらどうですかと」
「へぇ?」
 フルーレの言葉を面白そうに聞くアベルは。
「なら、相手が女性にだらしなかったり、仕事もせずに遊んでばかりの男なら?」
 極端な例に目を瞬かせるフルーレ。
 アベルは言う。
「他にも、そうだね。とても乱暴者だったり、臆病者だったりした場合には?」
「ぁ、アベルさん‥‥」
「ほら、困るだろう?」
 困惑しているフルーレに、アベルはくすくすと笑う。
「それに、私のような意地の悪い男も止めさせたいね。今の君のように困るだろうから」
 その言葉に再度、目を瞬かせたフルーレは彼の顔を見上げて凝視。
「‥‥わざと困らせてますよね?」
「当然」
 あっさりと即答する、その意図は。
「君の困った表情はとても愛らしいからね」
「〜〜〜っ」
 一体どこまでが本気なのか。それとも全部が故意なのか、結婚してしばらく経った今も読めない部分が多過ぎるアベルにフルーレはいつも動揺させられてばかりだ。
「アベルさんはずるいです!」
 言ってやれば、彼はやはり微笑うのだ。
「ずるいとは心外だね。私はいつも君を動揺させようと必死なだけなのに」
「そんなことに必死にならなくても!」
「いいや、必死にもなるさ。私はいつまでも君にとっての『男』でありたいからね」
「――」
「動揺させて、意識し続けてもらわないと。私が君の言動の一つ一つに愛おしさを感じるように、ね」
「‥‥っ」
 真っ直ぐに見つめる瞳が、これは冗談ではないのだと。
 今だけは、確信出来た。
「‥‥アベルさん」
「ん?」
 無邪気な瞳に見返されて、結局、返す言葉を見つけられずに脱力したフルーレ。そんな彼女にアベルは微笑む。
「愛しているよ、フルーレ」
 耳朶に落とされた甘い囁きに、今日も負けたと思うフルーレだった。


 ●

 結婚をし、新しい命を授かって今は冒険者家業を休んでいる身だけれど、これから先の未来で再び剣を握り戦う日々が訪れないとは限らない。必要に迫られればフルーレはきっと戦地へ赴くだろう。アベルと、彼との間に授かった子供達と生きる未来を望む反面、どうしたって騎士である自分を捨てられないフルーレの心情を思いやればこそ、アベルはアベルなりに彼女を愛すると決めた。
 その事を、彼女自身はまだ知らない。
 これからも知らなくて良いと思う。ただ、一分一秒でも長く自分の傍にいてくれる事を、言葉にこそせずとも願わずにはいられないから――。


「少し‥‥不安もあったんですけど‥‥」
 湯から上がり、宿の離れの、静かな一室。
 フルーレの膝枕で横になるアベルはただ彼女を見つめる。
「アベルさんとお話していたら、そんな不安なんて無用のように思えてくるから不思議です」
 おかしいですね、と苦く笑うフルーレは自身の抱く不安をはっきりとは言わない。言わないからアベルも聞かない。
 ただ察して、想うだけ。
「なるほど。フルーレは私に弄られるだけで不安が解消する、と」
「その認識は止めてくださいっ!?」
「ははっ」
 即座の切り返しに声を上げて笑う。
 それだけで和らぐ雰囲気。
 こんな時が永遠に続く事を願い続ける。

 君が自分との未来を語ってくれる、いま、この瞬間が――。

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2010年07月01日

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