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『ブラック・シュール4 』
水嶋・琴美8036)&ギルフォード(NPCA025)

 三階建てのビルに相当するだろう高さの天井まで、軽々と飛翔するギルフォードへ、両手にクナイを掲げた水嶋琴美が肉迫する。
 逆手に持ったクナイで空を切り裂くと、真空の刃でも撃ち込まれたようにギルフォードの左頬から鮮血が迸った。くるりとトンボを切るように反転させたギルフォードは、磁石で張り付いたように天井へ降り立つと、
「これってハンデってやつ? それともまだ欲しかったりする?」
 転瞬した琴美は、男のセリフを最後まで聞くまでもなく片方のクナイを投擲する。背中から落下するも、すぐに猫のようにしなやかな肢体を転換させて着地――一回転した勢いで立ち上がると、壁を走った。
 忍である彼女の身軽さとたゆまぬ努力で培った筋力のおかげで、琴美は壁を駆け、蹴ると、天井からゆったりと落下してくるギルフォードを待ち受けた。
 宙で男が軽く後足を跳ねさせた。見えない壁でもあるかのように、加速してくるギルフォードは死角から義手を振り翳す。
 鈍く光を返す義手を視界の端に捉えた琴美は、カウンターに備えたが、大切なことを失念していた。――義手はその形を自在に変えるということを。
 かろうじて残った足元の小部屋から漏れる白熱灯の光に照らされて、ギルフォードの右腕は深い殺意を湛えた銀色に光りながら、わずかに引き攣る少女の頬を掠めていった。
 刺し貫こうと思えばできたはずだ、と琴美はギルフォードの真意がはかれず、それが底知れぬ恐怖となった。
 すれ違いざま、ギルフォードが不服そうに――戦慄走る美貌の少女を一瞥した。
 右腕を振り上げる。鋭く伸びたそれは、一度天井を抉り取ったあと、主の下へと戻って来た。耳障りな音を立て、義手の形に戻ったそれは、蛇のウロコのようにぞろぞろと蠢く。
「そんな攻撃じゃ楽しくないじゃん?」
「まだ、そんなことを……――ッッ」
 しなやかな筋肉をめいっぱい使って、崩れたコンクリートの床へと着地した琴美は、雄叫びを上げつつ敵手目掛けて打突を連打する。だが、そのすべてが不発に終わった。
 ボクサーのスウェーのように上体を回してかわしていくギルフォード。
「当たらなきゃ、意味ないじゃん」
 すでに息が上がっている琴美と違い、ギルフォードは息一つ乱していない。こちらには余裕がある、と言いたげなまでの表情を浮かべてる。
「当たれば威力は――――絶大じゃん♪」
 イヒ――と笑ったギルフォードの右腕が、三つ又に分かれた鉾へと変化し、精彩を欠いた攻撃になってしまっている暗殺者を襲う。一撃目をかわし、二撃目はクナイを三つ又の間に滑り込ませ、捌いた。――が、三連続の突き攻撃の前に、琴美の左肩は着物の切れ端と共に肉を抉られ鮮血を散らした。
 白い素肌は、年代物の葡萄酒をぶちまけられたように赤く染まっている。
「あああああああっっ……ッッ!!!!」
 露になった肩口を右手で押さえ、激痛に堪える。掌に、ねっとりとした血の感触を受け、自らの負傷の深さを知る。
 ――肩でよかったのかもしれないですわ。これと同様の怪我を足に負ってしまえば、圧倒的に不利ですもの。
 琴美は小さく呟いた。
「もしかして、肩だったからラッキー、とか思ってんのか? それで終わると思ってたら……――甘ぇよ」
 耳朶に息がかかるほどの至近距離で、ギルフォードが囁いた。
 いつのまに移動したのか。
 とっさに床を蹴り、距離を取ろうとした琴美だったが、如何せん、肩の傷が想像以上に深く、俊敏な動きが取れなかった。易々と少女の足首を掴んできたのは、義手だった。
「偉そうに俺を暗殺するーとか言って、なに、このザマ」
 怜悧な目を向けるギルフォードの足元で、琴美は浅く短い呼吸を繰り返していた。
 丸いフォルムの腰は時折痙攣しているようだ。夜色の髪は血とコンクリート砂で凝り固まっていた。這いつくばり、額を床に押し付けている琴美は、端正な美貌を怒りと悔しさで歪ませた。
 力がないせいか、鷹揚に首を振る。
「……! イタッ」
 うなじに走った激痛から、逃れようと右手を振り回したが、空をさまようばかりである。血塗れの左腕は痺れて動かない。
 まるで荷物を運ぶように乱暴に髪を掴み上げ、琴美を引きずり始めるギルフォード。
「素性調べたいから、死なれても困っからな。――ああ、でも吐かす最中に死んだら、それはそれで……――いっかー」
「う……うぅッ……離し……な、さ」
 ズルズルと、そこに木片があろうと、割れたガラス片があろうと構わず引き摺られていく琴美の痕跡は、ただただ赤い血のみだった。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
高千穂ゆずる クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年07月05日

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