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『きのう、きょう、あした。 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)&ミフティア・カレンズ(ea0214)&シェアト・レフロージュ(ea3869)


 草葉を踏み分ける音と共に、深い森を訪れたのは一組の人馬。
 手綱を引きながら、ゆっくりと歩いてきた旅装の人物は、足を止めると外套のフードをばさりと払う。
 目深に被ったフードの下から現れたのは、左右で異なる瞳の色が印象的な若い女性……旅装の人物は、ユリゼ・ファルアート(ea3502)その人だった。


●かえってきた日
 頬に触れる空気は濃い緑の薫りに満ちていて、ユリゼは大樹が枝を伸ばす頭上を仰いだ。
「帰って来たんだ……レンヌの森。懐かしいな」
 見上げれば、風に揺れる樹々の葉が優しい音を奏で、太陽から降り注ぐ日差しが木の葉を通してきらきらと光の欠片を落とす。レンヌの森を作る大樹達の足元はまるで万華鏡のように彩られていた。
 『精霊が棲む森』といわれるほど、この森は深く濃く広がり、神秘的な雰囲気に包まれている。慣れぬ者が踏み入れれば、迷い惑うほど、深い緑の森。けれど豊かな森は、確かな恵みも齎してくれる。
 レンヌの民は、自然に感謝し、あるいは敬意を忘れることなく、森と共生することで、仲の良い隣人として過ごしてきたのだ。
 植物への造詣に長けたユリゼの瞳には、ざっと一瞥しただけでも幾つもの薬草や香草、豊かな森の証にもなる花や草を見つける事が出来る程、豊かな森。
「……ふふ、ほんとに懐かしい。森の奥深くで花や薬草を摘んでると姉さんが迎えに来てくれて」
 思い浮かんだのは、幼いころに森で過ごした記憶。
 時間を忘れて花を摘むユリゼを、姉とも慕うシェアト・レフロージュ(ea3869)が迎えに来てくれた。けれど……。
「沢山摘めたよって姉さんに言おうとするとミフったら……いつも譲っていたのにここぞって時にね」
 迎えにきたのは一人だけではなく。シェアトからつかず離れず過ごすミフティア・カレンズ(ea0214)も一緒だった。ユリゼとミフティアが、互いにシェアトの気を引こうとしあって、結果的に取り合うように喧嘩のような事になったことも少なくない。
 ミフティアとの仲は、悪いわけではない。が、どうしてもウマが合わない。一緒に過ごしている分にも、話す言葉にも遠慮無くぶつかりあう事ができる分ストレスは溜まらないのだけれど。それはお互いにお互いさまで、二人揃ってそんな風に思っているような気もする。
 祖母が姉妹という3人は、普通であれば従姉妹になるのだろう。けれど、ユリゼの母は祖母の養女になるため、ミフティアと血の繋がりはない。
 仕事柄留守がちなミフティアの両親は、よくユリゼの両親に二人を預け、結果的にミフティアとシェアトと、3人一緒に過ごした。血の繋がりはなくとも一緒にいる事が自然で、ともにいる間に満ちる空気はとても馴染むものだった。


 穏やかで優しくいつも控えめに微笑んでいるシェアトを中心に、ミフティアと3人、過ごした幼いころの森でのことを思い出しながら、ユリゼは旅の荷の中から笛を手にした。
(「好きで覚えた訳じゃないけど、父さん達驚くかな」)
 そんな事を思いながら、笛を吹く。
 森を駆け抜ける音色は……3人で合わせた、あの曲。


●きのう
 子供から大人へとなり、レンヌを旅立ち。行き着いた先はパリ。
 けれど、パリで思いがけず3人揃って再会を果たしたのはどういう事なのだろう。
 それぞれの道を歩み始め、それぞれの形で冒険者の道を選び、故郷から遠く離れた地で再会することとなった時は、やはり縁を感じたものだった。
 そうして幾つもの依頼、幾つもの事件、いくつもの戦いに身を投じる事になったユリゼ達は、故郷にいたままでは決して巡り合えなかった縁を結び、広げていった。
 けれど、始まりがあるのならば、終わりもあった。
 パリで3人揃うこともなくなる……それぞれの道へ向かう前に、顔を合わせてもなお。
「だからもう……お姉さんって呼びなさいよ!」
 ユリゼが握りしめた拳をあげても、ミフには効かない。むしろユリゼに向かって対抗するように舌をぺろりと出してみせる。どうしてこんな会話になったのか経緯を振り返れば、それは幾度も繰り返されたやり取りで。今は懐かしさを感じるほどに、レンヌの森で過ごした頃から時間が経っていた。
 年頃の女性になってなお、変わらぬやり取りに、シェアトは眩しそうに瞳を細めて二人をみつめ、かつての様になだめる。
「もう、ミフったら。リゼも……3人揃って会えるのも次は今までの様にすぐにとはいかなくなるのよ」
 決して仲が悪いというわけではないのに、顔を合わせればシェアトを挟んでユリゼとミフティアは些細なやり取りを繰り返す。挨拶や交流を図る手段の一つのように。
「……そう、旅立つ前にリゼの笛が聞きたいわ」
 気遣われていると知ったら、きっとそれすら気に病む妹のような大切な義理の従姉妹。様子を案じていることなど悟られないように、シェアトはユリゼに願った。
 折角だから合わせても楽しそうねと言い足せば、ミフティアから「ずるい!」と不満そうな声があがる。
「シェアトが歌うなら、私だって合わせたいのに……!」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
「それじゃ、リゼがレンヌに発つ前に3人で舞と音を合わせましょうか。……もしかしたら、初めて? 楽しみね」
 半ば強引にまとめる様に、手を打つシェアトに、喜ぶミフティアの勢いに押され、結局交わした約束の下で、あわせることになった。


 幾つか爪弾かれた和音を合図に、流れるような竪琴の旋律が奏でられ始める。奏者のシェアトのように、優しい音色に耳を傾けながら、ユリゼはそっと笛に息を吹き込んだ。
 竪琴を伴奏に、重なる笛音も……やがてシェアトの歌う声を彩る音色になり、紡がれる歌曲をなぞるように、ミフティアは、つ……と足を滑りだした。
 単なる義理の姉妹などという言葉で片付けられるものではなく、シェアトとミフティアは……まるで、月と陽。明るい太陽のように笑うミフティアと、控えめに穏やかに微笑むシェアトは、何処でもいつでも一緒で、遠い過去からの対の様に想う。それは、大人になってそれぞれの道を選び、離れても変わない。
 ミフティアの夢は舞手で、シェアトの歌に合わせて踊ることだったから。
 夢が叶ったひと時こそが夢のようで、ミフティアは空へと手を伸ばす。白い繊手はミフティアの瞳にあざやかな蒼が映った。
 ふわり金の髪が舞い、彩る橙色が陽光に染まり鮮やかさを増す。
 ミフティアを飾る髪に揺れる飾る石も、鮮やかな青――姉妹のように時を過ごす3人の瞳と同じ色。
 嬉しさと幸せがミフティアの心を満たし、舞を豊かなものに彩る。
(「夢は叶ったよ。これからもずっと踊ってく。言えなかった人に大好きって言う代わりに……」)
 祈るように胸の前で重ねられたミフティアの両手が空へと向けられた様を、眩しそうに見つめていたシェアトは、胸に抱いた竪琴で優しい音を紡ぎながら、夢見るように瞳を閉じた。
 眼裏に浮かぶのは、小さな少女だったころのユリゼとミフティアの姿。シェアトにとってそれは昔話ではなく……ほんの少し前のように感じる、大切な二人の姿。心に思い描けば、まるで昨日のよう。
 小さな二人の手をとって歩いた豊かな森、花畑。
 いつしか小さな手は変わらぬほど大きくなって。
 いつもつながれていた手は離れていった。それぞれの道を歩むために。
 心を預けてくれた事が嬉しくて、二人の大好きという気持ちが伝わるほど幸せだった。
 母と死に別れたシェアトが、ミフティアの母に拾われ、ミフティアの家族とともにすごすようになって。そして旅がちなミフティアの両親から、ミフティアと共にユリゼの両親に良く預けて、過ごした時間。当時のシェアトにとって、ミフティアとユリゼ、二人を見守ると言う役目は、温もりは、どれだけ力になったことか。
 奏で歌うシェアトは、己の音に重なる音色に耳を澄ます。
(「心配していたユリゼの奏でる音が、少し、音が落ち着いて来て一安心。音は心を正直に伝えてくれるから……貴女の心が聞けて良かった」)
 仄かな温もりが伝わり、微笑みに目を開いたシェアトの視界には、かつて幼かった大切な存在の今の姿。それは、時間の流れが異なるシェアトを、追い抜き始めた姿でもあった。
――何時か自分の音を楽しめる様になってね。
――これからも二人を見守っていけます様に……。
 心からのメッセージと、祈りを音色に託す。
 短くはない、けれど人生で過ごす時間を思えばあっという間の時間……ただ一度、3人で舞と音楽を合わせた。たった一度。一度だけだからこそ、特別な思い出。
 重なった時間は、それぞれの明日に向かい、また離れて。
 絆は変わらぬから、そばにはいない時を、相手を想う。


●きょう、そして……あしたへ
 ひくひくと耳を動かしていた旅の相棒が、森の入口の方へと首を巡らせたので、ユリゼもそちらをみると、やがてユリゼの耳にも届いたのは、落ち着いたリズムを刻む蹄の音。
 そして……木漏れ日に照らされた先に見えたのは、黒い人馬。
 訪れた人物の姿を認め、ユリゼの顔に笑みが浮かぶ。ふわりと馬上から舞い降りたのは、先に別れた時と変わらぬ姿――黒い騎士装束も凛々しいレンヌの公女、フロリゼル・ラ・フォンテーヌ。
「……良い場所ね」
 辺りを見回しながら、愛馬の首を撫でやり手綱を手放したフロリゼルは、ユリゼのそばに歩み寄った。
 元々の身長差に加えて軍靴のおかげで、頭ひとつ違う顔を覗き込む。
「フロリゼル様……」
「お久しぶりね、ユリゼ。それから……おかえりなさい、レンヌへ」
 ユリゼが何か言うよりも早く、フロリゼルにふわりと抱きしめられた。腕の中で囁くように返された「ただいま」に相好を崩し、フロリゼルはさらにつよく抱きしめる。ユリゼが苦しいと訴える様に腕を叩けば、ようやく解放された。
 北の果てへの旅はまだ終わらないけれど……と、少しだけ苦い色を混ぜた笑みで告げたユリゼに、何も問題はないと笑うフロリゼルの表情は、陰りのない夏の太陽のよう。
「いつでも変わらず、レンヌが貴女の故郷。いつだって、帰っていらっしゃい。疲れたなら羽根を休めて、また旅路に備えればいいの」
 長く会っていなかったとは思えないくらい、変わらないフロリゼルの様子に助けられ、ユリゼは「ただいま」を告げるため、会えたら……と思っていた願いがついとこぼれ出た。
「アレともう一度会えた事、不思議な春の幻……話を聞いてくれますか? 」
 アレが誰を指すのか察したのだろう、フロリゼルは面白そうに笑って「勿論」と頷く。
「久しぶりに会ったのだもの、たくさん聞かせてちょうだい。旅の話も、貴女のことも、たくさん」
 レンヌに戻ってからのフロリゼルが、旅の空の下に出る事もなくなったという話を思い出し、ユリゼは瞳を和ませて。その瞳を見つめ返し、やがてフロリゼルは得心がいったようにやわらかく微笑む。
「空の青、森の緑……貴女の瞳は、貴女の故郷のようね」
 きれいね、と微笑みながら、フロリゼルは旅暮らしの中で少し焼けたユリゼの頬を、そっと撫でた。
 触れる指先は、深窓の姫君のような白くやわらかなものとは違い、爪は短く摘まれ、硬い剣を握る手のものだったけれど、それこそパリで出会ったままかわらぬ感触だったから、ユリゼは静かに微笑んだ。
 パリで1度だけ合わせた大切な姉妹のようなシェアトや、腐れ縁にも似たミフティアとのひと時を思い出すと、考える事がある。
 あの一幕があったから、故郷へ帰ってこられたのかもしれない……。


 変わらぬ故郷。
 人は変わる、森も変わる。
 けれど変わらないものもある。
 故郷であること、そして絆。
 パリで巡り合ったように、いつかまた道が重なった時には、幼いころの様に、また共に。
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2010年07月07日

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