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『星河の見る夢〜遣らずの雨〜 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)


 見上げれば、天には白い星が無数に瞬いていた。
「‥‥ここは‥‥」
 ユリゼ・ファルアートはゆっくり周囲を見回す。目の前には、テーマパークの門と園内に散らばる光。門前には大きな笹が葉を揺らしていた。だがその全てがどこか霞んで見える。遠くで時計塔の鐘が鳴った気がした。
「‥‥待って!」
 終わってしまう。反射的にユリゼは走り出した。門まで辿り着いて、だがその先の光に手が届かない事を知る。
「待って。まだ、もう少し、この場所を閉じないで。終わりにさせるから‥‥!」
「‥‥どうかしたの、お嬢さん?」
 光が揺らいだ。その中から、一人の女性が出てきて小首を傾げる。ユリゼよりも黒い、闇のように深い髪の色をしていた。
「七夕が終わる事は分かってるの。間に合わなくて‥‥もう、8日になってしまって‥‥。でも、どうしても」
「えぇ。『私』の7月7日も終わったわ。でも‥‥貴女の『7月7日』はまだ終わっていない。ようこそ、テーマパークへ。貴女の為に、今ひと時、この門を開きましょう」
 女性が言い終わると同時に、門は音も無く開く。立ち竦んだようにその場に立っていたユリゼは、女性に手を差し出され、一歩ずつ前へと進んだ。
 園内には殆ど灯りが点いていなかった。0時を廻るとここは、死んだように眠りにつく。この場所は、繰り返し同じ時を刻みながら前へ進むことも歩みを止める事もなく、ただそこに在るのだと、彼女は言った。
「‥‥」
 ユリゼは何も言わず、園内を女性と共に歩いていく。
「ただ確実に時が前へと進むのは、ここから出て行く事が出来る者だけ。生死問わず、ね」
「生死問わず‥‥」
「貴女のお友達が、以前死者の魂をあの空に昇らせ、砂時計を再び動かし始めた。時は、止まっているよりも動き出すほうが有意義だわ。例えそれが、新たなる滅亡へのカウントダウンだとしても」
「貴女はここにずっと?」
 女性は暗闇に溶け込むようなドレスを着ていた。藍色のフードを被ったユリゼよりも地に足を付けて生きているように見えて、一瞬の内に溶けて消えそうなくらい、儚い色だ。
「えぇ。私はここから出る事が出来ないの。迷宮の管理人はいつも一人。誰の心にもある迷宮よ。貴女の心にもある。それが‥‥この場所」
 言われてユリゼは園内を見回した。
 暗い場所だった。静かで、二人以外に何一つ動くものの無い場所。霞む程度の光だけがぽつりぽつりと点在する世界だ。
「‥‥」
「さぁ、行ってらっしゃい。貴女の『7月7日』へ」
 時計塔がある広場で、女性は天を指した。時計の指す時間は0時半。だが、女性が指を上げた瞬間からその針が音も無く戻って行く。それが綺麗に1時間戻った所で、女性は天を仰いだ。同じように空を見上げると、ゆっくりと星が落ちてくる。それは、夜空とは流れる黒と白い点で構成された帯のようなものなのか、と見紛うほどに、自然とした動きだった。空から、黒い帯が、白い点を内包したまま降りてくる。落ちると飛沫を上げるような、最後にはそんな勢いでユリゼの前に落ちて、帯の端が大地に弾けては溶けた。
 あぁ、これは水なんだわとユリゼは思う。
 これは、河なのだ。
「舟は‥‥いらない?」
「欲しいなら降りてくるわよ」
 言う通り、しばらくすると笹の葉で作ったような形と色をした舟が下りてきて、ユリゼの前で止まった。人が乗れば沈みそうなその舟にそっと乗り込むと、小舟は軽く横に揺れながら黒い滝を昇り始める。
「ごめんね。ちょっと重いかもしれないけど、頑張って」
 舟に囁きかけると、緑色の小舟は応えるように揺れた。滝を越えると、後はゆるゆると曲がった河を上がっていくだけである。幾重にも帯が折り重なるようにして出来た一筋の河を、笹の小舟とユリゼはゆっくり進んで行った。
「綺麗ね‥‥」
 河の中は星の砂だ。さらさら流れるように輝く。通る度に道標のように、瞬きかけた。それを覆うように広がる星の海は、どこまでも先が無く無限に広がり続ける。そして眼下にはただ一つ、仄かな灯りだけを残した小さな世界が見えた。それは『迷宮』。誰の心の中にもある、大きくも小さくもなる迷宮だ。
 どれほどの間、小舟は進んだだろうか。数分も経っていない気もしたし、数時間も経っている気もした。
 ここに時間の概念は無い。今は、そう思える。
「‥‥あら? 何これ‥‥」
 星の大海にかなり近付いた頃‥‥。帯の河の中に他の色が混ざり始めた。黒い水にそっと指だけ入れ、流れてきたものを手に取る。星の河は冷たさも無く、不思議な感触だった。
「‥‥『平和な世界でありますように』。あぁ‥‥願い事なのね」
 笹に吊るされているはずの短冊が、流れてきたのだ。この上流の笹からだろうか。そう思っていると、次々と短冊が流れてくる。
「『皆、健康でありますように』『健やかな子供が産まれますように』‥‥これ‥‥笹に、吊るしなおしておかないとね」
 全て拾って、ユリゼは上流の方向を眺めた。どの短冊も濡れていなかったからすぐに笹に吊るす事が出来るだろう。どれも平凡だが素朴で真摯な願いだった。自然、ユリゼの顔に笑みが浮かぶ。
「‥‥笹、だわ‥‥」
 流れてきた短冊が30枚を超えた頃、視界に一つの世界が見えてきた。
 それは、まだ遠い場所にあるようだったが、その距離でも分かる、巨大な笹の木だった。風に揺れて枝が打ち震える度に、そこから短冊が落ちて行くのまで見える。笹の木には色取り取りの短冊が無数に結ばれていて、それは世界中の願いが吊るされた木なのかもしれないと、ユリゼも気付く。世界中の思いを一身に受けたその木は、今にも倒れそうなほどに風に揺らされていた。
「このままだと、折れるわ‥‥。何とかしないと」
 彼女の目の前で、又、短冊が数枚枝から落ちて行く。小舟の端を握りながら、ユリゼはその場所を目指した。


 木の傍で小舟から星の砂利が敷き詰まった川辺に降りる。色取り取りの短冊が落ちているその真上には、これは笹かと問いたくなるほど、巨大な木が葉を広げて揺れていた。だが巨大だからこそその幹の細さ、枝のしなやかさと、か細さが胸に痛い。
「どうしよう‥‥」
 ユリゼが手にしている短冊は既に50枚近かった。その全てを枝に吊るせば又、他の願いが落とされる。落とされた願いは、もう拾って貰えないかもしれない。そんな小さな叫びが砂利に散らばる短冊から聞こえてくるようだった。
「ねぇ‥‥。ここには、貴方しかいないの‥‥? 他の笹があればいいんだけど‥‥。そうしたら、貴方だけが願いを全て支える必要も無くなるし、ここに落ちている子達だって‥‥」
「あるよ」
 声は、木の上から降ってきた。一瞬、笹が語り掛けに応じてくれたのかと見上げたが、するりと音も無く上空から降りてきた人物に、一瞬息が止まる。
「今、移植している最中なんだ。家の近くにね。小さいけれど笹を4本‥‥。短冊も移している。どうせなら、全部の願いを背負っていきたいからね」
「そう‥‥」
「それ」
 男に言われ、ユリゼは自分が持っていた短冊を見下ろした。
「預かるよ。ありがとう」
「私‥‥。やらなくちゃいけない事を‥‥その為に来たの」
「うん?」
 茶色の髪。茶色の瞳。男は何時もと変わらぬ笑みを浮かべ、ユリゼを見つめている。
「5月に、最後に会えただけで良かったと思ってるの。元気そうで、ほっとして、迂闊にも甘い顔を見せてしまって」
 男は黙って、娘の独白のような言葉に耳を傾けているようだった。
「それで、あの時しなくちゃいけない事を忘れてた」
「分かった。でもそれは‥‥最後でいいよね?」
 柔らかな笑みを浮かべ、男はユリゼから短冊を半ば強引に受け取る。
「正直、人手が足りないなぁと思ってたんだ。笹に付けるの、手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「‥‥分かったわ」
 決心して、決意を篭めて言おうと思ったのに出鼻を挫かれた。けれども、言ったらもうこの場を去るしか無い。笹の事も短冊の事も気になっていたから、ユリゼは素直にフィルマンの後をついて行った。
 きらきら輝く川辺を抜けて、先端に蛍のような星が輝く草が揺れる、小さな野原に入った。その奥に小屋がある。黒木で造られていて、煙突からは煙の代わりに星が吐き出されていた。吐き出された星は空へと昇り、空の中に溶け込んでいく。その小屋の手前に2本。横手に2本。笹があった。まだ家の屋根に届くくらいの高さしかない笹が、風に揺れずに立っている。そこには十数枚の短冊が其々掛けられてあったが、まだ笹の殆どは緑色に覆われていた。
「半分、お願いしていいかな」
 川辺で拾った短冊も含めて、のべ100枚を、二人は手分けして笹に吊るして行く。
 一言も、会話は無かった。二人の後方を星が流れ、又昇り、静かにその光景を見守る。
 如何ほどの時が経ったのか。ようやく全ての短冊を吊るし終えると、笹の半分以上が鮮やかに覆われていた。笹はどれも、ゆらゆらと揺れ始めている。
「後100枚が限度かなぁ‥‥。来年は、又移植しないと」
「毎年、こうしているの?」
「だって、一つも逃したくないじゃないか。小さな願いも、大きな願いも、この笹に託された想いは、等しく同じものなんだと思う。騎士と言うのは、そう言うものを背負ってこそ‥‥いや、陛下に一身に向けられた期待、想いを支えてこそ、だから。願いが無ければ、騎士なんて必要ないんだよ。私は、国民に生かされているんだ」
 陶磁器のポットを取り出し、フィルマンは陶磁製の白いカップに茶を注いだ。
「君ほど美味くは出来ないけれど‥‥。私が君に淹れた事ってあったかな?」
「一度くらいはあったかもしれないわ」
 受け取ったカップの中には、星が舞っている。どう飲むべきか迷うほどだった。そっと口付けると、苦味の後にほんのりと甘味が残る。
「‥‥私‥‥本当は、間に合ってなかったの」
「うん?」
「この『7月7日』は、私1人の力では作れなかった。貴方と会う最後の機会は、園内の人が作ってくれたから」
「そう。じゃあ来年は‥‥」
 男は、ゆっくりと後方を振り返った。笹が静かに揺れている。
「もう少し、吊るすのに時間がかかるね」
「頬を張って」
 強い声ではなかった。僅かに震えている。グーじゃないだけ私まだ、女の子捨ててないんだなぁ‥‥。そう、娘は心の中で苦笑した。
「さよなら」
 始めに会った時に言おうとしていた言葉を、彼女は出来る限り、男を見るようにして告げる。
「これを言うのに、これ程辛い人は久しぶりだわ。さよなら、優しくてずるい人。どんなに素直になれなくても、大好き‥‥だった人」
 男は何も言わなかった。ただ静かに、彼女の最後の告白を聞いている。
「‥‥少し位は、惜しんで頂戴ね? ううん、そう思える様な女性にこれからなるわ」
 そして、1歩近付いた。そのまま踵を上げ、その唇に軽く口付ける。
「‥‥ありがとう」
 淡く笑ったつもりだった。だが相手にはどう見えていたか分からない。そのまま踵を返した背に、一言だけ言葉が返って来た。
「ごめんね、ありがとう」
 ただ、それだけだ。ユリゼは野原を抜けて川辺へ入り、まだぷかぷかと浮いている笹の小舟に乗り込んだ。もう、振り返らない。だが涙が止まらない。
 小舟がゆっくりと下流に向かって進みだした。巨大な笹の木は、今にも短冊を落しそうな程に揺れているけれども、ここに来た時ほどではない。
「貴方も‥‥元気で」
 少しずつ遠ざかっていく大木に、そっと告げた。告げた先で視界が歪む。星の大海は光の洪水のように瞬いて見え、星の河は光の滝だった。空も川も地上さえも、闇が見えない。星しか、もう。
「‥‥さようなら」
 だがその光も遠ざかっていく。大海の光、流れる滝の光、全てが後方へと去って行く。涙が笹の小舟を濡らし、星の河へと落ちた。
 気が済むまで泣いて、天の川に涙と気持ちを置いていこう。あの頃の想いも、今の気持ちも、この桃色の雫を、川に流して。
「でも‥‥」
 一欠けらも忘れない。置いて行くこの想いは、忘れない。
 星の河の下に、ふと光が宿った。それを見下ろし、ユリゼは微笑む。
 その迷宮は橙色の光を灯し、ゆっくりと時を刻んでいた。


「ごめんなさいね。後、3分で『明日』になってしまうの」
 彼女は、時計塔ではなくメリーゴーランドの傍で待っていた。誰一人乗っていないのに、メリーゴーランドは橙色の光を湛えながらくるくると廻っている。だが廻っているのはここだけではない。ジェットコースターも、コーヒーカップも、オバケ屋敷も、音を立てて動いていた。上空の静けさとは裏腹に、彼女を出迎えるように、或いは見送る為に。
「ありがとう。言いたい事は言えたわ。出て行くわね」
「『彼女』を連れて行きなさい」
 黒髪の女性は、1枚の鏡をユリゼに渡した。手鏡には多少大きく、両手でしっかりと受け取る。
「‥‥あの日の『私』ね」
「えぇ。でも貴女‥‥他の『貴女』を置いてきてしまったようだけれども」
「あれは‥‥いいの」
「そうね。さぁ、貴女は貴女の世界で時を積み重ねて生きなさい。生きて、生き抜いてそして何時か‥‥地に埋もれた頃に又、会いましょう」
「私は、風に、水になりたいわ」
「それもいいわね」
 女性は笑い、ユリゼを門まで送った。ユリゼが一歩門から出た瞬間、後方で扉が閉まる。
「‥‥」
 振り返ると、黒く暗い色の扉がそびえ立っていた。それは天まで届くかと言うほどに高く、どこまでも横も上も続いている。
「‥‥さようなら」
 この扉は、もう彼女の為には開かないだろう。この迷宮を抜けると決意した彼女の為には。
 だがもう、必要ないに違いない。彼女は静かに微笑んだ。まだ、自然とした笑みは浮かばないけれども。だが何れ、きっと。


 そして、彼女は一歩、前へと進みだす。


 空には天海の星。
 人々の願いを受け止めるは、緑の樹。
 雨がしとしと降り止まず、その袖を濡らしていた。
 その河を、男は、遠くまで果てなく続く河を、見つめている。
 もう、二度と現れる事の無い、かつての恋人の姿を、そこに見つめている。
「‥‥私は何も変わらないよ」
 静かに下流から流れてきた短冊を拾い上げ、男は呟いた。短冊に向かって、囁きかける。
「それが、私だから」
 そしてその表面をそっと撫で、ふぅっと吹いた。桃色の短冊は、風に乗りひらひらと飛んでいく。だが、僅かに気流に乗ったかのように見えた短冊は、ひらりと河に落ちた。そのまま、再び下流へと流されていく。
「変わらず、君を想うだけだ」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ea3502/ユリゼ・ファルアート/女/24/ウィザード・薬草師

NPC/フィルマン・クレティエ/男/34/ナイト


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつも発注をありがとうございます。
紆余曲折あってご決断されたものかと思います。相変わらずフィルマン側からの『言葉』は少ないですが、言葉以外に詰めさせて頂きました。背景自体は意外とメルヘン仕様になっております。
それでは、又、機会がございましたら宜しくお願い致します。
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Asura Fantasy Online
2010年07月08日

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