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『星河の見る夢〜夏の思い出〜 』
来生 十四郎(ea5386)

 ここはテーマ・パーク『ドリームキツネーランド』
 時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地。昨日まで春の装いだと思えば、今日はもう夏の装いを着飾る園内に、人々はその日一日の夢を見ると言う。
 そんなキツネーランドは現在、鮮やかな緑と青と白と黒に染め上げられている。
 そう、今の季節は七夕シーズン。
 従業員は浴衣でお出迎え。パレードだってショーだって初夏仕様。この場所では、他の催し物など存在しないのだろう。そう思わせる。
 

 そんな、穏やかにして優しい色合いの、この夢の国で。
 貴方は、どんな一日を過ごしますか?


 真っ先に目に飛び込んできたのは、入り口の門に掛けられた大きな笹だった。
「うわ〜、でっかいな〜」
 パラであるチップ・エイオータの背は低い。子供並である。遠くを見透かすようにして下から覗き込んでも、笹の天辺は全く見えないようだ。
「確かに少しでかいな。上のほうの短冊は、どうやって付けたんだ?」
 まるで保護者のように傍で立っている来生十四郎も、下から笹を見上げる。
「壁に梯子を立てかけて‥‥。いや、そうすると向こう側は無理だな‥‥」
「お〜い、十四郎! 何してるんだよっ。早く行くよ〜!」
 声を掛けられて振り返ると、相方はとっくに園内に入り込み、こちらへ向かって手を振っていた。
「チビ助」
「チビ助って言うなー!」
「さっき言っただろ? 騒いで人様に迷惑をかけたり、自分から離れて勝手に歩くなよ、と」
「うん、分かってる」
 素直にチップは頷き後方へと振り返る。
「それよりさ、あれ。やっぱ遊園地と言えば、ジェットコースターだよね」
「ジェット‥‥」
 言われて、十四郎はチップが見ている先を見た。見てしまった。
「それよりもチップ。まずは、そうだな‥‥。レンジャーらしく、迷路はどうだ?」
「あ、迷路? どこどこ」
 十四郎はジェットコースターの類が苦手である。乗れば軽く気絶するほどに。何としてでも、ここは避けたい所だ。
「この先を右に曲がるようだな」
 とりあえず誘導は成功したらしい。チップは迷路に向かって歩き出した。その後をついて行きながら、ほ、と十四郎は一息つく。そんな二人の脇を、楽しそうにはしゃぐ子供と、両親らしき3人組が通って行った。白と紺に彩られた夏らしい浴衣だ。何気なく園内を見渡すと、同じように浴衣を着た人々が楽しそうに歩いている。
「十四郎! ここみたい」
 チップの目は、既に迷路の入り口に釘付けだった。苦笑して十四郎は近付き、さらりと説明書きに目を通す。
「只今、こちらは夏限定特別ヴァージョンの迷路となっております」
 既に夏だと言うのに全身黒服を着た金髪の係員が、絶妙な笑みを見せて説明してくれた。その笑みの胡散臭さも相まって、嫌な予感しかしない。
「その、夏特別編というのはどういう‥‥」
「入ってからのお楽しみって奴だよ。行こ、行こ」
 跳ねるようにチップが先に入っていくので、仕方なく十四郎も後に続いた。少し進むと、立て看板がある。
「‥‥成程」
 チップはその看板も、迷路の入り口扉の事にも、気付かなかったようだ。意気揚揚と扉を開けたチップの首筋に、ぼとっと何かが落ちてきた。
「ぎゃああああスライムっ! スライム落ちてきたっ!」
 それはぬるりとチップの首から離れ、床に落ちる。
「‥‥」
「‥‥こんにゃくだな。板こんにゃくだ。しかも結構分厚い」
 拾い上げた十四郎が、それをぶにぶに掴んで見せた。
「‥‥何で?」
「夏特別編だからだろう」
 言われて扉の奥へと顔を向けたチップは、首を傾げる。
「‥‥何だろう。この迷路、森の中みたいな造りなんだね」
 気付かなかったらしい。そのままチップは扉を抜けて、中に入っていった。


 迷路は木製の壁に囲まれて作られている。所々に非常口を示す仄かな灯りがある他は、昼間とは思えないほど鬱蒼とした森の中に居るような気配だった。勿論幹も枝もない。単に、迷路を作るために仕切ってある木の壁の上から、緑だったり黒だったりする植物が伸びて天井になっているだけだ。
 迷路の醍醐味は、高台に上がって、次はどうしようかと迷路を見ながら思い悩む点にもある。だが、少し高台に上がっても、緑の天井で今一つ、迷路の構造が分からなかった。
「これは‥‥難しいな」
「そんな事ないよ。あの継ぎ目継ぎ目を見れば分かるってば」
「分かる‥‥か?」
 チップは得意げだ。実際に得意なのだから仕方がない。
「じゃ、お先っ」
 ひょいと階段を一気に降り、チップは駆け出して行った。
「勝手に行動するなと言っただろうっ」
 追いかけるが、すぐに見失う。本当に先の先まで行ってしまったわけでは無いだろうが、少し歩いて十四郎は頬を掻いた。全く分からない。専門家のチップが居ないとなると途端これだ。少しうろついた所で、同じように迷っているらしい人達とすれ違った。
「1番の塔‥‥こっちで会ってますかね?」
「あぁ、それなら俺達がさっき行った塔で‥‥」
 見知らぬ者同士、情報交換し合うのも又、迷路の醍醐味である。それをすっ飛ばしてしまうのは、少々勿体無い。
「えぇと、2番の塔ならこの先を‥‥右に曲がって2番目を左に曲がって、それから階段を上がる道を行って道なりに。後は‥‥どうだったかなぁ‥‥」
「いや、助かる」
 礼を言って別れ、のんびりと自分のペースで十四郎は歩き出した。言われた通りに進み、階段を降りた所で‥‥。
「ぎゃーーーっ」
「! チビ助!」
 思わず腰に手が伸びた。その状態のまま声がした方向へ駆け寄ると‥‥。
「じゅ‥‥十四郎〜!」
 チップが飛びついてきた。見ると、泣いている。そんな彼が先ほどまで居た場所の近くに、1人の少女が立っていた。
「‥‥」
 ご丁寧に、顎の下から懐中電灯を上向きにして、自分の顔を照らし出している。炎天下の屋外で見たならば全く怖くも何とも無いだろうが、薄暗い迷路の中では、それが不気味なものに見えない事もない。というより。
「何をしている?」
 浴衣を着た黒髪の少女だったが、係員用の腕章を付けていた。
「脅かそうと思いまして〜」
「‥‥まぁ、そうだろうな‥‥」
「もう出よう? 何かここ、普通の迷路じゃないよ」
「それは‥‥初夏特別仕様だから仕方がない」
「何で初夏特別仕様だと怖いんだろ?」
「涼しくなる為じゃないか?」
「涼しくなんてならないよ! 汗は出るし鼻水は出るし涙は出るし! 暑くなった!」
「それはいつまでも抱きついているからだ」
「又のご利用を〜」
 懐中電灯で照らしたまま、少女が手を振った。


「あ〜、酷い目に遭ったらお腹空いた」
 迷路を出た後、大きく伸びをしながらチップはきょろきょろ辺りを見回した。
「あ。スイカプールだってさ。スイカ食べられるかな?」
「言えば買えるんじゃないか?」
「よ〜し、プールで泳いで、スイカ食べるぞ〜!」
 意気込んで駆けていったチップだったが、現場でぴたりと立ち止まる。
「あれ‥‥」
「確かにスイカプールだな」
 それは、子供が遊ぶようなビニールプールが沢山並んだ場所だった。その中に、所狭しとスイカが入っている。水で半分ほど浸かりながら、時折ころころ回っていた。
「おっちゃん〜。プールは? 泳げる場所はっ?!」
「この先にあるぞよ」
「やったっ。じゃ、先にスイカちょーだい」
 係員がスイカを一つ取り、チップへと目隠し用の布を3枚と棒を3本見せた。
「さ、この中から割る道具を一つずつ選びなされ」
「おっちゃん。この目隠し布、穴開いてるよ?」
「そういうものもあるわな」
「凄いでかい穴だよ? それにこの棒、黄金バットだよ? こっちはトゲトゲバットだし」
「ま、好きな物を使いんしゃい」
 言われて、チップは遭えて難易度の高い‥‥いや、スイカ割りによくある布とバットを選んだ。ここで楽をするならスイカ割りなどに興じる意味は無いのだ。
「周囲に迷惑にならんよう、あまり激しく叩くなよ?」
「分かってるって〜」
 チップはスイカににじり寄り、大きく振りかぶって‥‥。
 ぼかーん。
 隣のスイカプールを叩いて縁を破裂させた。あっという間にスイカプールから空気が抜け、縮んでいく。
「チップ。そっちじゃない。もっと左‥‥」
「こっち〜?」
 ぼかーん。
「違う! だから、もっと左だ!」
「こっちかな?」
 ぼか
「俺がやる」
「ええええええ! おいら、もっとやりたいのに!」
「お前の破壊活動を放っておけるか」
「仕方ないよ。そういう遊びなんだもん」
「違う」
 十四郎は渋々顔のチップから布とバットを受け取り、軽く一度バットを竹刀風に持って振った後、上段の構えを見せて鮮やかに踏み込み。
 ぼかーん。
「あはははは。十四郎だって間違えた〜!」
「ち、違う。これは何かの間違‥‥確かに俺はさっき、きちんと確認して‥‥」
「あはははは。だってこれ、動いてるも〜ん」
 チップの言う通りだった。スイカプールはプールごと動いていた。じわじわと。
「なかなかスイカ割り出来んのぅ」
「おっちゃん。もう1回いい?」
 チップは楽しそうに布を巻き、動くスイカプールと目的のスイカに挑んだ。


 結局、何度目かの挑戦の後、ようやく二人はスイカにありつくことが出来た。プールの水で冷やされたスイカは程よく外気に触れて冷たさが和らいでおり、二人は美味しく頂く。
 その後、軽く泳いで食事を取り、そして。
「‥‥」
「さっきの迷路は怖かったし! ここですかーっとしたいな!」
 二人はジェットコースターの前に居た。よりにもよって、『当園目玉! 最恐ジェットコースター!』と書かれている。まさか、ジェットコースターでオバケ系は出まい。十四郎の体は固まっている。
「さ、乗ろう〜乗ろう〜」
「いや、待て。せめてもう少し軽めの‥‥」
「だって俺。さっきのショックがまだ抜けないんだもん。もう、怖くて怖くて‥‥。十四郎も乗ってくれなきゃ、俺、全然すかっとしないー!」
「‥‥」
 人を巻き込むなと言いたかったが、結局十四郎は押し切られてずるずる連れて行かれた。
「では、お気をつけ下さいね。くれぐれも恐怖の余り、ベルトを外したりなさらぬよう‥‥」
 係員が説明しながら安全レバーを下ろしている頃には、十四郎の顔はすっかり青ざめている。
「絶対外したりしないよっ、お姉さんっ」
 意気揚揚とチップが係員に笑顔を向けた。艶やかな黒髪を持つ係員は、実に綺麗な笑みを浮かべ、頷く。
「是非、そうして下さいね。でないと‥‥大変な事になりますから」
「‥‥」
 意味深な気配が漂っていた。だが、楽しげなチップも、既に死んだ気になっている十四郎も、全く気付かない。
「では、行ってらっしゃい〜」
「行ってきま〜す」
 楽しそうに手を振るチップとしっかり安全レバーに両手を掛けている十四郎を乗せた車は、線路の上を走り始めた。
「うわぁ〜‥‥どきどきするね〜」
 がたこん‥‥がたこん‥‥車はゆっくり坂道を登っていく。とっとと終わらせて欲しいと十四郎は願った。
「うわ‥‥うっひゃ〜」
 がくんと不意に車が揺れる。次の瞬間、一気に車は坂を猛スピードで駆け下りていた。楽しそうなチップの声も聞こえないほど、十四郎はがちがちに固まっている。
「わ〜たっのし〜! あ〜、もうすぐ回転だよっ! 回転っ」
 何も言ってくれるなと十四郎は下を向く。実は下を向いたほうが怖いものなのだが。
「ひゃああああ〜、下が良く見えるぅ〜!」
 そんなものは絶対見ない。寧ろ悟りの境地だ。無我だ。何も思うな考えるな。
「わぁ、又次も回転〜? しかも3回転〜っ」
 そんなものは存在しない。回っているように思えるが、実は停止しているのだ。実際は1歩も動いていないのだ。十四郎の中で、ひたすら念仏のように唱えられる。
「うわぁぁぁ〜、たのし‥‥」
 嬉々とした、半ば狂気かと思えるほどの隣席のはしゃぎっぷりだったが、不意にその声が途絶えた。
「ぎゃああああああああ!!」
「! どうしっ‥‥」
 1拍空けて、チップが絶叫をあげる。あまりに突然で顔を上げた十四郎だったが、その視界に園内の光景が鮮やかに飛び込んできて、眩暈がした。
「うわあああああああ!! 十四郎! 十四郎!!」
「俺は何も見なかった‥‥何も見なかった‥‥」
「見てよおおおおおお! 車の前! 前になんか落ちてる!!」
「何、って‥‥」
 言われて顔をそちらへ向けた瞬間、大きく車体が傾いた。一気に最後の加速とばかりに坂を下りて行き、十四郎の体に重力がしっかり掛かる。
「‥‥」
「あっ‥‥落ちた? 居なくなった!? ね、十四郎! 居なくなったよね!?」
「‥‥」
「ね、見てよ、ちゃんと! 回転してた時に、上から降って来たんだよ!? 人が!」
「‥‥はっ」
 十四郎が一瞬の気絶の後に目覚めた頃、恐怖のジェットコースターは、ゴール地点へと到着した。
「ね、係員さん。乗ってたら、人が降って来たんだけどっ」
「あれは人形ですよ」
「何で人形が降ってくるんだよぅ〜!」
「夏限定のサービスです」
「そんなサービスいらない‥‥」
 チップが文句を言いながら何とか車を降り、十四郎を車から引っ張り上げた。ふらふらとしながら十四郎は乗り場から降り、チップは先ほどのショックから立ち直れずに震えながら、十四郎の腕に掴まって降りて行った。


 ジェットコースターの恐怖からも何とか立ち直り、チップはあれこれお土産を買ったようだった。
 本当は、『ここまでお前のワガママを聞いてやったんだ、一度くらい俺の言うことを聞け』と言って本格的オバケ屋敷に連れて行こうと思っていた十四郎だったが、図らずも、チップが好きな迷路とジェットコースター、どちらでも怖い思いをさせてしまった事もあって、言い出す事なく園を出ようとしていた。
「もうすぐ七夕だ。願い事を書くのもいいだろう」
 夕闇が広がる空の下にそびえる笹を見上げ、十四郎は園内で貰った短冊を机の上に置く。筆を取り、涼しげな青色をした短冊に願い事を書き入れた。
「お前は書かないのか?」
「ん〜? おいらはいいよ。何だか眠いし‥‥」
 大きな欠伸をしたチップに苦笑しつつ、十四郎は短冊を笹に吊るした。色とりどりの短冊が、風に吹かれてかさかさと揺れる。
「来場記念も悪くないだろ?」
 言って振り返ると、チップは隣の机に突っ伏して寝てしまっていた。
「全く‥‥」
 もうすっかり良い年頃なのだが、奥さんだって居るのだが、それでもこんな風に無邪気なのがパラというものなのだろう。いや、チップが、素直で無邪気でいつでもひたむきなだけなのだ。
「さ、帰るぞ」
 チップをその背に背負い、十四郎は立ち上がった。その背でむにゃと何か言う声が聞こえてきたが、寝言だろう。そのまま十四郎は歩き始める。
 西日が親子のような彼らを照らし出し、やがて彼らの姿はその場からかき消えた。


 そうして、半日をここで過ごした二人は、自分達の世界へと帰っていった。
 だがここに、一枚だけ証が残っている。笹と共に揺れる短冊の中に。
『生意気なチビ助や友人皆が、いつまでも笑顔でいられますように』
 十四郎が書き残した、一つの願いが。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ea0061/チップ・エイオータ/男/26/レンジャー
ea5386/来生十四郎/男/34/浪人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。発注ありがとうございました。
初めての方とあって緊張致しましたが、親子のように、親友のように書かせて頂きました。十四郎さんはチップさんに色々苦労させられているけれども、そういう一連の出来事も楽しく思っているのだろうなと思って書いております。
チップさんのほうと細かい部分が違いますので、比較して頂けますと幸いです。
又、機会が御座いましたら、その折は宜しくお願い致します。
ココ夏!サマードリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2010年07月09日

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