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『星河の見る夢〜夏の思い出〜 』
チップ・エイオータ(ea0061)

 ここはテーマ・パーク『ドリームキツネーランド』
 時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地。昨日まで春の装いだと思えば、今日はもう夏の装いを着飾る園内に、人々はその日一日の夢を見ると言う。
 そんなキツネーランドは現在、鮮やかな緑と青と白と黒に染め上げられている。
 そう、今の季節は七夕シーズン。
 従業員は浴衣でお出迎え。パレードだってショーだって初夏仕様。この場所では、他の催し物など存在しないのだろう。そう思わせる。
 

 そんな、穏やかにして優しい色合いの、この夢の国で。
 貴方は、どんな一日を過ごしますか?


 本当は奥さんと来たかったんだけどな、とチップ・エイオータは思っていた。
 園内に入る前、真っ先に目に飛び込んできたのは、入り口の門に掛けられた大きな笹だ。
「うわ〜、でっかいな〜」
 感嘆の声を上げて、下から笹を見上げる。
「確かに少しでかいな。上のほうの短冊は、どうやって付けたんだ?」
 まるで保護者のように傍で立っている来生十四郎は、実際チップのお父さんみたいなものだ。『一緒に行ってくれないと、暑さで腐ってパラ印の納豆になってやるっ』と言って、連れて来たのだった。奥さんは仕事で忙しいし、代わりと言えば代わりなのだけれども、ワガママ言って一緒に遊びたかったのは事実で。
「やっぱ遊園地と言えば、ジェットコースターだよね」
 園内に入って真っ先に目指そうとしたのは、やはり目玉アトラクションだ。
「ジェット‥‥」
 十四郎はチップが指した方向を見ると、一瞬固まった。
「それよりもチップ。まずは、そうだな‥‥。レンジャーらしく、迷路はどうだ?」
「あ、迷路? どこどこ」
「この先を右に曲がるようだな」
 言われてチップは迷路に向かって歩き出した。
 まぁ、目玉品を最初に楽しんだら後の楽しみが薄れるかもしれない。楽しみは後のほうに取っておくのがいいだろう。
「十四郎! ここみたい」
 チップの目が、目ざとく迷路の入り口を見つけると、
「只今、こちらは夏限定特別ヴァージョンの迷路となっております」
 既に夏だと言うのに全身黒服を着た金髪の係員が、絶妙な笑みを見せて説明してくれた。
「その、夏特別編というのはどういう‥‥」
「入ってからのお楽しみって奴だよ。行こ、行こ」
 跳ねるようにチップが先に入っていき、意気揚揚と扉を開けた瞬間。
 チップの首筋に、ぼとっと何かが落ちてきた。
「ぎゃああああスライムっ! スライム落ちてきたっ!」
 それはぬるりとチップの首から離れ、床に落ちる。
「‥‥」
「‥‥こんにゃくだな。板こんにゃくだ。しかも結構分厚い」
 拾い上げた十四郎が、それをぶにぶに掴んで見せた。
「‥‥何で?」
「夏特別編だからだろう」
 言われて扉の奥へと顔を向けたチップは、首を傾げる。
「‥‥何だろう。この迷路、森の中みたいな造りなんだね」
 そのままチップは扉を抜けて、中に入っていった。


 迷路は木製の壁に囲まれて作られている。所々に非常口を示す仄かな灯りがある他は、昼間とは思えないほど鬱蒼とした森の中に居るような気配だった。勿論幹も枝もない。単に、迷路を作るために仕切ってある木の壁の上から、緑だったり黒だったりする植物が伸びて天井になっているだけだ。
 迷路の醍醐味は、高台に上がって、次はどうしようかと迷路を見ながら思い悩む点にもある。だが、少し高台に上がっても、緑の天井で今一つ、迷路の構造が分からないように見えた。
「これは‥‥難しいな」
「そんな事ないよ。あの継ぎ目継ぎ目を見れば分かるってば」
「分かる‥‥か?」
 チップは得意げに胸を張る。
「じゃ、お先っ」
 ひょいと階段を一気に降り、チップは駆け出した。
「勝手に行動するなと言っただろうっ」
 十四郎が追いかけてきたようだが、すぐに視界から消える。こっちは専門家だ。上から見えないとか、そういう事はさほどハンデにはならない。
「物陰に隠れて、十四郎が迷ったら飛び出して脅かしてやろ」
 笑いながら先に進んだ。
「2番の塔‥‥こっちで会ってますかね?」
「あ、それ、おいらも今行くところ〜」
 見知らぬ者同士、情報交換し合うのも又、迷路の醍醐味である。それをすっ飛ばしてしまうのは、少々勿体無い。
「えーと、多分ね。こっちから行くの」
 少し高みにある階段に上がり、そこから迷っているらしい人に説明する。
「成程‥‥。あぁ、あんな所に道が‥‥!」
「ね、上が覆われてても、隙間から見えるでしょ?」
「いやぁ、ありがとう。助かりました」
「頑張ってね〜」
 先に塔へと向かう人を見送ってから、さて、どこに隠れようかとチップは周囲を見回した。やはり、絶対に通る道がいいに決まっている。
「じゃ、この辺り‥‥」
 に隠れようかな、と思った瞬間。
 チップは見た。
 そこに‥‥。
「ぎゃーーーっ」
 居た。いや、出た。ぼうっと揺れる火の玉。その中心に立っている、少女‥‥。その顔だけが光を受けて怖い角度で笑っている。
「じゅ‥‥十四郎〜!」
 駆けつけてきた十四郎に思わずチップが飛びついた。
「何をしている?」
 浴衣を着た黒髪の少女だったが、係員用の腕章を付けている。十四郎の言葉の響きが非常に冷静だったので、泣きながらもそうっとチップも少女を盗み見た。
「脅かそうと思いまして〜」
「‥‥まぁ、そうだろうな‥‥」
「もう出よう? 何かここ、普通の迷路じゃないよ」
「それは‥‥夏特別仕様だから仕方がない」
「何で夏特別仕様だと怖いんだろ?」
「涼しくなる為じゃないか?」
「涼しくなんてならないよ! 汗は出るし鼻水は出るし涙は出るし! 暑くなった!」
「それはいつまでも抱きついているからだ」
「又のご利用を〜」
 懐中電灯で自分の顔を照らしたまま、少女が手を振った。


「あ〜、酷い目に遭ったらお腹空いた」
 迷路を出た後、大きく伸びをしながらチップはきょろきょろ辺りを見回した。
「あ。スイカプールだってさ。スイカ食べられるかな?」
「言えば買えるんじゃないか?」
「よ〜し、プールで泳いで、スイカ食べるぞ〜!」
 意気込んで駆けていったチップだったが、現場でぴたりと立ち止まる。
「あれ‥‥」
「確かにスイカプールだな」
 それは、子供が遊ぶようなビニールプールが沢山並んだ場所だった。その中に、所狭しとスイカが入っている。水で半分ほど浸かりながら、時折ころころ回っていた。
「おっちゃん〜。プールは? 泳げる場所はっ?!」
「この先にあるぞよ」
「やったっ。じゃ、先にスイカちょーだい」
 係員がスイカを一つ取り、チップへと目隠し用の布を3枚と棒を3本見せた。
「さ、この中から割る道具を一つずつ選びなされ」
「おっちゃん。この目隠し布、穴開いてるよ?」
「そういうものもあるわな」
「凄いでかい穴だよ? それにこの棒、黄金バットだよ? こっちはトゲトゲバットだし」
「ま、好きな物を使いんしゃい」
 言われて、チップは遭えて難易度の高い‥‥いや、スイカ割りによくある布とバットを選んだ。ここで楽をするならスイカ割りなどに興じる意味は無いのだ。
「周囲に迷惑にならんよう、あまり激しく叩くなよ?」
「分かってるって〜」
 チップはスイカににじり寄り、大きく振りかぶって‥‥。
 ぼかーん。
 隣のスイカプールを叩いて縁を破裂させた。あっという間にスイカプールから空気が抜け、縮んでいく。
「チップ。そっちじゃない。もっと左‥‥」
「こっち〜?」
 ぼかーん。
「違う! だから、もっと左だ!」
「こっちかな?」
 ぼか
「俺がやる」
「ええええええ! おいら、もっとやりたいのに!」
「お前の破壊活動を放っておけるか」
「仕方ないよ。そういう遊びなんだもん」
「違う」
 十四郎は渋々顔のチップから布とバットを受け取り、軽く一度バットを竹刀風に持って振った後、上段の構えを見せて鮮やかに踏み込み。
 ぼかーん。
「あはははは。十四郎だって間違えた〜!」
「ち、違う。これは何かの間違‥‥確かに俺はさっき、きちんと確認して‥‥」
「あはははは。だってこれ、動いてるも〜ん」
 チップの言う通りだった。スイカプールはプールごと動いていた。じわじわと。
「なかなかスイカ割り出来んのぅ」
「おっちゃん。もう1回いい?」
 チップは楽しそうに布を巻き、動くスイカプールと目的のスイカに挑んだ。


 結局、何度目かの挑戦の後、ようやく二人はスイカにありつくことが出来た。プールの水で冷やされたスイカは程よく外気に触れて冷たさが和らいでおり、二人は美味しく頂く。
 その後、軽く泳いで食事を取り、そして。
「‥‥」
「さっきの迷路は怖かったし! ここですかーっとしたいな!」
 二人はジェットコースターの前に居た。よりにもよって、『当園目玉! 最恐ジェットコースター!』と書かれている。まさか、ジェットコースターでオバケ系は出まい。十四郎の体は固まっている。
「さ、乗ろう〜乗ろう〜」
「いや、待て。せめてもう少し軽めの‥‥」
「だって俺。さっきのショックがまだ抜けないんだもん。もう、怖くて怖くて‥‥。十四郎も乗ってくれなきゃ、俺、全然すかっとしないー!」
「‥‥」
 心なしか青ざめた十四郎を引きずるように連れて、チップはコースターに乗り込む。
「では、お気をつけ下さいね。くれぐれも恐怖の余り、ベルトを外したりなさらぬよう‥‥」
 係員が説明しながら安全レバーを下ろし始めた。
「絶対外したりしないよっ、お姉さんっ」
 意気揚揚とチップが係員に笑顔を向けた。艶やかな黒髪を持つ係員は、実に綺麗な笑みを浮かべ、頷く。
「是非、そうして下さいね。でないと‥‥大変な事になりますから」
 意味深な気配が漂っていた。だが、楽しげなチップも、既に死んだ気になっている十四郎も、全く気付かない。
「では、行ってらっしゃい〜」
「行ってきま〜す」
 楽しそうに手を振るチップとしっかり安全レバーに両手を掛けている十四郎を乗せた車は、線路の上を走り始めた。
「うわぁ〜‥‥どきどきするね〜」
 がたこん‥‥がたこん‥‥車はゆっくり坂道を登っていく。この上って行く感じがわくわくするんだよなぁとチップは思った。
「うわ‥‥うっひゃ〜」
 がくんと不意に車が揺れる。次の瞬間、一気に車は坂を猛スピードで駆け下りていた。
「わ〜たっのし〜! あ〜、もうすぐ回転だよっ! 回転っ」
 ぐる〜ん。勢い良く車は回転する。
「ひゃああああ〜、下が良く見えるぅ〜!」
 勢い良く空を仰いだ後に見える地上。空はやけに綺麗な青色をしていたなぁと思う。
「わぁ、又次も回転〜? しかも3回転〜っ」
 回転の後のしばらくの猶予期間の後に見えるコースに、チップの胸は躍った。やはり乗って良かった。ジェットコースターに勝る乗物は‥‥。
「ぎゃああああああああ!!」
 チップは見た。
 見てしまった。
 3回転目の頂上を抜け駆け下りる途中で。車のボンネット部分に人が落ちてがたがた揺れている様を‥‥。
「! どうしっ‥‥」
「うわあああああああ!! 十四郎! 十四郎!!」
「俺は何も見なかった‥‥何も見なかった‥‥」
「見てよおおおおおお! 車の前! 前になんか落ちてる!!」
「何、って‥‥」
 十四郎の弱い声が聞こえたが、チップには正直それ所ではない。車の揺れに応じてがたがたと体全体が揺れ動いているのだ。というか、何か有り得ない方向に手足が曲がっている気がするよ‥‥? 見たくないのに直視してしまい、チップは必死で十四郎の服の袖を掴んで揺すった。
「あっ‥‥落ちた?」
 だが、最後の坂が終わったと同時に、その人は地上へと落ちて行く。
「居なくなった!? ね、十四郎! 居なくなったよね!?」
「‥‥」
「ね、見てよ、ちゃんと! 回転してた時に、上から降って来たんだよ!? 人が!」
「‥‥はっ」
 十四郎は一瞬の気絶していたらしい。気絶したかったのは自分のほうだとチップは思ったものだったが、とりあえず恐怖のジェットコースターは、ゴール地点へと到着した。すぐさまチップは係員を捕まえて文句を言う。
「ね、係員さん。乗ってたら、人が降って来たんだけどっ」
「あれは人形ですよ」
「何で人形が降ってくるんだよぅ〜!」
「夏限定のサービスです」
「そんなサービスいらない‥‥」
 文句を言いながら何とか車を降り、十四郎を車から引っ張り上げた。ふらふらとしながら十四郎は乗り場から降り、チップは先ほどのショックから立ち直れずに震えながら、十四郎の腕に掴まって降りて行った。


 ジェットコースターの恐怖からも何とか立ち直り、チップは来園記念も兼ねて土産物屋に入った。
「お。この、キツネ柄のシャツと、キツネ柄のベルト、どっちがいいかな〜。あ、バンダナもいいかな〜。こっちのハンカチでも‥‥」
 友達の分は、『キツネーランド特製クッキー』にした。その隣に『夏限定! ひんやり模様クッキー』もあったが、視界に入れないようにする。奥さんとはお揃いの何かを買いたかったのだが、結局、七夕らしく織姫彦星の模様が入ったバッグを2つ購入した。自分用には表に彦星。奥さん用には表に織姫。裏は二人が天河を渡って会っているシーンが、全てビーズで描かれている。持ち手からは笹の葉キーホルダーがぶら下がっていた。
「よぉ〜し、お土産も買ったしっ。心残りはないっ」
 門前で待っていた十四郎に、買ってきた土産を見せる。十四郎は一通り見て頷いた。そして、門の外にある笹を見上げる。
「もうすぐ七夕だ。願い事を書くのもいいだろう」
 そのまま机に向かい、短冊に何かを書き始めたようだ。
「お前は書かないのか?」
「ん〜? おいらはいいよ。何だか眠いし‥‥」
 大きな欠伸をし、チップは隣の席に座る。夕刻の心地よい風が、彼の眠気を増強した。
「来場記念も悪くないだろ?」
 短冊を吊るし終えた十四郎が振り返った頃には、チップは突っ伏して寝てしまっている。
「全く‥‥」
 十四郎はその姿を見て笑ったようだった。そのままチップをその背に背負い、立ち上がる。
「さ、帰るぞ」
 西日が、歩き始めた親子のような彼らを照らし出し、やがて彼らの姿はその場からかき消えた。


 そうして、半日をここで過ごした二人は、自分達の世界へと帰っていった。
 だがここに、一枚だけ証が残っている。笹と共に揺れる短冊の中に。
『生意気なチビ助や友人皆が、いつまでも笑顔でいられますように』
 十四郎が書き残した、一つの願いが。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ea0061/チップ・エイオータ/男/26/レンジャー
ea5386/来生十四郎/男/34/浪人

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。発注ありがとうございました。
初めての方とあって緊張致しましたが、親子のように、親友のように書かせて頂きました。チップさんは、年齢の割りに少しお子様に書いてしまったような気が致します‥‥。
十四郎さんのほうと細かい部分が違いますので、比較して頂けますと幸いです。
又、機会が御座いましたら、その折は宜しくお願い致します。
ココ夏!サマードリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2010年07月09日

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