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『JADE 〜interval round2〜 』
鳳凰院・ユリアン8301)&鳳凰院・麻里奈(8091)&アトロパ=アイギス(NPC4866)



「見ろ、麻里奈、変態がおるぞ」
「あら、いつの間にそこまで積極的になって……実の弟がそこまで変態なんて、まったく末恐ろしいわ!」
 一人はこちらを指差し、一人はムンクの「叫び」のポーズまでわざととっている。
「誰が変態だよ!」
 まさに売り言葉に買い言葉。
 言い返したのは鳳凰院ユリアン。鳳凰院家の次男、である。
 こうなった経緯を知るには、時間を少々さかのぼらなければならない――。



「ただいまー」
 玄関のドアを開け、リビングを通り過ぎる時……ここ数ヶ月、ユリアンは少なからず緊張する。
 リビングにはテレビがあり、それを見入っている居候が……いる。ほんの、少し……数ヶ月前から。
 クリーム色の、まるで少年の着るようなカンフー服。と、表現してもいいのかわからないが、それっぽい衣装を着ているのだ。
 長い髪の一部だけ、後頭部で結い上げてある彼女の後ろ姿はもう完全に憶えてしまった。
 異色だと思ってしまうのは、彼女が美貌を持ちながらも「異なって」いるせいだとユリアンは考えていた。
 母や姉と違い、彼女には「派手」な部分が欠落している。人の目を惹きつけない。まるで空気のようにそこに「居る」。
 馴染めない空気を持つ彼女に、少し苦手意識が働くのは当然で……ユリアンは足を少し止めてどうするか迷った。
 彼女は自分の帰宅した際の声を聞いているので、当然こちらを振り返ってきた。
 奇妙、だと感じてしまうそれは、鈍い金色の瞳のせいだろう。
「おかえり」
 素っ気無く言う彼女――アトロパの声には悪意が欠片も感じられない。
「で、良かったのだよな?」
 と、ほぼ平日は確認してくる。それは自分があまりにも彼女を……その、避けているせいだろう。
「た、ただいまアトロパ」
 ぎこちない声。それと、ことば。
 彼女はじっとこちらを見てくると、小さく笑う。
「麻里奈には本当に似ていないな」
 あの姉と一緒にされるのはちょっと勘弁して欲しい。苦笑してみせると、アトロパはもう気が済んだのかテレビへと視線を戻してしまった。
 自分の部屋へと歩き出しながら、ユリアンは内心溜息の連発だった。
(一緒に、同じ家で暮らしてるんだし……せっかくなら仲良くなりたいけど……)
 どうすればいいのかわからない。
 彼女は学校にもいないタイプだし、コミュニケーションはとってくるが、言動も少し変だ。
 一言でいえば、「変わっている」。
 自室のドアを開けて中に入ると、思わず安堵の息が無意識に吐き出された。なんだかそれだけでも、自分で軽くショックを受ける。
 けっしてアトロパを嫌っているわけではないのに。
 荷物を床に置いて、バンドを組んでいる少女から渡された紙袋を早速見遣る。今日渡された、次のライブで着る衣装だ。
 さてどんなものかと紙袋から引っ張りあげてみると、それは見事なほど……。
「す、スカート……」
 どう見てもミニスカートである。しかもヘソ出しになるような上のシャツも。
 顔が微妙に引きつっているのは、ユリアンは正真正銘の男だからだ。
(もう、なにが「ユリアンはウチのバンドのお色気担当だからね☆」だよ)
 意味がわからない。そもそもこれくらいで色気とか出るわけないじゃないか。こんな格好してる男なんて、頭悪そうにみえるだけだ。
 などと、あれこれと愚痴が脳内をぶわっと占める。
 しかし元々女顔のユリアンには、女装が似合ってしまうのだ。
 しょうがないなという気分と、どきどきする気持ちで衣服に着替え始める。これで寸法が合わなければやり直してもらわなければならないし……。
 サイズは合っているようで一安心し、自身を見下ろしてみる。ちょっと鏡の前へと移動してみるが、なかなかに似合っていた。いや、かなり似合っている。
 ホッとした瞬間だ。遠慮なくドアがバン、と開いたのである。
 顔をあげて背後のドアを振り返ったユリアンと、実の姉の鳳凰院麻里奈の青い瞳がこちらを向くのはほぼ同時だった。
 なんと厄介なことに、麻里奈はアトロパを引き連れていたのだ。
 おそらく、「おかえり」とでも言うつもりだったか、アトロパを軽く避けている自分と和解させようとしたのかわからないが……なんらかの理由をつけてユリアンの部屋を訪れたのだ。ノックもなしで。
 じっ、とアトロパの鈍い金色の目がこちらを凝視してくる。全身が沸騰しそうなくらい恥ずかしくなり、ユリアンは耳まで赤くなった。
 彼女は小さく口を開く。人差し指を軽くこちらに向けて。
「見ろ、麻里奈、変態がおるぞ」
「あら、いつの間にそこまで積極的になって……実の弟がそこまで変態なんて、まったく末恐ろしいわ!」
 きゃああ! とでも言いそうな麻里奈のわざとらしいポーズに、今度は怒りで頭に血がのぼった。
「誰が変態だよ!」
 いや、誰が見ても男が部屋で女装していたら一般的には「変態」と称されてしまうはずだ。
 麻里奈はさっさとポーズをやめて、ユリアンにあっという間に抱きついた。
「まあ、それはべつとして可愛いわよ」
 ふふっ、と笑いながら頬ずりまでしてくる姉に、ユリアンは嘆息する。
 が、ハッとして麻里奈を引き剥がした。
「や、やめてよ!」
 アトロパがさっきから微動だにせずにこちらを見ているのに気づいたのだ。
 どうしよう、あんまり……彼女が見れない。なんて思われただろう? やっぱり変態?
「アトロパ、ちょっと待ってて」
 そう言う姉の声が聞こえて「えっ」とユリアンが顔をあげた時には、麻里奈の姿が部屋から消えていた。どこへ行った!?
「あ……」
 気まずい沈黙の中、息苦しくなってきてユリアンは小さく洩らす。
「ユリアンは変態なのか?」
 ――と、アトロパの容赦のない言葉が突き刺さってきた。違う! と即答できなかったのは、思った以上に精神にダメージがあったからだ。
「……ち、ちが……」
「違うというのはわかった。ではなぜそんな格好をしている? 仮装か?」
 淡々と問うてくる彼女の言葉に、徐々に落ち込み始めるユリアンは、「お待たせ〜!」と明るい声を発して戻って来た姉の姿に安堵する。
 が、そちらを見た瞬間、硬直してしまう。
 姉は大量に女性ものの衣服を抱えていたのだ。両手いっぱい、に。
 嫌な予感は、的中しそうだった。



 姉に逆らえずに女装ショーをさせられたユリアンは、やっと一息つけそうで長い溜息をついた。
 麻里奈とアトロパはユリアンの部屋の床に座っており、ユリアンは麻里奈が持ってきた衣服に着替えて披露するということをさっきから繰り返していたのだ。
「ユリアンがこうして女装するのって、理由がちゃんとあるのよ」
「ほお。理由があるのか」
 ふいに麻里奈がアトロパのほうを向いているのに気づいて、次の衣服に着替えていたユリアンは聞き耳を立ててしまう。
「ええ。昔ね、お母様と私が冗談で女の子の服を着せたら、それがまたすごく似合ってたのよ!」
「…………」
「だからっていうのもあるのよね。ユリアン、女の子二人とバンドを組んでて、まぁこの顔だし、こうやって女の子バンドみたいに女の子の衣装着てることも多いのよ」
「そうなのか」
「ええ。まぁ似合っちゃうユリアンにも問題あり?」
 くすくすと笑う姉の言葉に、なんだかじんわりときてしまう。誤解を解こうとしてくれているのだ。
 アトロパは膝を抱えて座った状態のまま、麻里奈のほうを眺めている。
「そうか。テレビではあのように女の格好をする男のことを変態と言っていたのでそう言ってしまった。悪いことをした」
「へぇ〜」
「ユリアンは普段、ずっと男の服を着ているだろう? だからいきなり女装していて、隠れた趣味かと思ったのだ」
「隠れた趣味ねぇ」
 ぶくく、と笑いを堪える麻里奈と違ってアトロパは真面目な顔をしていた。
「アトロパにはよくわからないのだが、ユリアンにも色々事情があるのだな」
「ね、似合ってると思う?」
「どうだろうか」
 珍しくアトロパが困ったような表情をする。
「だってユリアンは男だろう? 女になりたいという願望があるならいいが、そうではないのなら似合ってるとは言い難い」
「え? そう?」
 驚く麻里奈にアトロパは頷く。
 アトロパの意見に驚いたのはユリアンもだ。
「見た目は似合っていても、ユリアンは男だ。好きな女ができた時、男らしくみせたいと思ってもできなかったら可哀想だからな」
 ぎくりとしたユリアンとは違い、麻里奈は爆笑している。
「アトロパ〜、それってこの間お昼に観てたドラマのことでしょ〜?」
「バレたか」
「似合うか似合わないかだけ感想教えて。姉としては、気になるところなの。ほら、原因は私でしょう?」
「似合っているぞ。女の子にしか見えない」
「あはは! アトロパ、顔がすごい真面目じゃないのよ〜!」
 大笑いする姉にさすがにユリアンはアトロパが可哀想になってきた。
「もういいよ! ほら、次のってこれでいいんでしょ!」
 姉の持ってきた肌にぴったりとする衣服を披露するために、クローゼットから出てくる。クローゼットの中で着替えていたのだ。
「あ、やっぱり似合うわね。可愛い可愛い!」
 拍手する姉の横のアトロパは、麻里奈に倣って拍手を小さくしているが、顔が笑っていない。
 真面目にこちらを見てくる彼女の視線が痛かった。
「あ、ほらアトロパ、さっきバンド組んでるって言ったじゃない? 聞きたいと思わない?」
「む?」
「ユリアン、アトロパになにか聞かせてあげて」
 唖然としているアトロパと、焦るユリアンだったが、麻里奈の視線は真面目そのものだ。
「新しい家族にあなたの曲を聞かせてあげなさいよ。ケチケチしないで」
「わかった……」
 承諾して、その格好のまま、大事にしている自分のエレキギターに手を伸ばす。
 きちんと音を調整し、声の調子も確かめる。足元に積み上げてある音楽雑誌も避けて、ベッドをイスがわりに座った。
 二人に自分の歌と曲を披露している最中に、ユリアンは確かに見た。
 女装には無表情だったアトロパが、歌には反応して微笑んでくれているのを。
(あぁ、アトロパもちゃんと……僕の歌にわらってくれるんだ……)
 喜んでくれるんだ。
 そのことに、心の奥がほんのりとあたたかくなった――。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年07月12日

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