『【Balance at half month／the black】 』

永嶺・蒼衣（8211）

●六月模様
　――六月に結婚する花嫁は幸せになる、と。
　そんな言葉が、世にはある。
　果たして、ソレが本当に幸せになのか……そんなことは、神様にも分かりっこないだろうけど。
　澄んだ空から、陽光が降り注ぐ中。
　目にした花嫁花婿の華やいだ姿と微笑みは、確かに嬉しそうで幸せそうで。

　……こんな日は、不意にドコカへ出かけてみたくなる。
　……例えば、ダレカに会いたくなる。

　見上げた雨の合間の青い空に、誰が飛ばしたか紙飛行機がふわりと飛んだ。


●幸せの距離
　青く晴れた空の下、ガーデンパーティの会場は祝福の色に包まれていた。
　あちこちに花が飾られ、テーブルには料理が並び、トレーにワインやシャンパンのグラスを並べた給仕が、着飾った来賓たちの間を抜けて歩く。
　華やかな宴の中心は、結婚式を挙げた二人。
　それはこの季節によくある、披露宴を兼ねた小さな野外パーティだった……のだが。
「今日はお二人のために、素晴らしいサプライズ・ゲストがお祝いにきてくれました」
　明るい司会の声が紹介すると、来賓はゲストの正体をあれこれと予想し合う。
　だが白い簡易のステージに現れた姿に、さざめく会話は吹き飛んだ。
「六月の花嫁へ。『Crescens』から誰も聞いたことのない歌を、花束の代わりに贈ります」
　祝う言葉に目を丸くした新婦は、新郎に嬉しそうな表情を向け、同じように驚いていた友人達とはしゃぎ合う。
　だがギターの音が響けば、そんな『雑音』もまた一瞬で掻き消える。
　流れるのは文字通り、誰も聞いたことのない旋律。
　今日のために作った、全くのまっさらな歌へ、誰もがじっと耳を傾けて。
　式を挙げたばかりの新郎新婦を祝うパーティだが、この瞬間だけは完全にステージ上の二人――永嶺・蒼衣と相馬・樹生が主役となっていた。

　　　○

　事の発端は、樹生の友人が持ちかけた『頼みごと』だった。
「お姉さん結婚するんだ、おめでとう。僕らでよければ、お祝いに行くよ」
「……僕ら？」
　コーヒーカップを傾けながら、何気なく携帯に応じる樹生の話を聞いていた蒼衣は、怪訝そうに繰り返す。
　休憩の邪魔をした携帯の相手は、話し振りからすると樹生の友人からで。
　話が終わった樹生は、携帯をポケットに戻しながら友人からの頼みを切り出す。
「お姉さんが『Crescens』のファンだから、お祝いに一曲でもいいから演奏して欲しいんだって」
　身内だけで開く、結婚祝いの野外パーティ。
　そのパーティのステージで、一曲だけでもいいから演奏して欲しいのだという。
　彼らが組んでいるオルタナティブバンド『Crescens』のファンだという姉のためと、訴える友人の頼みを断れず、樹生は蒼衣へ相談する前に快諾してしまったらしい。
　それを聞いた蒼衣は、当然微妙な表情を浮かべた。
　勝手に決めたこと自体は、ささいなことだ。
　逆に「一人で行く」と言い出さなくて、蒼衣としては少しほっとしているところもある。
　むしろ問題なのは、それが結婚を祝う披露パーティだということだった。
「いくら結婚するのが……樹生の友人の姉でも、な」
　結婚というモノについて、実のところ蒼衣はあまりいい印象を抱いていない。
　原因は一番身近な夫婦、つまり両親の所為なのだが、それを今ここで樹生へ明かす気も彼にはなかった。
　知らずと、表情にそれが出ていたのだろう。
「でもせっかくのお祝い事だし、僕らの曲で喜んでくれるなら協力したいよ。それじゃあ駄目、かな？」
　琥珀の瞳で樹生はじっと彼を見つめ、珍しく食い下がってきた。
　友人との約束を破りたくないのか、それとも別の理由なのか。
　ここで蒼衣が頑として突っぱねることを、心配しているのかもしれない……そんなことを考えていると。
「それに僕一人が行っても、『Crescens』じゃない、よね」
　次に出てきた説得の言葉には、若干の不安がにじんでいた。
　……例えるなら、恐れ。
「それなら僕は蒼衣と二人で、お祝いしたいなって思ったんだけど」
　ふと、やけに食い下がる原因と、友人の頼みへ即答した理由が分かった気がした。
　おそらく最初から、樹生は一人で行くことなど考えていなかったのだろう。
　二人で行くのが当たり前で、蒼衣が渋ったために……困っている。
　それに気付けば、知らずと蒼衣の口元に小さな笑みが浮かんだ。
「だけど、やっぱり蒼衣が行きたくないなら……無理は……」
　俯いて視線を外し、言葉を選ぶ樹生へ手を伸ばし、その柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「……蒼衣？」
「単にレパートリーを演奏するだけっていうのも、面白味がないな」
　片手で黒い髪をわしゃわしゃ混ぜて遊びながら、コーヒーを手に蒼衣は思案する。
　せっかく、樹生が表に出した優しい我が侭。
　それをありきたりな形で叶えてやるのは、蒼衣からすると面白味がない。
　ざっと予定と考えをまとめると樹生へ向き直り、軽くぽんと頭へ手を置いた。
「どうせやるならパーティ限定の新曲を披露して、驚かせるか。レコーディングして自費でCDに焼いて、パーティ参加者へ限定マキシシングルってことで配ればいいか？」
「蒼衣、いいの？」
　驚いて目を丸くした樹生へ、蒼衣は企む笑みを返す。
「仮にも『Crescens』としてパーティに招待されるなら、それくらいのサプライズを用意しないとな」
　その言葉を聞いて樹生は安心したのか、ほっと息を吐いた。
「ありがと、蒼衣」
「その代わり、ちゃんと新曲用のスケジュールを開けておくこと。言い出したのは、樹生だからな」
「うん、分かった」
　大学生でもある樹生にはそれなりに大変なことだろうが、間髪おかずに蒼衣へ即答した。

　　　○

「どうか末永く、お幸せに」
　最後の音の余韻に、蒼衣が祝福の言葉をかければ拍手が起きた。
　軽く一礼をした二人は、すぐさまステージから降り、祝いの席を後にする。
　給仕が勧めるワインのグラスに、片手を上げて断り。
　ギターを片手に、控え室代わりの部屋へと戻った。
　囲まれることがわずらわしいのもあるが、何より今日のパーティの主役は新郎新婦であって、彼らではない。
　ギターをスタンドに立てた蒼衣は、手近な椅子へ腰を下ろす。
　その間に樹生は備え付けのインスタントコーヒーを淹れ、そのカップを蒼衣へ手渡した。
「はい、お疲れさま」
「ああ、ありがとう。出来れば、最低でもドリップ式のが良かったが」
　薄いコーヒーに注文を付ければ、相手は小さく笑う。
「花嫁さん、綺麗だったね……幸せそうで良いよね」
　思い起こしながら樹生はコーヒーを作り、適当な椅子へ腰掛けた
「幸せそう、か」
　純粋に喜んでいる樹生とは逆に、浮かない表情で蒼衣は呟き。
　それ以上はなにも言わず、ただカップを口へ運ぶと、樹生が疑問を口にする。
「でもさ、結婚って何だろう？」
「紙切れ一枚の、契約」
　何気なくそう、答えていた。
「それ……割と、身もフタもないんだけど」
　納得できないのか、頬を膨らませた樹生が軽く抗議する。
「全く違う環境で育ってきて、何もかもが違うもの同士、だろ？　それを、サイン一つ、判子一つで縛るのは……な」
　紙切れ一枚で、人の心までも縛ることが出来ると思っている輩がいる。
　そういう輩は本当に愚かだと、薄いコーヒーを口に含みながら蒼衣は思う……が。
　彼の言葉を聞いた樹生には、何か思うところがあったらしい。
　言葉を探すように琥珀の視線がさ迷い、やがて見つけ出したのか、改めて彼を正面から見つめ返してきた。
「今日は本当にありがと、蒼衣」
　真摯な表情での、再度の礼。
　その真っ直ぐな感謝に、蒼衣は苦笑する。
「まぁ、新郎新婦の笑顔も……見ることができたからな」

　――悪くない、と。

　窓からも見える、遠いパーティの光景へ視線を移しながら、蒼衣は表情を和らげた。
「二人とも、いい笑顔だった」
「うん。ふたりが幸せになると、良いね。それから、CDも喜んでくれるといいな」
　この日のために作ってレコーディングした新曲を、この日に合わせてプレスしたマキシシングルは、他の引き出物と一緒に来賓へ配られる予定だ。
　もちろん肝心の花嫁にも、後で弟自らがCDを手渡す段取りになっている。
　樹生が大学へ通っている間に、必要な下準備は全て彼が手配したのだ。
　それを思い出した蒼衣は、ふと嫌な想像が浮かぶ。
「というか、簡単に別れられたら困るんだが」
「困るって、どうして蒼衣が困る？」
　ああ、当然だろう……彼が不機嫌になった理由が分からず、樹生は小首を傾げているが。
「二度目のプライベート・コンサートは、やらないってことだ。お前の友人にも、そう念を押してくれ」
「いいよ、伝えておく」
　今度はちゃんと理由を告げた蒼衣に、樹生はくすりと笑って頷いた。

　――どうか末永く、お幸せに……と。

　ライブの最後に彼が二人へかけた言葉は、社交辞令ではなく。
　振り返って思えば、蒼衣の本心……だったのかもしれない。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

【8177／相馬・樹生／男性／20歳／大学生・ギタリスト】
【8211／永嶺・蒼衣／男性／21歳／ミュージシャン】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　お待たせしました。「HappyWeddingドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
　お久し振りです、だいたい半年振りになりますでしょうか。
　再びお二人のノベルを書かせていただく機会を、ありがとうございました。
　ただノベルの納品が予定より遅れてしまい、申し訳ありません。
　やきもきして、お待ちいただいたかと思います……ご心配をおかけしました。
　今回は何かを仕掛けるドキドキ感よりも、軽いやり取りとお互いの認識を重視した感じになりました。お待たせした分、満足いただける内容となっていればよいのですが。
　もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
　最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
（担当ライター：風華弓弦）

HappyWedding・ドリームノベル

風華弓弦

東京怪談

2010年07月15日