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『風船モグラ 』
海原・みなも1252)&(登場しない)



 ――今日は元々平凡な日だった。朝食を作って家族を起こし、自分も身支度をして学校に出かける。制服が夏服に変わっても暑いのは変わりなくって、心の中で五時間目のプール授業が来るのを指折り数えている。
 けれども、“非日常”という生き物はどこにでも顔を出すもので、気まぐれを起こしてはあたしから日常を奪って行ってしまうものなのだ。こんな日はとても疲れてしまう……。


「みなもちゃん」
「はい?」
 下校途中、後ろから声をかけられて振りかえると、生徒さんが立っていた。
「偶然ねー。こんなところで会うなんて、驚いたでしょう?」
「はい。ちょっと……」
 あたしは曖昧に微笑んだ。生徒さんの言う通り、内心驚いていた。あたしの住む町と生徒さんたちの通う専門学校のある場所は駅が違うから、今まで学校の行き帰りに生徒さんに会ったことはなかったのだ。
(偶然を装っているけど、あたしに用があるんじゃ……)
(あ、あたし、何かされるのかも……!)
 過去に色々な出来ごとがあったせいか、やや捻くれた想像をしてしまう。でも生徒さんの手元を見て、それはあたしの勘違いだと悟った。生徒さんの手には地図と飲みかけのペットボトルが握られていて、どこか目的地があるみたいだった。
「ああ、これ?」
 生徒さんはあたしの視線に気付いて、地図をヒラヒラさせた。
「アパートを変えようと思ってね。この辺りだと学校からも近いし、便利かなあって。ネットで調べて、さっき幾つか回ってきたとこなの」
「お引っ越し……、そっかあ、そうだったんですねっ」
「あはは、みなもちゃん、安堵しきった言い方ね〜」
「い、いえ、そんな……訳じゃあ……」
 言葉を濁して笑うあたし。
 あたしは自分で思っているよりも考えていることが顔に出るタイプなのかもしれない。いつも不敵な笑みを浮かべている生徒さんには敵いそうにないのだ。
「私への疑いも晴れたところで、ちょっと休んでいかない? 向こうの通りを過ぎたところのカフェ、タルトが美味しいらしいの」
 そのお店のことも調べて来ちゃったの、と恥ずかしそうに言う生徒さん。意外と甘いものが好きなのかな?
 学校帰りに寄り道をするのってあんまり良くないことだけど、生徒さんを疑ってしまって申し訳ない気持ちもあったし、あたしも甘いものは好きだから、ご一緒することにした。

 生徒さんの言うカフェは、あたしの来たことのないお店だった。大通りを外れて行って、寂れたアンティークショップの上にあるお店だったから、普段大通りを通っていても気付かなくて仕方ないと思う。
 よく女性は地図を読むのが苦手だと言うけど、生徒さんはむしろ逆で、小さな地図を見ながら一度も迷わずに目的地に着くことが出来た。あたしが目を丸くしていると、生徒さんは「特技なの」と答えてくれた。
 インターネット上で評判になっているお店だと待たされるかもしれないと思っていたけど、夕方よりも手前という時間帯のお陰か店内は空いていた。
 あたしと生徒さんは窓際から最も遠い一番奥の席に向かい合って座った。透明なガラステーブルと、クリーム色の二人掛けのソファーが二つ。
 メニューを見ながら二人であれこれと話して、結局オーソドックスに苺のタルトとスイカのタルトを頼んで半分こすることにした。飲み物は甘くない方が良いと思って、アイスティーのストレートを頼んだ。
「学校終わるの随分早かったのね。いつもこのくらい?」
「はい、金曜日は遅いんですけど……」
「ね、ね、最後の授業何だったか当ててみようか。プールでしょう?」
 こくり、とあたしが頷くと生徒さんは得意げに言った。
「当たった〜! 私ってみなもちゃんの考えていることが読めちゃうのよね。みなもちゃん限定エスパーなの」
「もぉ、あたしにだって分かります、まだ髪が濡れているからでしょう?」
「あはは、みなもちゃん、唇の先が尖ってるわよ」
「……ぅ」
「ほっぺも少し膨らんでる。悔しかったと見た!」
「い、いえ。違います……よ……」
 生徒さんの視線とあたしの視線が重なる。あたしの表情を観察している生徒さんの視線が熱っぽく思えて、あたしは反射的に視線をそらした。
 ――数秒の沈黙。
 そう言えば、こういう時間を外国では天使が通ったって言うんだっけ。凄く古典的な表現だけど……。
 ええと、そうじゃなくて、ほら、生徒さんに何を言えば良いんだろう。会話を繋げていなきゃだめなのに。俯いてばかりじゃあ、生徒さんに嫌な印象を与えるじゃない……。
 ――ギシ。
「みなもちゃん知ってる?」
「…………!!」
 声が横から聞こえたので顔を上げる。と、左隣に生徒さんが座っていた!
(な、何で急に! 横に!)
 あたしは心臓が飛び出しそうになるのを何とか堪えて、上ずった声で返した。いえ、あたし、なにも、しりません。
「じゃあ教えちゃう。人って向かい合っていると警戒しちゃうらしいの。特に先生と生徒とか、遠慮する間柄ではね……」
「そ、そうなん、ですか?」
「そういうときはね、隣り合って座ると良いんですって」
 生徒さんの指があたしの髪に触れる。くるくる、くるくると、あたしの髪が生徒さんの指にまきとられていく。
 生徒さんの顔はあたしのすぐ下にあった。片手をソファーについて、前かがみの姿勢で。その上目遣いの瞳があたしの身体を捉えている……。だからあたしは身じろぐことも出来なかった。
「ああ、やっぱり髪が濡れてる。プールなんて、懐かしいな……。塩素って、どんな匂いだったかしら……」
 下にあった顔が離れたと思ったら、あたしは生徒さんに抱き寄せられた。生徒さんの顔があたしの耳に触れ、生徒さんの胸があたしの肩に当たって、あたしは思わず目を瞑った。視界を開けたままにしておいたら、余計に鼓動が速くなってしまいそうだった。
「……ああ、この匂いだった。懐かしい……。みなもちゃん、もう目を開けていいのよ?」
 ――すぐ傍に、にこやかな笑みを浮かべる生徒さんがいた。
「みなもちゃんの考えていることって、読めちゃうのよね?」
 その言葉だけではあたしを赤面させる内容なのに、その言い方は風船みたいに軽やかで、あたしを安心させる響きを持っていた。あたしのちっぽけな抵抗心など奪い去ってしまうのだ。
「ほら、アイスティーが来たわよ。一緒に飲みましょう?」
「……はい」
 その答えしか用意されていないようにあたしは頷いた。実際、断る理由はどこにもなかった。

 気分がすぐれない、と気付いたのはそれから二十分程経ってからだろうか。
 頭の中に霧がかかってきて、生徒さんとの会話も上手く行かなくなっていた。店内には冷房がかかっているにも関わらず、暑くて仕方がない。けれども汗は出なくて、皮膚の内側が火照っている感じがした。
 生徒さんは甲斐甲斐しくあたしを世話してくれた。あたしの靴を脱がせてソファーに寝かせ、膝枕をしてくれた。おしぼりをおでこの上に乗せてくれたし、出来るだけ胸に負担がかからないように気持ちだけでも、と言って制服のリボンを緩めてくれた。
「ごめんなさい……」
「そんなこと気にしないで。みなもちゃん、どんな感じがするの?」
「なん……だか、変な……感じなんです……。ぼんやりして……暑い……熱い……。それに何だか…………」
「眠い?」
「…………はい……」
 目を開けている筈なのに、生徒さんの顔がぼやけてきた。
 ずっと遠くから、生徒さんの声が耳に届く。それなら眠った方がいいわ、身体を楽にして、ゆっくりと休んだ方が良いの……。


 ――あたしは知らない家の庭にいた。庭の門より奥は空白になっているから、これは夢なんだと思う。
 あたしは風船少女になっていた。
 ここの庭には生徒さんの声で溢れている。あの軽やかな声をあたしは美味しそうに食べていて、その度にあたしの身体は膨らんで、少しずつ浮いていくのだった。
 身体が地面から三十センチ程浮いてしまうと、あたしは生徒さんに空気を抜いてもらう。
 生徒さんは空気を抜くのが上手だった。小さなアイスを食べるときに使うプラスチックの楊枝で、プチプチとあたしの身体に穴を空ける。あたしはくすぐったくて身体をよじってクスクス笑いながら、ふんわりと地面に着地する。空けてもらった穴はすぐにまた塞がって、膨らみ始める……。
 あるとき、あたしは生徒さんに訊ねてみた。
「このまま膨らんでいったら、どうなるんでしょう?」
 これはあたしにとって一番の関心ごとだった。あたしの身体が膨らみ過ぎてしまって、生徒さんが脚立を使ってもあたしに届かなくなってしまったら? あたしはあの空白の場所さえも超えて、どこに行くんだろう? 海を越えたり、山を通り過ぎたり、ふわふわふわと空へ向かって行くのだろうか。
「だめよ。もしもそんなことがあったなら、恐ろしいことになるのだから……」
 そう言って、生徒さんは「こわい、こわい」と首を横に振った。もしもあたしがどうしようもなく膨らみ過ぎてしまったら、もう破裂して“しんでしまう”そうなのだ。
 自分が何者かもわからなくなるくらいにバラバラになってしまうのだから、と生徒さんは言う。あたしは自分が得体の知れない残骸になることを想像して、身の毛のよだつ思いがした――、


 まどろみからさめてみると、あたしは悲鳴を上げずにはいられなかった。
 見たこともない真っ白な天井とライトがあった。身体を起こそうとしても動くことが出来ない。自由の利かない首を使って辺りを見渡すと、自分の状況が分かってきた。逃げられない筈だ、手足は拘束され、あたしは手術台の上に寝かされていたのだから!
「イヤ! 何でこんなこと……帰して! 家に帰して下さい!」
 あたしが叫んでいると、ベタベタと湿気を帯びた音を立てて、白衣を着た数人の男が現れた。
 いや、これは――人間なんだろうか? 顔にはマスク、身体はすっぽりと白衣で覆われているが、マスク越しに動いている口が人間のものとは思えなかった。口と言うより、土を掘って出来た穴と表現した方が正しいものだった。
「オヤオヤ、こちラ、混乱されておるよウですな」
「そうかイ。でハ、懇切丁寧に説明せネばならなイね」
「世話の焼けル娘ダよ」
 唾液が多いのか粘っこい話し方だと思っていると、男の一人がグッと顔を近づけてきた。
「こノ顔に、見覚えはないカね?」
 あたしの視界一杯に得体の知れない者の顔が広がっていた。研ぎ澄まされた神経が一本全身に通っているようで、頭から足の指先まで震えていた。目をそらしたい、見たくない。だけど目をそらす勇気も、ましてや目を閉じる気力も残ってはいなかった。
「ホう、ホう。見覚えガ、ナイとおっしャる」
「こりゃア、イケマセンなア。私たちはヨオク知っていルというのに、海原みなもチャン」
「え……どうして……?」
「知っているトも。キミを取って喰おうっテ訳じゃアないンだよ」
 男の一人が身を乗り出して、あたしの髪を触った。男の顔があたしの額をかすめたのに、あたしはさっきのような恐怖を感じなかった。正確に言えば、ゾッとした中に不思議な穏やかさがあった。それはあたしの肌に馴染む恐怖だった。
「我々はあル組織ナんだ。地中に世界を築くンダよ」
「そこ二キミが欲しいんダ、みなも……」
「あたしが……欲しい……?」
「そウ……いいダロ?」
 男の言葉が終わらないうちに、あたしは麻酔薬を嗅がされていた。
 体中の毛が逆立つ感じと、妙な懐かしさ……。相反する気持ちが絡み合って、あたしは眠りに落ちて行く――。


「生徒さん、生徒さん」
 あたしがいくら呼んでも返事がない。あたしは焦って来ていた。どうして突然生徒さんはいなくなってしまったんだろう。いつもの庭で遊んでいるだけなのに。生徒さんの声はするのに……。
「生徒さん、あたし、膨らんじゃうんです」
 ふわふわと宙に浮いていく身体でもがきながら、あたしは叫んでいた。
「このままじゃあ、どんどん、浮いちゃう……」
 食べまいと思っても、生徒さんの声は甘い響きを伴ってあたしの口の中へ滑り込んでくる。それが喉を通って、あたしの胸やお腹や……腕すらも、膨らませていく。
「浮いちゃう、浮いちゃう、生徒さん…………」
 人影のない場所で、あたしはあがき続ける。
「割れちゃう、割れちゃうの……生徒さん……」
 一人で膨らみ続けるのは、とても恐ろしい。
 何でも良いから、姿を見せて。あたしの空気を抜いて。誰か、あたしの傍に……。


「おハよう、みなも」
「みなも、目ガ覚めたンだネ」
「仲良くしヨう、みなも」
「オオ、みなも……待っテいタよ……」
 むくり、とあたしは起き上った。
 視界はひどくボヤけていた。目を凝らしてみても、すぐ近くのモノしか見えないし、それに湾曲している。
 足を床につけると、ベタ、という湿った音がした。一歩足を踏み出すと鉤爪が床と擦れて不愉快な音を立てた。歩くのにコツがあるのだろう。今までどう歩いて来たんだっけ――。
「みなも……ドウだイ、感触は」
「…………?」
 何を言っているんだろう。まるであたしが初めて歩くみたいなことを言うなんて。あたしは前から……。
 前から――、何だった?
「ャ、イやあああアあ。こんナの、あたしじゃナい……」
 口から放たれたのは、イントネーションのおかしな言葉だった。口が前のあたしの姿より広がっていて、始終唾液が舌先にまで流れ込んで来ていた。喋ろうとしても唾液が波打って、言葉というものは海中のタコみたいにウニョウニョと蠢いて捕まえられなかった。
「ャめテ。あタし、どうシたノ……」
 あたしは逃げようとしたけど、鉤爪を床に滑らせて転倒した。
 ゴロゴロゴロゴロ……。枝から切り離された蓑虫のように無様に床を転がっていく。けれどもちっとも痛くない。
 ツルツル滑る床をやっとの思いで起き上って、腕を目一杯目に近付けて眺めてみると、腕は黒い剛毛で覆われていた。もしや、とお腹や足に触れてみると、やはり同じ毛に覆われていてチクチクする。
「イイからダだろウ? クッション代わりト言ウ訳さ」
「いャア……」
「僕タちはキミの仲間だヨ。嫌なモノか。すぐに良くナる、スグニ……」
「さア、みなも。コチラヘおいデ。まズはテストだ」
 あたしの薄暗い視界でも分かる。眼の前にいる“生き物”たちはモグラのカタチをした怪人なのだ。人のように大きく、モグラのような姿をしていて、歩くときは二本足だけども、人間のように器用には歩けない。鉤爪をひっかけないように、ひょこひょこと進み、それでもバランスを崩しそうなときには四本足になるのだ。
 鼻は人間のものとは違い、ネズミのようにグッと突き出ていて、時折ヒクヒクと動く。いいや、動くと言うよりは、鼻だけが別の生き物のように、蠢いていると言った方が適切だ。ブタのようでもある。
 ――気味の悪い、ゾッとする生き物。
 彼らはあたしのことを仲間だと言う。
 でもそんな筈はない。あたしは確かに人間だったんだから……。
「ココだ、ココヲ、掘っテごらン」
 手術室――いや、怪人のアジト――の端には、土で覆われた一角があった。ここをあたしの指で掘れと言うのだ。
 あたしの手でなんて、無理な話だった。そんなことをしたら爪が折れてしまう――……。
 ところが、あたしは自分の手を見て、泣き叫びたくなった。あたしの手は足と同じく、いや足よりも鋭く大きな鉤爪がついているのだった!
「嘘、ウソ、ウソ!」
「イイャ、キミは知っていた筈ダよ。自分の手はこンナに美シい鉤爪があルってネ」
「さア、掘りなサい。今に気持チが良くなルよ……」
 溢れかえる唾液を呑み込みながら、あたしは嫌々土に爪を立てた。
 ――土は柔らかく落ちて行った。瞬間、あたしの鼻はヒクヒクと蠢いて、甘美な匂いを嗅ぎつけた。
 あたしは両手でその素晴らしい匂いに出会うべく、土を掘り出した。本能がそうさせるのか、腕を勢い良く上下し、隣に土をこんもりと盛って、やがて出会ったのはミミズの塊だった。
「ウ…………いャアア、ミミズ!!」
「何ヲ言っているんダ、自分で掘ってオイて」
 怪人の方が正論だった。あたしは自分ノ意思でミミズを探し当てたのだから。
「まアまア、イイさ。ここはミミズの貯蔵庫なンダ。御馳走とイう訳だヨ。さア、土を戻して…………そウそウ、これでヨシ。デ、皆はどウ思うかネ?」
 仲間の一人ハそう言ってぐルりと他のメンバーを見渡した。
「合格ダと思ウ。能力は申シ分ナイね」
「僕も同意見ダ」
「ちょっト怖がリな所があるけド、オイオイ慣れテもらオウかね」
「ウン。みなも、こレでキミは僕たチの正式な仲間になっタヨ」
 仲間たチの口の端がニイイと広ガる。あたシも安堵シて、一緒に微笑ンだ。実際の所、もう仲間ダと言うツもりでいたケど、テストと言うもノは緊張するのだ。

「サア、祝杯ダ!」
「祝杯ダ! 祝杯ダ!」
「祝杯ダ!」
 仲間たチは身体を倒してゴロゴロと転ガりながラ、あたしのコトを祝っテくれた。
「カンパイ!」
「我が結社二素晴らしイ未来のアることを!」
 深い容器二なみなみとオレンジ色の液体ヲ注ぎ込み、あタしたちハ四つ這いになってそレを飲んだ。ピチャピチャと舌を浸ケると、ほロ苦い味が唾液ト共に口一杯に広がル。こレはストレート・アイスティーだ。
 ――………………あれ?
 違和感があたしノ意識を突き抜けた。これを以前にモ飲んだことがある。ごく最近の話だ。あれは確か、生徒さんと行ったカフェで――。
 頭の中で鈍い音がした。意識が半分明瞭になり、半分は前よりずっとぼやけている。四つ這いの姿勢をやめ、背を正すと、怪人の一人が愛しむようにあたしのことを見つめていた。
「流されちゃいそうになっていたでしょう?」
 とその怪人は言った。
「みなもちゃんの考えていること、読めちゃうんだから」
 その一言が、あたしの意識と身体をプツンと切断した。怒るとか嘆くとか、そんな気持ちにすらならなかった。

 つまりこれは生徒さんたちのちょっとした悪戯。「いかに特殊メイクとバレずにメイクを行うか。そしてそのメイクが被験者に気付かれないかどうか」という、ちょっとした実験。それがいつの間にかスポンサーがついて、こんな大がかりな話になったらしい。世の中には妙なことに情熱を燃やすスポンサーがいるものだと実感する。
 生徒さんは多分、いくらか気を使ってくれていたんだろう。思い出してみれば、怯えるあたしを落ち着かせようとしてくれていた。今も頭が床に付く勢いで謝ってくれている。
 だけど、あたしの意識は遠いところにあった。だって一度に色んな感情を味わい過ぎてしまって、緊張し続けだったんだから。糸が切れてしまったのだ。
 とにかく、メイクを落として、家に帰らなければいけないんだけど……、気力が足りない。
 非日常という生き物は、勝手にやって来て日常を奪って行くけど、去って行くときも呆気ない。
 こんな日は、本当に疲れてしまう……。



終。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐野麻雪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年07月16日

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