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『とあるお店における、とある若者たちの、ちょっとした1日 』
神崎・子虎(ga0513)&ノエル・アレノア(ga0237)&白虎(ga9191)




「「「いらっしゃいませー♪」」」
 扉に下げられたベルがカランカランと鳴るのを合図に、三人の店員は揃って声を出した。
 来店したお客さんの人数や年齢、性別などを考慮し、妥当と思われる席へ案内するのは簡単なようでいて結構大切な仕事だと、ノエルは店長こと白虎から言われていた。いい意味でこじんまりとした店でも仕事は多く、一通り教えてはもらったが、いざ本番となると落ち着かない。教えられたとおりに、お客さんが素敵な時間を過ごせるように。ホコリを立てない程度の小走りで歩み寄りながら、直視はせずにチェックを入れ、現在の空席状況と脳内で照らし合わせる。
「二名様ですね。どうぞ、こちらへ」
 このお客さんは若い男女のふたりづれ。腕や手の触れ合いこそないがお互いの距離が近いことから、十中八九カップルであろう。ゆっくり語り合えるように奥まった場所、しかもちょうど観葉植物によって陰のできる、仲良しカップルの特等席へと案内する。彼らがテーブルを挟んで向かい合うようにソファへ座るのを見届けてからメニューを置く。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。失礼します」
 一礼し、カウンターの内側へ戻るためくるりと背を向けると――短めに作られたスカートが少しだけ風をはらんだ。
(‥‥あああああ! 彼女が何かボソボソ言ってる! 彼氏も絶対こっち見てるし!! 視線が、視線が突き刺さるんだけど!? 子虎、親指立てるのやめて、グッジョブじゃないからっ‥‥って、白虎その目つき怖いよ! ライバル認定なんてしなくていいからーーー!!)
 一仕事こなしたという安堵からか。ノエルは歩きながらも心中でまくし立てていた。スカートを決して押さえてはいけないと子虎から言い含められたことも忘れて後ろ手に押さえ、カツカツカツカツ足音を鳴らし、厨房へ飛び込んだ。途端、待ち構えていた白虎と目が合った。
 白虎は腰に両手を当てて少しだけ胸をそらした。制服が見栄えする程度に入れられたパッドの存在すら忘れ去るほどにその胸の形は自然で(しかしボリュームはない)、白虎がいかに女の子らしく振舞っているかをよく示しているように思える。そして白虎は自分のそういった姿をノエルに見せ付けているのだ。自分のほうが、より強く「萌える」のだと。
「ボクが一番の萌えっ子なんだにゃー! 絶対ゼッタイ、負けないんだからーっ!!」
 店内のお客さんに聞こえると困るので、あくまでも小声で叫んだ白虎。萌えの王者の座を得るための戦いは白虎ひとりの中でのみ密かに始まっていた。

 ◆

 ことの起こりは数時間前。白虎が経営している喫茶店で人手が足りないという話が出た。
「申し訳ないけど、手伝ってくれると嬉しいにゃー♪」
「僕も一緒に働くから安心してねっ」
 ほかならぬ友人である子虎からも頼まれては、断る理由はない。バイト代も出してくれるというし、まかないもあるそうだし、傭兵として次の仕事を請けるまでにちょっと体が空いていたしで、ノエルは二つ返事で引き受けた。
 頼まれたら断れないという性格も起因していたかもしれない。けれどそれだけならノエルの日常、よくあることだ。
 それだけだったなら。
「あ、ここだよー」
 子虎に手を引かれて、店へ到着した。白虎は開店準備があるとかで先に行っているという話だった。制服があると聞いていたから気負いせず普段着で、導かれるまま店内へ。
「いらっしゃい! 待ってたにゃー!」
 すぐさま出迎えてくれたのは、膝上というか太もも丈のスカート姿、白を貴重に各所へ黒を配置して全体を引き締めている、ぶっちゃけメイド服。それを着た、白虎の笑顔はまあなんと可愛らしい。
 カランカラン、とノエルの背後で扉が閉まった。カチャリと鍵のかけられる音もした。子虎がささっとノエルの手をつなぎなおす。
「一応聞くけど、なんで女装なの?」
 白虎の経営する店だし、白虎が女の子の服を着ているのはいつものことなので、特にどうということもない。スルーしてもいいのだが、言葉どおりに一応、尋ねてみた。
「ここはコスプレ喫茶だから、メイド服は鉄板なのにゃ」
「コスっ‥‥‥‥‥‥ああ、いや、ごめん。初耳だったから驚いちゃって」
 ラスト・ホープの法に触れない限り、店の内容に口を挟むのはナンセンスだ。
 そう判断したノエルは軽く深呼吸して気分を落ち着けた。
「それで、ええと、僕の服は?」
「ノエルンはこっちの青いのが似合うと思うよー♪」
 白虎はふたつのハンガーを持っていた。それらにかけられているのはいずれもメイド服で、細部に多少の差異はあれど、大雑把に見れば白虎の着ているものと色違いになっていた。愛らしい薄桃色と、爽やかな水色。
 水色のほうを、子虎は指し示している。ノエルには子虎の行動の意味がわからなかった。
「‥‥僕が言ってるのは店員用の服で」
「うん、だからこれが店員用の服だよ?」
 コスプレ喫茶の店員なのだから、コスプレしていて何が悪い。むしろそっちこそ正当、当然だろう。ん? ――白虎と子虎、二人の表情がそう物語っていた。
 逃げられない、とノエルは察した。元々どんな服が来てもいいように覚悟の上だ、ここは大人しく折れようと心を決める。
「わかった、着るよ」
「やったー!!」
「‥‥‥‥あ、やっぱり一寸考えさせ――」
「じゃあさっそく着替えないと♪ あは、僕が手伝ってあげるのだ☆ えいっ」
 白虎と子虎の喜びように、固めていた覚悟も一瞬で吹き飛んだ。吹き飛んだが、時すでに遅く、ノエルはバンザイの格好で上着を脱がされていた。それに驚いた次の瞬間には、ズボンも残すところ足首から外すだけの状態に。
「ノエルンの足きれーいっ」
「このお肌のきめ細かさは、さては内緒でお手入れしてるにゃ!? どこのものを使ってるか教えるのだ!!」
「何もしてないから!! そんなまじまじ見ないでーーーー!!!」
 驚嘆、詰問、懇願の声はいずれもご近所さんの耳にすんなり届くほどよく通り、ノエルの降参がもう少し遅ければ危うく通報されていたことだろう。

 ◆

 仕事を実際に始めた今だからこそノエルは思う。
「僕‥‥何してるんだろうか‥‥。なんで最初に話を聞いた時点で、どんな店なのかもっとよく確認しておかなかったのかなあ」
「確認しててもはぐらかしたけどね☆」
 ノエルの愚痴に応じた子虎は、もちろんメイド服。薄桃色はどことなく儚げな雰囲気の彼――いや、彼女と呼んだほうがよいのだろうか――によく似合っている。普段の二割増しでシナを作り、常に笑顔を絶やさない。要するにノリノリ。
「でもでも、お辞儀してたノエルンはとっても可愛かったんだから〜♪ また惚れ直しちゃう♪ 自信もっていいよっ」
「‥‥ま、まぁ決まったからには精いっぱい頑張るしかないから」
「その意気やよしっ! あ、新しいお客様が来たから行って行って。ボクは向こうのテーブルに呼ばれてるから♪」
 絶好調のノリのままノエルの背中を押すと、子虎はふわりとスカートを翻し、奥の席を陣取る客のもとへ急いだ。
「はーい、お待たせいたしました、ご主人様♪ メニューは何にしますか?」
 奥の席なのには理由がある。なんとなく嫌な感じのお一人様男性客だからだ。彼は舐めまわすようにして子虎の全身をじろじろ見た後、にやりと笑った。顔を引きつらせる位しそうなものだが、この間、子虎の笑顔に一切の揺るぎもない。さすがである。
 しかし先ほどのカップルは眉をひそめながら囁きあっている。いや、カップルだけではない。店内のそこかしこで交わされる視線から感じられる意図。いずれのお客さんも、意識してそのグループを視界の外へ追いやろうとしているようだ。
 子虎や他のお客さんに何かあってはと気が気でならないが、それでも今は自分も応対中だからと必死で笑顔を作るノエル。なるべく早く済ませ、応援に行きたい。が、子虎のように自然な笑顔にはならない。案内され着席したばかりのお客さんがいぶかしげに店内を見渡す。
「あっつあつのコーヒーが入ったのにゃー!」
 白虎がカウンターの内側から、オーダーの完成を必要以上に大きな声で宣言した。ソーサーに乗ったカップからはこれでもかというほどの湯気が立ち上っている。
 我に返ったノエルは慌ててトレイに乗せた。だがその最中にもお一人様客と子虎をチラ見せずにはいられない。
「こらっ」
「あいたっ!?」
 白虎によるデコピンはなかなか鋭い一撃であった。
「笑わない子にはおしおきにゃ。お客さんの不安を煽るような顔をする子は萌えっ娘失格。合言葉は?」
「す、すまいるすまいる‥‥」
 ふっ。と、白虎がまたも勝ち誇った。
「そこで見てるのにゃ」
 ノエルの手からトレイを奪うと、子虎とお一人様客のもとへ優雅に歩いていく。

 一方その頃、子虎はお一人様客の手を手刀で叩き落していた。メニューを決めかねているように見せかけて子虎のお尻を触ろうとしたからだ。
「おさわりは厳禁なんだぞ☆」
「俺は客だぞ、客の手を叩くとはどういう了見だ! 責任者を呼べ!」
「はーい、ボクが責任者だよ」
 叩かれた手をもう片方の手で押さえ、お一人様客は目を吊り上げ、声を荒げた。悪びれる風のない子虎に苛立ちを覚えたのだろう。今にも殴りかかりそうだったが、そこへ白虎が割って入った。
「お前が!? この店はどういう教育をしてるんだ、客に対してこんな――」
「まあまあ、ここはこれをぐいっと飲んで」
「ふん、詫びのつもりか、こんなものでうわっちゃああ!!」
 急に流れ込んだコーヒーの熱さに、お一人様客の喉は耐え切れるわけもなく、悲鳴を上げた。恨みがましくも喉を押さえながら白虎を見上げたお一人様客は、笑顔の天使を見た。
「故意で店に迷惑をかけるような人は、うちではお客さんとは呼ばないのにゃー。それに、おさわり禁止、って最初に言ってあるよね? 大事なトコロに火傷を負わされたくなかったら今すぐこの店から出て行くといいよ」
 だがしかし、その天使は容赦なく鉄槌を下す断罪の天使だった。
 キヨラカな満面の笑みにお一人様客も危険な香りを感じとったのだろう。「金は払わないからな!」という捨て台詞を残してそそくさと逃げ帰っていった。
「さて」
 ドアベルが鳴り止むと白虎は再び口を開いた。固唾を呑んで見守っていたノエルと他のお客さんたちはびくっと肩を震わせたが、白虎の笑顔にもはやなんの黒い部分もないように思えた。
「お騒がせしてすみませんでした。お詫びにおひとり様おひとつずつ、お好きなケーキをお選びください」
 恭しく頭を下げる様子はメイドでありながらもまさに一国一城の主であり、その場に居合わせた全ての人たちから賞賛の拍手を浴びせられることとなった。

 ◆

 本日の営業時間終了後、掃除を済ませた三人の男の娘たちはひとつのテーブルを囲んでいた。テーブルの上にはスペシャルすうぃーとパフェ。大きなガラス製サラダボウルに足がついたような器へ、アイスやフルーツやその他のデコレーションをぎゅうぎゅう詰めかつ山盛りにすたチョコパフェ(キャラメルソースがけ)である。四人前という量の多さだけでなくトッピングや量の追加が指定できるということもあり、じわじわと人気を伸ばしてきている一品だ。
 このシロモノを前に用意されたスプーンの数は、もちろん三本。「いただきます」の一言を合図に、三者三様、思い思いのポイントへとスプーンを伸ばした。
「おっいっしぃぃぃぃーっっ♪」
 一口目から大騒ぎの子虎に、ノエルはしょうがないなぁという表情を浮かべる。パフェを作った当人である白虎はまたも勝ち誇り、自らも食を進めてはうんうんと頷く。
「‥‥あのさ、よく我慢できたね」
「にゃ?」
 そんな白虎へノエルが尋ねる。
「子虎もそうだけど、しっと団としては、追い返すだけじゃなくてばっちり報復もするかと思ったんだけど」
「もー。ノエルンは僕たちのことを何だと思ってるわけ?」
 子虎はスプーンを振り異議を唱えるが、折につけてのしっと団の行動を知っていれば、ノエルがそのように考えてしまうのも無理はなかろう。
 なので、その点についてはひとまず華麗にスルーしておくことにした白虎。サクランボのヘタを持ち、ぶらぶらと揺らす。
「お客さんの前でそんなはしたないことはしないのにゃ。ねー♪」
「ねー♪」
「そ、そっか。そうだよね。ごめん、僕の認識が間違っていたみたいだね。改めるよ」
 白虎と子虎は顔を見合わせ、小首をかしげて笑いあう。その様子はとても愛らしくて、まるで純粋な幼子たちのやり取りを見ているようで、ノエルもつい謝った。「こんな子達がまさか」と思ってしまったがゆえの、反射的な行動だった。
「だってこの店は情報収集とか同志発掘とか活動資金獲得その他のためのものなんだから、お客さんが来なくなっちゃったら困っちゃうにゃー」
「せっかくノエルンが素敵な格好してくれるようになったんだもん、もっと見たいなぁ」
「‥‥‥‥‥‥え?」
 それなのに彼の耳に飛び込んできたのは、数秒前の自分に考え直せと諭したくなるような内容だった。
 もう二度とやらない、とノエルが声に出すよりも早く。実はこっそり覚醒してないかというほどのスピードで。白虎と子虎はノエルに向き直り、
「「またよろしくねっ♪♪」」
 有無を言わさぬ天使の笑顔でそう告げたのだった。
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2010年07月20日

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