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『     本の森の迷い子たち 』
海原・みなも1252)&草間・武彦(NPCA001)

 その図書館は、とても大きな施設だった。
 ドーム型の天井はガラス窓になっていて、館内の至るところに観葉植物が並んでいる。
 特に最上階、庭園のように広がる緑の中に設けられた閲覧スペースは人気を読んでいるようだ。
 地下1階から4階まであって、その天井はどこも高く、本はその天井までびっしりと埋め尽くしている。
 本棚というよりは、壁に挟まれた通路。まるで本の迷路のような場所だった。
 高い場所の本をとるために、脚立ではなく移動式の梯子が用意されている。
「……わぁ、すごい」
 青い髪の少女、みなもは小さく声を漏らした。
「でしょう。広いし綺麗だし、本も沢山。こんな素敵な図書館、中々ないよ」
 友人がそう言って、胸をはる。
「でもそれにしては、利用者が少ないね?」
 人気のない通路を振り返り、みなもはつぶやく。
「多分、広いからじゃないかな。天井まで本棚になってるから他の通路も見えないし、最上階の閲覧スペースが人気らしいから、皆その辺に集まっているのかも」
「……うん」
 何となく腑に落ちないながらも、みなもは小さくうなずいた。
 それにしても、ものすごい蔵書だ。普通は書庫に入っているであろう、古めかしい書物や黄ばんだ巻物などを置いてある場所まである。
 眺めて回るだけでも、十分に時が過ごせそうだ。
「ねぇ、あたし向こうの方の……」
 声をかけようとしたところで、相手がいないことに気がついた。
 いつの間に離れていったんだろう。せめて、声をくらいかけてくれてもいいのに。
 みなもは首を傾げながらも、通路の曲がり角まで歩いていく。
 ひょいっと顔を覗かせ、両側に目を向ける。
 ……いない。
 走る音も聞こえなかったのに、そんなに早く姿が見えなくなるものかしら。
 不思議に思いながらも、次から次へと、曲がり角を見て回る。
 熱心に本を探す老人を見た。座って本を広げる子供も見た。
 だけど、一緒に来たはずの友人の姿はない。
 そうだ……そういえば、最上階の閲覧スペースが人気だって言ってたんだ。
 思い出すなり、みなもは4階へと駆けていった。
 息を荒げて辿り着いた場所は、緑に包まれた机とベンチだった。
 公園の中にでもあるような、安らぎの空間。
 だけど……そこにも、彼女の姿はなかった。
 そうだ、携帯に電話すれば……。
 図書館の中とはいえ、仕方がない。そう結論づけて、かけてみる。
 しかし、電話には誰も出なかった。
 呼び出し音に気づいて向かってみると、彼女を見失った場所のすぐ傍に、携帯が落ちていることに気がつく。
 みなもは急に不安になった。
 図書館であるにも関わらず走ってカウンターに辿り着き、友人の特徴を告げて見なかったかと尋ねてみる。
 ついさっきまで一緒にいたはずなのだ、と。
 しかしいくら広いとはいえ、図書館内でのことだ。
 中学生を相手に迷子の放送をする気か、とばかりに苦笑される。
 それでもみなもは迷わず頼み込んだ。
 携帯を失くしていたら連絡がとれないというのもあるが、あの不自然な消え方が気になったのだ。
 案の定というべきか、館内放送をしたにも関わらず、どれほど待っても友人は姿を現さなかった。
 先に帰ってしまったんだろうと言われ、仕方なく携帯を預かったまま帰宅する。
 しかしその日のうちに、友人の両親から「まだ帰ってこないんだけど、何か知らない?」と連絡を受け、更にその翌日――当然のごとく、友人は学校を休んだのだった。


「……このところ、付近で失踪者が続出しているようだな。うちにも行方不明調査の依頼が入ったんだが、証言によるとそいつらは皆、最後に図書館で姿を消したらしい」
 探偵事務所を構える草間は、紫煙をくゆらせながらつぶやいた。
「警察は動かないんでしょうか」
「捜索願ってのは毎年途方もない数がくるそうだ。全部を探すわけにはいかない。なんで、事件性が薄いものは後回しにされる。幼児ならともかく、中学生くらいとなると家出の線も強いしな。失踪者が最後に図書館に行ってたみたいだから張り込んでくれ、ってのは無茶な相談だろう」
 確かに、その通りかもしれない。
 だからこうして、探偵事務所に依頼が入るのだ。
 それに……もしかしたら、普通の事件ではないのかもしれない。
 同じところで立て続けに人が消えたということは……その場所におそらく、何かがあるのだ。
 

 みなもと草間は連れだって図書館へと向かった。
 前回と同じく、やはり利用者はあまり多くはないようだ。
「はぐれるなよ。お前にまで消えられたら、後が面倒だ」
「でもそうしたら、理由が解明できるかもしれません」
 冗談ではなかった。
 自分も同じように捕まれば、友人が捕らえられている場所が、その理由がわかるかもしれない。
 彼女を助けられるかもしれないのだ。
「妙な考えは起こすなよ。こいつは仕事だ。邪魔をするくらいなら帰ってもらう」
 それを見透かしたかのように、草間は言った。
 図書館内は禁煙というのもあって、少しいらついているようだった。
「……それにしても、妙にゴチャゴチャしたところだな。椅子だの植物だのが、そこら中に並べてあって」
「椅子はともかく、こんなにも植物があるのは珍しいですよね」
 森の中に本を集めたような錯覚さえ起こすほどだ。
 迷路のような本棚。そこら中に見られる植物。
 それは何か、事件に関係しているんだろうか?
「……ここが、友達のいなくなった場所です。私はここから向こうを見ていて、振り返ったときにはもう……」
 再現するように一方を見て、後ろを振り返ったときだった。
 昨日までは、気づかなかったものが目に入る。
 植物が……増えてる?
 天井から垂れ下がるように蔓を伸ばすそれは、昨日までは確かになかったものだ。
「携帯を見つけたのは、ここ……」
 しゃがみこんで、床を軽く撫でてみる。
 その真上は、新しく入荷した植物。
 これは――果たして、偶然なんだろうか?
「何だこの本。タイトルが書いてないな。著者は……」
 棚に置かれた本に目を向け、草間がつぶやいた。
 彼はハッとしたように、その本を取り出し、パラパラとページをめくる。
「これは、行方不明者の日記か? いや、それにしては……」
 目を向けると、タイトルのない本がいくつかあった。
 どれも似たような、何の変哲もない背表紙で、中身は簡単な手記のようなもの。
 そしてどれも、途中で終わっているようだった。
「……もしかして、ここにある本は人を吸収しちゃうんでしょうか?」
「行方不明者は本に食われたってか? 知識を得るはずが、栄養にされちまうってわけか」
 本が……もしそうだとしたら、植物はやっぱり、関係ないんだろうか。
 みなもは書棚をくまなく調べてみたが、しかし友人の名前が書かれた本は見当たらなかった。
「タイトルのない本は、この辺りを中心にしているようだな。少なくともこの階では」
 つまり全ての本が危険なわけではなく、1つの本――もしくはその代わりとなる何か――が起こしていることなのか。
 それともその場所の、磁場か何かが問題なのだろうか。
「とりあえず、この本について何か知らないか、問いただしてみよう」
 いくつかの本を手にカウンターに行ったが、図書館専用のバーコードシールもないそれらの本は、ここの蔵書ではないと言われてしまった。
 ときおり、誰が置いたのか、勝手にそうしたものが混ざっているらしい。
 自費出版した素人が作品を読んで欲しくてやったのではないかと、そんな見解を示しているようだ。
「……あの、それ以外に何か、増えているものってあります?」
 みなもが尋ねると、司書は少し不審げに見返してきた。
「そうですね、植物とか、梯子とか。毎日少しずつ、増えていますよ。寄贈のつもりなんでしょうか。特に植物が多くて……置き場に困るくらいです。最上階なんて、すっかり緑に染まってしまって」
 人が減る代わりに、物が増えていく……。
 じゃあきっとアレは、あの蔓植物は。
 みなもは思わず駆け出し、さきほどの場所へと戻っていった。
 原因や理屈は、よくわからない。だけど何か……人を変化させる、何かがあるはず。
 手当たり次第に書棚を探っていると、とても古い、黒い背表紙の本に手が触れた。
 瞬間、思わず手を引っ込めてしまう。
 熱いような冷たいような、ビリッとした痛みが全身に走ったのだ。
 みなもは立ちくらみを覚え、そのまま床に昏倒しそうになる。
 天井から垂れ下がる蔓草が目に入った。
 彼女もこんな風に、倒れていったんだろうか。
 そんなことを考えながら、目を閉じた。
 気がつくと……みなもは高い天井から、本の並ぶ棚や通路を見下ろしていた。
 ああ、そうか。あたしも植物になってしまったんだ。
 自分の姿は、よく見えないけど。
 きっと人の目には、植物しか映らないのだろう。他の行方不明者たちと同じように。
「おい、どこに行ったんだ? ったく……はぐれるなと言っておいたのに、仕様のないやつだな」
 ぶつぶつと文句を言う、草間の姿が目に入る。
 彼を上から見下ろすなんて、珍しい光景だ。
 感覚は少しも変わらないのに、視線の位置は異なるなんて、妙なものだ。
 ――草間さん、あたしはここです。上にいます。
 必死に声をかけるものの、まるで届いていないみたいだ。
 でも草間さんならきっと、気づいてくれるはず。色々な事件を解決した、探偵なんだもの。
 きっと見つけて、助けてくれるはずだ。
 期待をこめて、懸命に念を送る。
「……ん?」
 草間はふと顔をあげ、みなも方に目を向けた。
 しばらくの間、何かを考え込むようにして。
「――まさか、な」
 自分の考えを笑い飛ばすように、軽いため息をつく。
 待って、草間さん。あたしです。海原みなもです。
 行方不明者の元凶はあの本なんです。触ったら呪い――何かの仕掛け? が発動するみたいです。
 助けてください。あたしを人間に戻してください。
……戻す? 違う、人間になりたい。人間に……どうしてなりたいんだっけ? 
 何だか頭の中が、ぼんやりと霞んでいく。
 ああ、そうだ。ずっとこうして動かないでいると、自由な人間に憧れてしまうんだ。
 せめて、最上階に行ってみたいな。仲間が沢山いるみたいだし、人間も沢山やってくるらしい。
 もっと誰か、来てくれないかな。
 ここはあまりにも静かで……人の気配がなさすぎるから。


        THE END
PCシチュエーションノベル(シングル) -
青谷圭 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年07月20日

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