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『【文月二人迷道〜天儀之社夏縁日】 』
胡蝶(ia1199)

●夏は、此処に。

 ――夏が、来る。

 青空に立つ白い雲、夜空に開くは大輪の花。

 耳を澄ませて、聞こえるは。
 祭囃子か、軽妙な南国の音楽か。

 いざ、眩い陽射しと茹だるような暑さの中へ。
 そして、蒼穹と紺碧の海の狭間へ。

 今年も熱い、夏が来た――。


●天儀縁日、露店巡り
 彼女の故郷ジルベリアと比べると、天儀の夏はずっと暑い。
 天儀に渡ってそれなりの時間が経っても、この夏の暑さに慣れることはまだ出来なかった。
 じっとりと蒸した空気が、肌へとまとわりつき。
 それを払うように胡蝶は扇子をぱたぱた扇ぎ、ほんの僅かな風を起こす。
 そうして道を幾らか歩いていくと、目的地を示す鳥居が見えてきた。
 ――神楽からそう遠くない村の神社で、『縁日』という祭りがあるらしい。
 特にその日は予定もなく、話を聞いた胡蝶は何となく見学に出かけてみることにした。
 あくまでも気まぐれと、それから好奇心が少し。
 天儀には様々な季節ごとの祭りがあり、それが場所によっては全く違う形で行われる。
 生活に密着したものもあれば、それこそ形骸化して目的すらよく分からない儀式まで様々だ。
 今日、足を運んだ『縁日』は、村人にとって身近な祭りらしい。
 神社へ近付くにつれて、周りを歩く人の数が増えてくる。
 親子連れに友達同士、あるいは恋人らしき二人組など、浴衣姿な人の組み合わせも様々で。
 鳥居の下まで来ると、その向こうに見える参道はごった返していた。
「こんなに……人が、多いの?」
 誰も聞こえぬほど小さな声で、ぽつりと愚痴り、浴衣の襟元を少し調える。
 浴衣を着て、一応それなりの体裁を整えてみたが、賑わう群衆の中へ一人のこのこ紛れ込むのは……正直に言えば、気が引けた。
 参道の両側には露店が並んでいるが、それらをぐるっと冷やかして通り過ぎ、それだけで終わる予感が早くもしている。
 腕組みをして、嘆息し。
 逡巡した末、肩から滑り落ちたツーテールの片方を、背中へ払った。
「帰ろうかしら」
 混雑を前に呟き、踵を返そうとした胡蝶だったが。
 ふと、視界の隅っこに引っかかった小さな影が、彼女の足を止めた。
 場の空気に合わない、自分と同じ金髪碧眼の幼い少女。
 小柄な姿だけなら、他人の空似か気のせいと自分を納得させられただろう。
 だが少女は、藍一色の仔もふらさまの後をついて歩いている。
「何で、こんなところにいるのよ」
 しかも一人……もとい、一人と一匹で。
 とっさに周囲を見回すが、いつも傍らにいる三つ目の影は見当たらず。
 その間にも、少女と仔もふらさまの小さな姿は人の波にまぎれ、見失いそうになる。
「ああ、もう……っ」
 仕方ないと大きく息を吐き、とりあえず胡蝶は後を追いかけた。
「サラ! もふらさまも、待ちなさい!」
 思い切って名を呼べば、彼女の声が耳に届いたのか。
「もふ〜っ」
 ぴこぴこと耳を動かしたもふらさまが、尻尾を揺らして振り返り。
 それから、足を止めたサラが胡蝶を見上げた。

「どうして、一人でいるのよ。もしかして、禅とはぐれたの?」
 期待をせずに尋ねれば、やっぱり返事は返ってこない。
 時々、きょろきょろと人の流れへ視線をさ迷わせているのは、やはり崎倉 禅を探しているのだろう。
 頼って近寄るでもなく、じーっと黙ったまま動かないサラに胡蝶は嘆息した。
「もふも〜っふ」
 一方、微妙な距離を保つ二人の間で、何故か楽しげに仔もふらさまはくるくる回り。
 それからおもむろに、ぽてぽてと歩き始める。
 目で追うサラは、そのまま仔もふらさまの後へついていき。
「……仕方ないわね」
 また溜め息をつくと、胡蝶もサラの後を追いかけるように歩き始めた。

   ○

 人を避けながら、小さな影を追って賑やかな参道を行く。
 サラ自身はあてもないのか、崎倉探しを仔もふらさまに任せているのか、後ろから黙々と続いていた。
 もっとも胡蝶から見れば、仔もふらさまも興味が赴くまま、適当に歩き回っているようにしか見えない。並んでいるお面に驚いてみたり、売っている駄菓子や食べ物に誘惑されてみたりと、真っ直ぐに進む気配すら皆無だ。
 もふらさまらしい散漫さというか、気ままな様子にある意味で感心しながら、胡蝶は見失わないように苦心する。
 そんな様子が、世話を焼いているように見えたのだろう。
「仲のいい姉妹だねぇ」
 尻尾を振り振り寄り道する途中、白玉売りの前で足を止めた仔もふらさまを見て、白玉売りが胡蝶へ声をかけてきた。
「そぞろ歩きのもふらさまも、喰うかい?」
 気さくな壮年の男は、きな粉をまぶした白玉の器を仔もふらさまの前へ置いてやる。
 途端に大きな目を輝かせ、食べる気満々な様子に、からからと笑った。
「……押し売る気なら、遠慮するわよ」
「神様のお膝元で、そんなあこぎはしないさなぁ。他には黒胡麻と餡子がけ、黒蜜。妹さんは、どれにするねぇ?」
「ちょっと待って、姉妹って……」
「お姉さん、妹さんを連れて遊びに来たんだろう? そうか、妹さんは黒蜜がいいかぁ」
 微妙な表情の差異が分かったのか、それとも適当に選んだのか。
 白玉売りは白玉に黒蜜をかけて、サラへ手渡す。
「なぁに。気にしなくても、お代はナシだぁ。面倒見のいいお姉さんに、大人しい妹さんへのご褒美と、縁日に遊びにきてくれたもふらさまにもなぁ」
 飄々と笑う男は、餡子を乗っけた白玉の器を胡蝶へも差し出した。
 そもそも天儀では、もふらさまを『神のつかい』とするところもある。
 神社の縁日に、もふらさまがやって来たとなれば、それはそれで縁起のいいことなのだろうと、何となく胡蝶は自分を納得させた。
 もふもふと白玉を食べていた仔もふらさまが、きな粉にぷしゅんとクシャミをすれば、白玉売りはさも面白そうに笑う。
「ほぅら。あそこなら、姉妹仲良く落ち着いて座って食べられるだろう。少し、足を休めて行きなぁ。ついでに、もふらさまのお代わりもだぁ」
 裏手の静かな場所をアゴで示した男は、姉妹云々を訂正する暇もない胡蝶へ、強引にもう器を一つ渡した。
「ありがとう。行くわよ」
 すっかり勘違いした相手に今さら説明するのも面倒になって、仕方なく彼女は器を手に露店の裏手へ回る。
 既に最初の白玉を平らげた仔もふらさまは、わくわくと後をついてきて。
 気になって背後を窺えば、それにサラがくっついてきていた。
 石段に器を置くと、仔もふらさまは嬉しそうにお代わりをもふもふと食べ始める。
 その傍らにサラはちょんと座り、それを見てから仔もふらさまを間に挟んで、胡蝶も浴衣をおさえて腰を下ろした。
 人の流れから外れた木の傍らは、かすかだが風もあって涼しく。
 楽しむ人々の喧騒を聞きながら、さじを取ると胡蝶は白玉を口へ運ぶ。
 目をやればサラも甘い物が好きなのか、同じようにさじを片手に黙って白玉を食べていた。
「こうやって並んでいると、ますます姉妹と勘違いされるわね」
 小さくこぼした彼女は、僅かに苦笑する。
 もらった白玉は、もっちりとした食感と控えめな甘さが相まって、予想していたよりも美味い。
 どんな風に、何を嗅ぎつけているのかは分からないが。食いしん坊な仔もふらさまが足を止めた理由は、なんとなく分かった気がした。
「食べ終わったら、器を返しに行くわよ」
「もふっ」
 あっという間にお代わりも平らげた仔もふらさまは、ちんまり座って胡蝶へ応じる。
 二人と一匹、並んで食べる姿に、ふと胡蝶はある事を思いつく……が、それはそれとして。
 ゆっくりとさじを動かすサラのペースに合わせ、のんびりと胡蝶も白玉を味わった。
 食べ終わった器をまとめると、白玉売りへ礼を言ってそれらを返す。
「ありがとう、美味しかったわ。ご馳走様」
「いいやぁ。せっかくの縁日、姉妹仲良く楽しんでおいでなぁ」
 やっぱり勘違いしたままの男へ、軽く会釈をし。
 それから、待っていた仔もふらさまとサラの元へ戻った。

「いい。サラは、そっちを持っているのよ 私はこっちを、握っているから」
「も、ももふ?」
 片手をサラに繋がれて、もう片方は胡蝶が持つ。
 そうすると当然仔もふらさまは、二人の間でぷらーんとぶら下がった。
「もっふ、も〜ふっ」
 そして心なしか楽しそうに、後ろ足と尻尾をぶらぶら揺らす。
「微妙なところだけど、はぐれるよりいいわよね」
 彼女と微妙な距離を取っていたサラも、これなら異論もないだろう……と。
 仔もふらさまを見た後、何かを考えるようにじーっと胡蝶を見上げ、それから再びサラは仔もふらさまへ視線を戻した。
 とりあえず異論もないらしく、手を放す様子はない。
「じゃあ、行くわよ。疲れたら、遠慮せずに言いなさい。言うのが面倒なら、仔もふらさまを降ろすだけでもいいから」
 意思疎通の難しい少女へ、軽く胡蝶は気遣いの言葉をかけて。
 再び二人と一匹は、縁日の人の流れへと繰り出した。

   ○

 射的や投扇といった遊びの類を眺め、露店を巡りながら、賑わう参道を歩く。
 相変わらず食べ物の露店へ好奇心を示す仔もふらさまに手を焼くが、サラ自身は何か欲しがったり、勝手に別方向へ向かうこともなかった。
 金髪碧眼の少女二人、足を止めた別の露店でも相変わらず姉妹と勘違いはされるが、胡蝶もいちいち否定はせず、そのまま『姉』を演じる。
 一夜限りの、姉妹の真似事。
 ――たまには、そんな戯れもいいわよね。
 そんなことを考えながら、カラコロと下駄を鳴らし、のんびりと小さな歩幅に調子を合わせた。
 露店を一回りし、仔もふらさまの腹具合もすっかり満腹になった頃には、遊びに来た人々の数も減り始め。
 ゆるゆると歩いていけば、行く手に鳥居が見えてくる。
 その柱の片方に、見覚えのある長身の中年男が佇んでいた。
 どこか途方に暮れた風に通り過ぎる人々を眺めていたが、ふと何かに気付いたように彼女らの方を見る。
「もももふ〜っ」
 嬉しそうに、また後ろ足と尻尾をぶんぶん揺らす仔もふらさま。
 勢いでサラの手が離れ、胡蝶も手を放せば、ころころと崎倉へ駆け出した。
 だがサラは駆け寄ったりする様子もなく、逆に足を止めて空っぽになった手を見つめ。
「よかったわね、禅がいて」
 言葉をかけて何気なく手を差し出せば、ちょっと間があった後、細い指がきゅっと彼女の指先を掴んだ。
「すまない、胡蝶。サラ達が、迷惑をかけたようだな」
「別に迷惑なんてことは、なかったけど……」
「いや、本当に申し訳ない。人の流れに、はぐれちまってな」
「だと思ったわ。ちゃんと目を放さず、ついていなさいよ」
 ほっと安堵した様子の崎倉と胡蝶が話す間に、空いている手を伸ばしたサラは男の袖を引く。
「どうした、サラ?」
 尋ねる崎倉の手を、少女は掴み。
「なに? 藍もふらと、同じことがしたいの?」
 その様子から、何をしたいか気付いた胡蝶が聞いてみた。
 迷うように見上げるサラに、苦笑して彼女はしっかり手を握り直し。
「ん、持ち上げて欲しいのか?」
 遅れて崎倉が、手を握った片腕を上げてやる。
 少しだけ足は地面から離れるが、仔もふらさまより少女は重く、やがて胡蝶が腕を下ろした。
「残念だけど、持ち上げたまま歩くのは無理ね」
 しかし珍しく少女は崎倉の後ろへ隠れず、手を放してしまうのも惜しまる。
「どこかで宿を取っているなら、そこまで送るか?」
 ――もう少しだけ……姉妹の真似事を続けるのも、いいかもしれない。
 尋ねる崎倉に、ふと胡蝶はそんなことを考えて。
「別に、気にしなくてもいいけど。でも折角だから、頼もうかしら」
「ああ、夜も更けてきたしな」
 そうして顔は上げないが繋いだ手はそのまま、胡蝶はサラや崎倉と歩き始める。
 満腹で眠くなったのか、足元で仔もふらさまは大きな欠伸を一つした。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ia1199/胡蝶/女性/外見年齢17歳/陰陽師】
【------/サラ/女性/外見年齢10歳/一般人】
【iz0024/崎倉 禅/男性/外見年齢40歳/サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました。「ココ夏!サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 依頼の方では、いつもお世話になっています。今回はノベルという形での楽しいご縁を、ありがとうございました。
 神社での縁日……とくれば、やはり浴衣は必須でしょうと。個人的な独断と偏見で、浴衣姿での露店巡りとさせていただきました。
 着付けは、きっとどこかで貸衣装を兼ねてしてくれるところがあったのです……っ。
 とまぁ、そんな訳で。
 相変わらずというか、流れを踏まえながら、好きに書かせていただきました。
 サラとのひと夜の姉妹遊びを楽しんでいただければ、幸いです。
 もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
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舵天照 -DTS-
2010年07月20日

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