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『裁きが下るその日まで 』
からす(ia6525)

●真夏の星空の夢

 明るい旋律の笛の音が遠く聴こえる。振り返るとぼんやりと星空を隠す灯の広がり。
 お散歩と称して夏祭りの喧騒から抜け出してきた。火照った身体に夜風が心地よい。
 時折夜行性の小動物が駆けて草が揺れる音。突然上がった低いながら響き渡る梟の声。
 何かが手招きしているような気がして暗闇に目を凝らす。
 ――きっと木が風に揺れているだけ。

 随分と遠くまで歩いてきてしまった。もう人々の声も聴こえない。
 一人になりたかった。恋人と二人になりたかった。
 いつもは忙しさに紛れて仕事の話ばかり、これを機にそんな友と語らいたかった。
 そうやって抜け出してきた者はどのくらいいるのだろうか。

 唐突に木々の天蓋が途切れ、暗闇が終わる。 
 誰も居ない場所で満天の輝きが包み込むように今、身体を照らしている。
 浴びた光が想いを、胸に秘めていた想いを呼び醒ます――。


●迷い迷わず続く道

「随分と‥‥歩いたか」
 夜に溶けるような黒地の浴衣。小柄ながら落ち着き大人びたからすに良く似合う色。
 上品に広がり咲く大輪の白菊。淡く抑えられた桃色が柔らかく溶け込み、開放的な空間でも違和感なく彩りを添えていた。
 さり気なく散りばめられた紅。よく目を凝らさねば判らぬ程小さな蜻蛉が花々の間を遊ぶように舞っている。
 二つに結わえた紅い髪紐から散った燐光が浴衣に振りまかれたかのように。

 年の頃のよく判らない少女だ。幼く見れば幼くも見える。
 しかし何か達観したかのような瞳は無邪気に振舞っていても、装いか――それとも本心か。
 それは彼女の胸の内に留まっている。

 差し伸べた掌の上をゆるりと風が抜けて、また彼女を一人取り残して何処かへと去る。
 誰も――居ない。

 輝きを惜しみなく降り注ぐ星々と対照的に、暗き静謐を保ち近寄る者を呑み込んでしまいそうな池の水面。
 踏み出した爪先が触れた土は柔らかく湿り、光に惑わされて不用意に歩みを進める者を捕らえんとしているかのよう。
(高みの華やかさに気を取られて些細な用心すら忘れたならば‥‥人は足元を掬われる)
 歩を戻し、そんな言葉が不意に浮かぶ。
 目の前のこの事象への感想ではない。そんな事は何を今更、だ。新鮮な驚きを持った再発見とも違う。
 思索に耽るからすの瞳に映っているのは、この世界ではあるがそれは見える物だけではない。
 見えない物もその言葉は当て嵌まる。
 生き続ける為、誰かを助ける為、或いは名声を求める為。動機は千差万別だが求道を続ければ人はいつしか高みを目指す途上に立っている事に気付く。
 それは果てのない連峰。ありとあらゆる地形が折り重なる。
 仲間と楽しく花に満ちた尾根を歩む姿もある。自らの命を賭け札に殺伐とした急崖に手を掛ける姿もある。
 ここでいいと腰を下ろして見渡し微笑む者も居る。全てを俯瞰する頂へこの足で立ってみたいと疲れ果てても歩みを止めぬ者も居る。
(私はどのように他人からは見えているのだろうな)
 自分らしく歩いてきたつもりだ。その途上で出逢った者達の顔が浮かぶ。
 彼らが一人一人違う個性を持つように私もひとつの個の存在である。

「ちょっと疲れたな」
 ふと大樹の幹に背中を預け、瞬く銀の粒を単なる『星空』ではなく、ひとつひとつの星が遊ぶ姿として見上げる。
 地上の命と同じように彼らも。無数の個の集合体。
 夜空をただ、見上げる。
 何も考えずに見上げ、無になって。世界と溶け込み。否、私には私の色がやはりある。
 どんなに陰を潜めても、それは消えて無くならない。
 喧騒を嫌って逃げ出してきた訳ではない。賑やかな神の遊び場、それも興。

 だが。
 ただ少し一人だけで考えたかったのだ。思索に耽るならば静寂がいい。内なる自分と向かい合い。
 唇から含まれたひんやりとした茶が胸の中を伝ってゆく。祭で買い求めた物ではなく自身で調製した茶葉。
 淹れ方にも気を配り、時間の過ぎた今でもスッと濁りのない味わいが喉を潤す。

「今日も――」
 この手から放った力で生命を幾つも奪い去った。人と決して共存を許されない存在、人を喰らうアヤカシであるが。
 禍々しい魂の滅びと引き換えに助けた生命。感謝した村人も、感謝された仲間も今は続く空の下で生を満喫しているだろうか。
 正義を下した、等と言うつもりはない。絶対の正義など何処にあるのだろうか。
 時には異なる価値観に捉えられた人間と戦い、傷つけなければならない事もある。
 開拓者が戦うモノはアヤカシだけとは限らない。人の心に巣くう闇や欲望。止める手が必要ならば私は行く。

 果たしてそれは善行か。閻魔は私をどう見ているのだろう。
 決して許せぬ、と思ったその時でも何処かで冷静に見下ろしている自分が居る。
 これからも私は開拓者として生きてゆく。
 割り切れる事ばかりではない。世は善と悪だけで創られてはいない。
 どちらも正しい。どちらも正しくない。そんな選択を迫られる時もあろう。
 それでも、選ばなくてはいけない。進み続けなければ、何も失う事はなくても何も得られないのだから。
(いつかそんな苦渋の選択を強いられた時――)
 私はどんな顔をしているのだろうか。
 今はまだその時は訪れていない。
 裁きが下るその日まで。私はこのどうしようもない思索の迷路から逃れられる事はないのだろう。
 ならば――その迷路をすら、楽しめば良い。

(そろそろ戻らねばな)
 洩れる苦笑い。
 つい時間を過ごしてしまった。変わらぬ星空は時間を忘れさせる。
 あまり遅ければ心配している者もあろう。それに今日は大事な朋を連れてきていた。
 人妖の琴音は一人にしていても淡々と自分なりの楽しみ方を見つけているか。
 からすよりも更に子供に見えがちな小さな彼は、内面的には割と似たところがある。
 並べても姉弟には見えないだろうが。大概の事には動じずに表情も変わらず、激よりは静を好む。
 傍には地衝、武に長けた土偶がついているはずだから、妙な輩に絡まれている心配もなかろう。ゆるりと楽しんでいれば良い。
(何か気に入った服を見つけたようだったら、買ってやろうかな)
 縁日が店仕舞いする前に戻ってやらねば。後で文句を言われるかもしれない。
 小遣いは多めに与えておいたが、賢い子だ、そうそう値の張る物を勝手に買ったりしていないだろうきっと。
 そして龍、からすと同じ漆黒に包まれた紅き優しき瞳を持つ者、鬼鴉は夜空の散歩を楽しんでいるか。
 この地上に満ちた平和な灯り、子供達の無邪気に笑う姿を見て何を思っているだろう。
(怖がられやしないから、一緒に遊べば良いというのに)
 遠慮したか。

 深い闇よりふらりと帰ってきたからす。
 何処行ってたんだよ、もうそろそろ終っちまうぜ。ねぇ、一緒に綿飴食べようよ〜。
 屈託ない笑みが何事もなかったように迎えいれてくれた。
 朋も仲間達と一緒に過ごして居たらしい。忠実な土偶が律儀な姿勢で大きな桃色の綿飴を捧げ持って待っていた。
「おやおや、これは私の顔より大きいじゃないか。皆はもう食べたのか?そうか、これは私の分か」
 あちらへこちらへと引っ張られながら、ふわりとした菓子を一口食む。
 甘い。
「それで何か面白いものはあったかな?」
 穏かな微笑。柔らかな眼差しが仲間の心を安らがせ。
 その奥に沈む思索の迷路は表に見えはしない。それを表に出すのは今じゃないからだ。

 明日からはまた、愛すべき日常と守るべき事柄に満ちた日々の続きが始まる――。
 そう。この命、燃え尽きるまで。

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■登場人物■
【ia6525】からす/女性/外見年齢12歳/弓術師

■ライター通信
ご発注ありがとうございました。
動きのほとんどない完全に思索型の内容になりました。イメージに合っていれば良いのですが。
神楽での大きな祭での一場面という感じで書いてみました。
今までの戦い、これからの戦い、その間での休息。
迷いながらも決して惑わず歩み続ける開拓者、ご活躍をお祈りしております。
ココ夏!サマードリームノベル -
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舵天照 -DTS-
2010年07月21日

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