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『何時までも変わらぬ時を 』
シェアト・レフロージュ(ea3869)&ライラ・マグニフィセント(eb9243)&ユリゼ・ファルアート(ea3502)

 初めて会った時から、優しい微笑みをする人だなぁと思っていた。その微笑みと同じ優しさで、いつでも励まし包んで支えてくれる人だった。月の夜の、不思議な空間。星が奏でるように歌う、綺麗な声。欲しいと求めて止まなかった、母親の愛情。全てをくれた人。大好きな、お姉さん。
 初めて会った時は、自分よりも随分大きくて強そうな人だなぁと思っていた。いつでも自分に色々教えてくれて、時には勇気付けて後ろから背中を押して、或いは横に並んで一緒に遊んでくれる人。最初に教わったのは魚を釣る事。最近教わったのは、料理の事。何時だって頼れる、大好きな、お姉さん。
 初めて会った頃は結婚の気配も無かった2人だけど、今は結婚して幸せそうにしている。僕を支えてここまで成長させてくれた2人が幸せそうなのは、本当に嬉しい。でも少し寂しいかも。けれども自分はもう大人も同然だから、2人に余り心配は掛けたくない。あんなに幸せそうなんだもの。結婚すると言う事はきっと、とても幸せになる事のはず。
 そう思っていた矢先、招待状が届いた。淡い水色の紙に柔らかい筆跡で、いつもの優しい言葉が綴られている。
 有難う、お姉さん。こうやっていつまでも無条件に注がれる温かな光が、とても嬉しい。
 甘える年頃ではもう無いけれども。それでも、この優しさに甘えてもいいんですね。


 そう言えば、この場所に彼を招待するのは初めてかもしれない。
 シェアト・レフロージュ(ea3869)は、白のテーブルクロスを掛けながら、開いたままの窓の外へ目をやった。いつもは彼絡みのパーティと言えば例えば‥‥ジュールの家であったり、ライラの店『ノワール』であったりする事が多かったから、自分の家に招待すると言うのは、少し気恥ずかしいものだ。
「シェアト姉。コトリヤード・ブルトンの味を見て貰えないかね」
「あ、はい。今行きますね」
 脇の小卓には青いテーブルクロスを掛けた。そのまま厨房へ向かうと、ライラ・マグニフィセント(eb9243)が鍋をゆっくりとかき混ぜている。中では実に美味しそうな匂いと色になった様々な種類の魚が煮込まれていて、軽くスプーンで味を見たシェアトは笑顔を見せる。
「とても美味しいです。ライラさんの料理ですもの。間違いは無いと思いますよ」
「レンヌの料理は何かと作る機会も多いが、ユリゼ殿の好みの味になっているかどうか」
「大丈夫ですよ。あの子は‥‥きっと、とても美味しいと言うと思います」
「そう言えば、ユリゼ殿は今、どの辺りに‥‥?」
 浅い壷状の皿にパンを入れながら、ライラが問うた。皆が集まったら、具は別皿に、スープは壷皿に入れて完成だ。
「今は北に居るそうです。相変わらず旅ばかりで最近はパリにも長く居なくて‥‥困った子」
「ユリゼ殿にはユリゼ殿なりに、やりたい事があるのさね」
「分かっては、居るんですけれども‥‥」
 何となく料理を入れる受け皿を布で磨きながら、シェアトは窓の外を眺めた。
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)。大事なシェアトの妹分の1人。今は遠い北国に居るのだと言う。この祝いの席に間に合うよう、祈る他無い。
「‥‥あら?」
 ふと表の扉が開く気配がした。ケーキの焼き加減を見ているライラから離れ、シェアトは玄関に立っている来客者を見つける。
「‥‥お祝い‥‥来たの」
「お久しぶりですね、アンジェルさん」
 最初に来たのは本日の主賓では無かった。もう夏だと言うのにもこもこの白い帽子を被ったハーフエルフの少女は、両手に包みを抱えてシェアトに差し出す。
「‥‥これ、プレゼント」
「私に‥‥ですか? 今日はジュールさんの誕生日ですから、ジュールさんに‥‥」
「プレゼント」
「はい、ありがとうございます」
 一瞬間違ってプレゼントを出しているのかと思ったがそうでは無いようだったので、笑顔で受け取った。
「開けても宜しいですか?」
 こくりと頷くので包みを開くと、薄切りの鶏肉が入っていた。それだけなら渡す相手を間違っているような気もするが、鶏肉の上には今朝摘んだのであろう花が乗っている。
「綺麗なお花ですね。‥‥あ、水に浮かべると良いかもしれません」
「うん」
 てくてくとついて来るので、皿に水を入れてその中に花を入れる作業を手伝ってもらう。更について来るので、一緒に鯛も焼いた。
「アンジェル殿は早起きなのだな。もう少しゆっくりでも良かったのに」
「早起き‥‥銅貨3枚の得‥‥って聞いたから」
「ジュールさんのお兄様も、もうすぐいらっしゃると思います」
「結婚、幸せ?」
 割と唐突な問いにも見えたが、問われてシェアトは微笑む。
「はい、とても。‥‥お兄様は結婚してしまわれましたけれども‥‥アンジェルさんも、きっといつか幸せにして下さる旦那様と巡り会えると思います」
「あの人は‥‥結婚した、かな」
『あの人』が誰を指しているのか、シェアトは知っていただろうか。アンジェルを見つめる目は、扉を叩く音に気付いてそちらへと向けられた。
「ジュールさん‥‥お師匠様。ようこそおいで下さいました」
 立ち上がり扉のほうへと一礼すると、本日の主賓の1人とその師匠に当たる神聖騎士は、貴婦人に対する騎士の礼を返す。
「こんにちは、シェアトお姉さん。ライラお姉さんも‥‥先日の結婚式、素敵でした。今日はその‥‥お2人とも、旦那様は置いてきて良かったんですか?」
「夫は仕事さね。それに、何日も遠出するわけじゃない。たった半日、ジュール君の為に時間を使う事をとやかく言うような男じゃないさね」
「はい、そうですね。私も同じです」
「お招きありがとう。‥‥シェアトさん。子供は国の宝。神よりの大切な授かり物だ。余りそのように動き回るのは良くないな。私が代わりに動こう。何か指示を」
「あ、いえ、お師匠様。家事をこなすのが主婦の務めですもの。この位はいつも行っていますから。お師匠様はお客様ですから、どうぞ今、お茶をお淹れしますね」
 シェアトの笑みに、ジュールの師匠ベルトランは、仕方なくその辺りの掃除を始めた。それを見て、アンジェルもそれに続いた。そうなるとジュールも放ってはおけず。
「いやいやジュール殿は主賓。今日の祝いの主役さね」
 動こうとしてライラに止められ、座らされた。
 一同の為に食前酒が配られた所で、最後の来客ともう1人の主賓がやって来る。
「お久しぶりです、お兄様。それからユリゼも遠い所からお疲れ様」
「ユリゼさん、お久しぶりです。どこか、遠い所で冒険を?」
「久しぶり、ジュール君。えぇそうね。旅も冒険と言えるかも。‥‥誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます」
 ジュールの兄、レオンも笑顔で挨拶を述べた。兄弟ではあるが、離れて暮らして久しい2人である。既に結婚し子供も産まれているのだが、時折兄弟が会う機会もあるようだった。昔見たようなぎこちなさは、感じられない。
「アンジェルも元気だったかな。会うのは久しぶりだね」
「久しぶり。‥‥私は、元気。‥‥春にお手紙、ありがとう」
「どういたしまして。こちらもこの前届いたよ。踊りが上手くなったそうだね。今度見せてくれる?」
 アンジェルの頭を撫でてレオンは微笑んだ。その笑みは兄弟だからなのか、どこかジュールと似ている。
「踊り、素敵ですね。アンジェルさんがもし宜しければ、後から歌に合わせて踊って貰えませんか?」
「うん」
 シェアトの誘いにアンジェルは素直に頷いた。
「リゼも後から一緒に。ね?」
「勿論よ、姉さん。アンジェルさんが踊ってくれるのね、楽しみだわ」
「ではまず、料理を運ぶのさね」
 ライラがお手製の自慢料理を運んでくる。ベルトランがそれを手伝い、数人分の料理はたちまち卓いっぱいに並んだ。
 レンヌ料理コトリヤード・ブルトンを始めとして、オマールのグリエ、帆立貝の串焼き、つまり魚料理ばかりである。それに野菜料理。ユリゼは懐かしい料理と味に驚いたようだったが、シェアトが鯛のお頭付きを持って来たので、思わず笑みを零した。
「ジャパンでは、お目出度い時に出すんですよ」
「あっさりした味ですね」
「はい。ジャパン料理はあっさりした味付けのものが多いと思います。‥‥リゼ。そう言えば、氷は?」
「あぁ、はいはい。何時言うかと思って待ってたわ。はい」
 ユリゼが袋から氷河の欠片を取り出した。クーリングで冷やしながら持って来たのだ。それを受け取って、絞りたての果汁が入った器に入れた。夏には欠かせない、冷たい飲み物が出来上がる。
 ライラがシフォンケーキを持って来た後に、ユリゼが香草茶を淹れた。北国で採って来た香草から作ったお茶だと言う。余りこの辺りのと変わり映えないかもねと彼女は笑った。そんな事ないですよ、いつでも美味しいですとジュールが答える。
 穏やかな時間は過ぎて行った。


「改めて、ジュールさん。お誕生日おめでとうございます」
 ケーキやお茶を楽しむ頃合になって、シェアトがお祝いの品をジュールに渡した。小さな袋に、綺麗な白いリボンを掛けてある。
「ありがとうございます。開けても良いですか?」
「はい、勿論です」
 そっとリボンを解いて開いた袋の中を覗いて、ジュールの目が丸くなった。
「これ‥‥」
「ふふ。実はお師匠様にお願いして‥‥。土から焼いて頂いたのですよ」
「えっ‥‥そうなんですか?」
 慌てて振り返るジュールに、ベルトランは微笑み頷く。
「普段は余り注文を受ける事は無いのだけれどね。女性からの注文を、愛弟子の為にと言われれば断る理由も無い」
 素朴な形のオカリナを掌に乗せ、ジュールはくるくる回して確認した。白を基調とし、流れるような模様が淡く重ねてある。その中に小さな黄色の鳥を見つけて、彼は嬉しそうに笑った。
「黄色の鳥も、幸せを運ぶんですよね、先生。‥‥シェアトお姉さん。ありがとうございます」
「そろそろ変声期、ですよね? 喉を大切にして下さい」
「あ、はい。最近聖歌を歌うのが少し辛くなってきました」
「無理なさらないで下さいね。音を楽しみ、何時か私やアンジェルさんの踊りに合わせられたら。とても、嬉しいのですけれども」
「昔の僕の中には、歌う事、奏でる事、踊る事。そういう楽しみは選択肢の中にありませんでした。興味も無くて。でも今は、歌う事の歓びを知っています。沢山、教えて下さいました」
 こくりと近くでアンジェルも頷いている。
「僕のお兄さん‥‥そう思ってもいいのかな。お兄さんも楽器を弾く楽しさを知っていて。こういう楽しさを、色んな人に伝えて行ければいいなって思ってます。沈んだ人の心も、きっと癒せると思うから」
「はい。でもまだ、無理はなさらないで下さいね。オカリナの奏で方、分かりますか?」
「教えて頂けますか?」
「はい」
 嬉しそうにシェアトは、ジュールに弾き方を教え始めた。それを見ながら、ユリゼも懐から皮袋を取り出す。
「私からは、これ。お土産も兼ねてるけどお祝いに」
「ありがとうございます」
 中にはヘマタイトの小さな原石が入っていた。磨くと表面の光沢にぼんやりと周囲の光景が映る。
「お守りの一つにしてね」
「はい。これ‥‥どう言った意味の石なんですか?」
「生命力、活力を高めるそうよ。危険から身を護る邪気払いにも効果があるみたい」
「そうなんですね。大切にします」
「あたしからは‥‥ちょっと重いのだけどね」
 ライラが持って来たのは、馬具だった。鞍に鐙、蹄鉄、手綱‥‥。揃えるのにはそれなりの金がかかっていると思われる。かつて戦士として戦っていたライラらしい贈り物だと思われたが、実はそれを贈ったのには他の意味もある。
「あの両親を上手く制御できるようにと陰ながら祈りも籠めてるのさね」
「あ‥‥父と母‥‥ですか?」
「以前、れいの店に嵌った余りに一つ荘園を売り払ったと聞いたからな。この程度でマオン家が没落するとは思えないが、些か心配でね‥‥」
「本当に‥‥困った所もある両親だとは思いますけれども、夫婦仲も良くなったので、僕は安心しています。今は、月道を通って他国に旅行など行っているようですよ」
「はは‥‥旅も何かと金がかかるだろうが、そうか‥‥夫婦仲が円満なのは良い事さね」
 この会話には、兄レオンも苦笑しているようだった。なかなか親に注進できない2人である。
「本当に、そうですね。冒険者の皆さんのお力添えが無かったら、今のマオン家は無かったと思います。本当に‥‥感謝しています」
「あたしも嬉しく思うさね。初めて会った頃のジュール君とは、見違えるような逞しさになったな。近い将来にはきっと、マオン家を立派に支える事が出来るようになるさね」
「はい」
「ユリゼ殿には、これを」
「は‥‥私?」
 言われて、驚いたようにユリゼは目を瞬かせた。
「ユリゼ殿ももうすぐ誕生日だろう。シェアト姉がユリゼ殿も一緒に祝おうと言ってな」
「えっ‥‥? そうなの、姉さん」
「ふふ。ぎりぎりまで内緒にして下さいね、と頼んだのですけれども。リゼ。誕生日おめでとう」
「えぇ? うん、ありがとう‥‥」
「ブルーサファイアの象眼を施した短剣だ。魔を払う力を込めて貰ったものさね」
 鞘ごと渡すと、柄にはめ込まれた宝石が鮮やかに輝く。それを受け取り、ユリゼは頷いた。
「ありがとう、ライラさん。大事にするわ」
「一人旅は何かと危険だからな。まだデビルも暗躍しているだろうし、森にはモンスターも多い。充分注意してな」
「うん、気を付ける」
「リゼ」
 シェアトは大切な妹の名を呼ぶと同時に、そっとその体を抱き締めた。
「偶にはちゃんと帰って。‥‥笛の手入れもしっかりね」
「‥‥うん」
「これ」
 渡された花の刺繍入りのチーフを、ユリゼは眺める。シェアトが丁寧に刺繍を施したものなのだろう。そこに滲み出るような思いは、分かっている。
「ありがとう‥‥。いい年だけど、まだ暫く‥‥若しかしたらずっと好き勝手旅をするわ。ごめんね」
 だから謝った。それへと、シェアトは不安げで‥‥けれども諦めたような、だが祝福するような笑みを見せる。
「ジュールさんにも」
 それを同じような表情で見つめていたジュールに、シェアトは刺繍の違うチーフを渡した。細かい花が散りばめられているそのチーフを見つめ、ジュールは思う。ひとつひとつの花は小さいけれども、小さいからこそ護っていかねばならない。小さなものを護って初めて、大きなものを護っていけるのだ。
「‥‥ありがとうございます、お姉さん。ライラお姉さんも、この手綱。凄く丈夫でびっくりしました」
「あぁ、それはあたしの夫がここで作ってもらうのがいいと言って紹介してくれてね‥‥」
 そう言って説明を受けるジュールを、それを見ながら話を聞いているユリゼを、ケーキを頬張りながらレオンとベルトランの会話を聞いているアンジェルを見ながら、シェアトは思う。
 エルフと人間の生きる時間は余りにも違う。すぐに彼らは自分の歳を追い越して行ってしまう。けれども。
 けれども、その行く末まで見届ける事。見守る事。それはきっと、種族が違うからこそ出来る、そこに在る、自分の幸せなのだ。
 ささやかに、賑やかに、楽しく。大切な、あなたの為に。
 いつまでも。
 それが、私の願い。


 シェアトお姉さんの澄んだ歌声に合わせて、ユリゼさんが横笛を吹いてくれた。それに合わせてアンジェルさんが踊る。そして僕達が拍手する。
 去年までは、見なかった光景だと思った。だったらきっと、来年はまた違う光景になるのだろう。ライラお姉さんは楽器は? と尋ねたら、あたしはそれを見て楽しんでいる人達がより楽しめるように、菓子を提供するのが役目なのさねと笑って言った。僕も菓子作りを手伝って脇役に徹したいとも思うけれども、やっぱり皆で楽しめるのも良いと思う。
 来年はどうなっているのかな。こんな風に、一緒に楽しめる時間はあるのだろうか。
 でも、どんな風にこの道が変わって行っても。
 僕にとって、2人は永遠の、大切な、憧れのお姉さんです。
 いつまでも、幸せでいて下さいね。
 それは、僕にとってもきっと、幸せな事ですから。
WTアナザーストーリーノベル -
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2010年08月24日

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