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『すがしき春の、晴れの日に 〜 巳斗 』
巳斗(ia0966)

 どんな時だって門出はめでたいものだけれども、それが良く晴れたうららかな日なら殊に、おめでたい気がする。それはなんだかまるで、空からも祝福されているようで。
 巳斗(ia0966)が天宮 蓮華(ia0992)に「ご近所の娘さんの祝言があるんです」と誘われてやって来た日は、そんな風に良く晴れていた。その娘さんの母親と仲良しで、いつも甘味を作り過ぎてはお裾分けしているという蓮華が、そのよしみでどうぞ祝言に出席してちょうだいな、と招かれたのだ。
 これから幸せになる最初の日なのだから、どうせならたくさんの人達に祝福して貰いたいもので。ありがたくうかがわせて頂きますね、と頷いた蓮華は、自分の大切な友人達も呼んで良いかと確かめて、巳斗達を誘ってくれたのだった。
 綺麗な着物を身につけて、待ち合わせた場所に向かった巳斗を待っていた蓮華の腕には、大きな風呂敷包みがある。きょとん、と首を傾げると、にっこり蓮華が説明した。

「お祝いの紅白饅頭を作ってきたんです」

 何でも、子宝の象徴だとか言う桃まんらしい。それも巨大な桃まんを割ったら中には小さな桃まんがたくさん入っているというのだから、随分と力の入ったものだ。
 それだけ心から娘さんをお祝いしようとしているんですね、とほっこり微笑んだ巳斗とは正反対に、霧葉紫蓮(ia0982)は姉の風呂敷包みを見て大きな溜息を吐いた。

「‥‥随分とでかい桃まんだな」
「そういう紫蓮さんの抱えている包みは何なんです?」
「これか? 自家製のたくあんだ。祝言の祝いにな」

 涼やかに言い切って心なしか胸を張った紫蓮の言葉に、ますます目を丸くしてきょとん、と首を傾げた巳斗である。祝言の祝いにたくあん、というのは何か謂われがあるのだろうか?

「えっと‥‥紫蓮さんが好きだから、ってだけではないんですよね?」
「みーすけ、たくあんは旨いんだぞ」
「紫蓮様‥‥それは、答えになっていませんよ?」

 首を傾げたまま問いかけた巳斗の言葉に、ますます胸を張って答えた紫蓮の答えを聞いて、くすり、と白野威 雪(ia0736)は笑みをこぼした。雪さん、と助けを求めるように見ると、ふふ、とまた笑みをこぼす。 
 そうして雪もまた、蓮華の腕の中に大切に抱えられた風呂敷包みに視線を向けた。

「蓮華ちゃんの心のこもったお饅頭ですもの。きっと喜んで頂けますね」
「だと良いのですけれど」

 雪の言葉ににっこり笑って、けれどもほんのちょっぴり不安そうに蓮華が言った。そんな蓮華をまっすぐ見て、大丈夫ですよ、と巳斗は力づけるように何度も頷く。
 何しろ、蓮華が作る甘味は本当に美味しくて、心がほっこり暖かくなるのだから。だからきっと、そこに込められた気持ちを娘さんも、その母親もまっすぐに受け取ってくれるに違いなかった。





 晴れの日の衣装は特別で。純白の糸で丁寧に刺繍を施した曇りのない真っ白な花嫁衣装に身を包み、綿帽子の下でしとやかに俯く娘の表情は、けれどもこれから始まる新しい生活への期待に満ち溢れていて。
 その傍らの花婿はといえば、袴羽織でしゃちほこばって、祝福に訪れた来客にぎこちない挨拶をしたり、時折もみくちゃにされて照れたように笑ったり。あれは、新郎の友人だろうか?
 そんな2人に揃ってお祝いの言葉を告げた後、祝いの席の中程に座っていた巳斗は、ほぅ、と感嘆の息を吐いた。

「うわー‥‥お二人とも、とっても素敵ですね!」
「白無垢姿はやはり美しいものだな」

 きらきらと憧れの眼差しで晴れ姿の2人を見つめる巳斗の言葉に、紫蓮がこっくりと同意した。何の色にも染まっていない白無垢は、これから新たな色に染まる決意を秘めた衣装でもある。それはすなわち、今までの生活をゼロに戻して新しく始める覚悟の色でもあって。
 けれども頷く蓮華はと言えば、娘さんの清楚な晴れ姿を見つめながら、ぐすん、とむせび泣いていた。

「晴れの日なので泣かないと決めたのですが‥‥」

 言いながらまたぐすっ、とすすり上げて涙を零す蓮華の手を、隣にそっと寄り添った雪が励ますようにぎゅっと握った。その手をぎゅっと握り返しながら蓮華は、もうぐしょぐしょになってしまった手巾を目頭に押し当てる。
 やがてお料理の膳が運ばれてきた。縁起の良いお料理ばかりが並ぶ膳の上には、紫蓮のたくあんもそっと並んでいて。
 満足そうな紫蓮の顔に、やっぱりご自分が好きだからだったんじゃ、と巳斗は小さな苦笑を漏らした。漏らしながらお箸を取って、そっと手を合わせて食べ始める。

「うん、美味しいです! 蓮華さんの桃まんも、食べるのが楽しみです♪」
「本当ですね」

 頷きながら雪が箸をつけるのは、柔らかく煮た野菜やお漬物といった料理ばかりだ。肉と魚はあまり得意じゃなくて、基本的に菜食を好む彼女の前の膳からは、だからお野菜物だけが消えていく。
 その頃にはもう蓮華の涙もすっかり乾いていて、楽しそうにお料理を突付き始めて。

「みーくん、ゆっくり食べなきゃ駄目ですよ?」
「ありがとうございます♪」
「雪ちゃん、お水はこっちの椀ですからね? あっちはお酒ですからね?」
「えぇ、蓮華ちゃん」
「苦手なお料理は後で紫蓮にでも‥‥」
「‥‥蓮華。お前はちょっと落ち着いて自分の料理も食べろ」

 全員の膳を見渡しながら、巳斗が喉を詰まらせたり、雪が間違ってお酒を呑んでしまったりしないかと、あれこれ気を回している蓮華の様子に、紫蓮がため息交じりで突っ込みを入れた。何しろ突っついているだけで、ちっとも量が減っていない。
 あら、と言われて初めて気付いたように、自分の前の膳を見下ろした蓮華に、巳斗はクスクス笑みを零す。そうして「あ」と宴席の前の方を見て声を上げた。

「蓮華さんの桃まんですよ!」

 子宝の象徴である紅白の桃まんは、お祝いにと渡された母親がたいそう喜んで、せっかくだから宴席で娘達に配らせましょうねぇ、と楽しそうに笑っていたのだ。その言葉の通り、初々しい花嫁と花婿が1つずつ巨大な桃まんを割って、中から出てきた小さな桃まんを「どうぞ」と人々に配り始める。
 全員に行き渡っても、桃まんはまだまだ十分な量があった。もしかして作り過ぎた? とちょっぴり不安そうな顔になった蓮華を見ながら、巳斗は自分の前に置かれた桃まんをぱっくりと2つに割る。
 中から顔を覗かせたのは、見るからに美味しそうな餡子。うわぁ、とほっこり微笑んで、巳斗ははむっとかぶりつく。

「うん、やっぱり美味しいです! 蓮華さんの作る甘味は最高なのです‥‥♪ ねっ、雪さん?」

 満面の笑みで雪を振り返ると、こっくり笑顔が返ってきた。小食な方だけれども甘味は別腹、な雪にとってもまた、桃まんはとっても楽しみにしていた一品のようで。もくもくとぱくつきながら、美味しいですよ蓮華ちゃん、と微笑みかける。
 1つ、あっと言う間に食べ終わった。もう1つを食べようと手を伸ばしかけて、その拍子にふと、幸せそうに寄り添いながら席に戻った花嫁と花婿の姿が目に入る。

(いつか蓮華さんや雪さんも、素敵な殿方のところへ‥‥そうしたら皆、離れ離れになってしまうのでしょうか)

 今は一緒に居て、こうして蓮華が作った甘味を食べて、笑いあって、からかわれたりもして。でもそれぞれに大切な相手が出来て、やがて嫁ぐ日が来たとしたなら。
 きっと雪や蓮華の花嫁姿は、とてもとても綺麗だと思う。彼女達にそんな日が来たら、巳斗は何があっても心から彼女達を祝福して、万が一にもそれに何かを言ってくる相手が居たなら、全力で怒る事だろう。
 それに偽りはないけれども、もしその日が来たとしたらきっと自分は寂しくなってしまうのだろうと、思うのも事実。
 ふと、涙がこぼれそうになってぐっと堪えた。今はまだその時ではないし、何よりここは祝いの席だ。
 そうしてぐっと堪えたら、友人達の視線がへにょりと泣きそうな巳斗に注がれているのに気付いた。半ばは泣きかけた自分を誤魔化すように、むぅ、と饅頭のようにほっぺたを大きく膨らませる。

「も、桃まんを喉に詰まらせた訳では有りませんからね!」
「みーくん、本当ですか?」

 ゆっくり食べなければいけないと言ったのに、と気付いてない素振りで蓮華がぴっと指を立てる。それにこくこく頷くと、ふふ、と微笑んだ雪が頭をそっと撫でてくれた。
 何も聞かない雪の傍らで、紫蓮も笑って巳斗の顔をのぞき込む。いつも巳斗をからかったりする紫蓮だけれども、こういう時の笑顔は優しいことを知っている。

「雪や蓮華が嫁ぐ日は僕達が送り出してやろうな、みーすけ‥‥いや、桃すけか?」
「もうッ、何ですか桃すけって!」

 雪が撫でてくれた頭を、わしゃわしゃっと強くかき混ぜた紫蓮の言葉にむぅ、と唇を尖らせた。半分は照れ隠しで、半分は優しい友人達への感謝を込めて。
 くす、と雪が巳斗と紫蓮を見て微笑んだ。

「みーくんや紫蓮様の幸せも願ってますよ。蓮華ちゃんが幸せになって欲しいのはもちろんですけれど‥‥」

 その雪の言葉に知らず、蓮華を振り返れば彼女はじっと、花嫁と花婿の姿を見つめている所だった。そうしてわずかに遠い眼差しをしていたけれども、向けられた視線に気付くとくるりと振り返り、どうしました? と首を傾げる。
 それは全く、いつも通りの表情で。そうして心配そうに花嫁と花婿の前に積み上げられた桃まんを指さし、『やっぱり張り切って大きくし過ぎたでしょうか?』と尋ねてくる様子も、いつもと何も変わらなくて。
 けれどもいつも通りだからこそ、逆にその心中を思った。蓮華はまた、過去の恋を想っていたのだろうか、と。
 だが当人が平静であるものを、こちらが変に気遣うのもおかしな話だ。巳斗はだから明るく笑って、貰ってきましょう、と提案した。

「せっかく蓮華さんが作って下さったんですし、3人なら完食出来ますよ♪」
「そうね、そう致しましょう! 雪ちゃんもいけるわよね?」
「ええ、蓮華ちゃん」

 甘味好きの3人の話がまとまり、蓮華が花嫁の母親に申し出て桃まんをもらい受けてきた。どーんと積み上がった桃まんを前に、いざ、と一斉に伸ばされた手は4本。
 あれ? と3人は顔を見合わせ、それから4本目の主を振り返った。3方からの視線を受けて、紫蓮が手を伸ばしたままムスッ、と不機嫌そうに唇を尖らせる。

「縁起物みたいだし仕方ないから僕も手伝ってやる」
「まあ‥‥紫蓮も手伝ってくれるのですか? ありがとうございます♪」

 甘味の苦手な紫蓮にしては珍しいことだと、蓮華がにっこり嬉しそうに笑って礼を言った。それにますます口をへの字にして、紫蓮はふいとそっぽを向きながら桃まんをはもはも頬張り、「ふん、これのどこが甘さ控えめだ」と文句を言う。
 けれども、そんな紫蓮の横顔はどこか照れくさそうで、ほんのり頬が赤くなっていて。それに気付いた3人は、また顔を見合わせてクスクス笑う。
 そうしてそれぞれに桃まんを楽しく、だが着実にお腹に納め始めた。殊に巳斗は蓮華を元気づけようと、2つ、3つとどんどん口の中に放り込んでいく。
 それを見た蓮華が、焦った様子で声をかけてきた。

「ちょ、ちょっとみーくん、大丈夫なのですか? そんなに‥‥」
「大丈夫です! 蓮華さんの甘味は本当に美味しくて‥‥うぐッ!」
「あぁほらやっぱりッ、みーくんお水を‥‥むぐッ! わ、私もお水‥‥ッ」

 流石にほっぺたがパンパンになるくらいに桃まんを口に詰めた巳斗が、苦しそうに胸元を叩き始めた。そんな巳斗を心配して慌てた蓮華も、傍にあった水の椀を渡そうとした拍子に、一緒に喉を詰まらせてしまったらしい。
 ドンッドンッと苦しそうに胸元を叩きながら、蓮華は巳斗に渡そうとしていた椀の水をぐいと飲み干した。と同時に巳斗もようやく、喉に詰まりかけた桃まんを飲み込むことに成功する。
 そして、蓮華がたった今飲み干した椀を見て、愕然と目を見開いた。

「‥‥ふぅ、危うく詰まらせ‥‥‥‥て、蓮華さんそのお酒は!?」

 普通ならお酒は猪口で呑むものだけれど、祝いの席がそれで済むはずもない。猪口が椀になり、椀が徳利になるまでにはそう時間はかからなくて。
 結果として、水を入れていた椀に並々と注がれたお酒を一気に飲み干し、蓮華はぱたん、と倒れてしまった。ちょうど倒れた先の紫蓮の膝にこてんと頭をもたせ掛け、たちまち「すぅ‥‥」と安らかな寝息を立て始める。
 やれやれ、と紫蓮が優しい息を吐いて、蓮華が寝心地の良い様にさりげなく足を動かしたのを、巳斗と雪はふふっ、と笑いあって見守った。いつもは意地悪で口が悪いところもあるけれど、それは全部紫蓮の優しさの照れ隠しなのだろうと、何となく判っていて。
 そんな様子が微笑ましいと思いながら、巳斗は蓮華を起こさないようそっと立ち上がった。眼差しだけで問いかけてくる雪と紫蓮に、持参した三味線を掲げてみせる。
 せっかく縁があってお招き頂いたのだから、花嫁さんと花婿さんに巳斗からもお祝いを――と思ったのだ。そのタイミングを計っていたのだけれども、ようやく花嫁達に祝辞を述べる人々が途切れたのを見て、今しかないと思ったのだった。
 蓮華さんを宜しくお願いしますね、と言い置き巳斗は花嫁花婿へと近寄った。是非三味線で一曲と申し出ると、2人は嬉しそうに頷いて。
 そうして祝いの席の真ん中で弦を弾いて音を確かめ、撥を構えた巳斗の前に、ぬっと立つ人影がある。

「紫蓮さん‥‥?」
「蓮華は雪に任せてきた。‥‥門出を祝う舞を躍るのもいいかもしれないと思ってな」

 その言葉に振り返ると、蓮華に膝枕をした雪がひらひら手を振った。言葉はここまで聞こえないけれども、頑張って、と励ましてくれているのが解る。
 ほっこりと、胸が温かくなった。凛と立つ紫蓮のまっすぐな背中を見つめて、そうして構えた撥を弦の上に落とす。
 ベィン、と弾けた音にあわせて、紫蓮がゆっくりと動き出した。ベン、ベベン、と撥が弦を弾くたび、紫蓮の動きが激しく、時に滑らかになる。
 花嫁と花婿が寄り添って、幸せそうに紫蓮の舞に見惚れるのを見た。その場にはいつか雪や蓮華も立つはずだ。紫蓮だっていずれはああして、誰か花嫁と寄り添う事になるのだろう。

(大好きで大切な方々。離れ離れになるのは寂しいけれど、皆さんが幸せになるのならボクは笑顔でお送りしましょう‥‥)

 大切な人達が残らず幸せになってくれる事が、巳斗の心からの願いなのだから。だからいずれその時が来たら。
 そう、思いながら巳斗はそっと瞳を閉じて、三味線に祈りを込めた。この撥が奏でる音の全てに、どうかこの願いが宿りますように。そうして大切な人たちの心に染み渡りますように――と。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 / クラス】
 ia0736  /   白野威 雪   / 女  / 21  / 巫女
 ia0966  /     巳斗    / 男  / 14  / 志士
 ia0982  /    霧葉紫蓮   / 男  / 19  / 志士
 ia0992  /   天宮 蓮華   / 女  / 20  / 巫女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。

お友達同士でお邪魔した、ご近所の娘さんの結婚式の風景、心を込めて書かせて頂きました。
三味線の音色は不思議と心が惹かれますね。
きっと娘さん達も、喜んで聞いておられた事と思います。

皆様方の、お互いを大切に思い合う暖かな気持ちのこもった、素敵な結婚式になっていれば良いのですが。

それでは、これにて失礼致します(深々と
HappyWedding・ドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年07月26日

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